memory:48 友達と、そして家族と

 少年は幼い頃から続く暴力で嘆き苦しんだ。それも家族である父親からの仕打ちであり、やがてその心は大きく歪み沈んで行った。


 たった一つ……その父親が狂ってしまう前に教え込まれた、――



「やめて、お父さん! ボクは試合に勝ったのに! なんでボクは……痛い、痛いよっ!」


 悲痛に響くVRシュミレート設備の中。過去がフラッシュバックした居た堪れぬ拳士闘真は、双眸を見開き絶叫する。脳裏へと刻まれたDMドメスティック・バイオレンスの恐怖が、彼の心を引き裂いていたのだ。

 同時に彼が操る立体映像機体V・H・Dが、剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズ眼前で藻掻き苦しむ少年の姿を模した様に異常を来す。それを視認した温和な魔太子ロズウェルも、ただ事ではない状況を察した。


 が――


闘真とうまとやら。光に属する君の人生は、戦いなき日常でさえもそんな負を抱える事があるんだね。けど、それは君達が平穏で暮らせる代償だ。己の力でそれを越えねば明日はないよ。」


 魔太子はモニター通信越しに、辛辣な言葉を投げるに留める。しかし、


 名乗りを上げ、戦場に立った光の同胞の誇りを汚さぬために。それこそが、彼ら高貴にして崇高なる魔の眷属であると宣言する様に。


 温和な魔太子も温情のまま不動を貫く中。

 今にも魂が引き裂かれそうになる居た堪れぬ拳士の聴覚へ、やがてそれは響く事となる。熱く激しい烈情秘めた、直ぐ側で彼と共にあらんとする存在から。

 鮮烈なまでに、それはき付けられた。


闘真とうま、負けんな! 俺達がついてる! 俺達はまだ出会ったばかりだけど、そんなのは関係ない! このアメノトリフネにいる人達は皆、お前みたいな苦しみや過去を背負って前を向いてるんだっ!』


 咆哮上げしは見定める少年奨炎。搭乗者に呼応した応じる戦騎フラガラッハも気炎を撒き彼の機体眼前へ舞い飛んだ。さらには――


『痛いのとか苦しいのとか、物理的なものじゃないけどあたしも分かる。誰も助けてくれない世界なら、もうどこにも行き場を無くして、死んでもいいかって思ってしまって……。でも、あたしは今ここで生きてる! あなたに……闘真とうま君に声を思いっ切りぶつけてる!』


『正直皆さんの様な関係が嫌で、私は引き篭もってた様なものですが……それでも言わせて下さい。あなたはもう、一人じゃないんです!』


 貫きの少女沙織穿つ少女音鳴が次いで声を上げるや、貫きの戦騎ガングニールも舞い飛び、そして穿つ戦騎ゲイヴォルグは重戦騎を狙撃目標へ捉える。


 今まで誰からも助けられた事のなかった少年を、力の限り守るために。


「……じゃ、ない? もう……ボクは、一人じゃないの?」


 熱き滾りが居た堪れぬ拳士を深淵から引き摺りあげて行く。ゆっくりと、少しずつ。と、そこへ便乗する者までが拳士の魂救済へと声を上げた。


亜相 闘真あそう とうま……痛いか? 苦しいか? 残念な事に我ら魔の者は、そういった感情の集合体として生まれた存在だ。よって君の苦しみは、我らからすれば些細な物でしかない。ないのだけれど――』

『ロズから、敢えて言わせてもらう。同胞たる存在よ……強く、気高くあれ。』


 光と闇の熱き真言しんごんが、拳士の心を救い上げて行く。いつしか拳士を包む深淵が柔らかく霧散して行くのを、一部始終を目撃する全ての者が確認していた。


 直後、VRシュミレート設備を静寂が包む。緊急時に備え医療班と共に駆け付けた、真面目分家御矢子やんわりチーフ青雲が班を制する様に手を翳した。そこから、直接内部視認出来る小窓へ視線を送り、告げる。


「まだいける? 亜相あそう君。無理をしては――」


「……ご迷惑を、お掛けしました。行けます。」


 返す言葉はほんの僅か。けれど拳士の発する雰囲気が、最悪の事態を乗り越えたモノと察し、真面目分家らも胸を撫で下ろす。


 安堵を覚える機関員に見守られつつ、居た堪れぬ拳士は自分を必死で繋ぎ止めてくれた者達への、感謝を述べた。


「ありがとう、奨炎しょうえん君。音鳴ななるさんに、サオリーナ。そして――気高き魔族のきみ、ロズウェル君。」



 双眸へ光を戻した少年は、己の過去からの脱却の最初の一歩を踏み出したのだ。



 †††



『なんであたしだけ、そのあだ名っぽい!?』


「……なんとなく、可愛いと思ったからさ。」


『か、かかか……かわかわ――』


『落ち着けサオリーナ(汗)。お前までナルナル化してんぞ?』


『ナルナル化とはなんですか!?』


 騒がしく響く通信。それがボクの耳には心地が良かった。


 合同演習というイベントの最中、ボクの心を襲ったのは父さんからの暴力が引き金となったPTSD。だけどなんと、そこから強引に引き戻される事となった。


 まだ出会ったばかりであるはずの同世代な子供達が、ボクの様な哀れな子供のために必死になってくれ、今こうして意識が深い闇の底へと落ち行くのを免れた。


『落ち着いたかい?闘真とうま。ロズは待ちくたびれたんだがな。』


「ごめん、こんな合同演習の機会を与えてくれたというのに、ボクが不甲斐ないせいで……。謝罪させてもらうよ。」


 さっきまで心を蝕んでいた闇が不思議と霧散していたのは、皆が声をかけてくれたからだろう。そう――


 PTSDに陥る者が救われる事は、きっとこの世界では数えるほどだ。そんな中でボクは、こんな素敵な存在達に救われた。遥かな明日、唯一無二の友人になるであろう人達に。


 今もモニター端で、合同演習な事もすっかり忘却した皆の騒ぎを聞きながら苦笑した。こんなにも呆気なく、過去から前へと踏み出せた自分へ賛美を送りながら。


 ならば応えよう。素敵な人達の想いに。ボクが今出来るのはそれだけだ。

 再び立体映像機体V・H・Dで構えを取り、ロズウェル君とラルジュ・デモンズをしかと見定める。眼前の凛々しき出で立ちもまた、ボクを救うため拳を一端引いてくれた誇り高い戦士だから。


「お待たせしたよ、ロズ君。じゃあ再開しよう。無様な醜態を見せた分、一撃は譲る。」


『フフッ、面白い。そんな余裕が出るんだ……遠慮はいらない様だね。』


 相手の情けへの謝意を返せば、したり顔を送り返された。そこよりボクと、ロズ君との実質上の一騎打ちへともつれ込み――


 ボク達は宵の満月が太平洋へと沈むまで、演習に明け暮れる事とした。



 時は少し流れ、ボクのせいで決着も有耶無耶な合同演習は幕切れとなり、いろいろ物足りない表情で帰路に着いたロズ君。それを送り届けたボク達は、ようやくの休息となったのだけど――


「皆さんには先に休んで貰ってます。ですが闘真とうま君は少し、精神状況確認も踏まえた精密検査に付き合いなさい。」


「はい、いろいろご迷惑をお掛けしました。あの……綾凪あやなぎ御矢子みやこさんでしたっけ?」


御矢子みやこで構いません。と、医務室はこっち。今専属の医務スタッフは配属が間に合っていないのだけど、一応古代技術の粋を結集すれば。」


「精密検査、なんですよね? アバウトだな……。」


 ボクはPTSDを発症してしまった事で、夜分に機関員のご厄介になる形だった。


 機関員でも、飛び抜けて真面目さがうかがえる綾凪あやなぎさん。あの草薙さんの奥さんである麻流あさるさんに負けず劣らずの美人も、妙な所がアバウトなのは今見た通り。そんな彼女の案内で、医務室へと案内されての検査開始だ。


 専門スタッフがいないのになんとかなるのか?との心配もよそに、古の技術とやらがボクの身体状況を霊的?な部分までつまびらかにして行く。


 見かけどおりのやっぱり凄い機関だなと、改めて思った。


 真っ白な診療台に横たわるボクへ接続される、機械の透明な管と電極らしきモノに加え、何やら少々眩しいスキャニングシステム的な光が全身を舐める様に通過する。不思議な体験をするボクのそばで、モニター群を睨め付けたままの綾凪あやなぎさんが今後についてを提言して来た。


「検査状況は草薙さんへ連絡後、宗家専属の医療施設へと送ります。あなたの今後、この機関に関わる否かに問わず必要な事ですからね。」


「えっ? でも皆、すでにボクがここに居座る事前提の様な対応じゃなかったですか?」


「これはあくまで、個人の判断に委ねられるモノです。仲間になって欲しいと願っても、本人が拒否すれば強制する権限などありません。ですからあなたは、あなた自身の考えを草薙さんへお伝えなさい。」


 ちらりと送る視線に、これが機関の総意であると乗せて来る綾凪あやなぎさんにより、今後のためとボクの身体状況が検査される中。もう……心の中で動き始めた決意が、熱く熱を帯びて湧き上がり始めていました。



 そのボクの決意を後押しする事態が、一日を待たずして撒き起こるとも知らずに。

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