memory:49 アメノミハシラ

 異例の魔の者との合同演習を終えた翌日。

 巨鳥施設アメノトリフネの朝を賑わす子供達の声は、ひとまずの区切りとなる別れの朝食の最中。しかしすでに、仲間の様に接する少年拳士とのひとときを過ごす姿がそこにあった。


「んん〜〜! ここの朝食、日替わりお味噌汁がサイコー! 昨日の豚汁も捨てがたいけど、今日のあさり汁がまたあっさりしてて朝食が進むっポイ〜〜!」


『確かに、ウマシウマシですね。こちらの卵かけご飯なんて、日本人にとってはツボでしかありません。おや? 闘真とうま君は食が進んでませんが?』


音鳴ななるさん……(汗)。結局君はほとんどの時間が、ストラズィール内からのリモート参加だったね。何かボク、嫌われるような事でもした?」


「そこは気にすんなって。言ったろ?ナルナルは。」


ぇ〜〜。」


『んなっ!? だから私は、ニートではないし!?』


否定しないんだね(汗)。」


 拳士も先日まで見知らぬ子供達。さらにはその彼らも出会って一ヶ月と立たぬ間柄であると言うのに、そこにはただの馴れ合う顔見知りの域を越えた、強き絆が生まれていた。


 彼らは一様に社会の常識から隔絶され、自分がいる居場所さえ失いかけた者同士。だからであろう……出会った時間の少なさなど意に介さない信頼が、知らずに彼らを繋いでいたのだ。


 共にある仲間を弄りあい、機関施設食堂に並んだ朝食メニューを一通り平らげた子供達は、僅かの休憩を挟み一路格納庫滑走路脇へと参集する。


 当然そこには、居た堪れぬ拳士闘真を本土へと一時帰還させるため、輸送機がアイドリング状態で待機中である。


「慌ただしくなり申し訳ないね。ただ先より魔の襲来が見られていない状況を考慮し、早めの出立をと。そこは理解してくれると助かる。」


 子供達――

 例によって例の如く、端末越しの穿つ少女音鳴を始めとした子供達と輸送される拳士が居並ぶそこへ、いつもの凛々しくも後ろめたさを多分に秘めた面持ちの憂う当主炎羅が歩み寄る。


「いろいろ皆に聞きました。なので状況も把握はしてます。お気になさらず。」


 帰還を待つ居た堪れぬ拳士であったが、実質彼は戻ったとしても居場所などは存在しない。彼が戻る場所は、犯罪者を収監する拘置所である。誰も好き好んで戻りたいと願う場所などではない。

 が――


「じゃあ闘真とうま。アメノトリフネに戻るなら、ちゃんと俺達がいるから安心しろ。いつでもお前の返る場所を準備しとくからな。」


「そうね。軽い気持ちで戻って……とはいかない場所だけど、絶対あなたに辛い思いをさせないと誓うわ。」


『二人に同じくですね。例えここに戻らなかったとしても、連絡しあっていろいろ仲良くしましょう。』


「そうだね……。」


『ここで弄って来るとはいい度胸ですね、闘真とうま君。ならばあなたを、いずれVRシュミレート訓練でしてあげるとしましょう。』


 やり取りへ親しい労りを乗せ子供達は笑い合う。光景を目撃した見送りの機関員達も首肯する。と……そこへ居並ぶ堅物一佐乱人へ、憂う当主より追加案件でもある概要が伝えられた。


「ところで参骸さんがい一佐。……参骸 姫乃さんがい ひめの三尉の手続きの件も、今回一緒に済ませて来ようと思うのですが。異論はありませんね?」


『えっ!?一佐に娘さんがおられるですとぅ!? それに、それに三尉って事は普通に自衛隊所属ってやつじゃ! そこんとこク・ワ・シ・クっ!』


「「食いついたな、ナルナル……(汗)。」」


「ふぅ……何もこの場で言わんでもいいでしょうに(汗)。もちろん異論はありません。自分は娘の進むべき道を尊重する腹積もりでありますゆえ。それにここの子供達とならば、心を開く事と期待しています。」


 唐突に告げられた堅物一佐娘の機関合流案件。だがそれを苦笑ながらに了承した彼の言葉からも、そこにひとクセある事は想像に難くなかった。

 程なく――



 いくつもの案件を抱えた憂う当主により、拳士が一時帰還へと本土へと飛ぶ事となる。



 †††



 一方の地球衛星軌道宙域では――

 合同演習で募る不満顔で戻る、温和な魔太子ロズウェルを迎える魔の貴公子シザが通信を寄越す。


  いくつもの傷を刻んだ、風の堕天騎将エリゴール・デモンズ修繕に入る傍らで。


『お前、えらく愉悦に満ちた戦闘を成して来た様だな。全く……こちらは数が倍増するイレギュレーダ共相手に、魔導外郭へ無用な傷を生んでしまった所だ。』


「愉悦とはお言葉だね、シザ。けどロズはあの戦いで、君が垣間見た彼らへの希望も確認してきた所。ただ――」


『ただ?何だ。』


「ただ彼らは、全てが未だ覚醒の域ではない発展途上。言わばさなぎの様な状態だね。だからもう少し時間が必要と、ロズは感じたよ。」


 すでにやり取りは、地球機関に属する者を絶対的な殲滅対象から外した様な口ぶりで進められる。それを映像で一瞥した上級魔族たる存在……すでに合流を果たす巨躯なる魔将紫雷が重い口を開いた。


「シザに加えロズまでが、彼ら光側の善性にふれた様だな。僥倖ぎょうこうだ。我らと彼らは元来敵対するべき存在ではない。宇宙に於ける立ち居位置の違い……適材適所こそが我ら相関関係の本質ぞ――」

「故に地上で蔓延する、低次元かつ暴力的な解釈など言語道断。それでは、理知を持たぬ獣の弱肉強食社会に成り下がる。」


『『我らも同感であります。』』


 語られる価値観は、低俗な人類では到達できぬ高位たる者らしき正論に満ち、同じ意向で事を進める魔の新進気鋭らも首肯と共に反応する。


 魔が貫き通す理念は愚かな人類の遥か上級に位置する。だが地上では、いにしえよりそれらがあらゆる形で伝わっているにも拘らず、時を追うごとに劣化し、歪められ、都合のいい方向へと捻じ曲げられての現在である。


 それを知る彼ら高貴なる魔の者はいにしえの盟約に従う様に、努めて理念に従う姿勢を貫いていた。


 たった数機も、魔の軍勢からすればそれだけで異形の群れを薙ぎ払う事の叶う戦力。それらが地球衛星軌道上から、蒼き大地を監視していた。

 データ化された、異形の大群の侵入する経路を睨め付ける二人の魔の気鋭。と――


 そこで魔の貴公子シザが眉根を寄せた。


「ロズ……我らと光の志士らだけで、これまでイレギュレーダを討滅して来た。しかしそれはあくまで、奴らの地球侵入経路が絞られていたからに他ならない。だがこれを見ろ。」


『……っ、経路が……!?地球に現存するいにしえの転送ゲート――確かあの炎羅えんらと言う代表から得た正式名は〈アメノミハシラ〉と言ったかな。その一つが稼働不能に陥った事で、異形が溢れる形となったと聞いたが。これはマズイね……。』


 地球の天空、衛星軌道上に位置する場所へ人知れず鎮座するそれは、地上の稚拙な科学では観測できぬ高次元に存在する。日本国は三神守護宗家に残る伝承で、〈アメノミハシラ〉と呼称されるそれは、いにしえより外界から押し寄せる負のエネルギーに対し蒼き星を守る役割を担っていた。

 同時に、地上の種が宇宙へ上がるための手段として用いられた経緯を有し、しかしそれは遥か1万2千年前まで遡った頃に機能制限を課せられる事となる。


 そう――、である。


 魔に属する者達にその観測が叶うのは、彼らが太古から地球人類と深く関わりがある故であり、今まさにそこに現れた異変へも最大の警戒が向けられていた。


「シザ、そしてロズ。貴君らはすぐにあれの調査に当たれ。地球側に張り巡らされた結界へこれ以上の抜け穴がが生じれば、もはや我らの手勢では手に負えぬ。万一の場合は彼らとの全面協力の元、異形の完全滅殺へ全力を注げ。これは地球人類だけではない――」

「我らが大兄者が一人……紫炎様の弟君にして、魔軍七大宰相。肝に銘じよ。」


『『はっ……! 天魔の宰相の御心のままに!』』


 巨躯の魔将は声高に、そして揺るぎなき面持ちで宣言する。そこへ紛れる紫雲しうんとの名は、紛う事なきあの炎羅えんらへ友人としての誘いを提示した者。



 そして因果がゆっくりと全てを巻き込んで行く。遥か数万年の時を越えて――

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