memory:51 正義の拳の産声
守護宗家が管轄すると言われる宿泊施設の厚遇は、犯罪者である自分には過ぎたる扱いであると感じざるをえなかった。
足を踏み入れたそこは高級リゾートホテルのレベルを越える、要人しか入れぬ政府の中枢を思わす景観。あまりにも不釣り合いな今の自分が、恥ずかしくて逃げ出したくなってしまった。
「当主
すでに案内された部屋で戸惑うボクを気遣う様に、
「あの……
「……まあ、そうですね。彼女は私の妹に当たります。そうですか……あいつが私の事を仄めかすとは。幾分余裕も出てきたと言う事……良い傾向です。」
「余裕……? 傾向って――」
何気ない問いへ返される下がった声のトーンで、聞いてはならない事を聞いたかと、バツの悪い顔をしてしまったボクに――
彼は今まで見せなかった、SPとしてではない一人の妹を思う兄の面持ちで語ってくれたのです。
「
「はい……。社会に馴染めぬ方々が、機関の大半を締めているとお聞きしています。ボクもまあ、その代表みたいなモノですが。」
彼が口にした疎まれ……との下りに反応したボクを、クビを振って制してくれた
「ああ、そういう意味で言ったのではありません。気分を害したなら謝罪します。ですが社会では、相手を傷付けるのを
「あの
そうして彼の家族である妹さんの話から導かれたのは、あのアメノハバキリと言う組織のみならず、守護宗家は草薙家を背負う人……
触りだけなら
「あんな凄い人が、能無し? そんなに宗家には、強い力が求められるんですか?」
「……本来これ以上を一般民に口外するものでもないのですが、そうですね。危険に巻き込まない範囲の解釈で言うならば、世間の暗部に蔓延る、人の手に負えぬ闇を穿つ力が守護宗家当主には求められるのです。それが当主炎羅には無い――」
「と言うより、彼は本来一般社会から宗家に入った者であり、早い話がその点へ反対意見を持つ派閥の摩擦が強いと言う事ですね。」
語られる言葉は真相をぼかしてはいたけれど、とても重い内容である事は充分に理解できます。そして今、ぼかされた中にあった闇を穿つ力との下りは――
まさに今、ボクの様な子供に託されんとしている現実に他ならなかったのです。
†††
多くの者の配慮の中、戸惑いながらも
同時に、自身がただその様な扱いを受けているのではない事を薄々感じ始めていたのだ。
「凄い料理……。父さんと過ごした日々でも、こんな物食べた事もない。それが当たり前の様に食べられるボクは……きっと、守護宗家やアメノハバキリ機関にとってはとても重要なんだろうな。」
並ぶ海鮮料理に郷土料理。どれも一般人が食す分には過ぎたるメニュー。常識で考えれば、犯罪者である彼が口にできる物ではない。
警視庁の対応は兎も角としても、守護宗家からした彼の扱いは正しく要人としての対応であった。
見たこともない食事を、取り敢えず平らげた居た堪れぬ拳士は広過ぎる間取りの部屋奥、ベランダ部へと足を運ぶ。時間はすでに、昼時を少し過ぎた頃。時期で言えば、夏に差し掛かる焼けた日差しの降り注ぐ日中。
居た堪れぬ拳士は、その手で眩しく降り注ぐ初夏の陽光を
「……こんな景色、始めて見る感じがする。父さんと武術の稽古に打ち込んでた時には、こんな余裕なんてなかった。」
父との言葉を口にする度、彼の心は言い様のない淀みに切り刻まれていた。いたのだが――
そこへすかざす入り込む友人となった者の声が、それを霧散させて行く。「俺達がいる。だから負けるな。」と……。
見た事もない陽光の輝きは、まるで拳士の手を取る友人達の想いの様に彼を包み、そして痛みに苛まれていた双眸へ光が差して行く。
強く……優しささえ讃えた熱き光が。
「なれるかな……ボクでも。皆みたいに……力無き者を守るロボット使いに……。」
そして……翳した手に嵌められたままであった指輪が、陽光でキラリと鈍色を放っていた。否――
霊機と繋がるヒヒイロカネ製のそれが、主を見つけたと言わんばかりに輝いていたのだ。
†††
ある事情により、再度彼を迎える事とした。
組織に協力する承諾を得ていない今は、彼にも心の整理が必要と時間を与えての今でもある。
「すまないな、
「いえ、お気遣いは無用であります。それに当主
「そ……そうか(汗)。ではその様に改めよう。」
と、
参骸一佐の一人娘である、
「時に
「いえ?
身なりは切り揃えた黒髪を短くまとめ、双眸は父親に似てやや切れ長な中に真面目さが伺える彼女。身長で言えば、
詰まる所、彼女は自衛隊組織から
そんな彼女は、こちらから会話を振らなければあまり言葉を零さない、絵に書いた様な真面目系自衛官。それをミラー越しで見やりながら、砕けた空気を引き締める。
その理由はこれより、
自分達の子供へ暴力被害を与えた子供が保釈され、それがノコノコ目の前に現れる――
普通の家族としては正気を疑う行為だろう。
けれどオレ達が今背負う戦いは、そんな常識を軽々凌駕する状況。しかも今後激化の兆候ありと、あのルミナーティル・マギウスより聞き及んだばかり。こちらとしては、形振り構っていられない状況でもあった。
そうしてオレは、今後を思考しながら相棒を駆り幹線道路を駆け抜ける。
頭上ばかりに気を取られたオレの、足元がグラ付き始めているのにも気付かずに――
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