memory:50 膨れ上がる驚異

 憂う当主炎羅は一路日本国本土へ。

 彼と帰郷のため移送される居た堪れぬ拳士闘真を乗せた輸送機が、僅かのフライトの後の着陸を控えた頃。当主は対魔討滅機関アメノハバキリ内での今後を見据えた情報統合を、聡明な令嬢麻流へと指示していた。


『ルミナーティル・マギウス勢力からの情報を元に、こちらでもイレギュレーダの最終情報を詰める方向とする。なにせ様々な情報が未知である奴らだ……後手の状況は已む無しだが、それに甘んじる訳にはいかないからな。』


「ええ、了解です。宗家文献でも、あの存在に関する記述は欠落が多く……と推測しています。宗家へ代々伝わる解釈への心得え〈正確と不正確を不自然に散らす情報こそ、そこにある真相を重視せよ〉にのっとり情報解析に移ります。」


『そうだな。不自然を意図的な歯抜けと捉え、暗号の如く残される正確な情報に続く真相を追う……。、後世の者にその解読と全容把握を委ねなければならぬモノだ。頼むぞ?麻流あさる。』


 古き時代より、危機的な何かしらを察する異能者は警告に警鐘と、それらを含めた予言を数多く残していたとされる。だが、いつの時代もそれが知れ渡るのは危機が去った後……いくら先達が危機に備えよと残そうとも、後世に生きる者がその必死さと重要性を読み取れねば無意味である。

 しかし暁の国家日本国は、多くの地名やあらゆる場所へその危機の名残を残すお国柄であり、いにしえより数多の大災害から立ち上がった、スクラップ・ビルドの精神で邁進して来た民族性が存在していた。


 それは、それが多くの国民の心へと刻まれ、有事を耐え凌ぐ忍耐力へと変化していったのだ。


「聞いた通りです。我が三神守護宗家に残される古き文献の大半が、国家でも正式に扱われぬ外典とされていますが……裏を返せば、迂闊に後世へ残せば国民をパニックに陥れる――」

「そういった側面から、それを知る者が独自の解読法で読み解き、危機に備えるが基本となっています。」


 憂う当主からの通信を終えた聡明な令嬢が、作戦会議に当てられたルームで理路整然とした講釈を開始する。彼女の母校大学でも有名な、〈論ずる聡明女性〉との呼び声高き透き通る声音こわねが、凛々しくルームへ響き渡っていた。


 それに聞き惚れる機関の子供達。穿つ少女音鳴貫きの少女沙織、そして見定める少年奨炎はすでに一端の機関員である。一人、


 それに加えた機関員の要である堅物一佐乱人やんわりチーフ青雲真面目分家御矢子も室内へ浮かぶ宙空投影モニターを凝視する。そこにはこれまで、機関が相対してきた野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダと名を改められた存在の行動パターンと、魔軍監視団ルミナーティル・マギウスから提供された古き時代の経典より、閲覧可能なデータが映し出されていた。


 が――

 記されるデータから敵対勢力の真相が顕となるに連れ、彼らは驚愕と焦燥を覚える事となる。


「……青雲せいうんさん。これはまるで――」


「そうだね〜〜これはかも知れないね〜〜。麻流あさるさんも、これは子供達へしっかり伝えて置かねばならないかもね〜〜。」


 嫌な汗を滴らせる真面目分家とやんわりが吹き飛びかけるチーフ。その視線が聡明な令嬢と機関子供達を行き来する。そこで双眸を閉じ、決意新たに開くも険しさ宿した視線で、聡明な令嬢が子供達へと告げて行く。


 野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダと呼ばれるモノが、如何な存在へ関係しているのかを。


「皆さん、落ち着いて聞いて下さい。これよりあのデヴィル・イレギュレーダと呼称される存在について説明します。これは宗家文献外典と、魔軍からの情報提供で詳らかとなった情報ですが――」

「アレは十中八九、。即ち、人類がこれまで生んだありとあらゆる負の情念の集合体であり、それが魔軍の呼称する形へ変貌したモノであると断定できます。即ちアレは宿。」


 場も凍る様な事実が突き付けられ、子供達も絶句する中。それらを宗家が、かつて何と呼び現していたかが告げられる事となる。


「地球の霊脈が負に堕ちた姿を、いにしえの神話時代より、宗家と日本国はこう称していました。星の巨大霊災……〈ヤマタノオロチ〉と。」



 会議ルームが、重き暗雲で包まれて行く――



 †††



 憂う当主炎羅が駆る鋼鉄の白馬RX−8⃣が宗家特区を駆け抜ける。爆音と言う咆哮を奏でながら、居た堪れぬ拳士闘真が戻る先との連絡を取り合っていた。が、そこで拘置所側から特例的な扱いが伝えられた。


『当主炎羅えんら、本来我々がこういう対処を取る事などないと前置きした上で、詳細をお聞き下さい。戸来場とらいば刑事経由で、警視庁からも許可が降りてるので、そのまま亜相 闘真あそう とうま君の移送先を宗家管轄の宿泊施設へ変更して下さい。』


「またそれは……思い切った対応に踏切りましたね。まあこちらとしても、保釈するまでの彼が拘置所で寒々過ごすのはと思っていた所……その旨は彼へ伝えて置きます。刑事にも感謝しているとお伝え下さい。」


 元来犯罪を犯した者が特例の中、保釈もされぬウチに一般機関へ移される事などあり得ない。だがそこに宗家が関わっていた事もあり、加えた宗家の擁する機関全域のセキュリティの高さが功を奏し、拘置所暮らしが確定である少年拳士への温情が伝達された。


 実質、国家に対する不穏を働くモノに対する力ある機関とし、表の自衛隊、裏の守護宗家とさえ呼び称される。警視庁からのお墨付きが下るも道理であった。


 そのやり取りから、急遽行き先を変更する憂う当主は白馬を一般車両に溶け込ませる様に、幹線道路を右に左に車線変更して行く。その道すがら、居た堪れぬ拳士にも詳細が告げられた。


「あの戸来場とらいば刑事が骨を折ってくれた様だ。君の移送先を、これから宗家管轄の宿泊施設へ変更するからね。なに……きっと彼も心配で顔を出すだろうから、君は心配の必要もないさ。」


「……っ。でもそれ、普通はあり得ない待遇でしょう?草薙さん。ボクにそんな待遇を受ける資格なんて――」


「あくまで特例だそうだ。それに君へ責が伸し掛からない様にするための、宗家管轄施設でもある。世間じゃ、君なんて比べ物にもならないぐらいの重犯罪者がそこへ移送される例もある。君はその対称に位置した扱いだがね。」


 さらりと背筋の凍る話題を混ぜる憂う当主に、心配よりも恐怖が先に立つ居た堪れぬ拳士へ、例えだとミラー越しに苦笑を零す当主。そんなやり取りを交えながら、鋼鉄の白馬RX−8⃣はやがて周囲を宗家管轄施設に囲まれた区画へ、爆音を響かせ侵入して行く。


 宗家が誇る有力施設が目と鼻の先に存在する、守護宗家本丸の一歩手前であった。


「お待ちしておりました、当主 炎羅えんら亜相あそう君もようこそ。こちらが宗家の管轄する宿泊施設になります。なお、事前の連絡は受けております故、気兼ねなくこちらをご利用下さい。」


 そこへ先んじて訪れ、諸々の事務手続きを熟していた社会派分家宰廉が、白馬を視認するなり歩み寄る。


「事情は伝わっているな?宰廉ざいれん。なお、警視庁の顔にドロを塗らない様に、闘真とうま君への監視態勢は確実に。その辺りは彼にも断りを入れているからな。」


「委細承知しました。亜相あそう君、ではこちらへ。」


 白馬の観音開きとなる後席ドアを潜る、居た堪れぬ拳士を案内するため、社会派分家が先導する。その分家へと、憂う当主が今後のスケジュールを口頭で伝えた。


宰廉ざいれんはひとまず、彼の身辺警護についてくれ。その際もし、彼の心変わりがあればこちらへ連絡。なくとも、警視庁が認可した期間は彼をこちらで住まわせる。後は転ぶ状況次第だ。オレはこの足で残る対応――」

「自衛隊所轄の陣営で、参骸 姫乃さんがい ひめの三尉を迎え入れる準備に移るとする。」


「ああ、一佐の娘さんですね? 心得ました。亜相あそう君の事はお任せ下さい。」


 人手不足を当主自らが補うさまに、社会派分家もこうべを垂れるしかない。故に小さな事は何でも熟す所存で、拳士を施設へ導かんとしていた。

 そんな信頼関係を目の当たりにする居た堪れぬ拳士も、すでに心の揺れは大きくなり、けれど全てを決めきれぬ胸中。


 せめてもと、その厚遇への謝意を表す事とした。


「あの……! 草薙さん、ここまでして頂き本当にありがとうございました!」


「気にする事はないさ。むしろこちらは、君を利用せざるを得ない現状だ。このくらいしかできないのを、逆に恥ずべきと思っているほどさ。」


 その謝意へ返される謝罪にさえ、拳士は宗家と呼ばれる者達の器を感じ取っていた。そして――


 拳士は厚遇の元宿泊施設への滞在へ。そして当主は残る案件処理のため鋼鉄の白馬RX−8⃣を走らせた。


 だが……そんな光景を、同じ宗家の身内内から注視する影。身内から出たサビの如くそれが動き出してた。


「棟梁……只今、あの草薙 炎羅くさなぎ えんら宗家宿泊施設へと迎え入れた模様。これでまた一つ、。」


『今は静観だ。まだ叩けばホコリも出るだろう。奴を草薙当主の座から引き摺り下ろすにはまだひと押しが足りない。、せいぜい踊らせておけ。』


 憂う当主の行動一部始終を監視する影は身内。それも、反意の疑いある――


 かつては八年前、宇宙より不時着したエイワス・ヒュビネット少年を保護した前当主である叢剣そうけんを、宗家への反逆者として殺害し身を追われた天月家の跡取り。



 天月 烙鳳てんげつ らくほうを名乗る不穏の因子が、憂う当主の身を狙い定めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る