memory:47 PTSDを越えて

 決断のままボクは飛び出した。相手は魔軍をうたう少年と、彼の駆る巨大にして強力なる重戦騎。その幾重にも重なる鎧の防御を抜けるのは、腕部に強力な当たり判定を与えた立体映像の剛腕部だけだ。


 合同演習と銘打ったものの、どうもこれがかなり込み入った内容であるらしい事は、皆の意思からなんとなく伝わって来る。現状事前体験のボクでは知る由もない理由が彼らを包んでいたんだ。


『来るか、闘真とうまとやら! 君はまだ正規の機関員ではないようだが、剣携え相打つというなら容赦はしない! 見せてみろ、君の戦いを!』


 それ以上に、眼前でボクの挑戦を受ける様に轟砲を構えつつ剛腕を振り翳すロズ君。魔族と言う、地球地上では現実でさえ存在の怪しき者が立ちはだかる。


 普通に考えたら、こんな異常な事態に正気を保てるものではない。けれどこの身体に染み付いた、二つの葛藤がボクを突き動かしていた。


 ――今までの地獄から抜け出したい切望と、義を翳す事の叶う明日を願う希望が――


亜相 闘真あそう とうま……一手、お願いします!」


 これは地球に訪れる魔を相手取る戦いの、訓練的なものであるはず。だけど新参なボクはそれを置いておき、純粋な試合に望む方向で礼を払う。父さんがあんな事になる前は、当たり前の様に教え込まれた仁義礼智信の心の元に。


 立体映像で交差するボクとロズ君。虚像の兵装と剛腕の重戦騎が闇夜で火花を散らす。物理的干渉はないはずなのに、ご丁寧に衝突音を演出する機関側の配慮で、攻撃の程度を確認した。


 相手の質量に対し、ストラズィールと言うロボットが僅かに劣っている事を悟ると、不利な打ち合いから、回避からの牽制攻撃へと移行する。


「とてつもなく重い! これが、魔族の乗るロボット……!」


『こんな物ではないぞ、これより地球に襲来する有象無象の存在は!』


 演出効果と同時にこの身を揺らすフィードバックは、まるで実際に眼前の機体からの攻撃を受けた様な感覚で、同時に今自分の置かれた状況がつぶさにモニターへ表示される。差し当たっては、格闘家と巨漢のプロレスラーか柔道家程度の体格的な違いを認識した。


 自身が身に付けた技は一般的な空手の派生。防御と耐久力に優れた相手には、充分な一撃を加えられないかも知れない。


 空中戦でもあるこの戦いを制するため、巨躯の剛腕を右に左に交わしつつ、視線を今仲間である奨炎しょうえん君達へと投げた。


『いいぜ、闘真とうま! こっちの隙を上手くカバーしてくれてサンキュな! んじゃま俺達も、しっかり援護しねぇとな!』


闘真とうま君、そのままフェイントでロズ君を揺さぶって。こちらでターゲット補正からの予測弾道射撃を敢行しますから。』


『その予測弾道射撃軌道をこっちに送って、ナルナル! 正面から突撃出来ないなら、せめて射線へ誘導するっポイ!』


 三者三様の通信を聞きつつ、眼前を睨め付けロズ君へ揺さぶりをかける。これはボク一人の戦いではないのは理解している。それでも豪語し突出した以上は、やるだけの事はやらねばならない。


 大気を切り裂く剛腕を避けて、避けて……避け切って。後方より奨炎しょうえん君からの重機関砲斉射の後、音鳴ななるさんからの予測弾道狙撃が舞う。そこへ誘導をかける様に、サオリーナが突撃したのを視界に捉えた。


闘真とうま参戦から連携精度が上がったなっ! けどロズを倒すのはそれだけでは――』


 分かってる。ロズ君の言う様に、いくら連携精度を上げた所で、これでは時間切れのタイムアップ。実戦ではそれが敗北につながる事は経験済み。そう――


 格闘大会で、ただ勝つ事を教え込まれたこの身は、それを許さない戦い方を学んでいるんだ。


 睨め付ける先の巨大なる機体、重戦機の動きにチラつく隙を付く。巨体で鈍重であるが故に生まれる、ロズ君と機体との意思伝達の遅れ。



 それこそボクが唯一付け入る勝機と、生まれたそこへ立体映像機体からの、渾身の一撃を叩き込んだ。



 †††



 温和な魔太子ロズウェルは、切れる頭脳を駆使し油断などは存在していなかった。天楼の魔族を代表する機動外郭の操縦もこなれ、実戦経験の有無は言うに及ばず。地球は対魔討滅機関アメノハバキリ側の子供達を圧倒出来る力量を備えていた。


 だが――

 そんな力量では測れぬモノが関わる戦況変化が、温和な魔太子を襲う事となる。


「……なんだ、今の動きは!? くっ……闘真とうま、君はいったい何をした!?」


 溢れる言葉に刻まれる、未知の事象へ遭遇した驚愕。それは居た堪れぬ拳士闘真が勝機をさらに確実のモノとする決定打になり……同じくその点が、人を見抜くと言う類稀な力持つ少年へも閃きを呼ぶ。


「待てよ……!? やっこさん、闘真とうまの動きへ驚き過ぎてやしないか!? これは……炎羅えんらさん!」


『ふむ……恐らくは君の推測通りだろう。ならばこの合同演習、闘真とうま君への支援が鍵となるはずだ。』


 剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズの……温和な魔太子の行動へ僅かの躊躇を感じ取る見定める少年奨炎は、部隊指揮官的な立ち位置が確立しつつあり、目聡く感じ取った推測を憂う当主炎羅へと送る。そしてその推測に同調した当主も、首肯と共にそれを共有した。


 二人が推測した点は即ち、文化の相違である。そこに見いだされるは、魔族と呼ばれる存在の育つ環境が生む異なった文化形成。温和な魔太子が驚愕を覚えた対象は、居た堪れぬ拳士が見せた回避行動の一部始終であった。

 居た堪れぬ拳士は、近接した所から機体の姿勢制御スラスターによるものとは異なる、物理法則に従った運動を体現した。例えその機体が、当たり判定があるだけの立体映像だとしても、超技術の物理演算システムを以ってすれば再現するのは容易である。


 物理に於ける運動は即ち、宇宙の根底を支配する数字と計算の積み重ねそのものであるからだ。


「ボクの行動が、それほど驚く事なのか? いや、これはまさか――」


『個別通信悪いな、闘真とうま! 多分そのまさかだ! 炎羅さんも一致した見解からするに、魔族の世界には格闘技という文化が存在してない感じだぜ!?』


 絡む様に近接で一撃、二撃と拳を入れ、重戦騎側にも響いているであろうアラートが居た堪れぬ少年側でも発される。そこから弾かれた様に距離を取った拳士へ、個別通信が飛んだ。


 居た堪れぬ拳士の意見へ賛同する、見定める少年の見解。聞き及んだ拳士も奮起する。拳士の存在こそが、この合同演習を勝利で終わらせられる鍵と悟ったからだ。


「分かったよ、奨炎しょうえん君。君と二人は、さらに支援攻撃で誘導して欲しい! あの堅い魔族機体へ一撃を見舞うためには、だ!」


『ああ、ならこのポイントが絶好だ! そこは自然でできた巨大な岩礁……自生する生命の存在もかなり少ないのは確認済みだぜ!』


 格闘技は地上で発展した経緯もあり、空中360度全方位の空間上では不利である。それを温和な魔太子が悟る前に、地球の大地と言う最強の後ろ盾が必要と、あの魔の貴公子シザ戦で、見定める少年は直感で理解した。


 同時にそのやり取りには、居た堪れぬ拳士が家族であると言わんばかりの雰囲気さえ混じり始めていた。


 すかさず砲撃の弾幕が、剛緑の重戦騎ラルジュ・デモンズを追い立てる。さらに繰り出される拳打に蹴脚攻撃の応酬は、大きなダメージは無くとも、魔太子の動揺へさらなる揺らぎを呼ぶには十分であった。


『これが、これがお前達……光の種の持ち得る戦い方だと!? こんなものは、魔族の古き歴史の中でも垣間見たことはないよ!』


 重厚な鎧に守られる温和な魔太子が危機感を覚える事には、鎧に守られたはずの機体へ要因である。外装へのダメージより深刻な、内部への振動によるダメージ加算が如実となっていたのだ。


 それが仮想ではなく現実のものとすれば、機体外傷よりも内部損傷から来る動作不良を考慮しなければならぬ事態。言わば、魔族側の機体に於ける弱点を晒したとも言える状況である。


「ボクの攻撃が届いている!? 格闘技が通用している! ……なら、!?」


 演習が地球機関側の有利へと傾いて行く。重戦騎の剛腕が空を切る数を増加させてしまう中、居た堪れぬ拳士は勝機へと突き進んでいた。が――


 拳士の攻撃が、相手を上回るか否かの刹那の攻防。その瞬間へ待ったをかけたモノがあった。


 ドクン!と脈打つ血流が、居た堪れぬ拳士を襲う。それは彼が、父より厳命された絶対の勝利を要する戦いの折繰り返し刻まれた感覚。


 彼が前へと向かおうとする度、その身を闇へと引き摺り込もうとする呪いそのものであった。


『(闘真とうま、あの無様な戦いはなんだ!)』


「……胸、が苦しい。 痛い…。これは――」


『(あれで大会優勝だと!? ふざけるな! あんな苦し紛れの判定勝ちなど、私の教えた格闘技ではないっ!)』


「――いや、だ。ボクは父さんの操り人形なんかじゃ――」


『(勝て、闘真とうま! 相手を完膚なきまでに叩き潰し、反撃の意思も抵抗する意思も打ち砕け!)』


「そんなのはダメだ。嫌だ。ボクは……ボクの戦いは――」


 呪いの血流が、拳士の心を深淵の闇へと引き摺り込んで行く。脳裏へ刻まれた痛みが悲鳴を上げ、フラッシュバックした過去が拳士の意思を引き裂いた。同時に立体映像機が空中で停滞し、無防備を曝け出す事となってしまう。


「……PTSD! まずい……闘真とうま君に、見え始めている! 演習中断を――」


 その居た堪れぬ拳士の異常を悟る、憂う当主が通信を飛ばした時。被さる様に響く声があった。


闘真とうま、俺達がここにいる! 今のお前は、俺達が守る! だから負けんな……お前の辛くて苦しかった過去にっ!!』



 熱き滾りに満ち溢れた、他人の心を見抜く少年の想いが、拳士の心を激しく包み込んだのだ。

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