memory:52 魔王……降臨!

 憂う当主炎羅の駆る鋼鉄の白馬RX-8は、再び居た堪れぬ拳士闘真のいる宗家宿泊施設へ。そこから彼を乗せ向かう先は、宗家の息がかかる医療施設の一般向け部門に当たる総合病院。


 居た堪れぬ拳士が暴力を振るってしまった相手……笹島 尊ささじま たけるの入院するそこである。


亜相あそう君、乗り合いですまないね。だがいずれ彼女は、機関に属したならば共に戦う事になるかも知れないメンバー……顔合わせにはちょうどよかったよ。」


「あ、いえ。お気遣いなさらず。」


 だが、乗り合わせとなる娘自衛官姫乃が、生真面目を地で行く沈黙を撒いている車内。憂う当主が言葉を続けなければ、なかなかに重々しい空気が場を覆っていた。窓の外で響く、高周波サウンドとも思えるマフラー音が心地良い者にすれば、ある意味至福の一時ではあるのだが。


 そうして大した会話もなく鋼鉄の白馬RX-8は、総合病院へと辿り着く。そこまで会話がほとんどなかった事で、逆に居た堪れぬ拳士の覚悟が研ぎ澄まされていた。


 駐車場に降り立つ憂う当主は、宗家傘下の医療責任者へ連絡を取り、特別に許可を得た部屋でしかるべき対談に臨む事とした。


「ああ、そうだ。こちらで亜相 闘真あそう とうま君を移送した所だ。急ではあるが、そちらで入院している笹島ささじま君の親御さんとの面会準備を頼む。」


 カチ上げた車の外から漏れ聞こえる名で、居た堪れぬ拳士の心が暗い影を落とす。彼は自意識が喪失しそうな状況で、己の行動を記憶していた。。直後――


 ――なんでこんな事に――との恨みさえ宿る視線が、彼の心へと突き刺さっていたから。


 すると、黙し座していた娘自衛官がふと言葉を漏らした。さも拳士の心が、乱れているのを見透かした様な面持ちで。


「恐れるは正しい事であります。あなた……亜相 闘真あそう とうまでしたか。亜相あそうが今思っている事は範疇には無い所でありますが、そこから生まれた恐怖は察するであります。しかし――」

「それと同じぐらいに、今の亜相あそうは心へ輝く希望を宿していると……そう感じるであります。」


 唐突に聞こえた言葉に、それを発した主を視界に捉える居た堪れぬ拳士。その視線の先には、弱者のために己の全てを懸けて訓練に挑んで来た、自衛隊が誇る強者つわものの面持ちで見据える女性がそこにいた。


「その希望は、自分がパパ一佐へ抱いていた想いにも似たものを感じるであります。日本国内と言わず、世界のあらゆる力なき弱者のために、人生の全てを掛けていたパパ一佐……の大きすぎる背中を見ていた自分の幼き頃の想いの様な。」


「あ……あの一佐の事を大切に、そしてそれほど誇らしく想っていたのですね? その……姫乃ひめの三尉でしかた。」


 ようやくほぐれた緊張から出た、最初の会話とも言える下り。それを耳にした娘自衛官は……変わらぬ視線はそのまま前へと向き直ってしまう。そこで視界入る、真っ赤に茹で上がった頬や耳を、居た堪れぬ拳士へと晒しながら。


 そして――


「自分の事は、今はいいであります。それよりも亜相あそう……あなたは今、心が揺れているのではないのですか? もし揺れているなら、後悔のない道を選ぶべきであります。さらには――」

「選んだならば、それに誇りを持って口にするべきであります。人生は、一度きりでありあす故……。」


 心を見透かした様な言葉の羅列が、拳士の聴覚を響かせ、心が大きく揺さぶられる。


「一度きりの人生……。誇りを持てる、後悔無き選択……。」


 面談の連絡を取り付け振り向く、憂う当主が見守る中で――



 居た堪れぬ拳士が双眸へ、揺るがぬ想いと確かな覚悟を宿していた。



 †††



 居た堪れぬ拳士闘真憂う当主炎羅の相棒により、一般病院へ足を運ぶ最中。地球衛星軌道上で異変が起きていた。


 その宙域は、魔の監視者ルミナーティル・マギウスも警戒を置く、地球の対魔防衛障壁が綻びを見せる空域上。現在異形の魔生命群が、蒼き大地へと侵入を試みているとされる場所である。


 監視態勢に尽力する魔軍の指揮官に当たる巨躯……堅牢なる魔将紫雷が眉根を寄せ、魔導式通信を飛ばしていた。


「シザ、ロズウェルよ。たった今、イレギュレーダの新たな発生を確認した。霊的重力変異が確認された宙域より、地球へと侵入する経路を奴らが取っている。だが――」


『……紫雷しらい様! シザが、これよりそちらへ――』


『待てロズ! 紫雷しらい様は今、言葉を濁された! 何か今までと、異なる異変を察したはずだ!』


 風の堕天騎将エリゴール・デモンズ剛緑の重戦士ラルジュ・デモンズが臨戦態勢のまま気炎を纏うが、濁された言葉に今までにない異変を感じ取った温和な魔太子ロズウェルが同僚を制する。それを一瞥した堅牢なる魔将が、視認した情報から得られる事象を推測して告げる。


 同時にそれは、地球で対魔防衛に臨む対魔討滅機関アメノハバキリにとっても、新たな作戦フェイズ展開を余儀なくされる事態でもあった。


「うむ……ロズウェルの推測通りだ。確かに異形共へ、今までの群体以上の実体化数を確認した所。そこへ先に発生した、強力な防御を成す爵位級の異形が混ざり込んでいる。」


『レッサー・デヴィルクラスのバロン・ガング……!? あの群体出現が、さらに増加傾向にあると! ならば紫雷しらい様、シザはなおさら早急な対応が必要と考えます!』


『流石にその点にはロズも同感です。今我らは紫水しすい様を欠いた状態であります。戦力的な面は兎も角としても、ここで物量に兵力の質上昇が重なれば、我らはおろかあの地球の同胞でも手に負えぬ可能性が発生するかと。』


 急く様に声を荒げる魔の貴公子と、今回ばかりは同意と声を重ねた温和な魔太子は、すでに地球大気圏上のデータ収集最中に幾度か異形の大量発生を駆逐しての今である。だが、日増しに発生数の増大する驚異に対し、高い警戒レベルが共有されていた。


 気概を見せる魔の若衆。それを感じ取る魔将も同様との思考に至り、それら異形対応として早速の出撃令が下されんとしていた。


 ところが……その事態へ急転直下が舞い込む事となる。


 三人の聴覚を襲ったのは緊急アラート。弾かれた様に同じ事態を悟る魔の者達が、魔導外郭内モニターを睨め付けた。そこに映し出されたのは――


 先に魔の若衆が幾度も手折った、男爵級バロン・ガングの異形を複数従わせた異形の姿であった。


『な……に、デューク……!? 公爵級デューク・デュエラのデヴィルだと!? 早すぎる!』


 魔の貴公子が驚愕した事に、まだ新たに発生を確認した男爵級を数度討滅したばかりの時期に、それを上回る爵位を持つ異形が発生していた。それも未だ獣の上位を行く男爵級から進化した様な、言うなれば――


 公爵級デューク・デュエラと称される野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダが、そこに映し出されていたのだから。


「緊急事態だ! シザ、そしてロズ……直ちにあの公爵級デューク・デュエラルを含めた異形討伐を――が、かな――……ザザッ!」


『……っ、通信ノイズ!? これは、地球の障壁へ奴らが干渉を……マズイ! !』


 事態を悟る堅牢な魔将が通信を送るも、直後に訪れたのは超広域に渡って乱れ飛んだ通信干渉。それも彼ら魔軍が用いる、光に対なす魔の素粒子……魔量子マガ・クオンタムと言われる魔力の根源的力が異常なまでに吹き荒れる。

 それが通信障害を生む中で、聡明さにすぐれた温和な魔太子が即座に反応した。


 そのまま剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズひるがえすや一人、公爵級デューク・デュエラルと称される異形へ向け飛ぶ。直前――


「通信障害が出たと言う事は……ならばそちらはお前に任せるぞ、ロズ! では、行って参ります!」


 すでに彼の、機体越しアイコンタクトを受け取った魔の貴公子が、状況を察するや魔将へも機体越しアイコンタクトを送り飛ぶ。重戦騎が公爵級へと飛ぶ中、それを取り囲む男爵級を制するために。


「……素早き判断だ、二人共。ではこちらも異常に対処するとしよう。もはやこれほどの魔の異常が確認されたならば、運用を躊躇ちゅうちょする暇はないな。ならば――」

「宇宙側の憂いを払う。我が肉体であり魂である者よ……天楼の魔界セフィロト 七大宰相が一柱、〈アスモデウス・デモンズ〉よ。これより覚醒し、いにしえの盟約の元異形を討ち払うぞ。」


 堅牢な魔将の声を感知するや、彼が搭乗していた巨大なる魔導外郭頭部の双眸へ魔光が煌めいた。


 重厚なる鎧を思わせる体躯へ、幾重にも施された幾何学文字の装飾が刻まれるそれ。直立した姿は巨大なる人であるが、背部へコウモリを思わせる大翼を一対備え、加えて頭部より二本の湾曲した衝角と思しきものを後方へと伸ばす。

 全高では、対魔討滅機関アメノハバキリ霊装機神ストラズィールをも上回る巨躯。荘厳にして高貴なる出で立ちが気炎を纏った。


 例えるならば。否――

 それは天楼の魔界セフィロトに於いて、あまねく魔の軍勢を率いし。魔王 アスモデウスである者を、魔の若衆達は紫雷しらいと呼び、崇拝していたのだ。


「ではアスモデウス・デモンズ……いざ参るっ!」



 蒼き星のすぐ外で、膨大なる魔の嵐が吹き荒れ始めていた。

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