memory:51 正義の拳の産声

 守護宗家が管轄すると言われる宿泊施設の厚遇は、犯罪者である自分には過ぎたる扱いであると感じざるをえなかった。


 足を踏み入れたそこは高級リゾートホテルのレベルを越える、要人しか入れぬ政府の中枢を思わす景観。あまりにも不釣り合いな今の自分が、恥ずかしくて逃げ出したくなってしまった。


「当主炎羅えんらは、アメノハバキリへの補充人員手続き後、再びこちらへ来られるそうです。まあ、こちらの事情絡みではあるのですが。」


 すでに案内された部屋で戸惑うボクを気遣う様に、綾凪 宰廉あやなぎ ざいれんと呼ばれたSPさんが話しかけてくれます。その名……機関にいた教員免許を持つ、御矢子みやこさんと同姓である点にピンと来た事で、思わず問い返してしまいます。


「あの……綾凪あやなぎさんは、機関にいた御矢子みやこさんと呼ばれる方の肉親か何かでしょうか? 多くはお話してはいないのですが、彼女も兄がいると仰っておられました。」


「……まあ、そうですね。彼女は私の妹に当たります。そうですか……あいつが私の事を仄めかすとは。幾分余裕も出てきたと言う事……良い傾向です。」


「余裕……? 傾向って――」


 何気ない問いへ返される下がった声のトーンで、聞いてはならない事を聞いたかと、バツの悪い顔をしてしまったボクに――


 彼は今まで見せなかった、SPとしてではない語ってくれたのです。


亜相あそう君もお聞きになられたでしょう、あの機関は色々と世間からうとまれ、厄介払いの果てに集う者がいると。」


「はい……。社会に馴染めぬ方々が、機関の大半を締めているとお聞きしています。ボクもまあ、その代表みたいなモノですが。」


 彼が口にした……との下りに反応したボクを、クビを振って制してくれた綾凪あやなぎさんは続けます。


「ああ、そういう意味で言ったのではありません。気分を害したなら謝罪します。ですが社会では、相手を傷付けるのをいとわぬ者が満ち溢れています。故に皆、傷付けられた心のまま、居場所を無くし路頭に迷ってもおかしくはなかった。ですが――」

「あの草薙 炎羅くさなぎ えんらと呼ばれる稀代の当主は、そんな人にこそ価値を見出し、称賛し、ここに集えと声をかけてくれた。彼自身、御家の様々な所からいぶかしがられる身であるというのに、です。参考までに……当主炎羅えんらは、。」


 そうして彼の家族である妹さんの話から導かれたのは、あのアメノハバキリと言う組織のみならず、守護宗家は草薙家を背負う人……草薙 炎羅くさなぎ えんらさんが置かれた状況の全容でした。


 触りだけなら奨炎しょうえん君達から聞き及んでいたけれど、未だ組織未加入なボクはそれ以上は踏み込んでいなかったのです。だからこそ、まだ関係浅い同年代子供達だけでなく、一番深い繋がりのある家族な大人達の言葉が、脳裏へと染み込んで行ったのです。


「あんな凄い人が、能無し? そんなに宗家には、強い力が求められるんですか?」


「……本来これ以上を一般民に口外するものでもないのですが、そうですね。危険に巻き込まない範囲の解釈で言うならば、穿守護宗家当主には求められるのです。それが当主炎羅には――」

「と言うより、彼は本来一般社会から宗家に入った者であり、早い話が。」


 語られる言葉は真相をぼかしてはいたけれど、とても重い内容である事は充分に理解できます。そして今、ぼかされた中にあった闇を穿つ力との下りは――



 まさに今、ボクの様な子供に託されんとしている現実に他ならなかったのです。



 †††



 多くの者の配慮の中、戸惑いながらも居た堪れぬ拳士闘真は要人用宿泊施設の如き部屋で、昼食を頂きながら思案にふける。元来監視される身であるため、食事は全て部屋で行う様にと社会派分家宰廉から言伝ことづてられるも、高級料亭さながらの食事には目を白黒させていた。


 同時に、自身がただその様な扱いを受けているのではない事を薄々感じ始めていたのだ。


「凄い料理……。父さんと過ごした日々でも、こんな物食べた事もない。それが当たり前の様に食べられるボクは……きっと、守護宗家やアメノハバキリ機関にとってはとても重要なんだろうな。」


 並ぶ海鮮料理に郷土料理。どれも一般人が食す分には過ぎたるメニュー。常識で考えれば、口にできる物ではない。


 警視庁の対応は兎も角としても、守護宗家からした彼の扱いは正しく要人としての対応であった。


 見たこともない食事を、取り敢えず平らげた居た堪れぬ拳士は広過ぎる間取りの部屋奥、ベランダ部へと足を運ぶ。時間はすでに、昼時を少し過ぎた頃。時期で言えば、夏に差し掛かる焼けた日差しの降り注ぐ日中。


 居た堪れぬ拳士は、その手で眩しく降り注ぐ初夏の陽光をさえぎりつつ、町並みを一望した。


「……こんな景色、始めて見る感じがする。父さんと武術の稽古に打ち込んでた時には、こんな余裕なんてなかった。」


 父との言葉を口にする度、彼の心は言い様のない淀みに切り刻まれていた。いたのだが――

 そこへすかざす入り込む友人となった者の声が、それを霧散させて行く。「。」と……。


 見た事もない陽光の輝きは、まるで拳士の手を取る友人達の想いの様に彼を包み、そして痛みに苛まれていた双眸へ光が差して行く。

 強く……優しささえ讃えた熱き光が。


……ボクでも。皆みたいに……使……。」


 そして……翳した手に嵌められたままであった指輪が、陽光でキラリと鈍色を放っていた。否――



 霊機と繋がるヒヒイロカネ製のそれが、



 †††



 闘真とうま君を、宗家宿泊施設へ送り届けた後。その足で自衛隊駐屯地へ向かい諸々の書類整理を終え――

 ある事情により、再度彼を迎える事とした。


 組織に協力する承諾を得ていない今は、彼にも心の整理が必要と時間を与えての今でもある。


「すまないな、参骸さんがい三尉。機関に協力依頼予定の少年を、もう一度迎えに行く必要があったんだ。」


「いえ、お気遣いは無用であります。それに当主草薙くさなぎ、自分の事は姫乃ひめのと呼称頂いて結構です。名字のままでは被り、非情にややこしいであります。」


「そ……そうか(汗)。ではその様に改めよう。」


 と、闘真とうま君の所へ向かう際同乗も已む無しとした彼女――

 参骸一佐の一人娘である、参骸 姫乃さんがい ひめの三尉をRX−8へ乗せていたのだが……単純に生真面目な性格かと想いきや、呆気に取られてしまった。


「時に姫乃ひめの三尉はその……一佐をその様に呼称しているのは、何か意図でもあるのかい?」


「いえ? 参骸 乱人さんがい らんとであり、に位置する一佐であります。故に、と呼ぶが妥当との考えに至ったであります。」


 身なりは切り揃えた黒髪を短くまとめ、双眸は父親に似てやや切れ長な中に真面目さが伺える彼女。身長で言えば、音鳴ななる君に沙織さおり君らとさして変わらぬ辺りだろう。だがしかし……苦笑しか浮かばないな。


 詰まる所、彼女は自衛隊組織からいたずらに弾かれているのではなく、元々の素が合わないと言う事らしい。


 そんな彼女は、こちらから会話を振らなければあまり言葉を零さない、絵に書いた様な真面目系自衛官。それをミラー越しで見やりながら、砕けた空気を引き締める。


 その理由はこれより、闘真とうま君が組織に参入した場合を想定し、彼が起こした事件被害者となった者の所へ向かうためだ。


 笹島 尊ささじま たける……闘真とうま君による、格闘大会後の暴力被害も一命は取り留めた彼。その彼が入院する病院へ、当事者を引き連れ保釈の旨を伝えるため向かう。当然そこにはたける君の家族がいる訳で、一番の難関はそこでもあった。


 自分達の子供へ暴力被害を与えた子供が保釈され、それがノコノコ目の前に現れる――

 普通の家族としては正気を疑う行為だろう。


 けれどオレ達が今背負う戦いは、そんな常識を軽々凌駕する状況。しかも今後激化の兆候ありと、あのルミナーティル・マギウスより聞き及んだばかり。こちらとしては、形振り構っていられない状況でもあった。


 そうしてオレは、今後を思考しながら相棒を駆り幹線道路を駆け抜ける。



 気を取られたオレの、――

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