memory:48 友達と、そして家族と
少年は幼い頃から続く暴力で嘆き苦しんだ。それも家族である父親からの仕打ちであり、やがてその心は大きく歪み沈んで行った。
たった一つ……その父親が狂ってしまう前に教え込まれた、仁義礼智信の志を魂の奥に仕舞い込んで――
「やめて、お父さん! ボクは試合に勝ったのに! なんでボクは……痛い、痛いよっ!」
悲痛に響くVRシュミレート設備の中。過去がフラッシュバックした
同時に彼が操る
が――
「
魔太子はモニター通信越しに、辛辣な言葉を投げるに留める。しかし、それを好機とトドメを入れるなどの無粋は堅く律していた。
名乗りを上げ、戦場に立った光の同胞の誇りを汚さぬために。それこそが、彼ら高貴にして崇高なる魔の眷属であると宣言する様に。
温和な魔太子も温情のまま不動を貫く中。
今にも魂が引き裂かれそうになる居た堪れぬ拳士の聴覚へ、やがてそれは響く事となる。熱く激しい烈情秘めた、直ぐ側で彼と共にあらんとする存在から。
鮮烈なまでに、それはき付けられた。
『
咆哮上げしは
『痛いのとか苦しいのとか、物理的なものじゃないけどあたしも分かる。誰も助けてくれない世界なら、もうどこにも行き場を無くして、死んでもいいかって思ってしまって……。でも、あたしは今ここで生きてる! あなたに……
『正直皆さんの様な関係が嫌で、私は引き篭もってた様なものですが……それでも言わせて下さい。あなたはもう、一人じゃないんです!』
今まで誰からも助けられた事のなかった少年を、力の限り守るために。
「……じゃ、ない? もう……ボクは、一人じゃないの?」
熱き滾りが居た堪れぬ拳士を深淵から引き摺りあげて行く。ゆっくりと、少しずつ。と、そこへ便乗する者までが拳士の魂救済へと声を上げた。
『
『ロズから、敢えて言わせてもらう。同胞たる存在よ……強く、気高くあれ。』
光と闇の熱き
直後、VRシュミレート設備を静寂が包む。緊急時に備え医療班と共に駆け付けた、
「まだいける?
「……ご迷惑を、お掛けしました。行けます。」
返す言葉はほんの僅か。けれど拳士の発する雰囲気が、最悪の事態を乗り越えたモノと察し、真面目分家らも胸を撫で下ろす。
安堵を覚える機関員に見守られつつ、居た堪れぬ拳士は自分を必死で繋ぎ止めてくれた者達への、感謝を述べた。
「ありがとう、
双眸へ光を戻した少年は、己の過去からの脱却の最初の一歩を踏み出したのだ。
†††
『なんであたしだけ、そのあだ名っぽい!?』
「……なんとなく、可愛いと思ったからさ。」
『か、かかか……かわかわ――』
『落ち着けサオリーナ(汗)。お前までナルナル化してんぞ?』
『ナルナル化とはなんですか!?』
騒がしく響く通信。それがボクの耳には心地が良かった。
合同演習というイベントの最中、ボクの心を襲ったのは父さんからの暴力が引き金となったPTSD。だけどなんと、そこから強引に引き戻される事となった。
まだ出会ったばかりであるはずの同世代な子供達が、ボクの様な哀れな子供のために必死になってくれ、今こうして意識が深い闇の底へと落ち行くのを免れた。
『落ち着いたかい?
「ごめん、こんな合同演習の機会を与えてくれたというのに、ボクが不甲斐ないせいで……。謝罪させてもらうよ。」
さっきまで心を蝕んでいた闇が不思議と霧散していたのは、皆が声をかけてくれたからだろう。そう――
PTSDに陥る者が救われる事は、きっとこの世界では数えるほどだ。そんな中でボクは、こんな素敵な存在達に救われた。遥かな明日、唯一無二の友人になるであろう人達に。
今もモニター端で、合同演習な事もすっかり忘却した皆の騒ぎを聞きながら苦笑した。こんなにも呆気なく、過去から前へと踏み出せた自分へ賛美を送りながら。
ならば応えよう。素敵な人達の想いに。ボクが今出来るのはそれだけだ。
再び
「お待たせしたよ、ロズ君。じゃあ再開しよう。無様な醜態を見せた分、一撃は譲る。」
『フフッ、面白い。そんな余裕が出るんだ……遠慮はいらない様だね。』
相手の情けへの謝意を返せば、したり顔を送り返された。そこよりボクと、ロズ君との実質上の一騎打ちへと
ボク達は宵の満月が太平洋へと沈むまで、演習に明け暮れる事とした。
時は少し流れ、ボクのせいで決着も有耶無耶な合同演習は幕切れとなり、いろいろ物足りない表情で帰路に着いたロズ君。それを送り届けたボク達は、ようやくの休息となったのだけど――
「皆さんには先に休んで貰ってます。ですが
「はい、いろいろご迷惑をお掛けしました。あの……
「
「精密検査、なんですよね? アバウトだな……。」
ボクはPTSDを発症してしまった事で、夜分に機関員のご厄介になる形だった。
機関員でも、飛び抜けて真面目さが
専門スタッフがいないのになんとかなるのか?との心配もよそに、古の技術とやらがボクの身体状況を霊的?な部分まで
見かけどおりのやっぱり凄い機関だなと、改めて思った。
真っ白な診療台に横たわるボクへ接続される、機械の透明な管と電極らしきモノに加え、何やら少々眩しいスキャニングシステム的な光が全身を舐める様に通過する。不思議な体験をするボクのそばで、モニター群を睨め付けたままの
「検査状況は草薙さんへ連絡後、宗家専属の医療施設へと送ります。あなたの今後、この機関に関わる否かに問わず必要な事ですからね。」
「えっ? でも皆、すでにボクがここに居座る事前提の様な対応じゃなかったですか?」
「これはあくまで、個人の判断に委ねられるモノです。仲間になって欲しいと願っても、本人が拒否すれば強制する権限などありません。ですからあなたは、あなた自身の考えを草薙さんへお伝えなさい。」
ちらりと送る視線に、これが機関の総意であると乗せて来る
そのボクの決意を後押しする事態が、一日を待たずして撒き起こるとも知らずに。
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