memory:43 揺れる拳士の踏み出す一歩

 たった一日の事前体験。その体験で、自分の心が大きく開けたのを感じていた。今まで自分の事を考える事も出来ず、ただ父さんからの暴力に耐え続ける毎日を過ごして来た。


 そこへ思考の自由なんて存在していなかったからこその、新しい世界への飛翔の思いでもあった。


「……そうそう、ここが機体を稼働する際重要視するゲージです。そしてこっちがですね――」


「おーい、ナルナルーー! お前、闘真とうまの一日体験をストラズィールの紹介だけで終わらせる気かよ!」


「何をいってるんですか、この我がパシリさんは! これこそがメインディッシュにして、重要点です! そして!?」


「……いや(汗)。そんな、役に立たねぇだろ。そしてオレは、ナルナルのパシリじゃねぇし。」


 それを後押ししてくれるこの素敵な同世代の人達。何れもいろいろな理由の中で、機関への協力を申し出たとか。けどボクはそれを詳しくは問いただしていない。何より、自分の今が収まりきっていない現状がそれを躊躇させていた。


 いつかはそれを、笑いながら語れる日の来る事を願いながら。


 そんなボクはかれこれ二時間ほど、ここへ所属したならば搭乗することとなるであろう、巨大な出で立ちに包まれていた。特段高所恐怖症などではなかったけれど、コックピットなるそこへ到達するのには少し足が震えたものだ。


狩見かりみさん? このモニターでは、まだ機体全体のシルエットが投影されてないみたいだけど?」


「ああ、これはですね……実はこれ含めた数機がまだ、ロールアウトもままならない状況だとか。優先順位上、機体の運動中枢となるメイン胴体部を仕上げた所が、どうも機体調整が難航して腕部がまだ間に合ってないそうで。そうですよね?一鉄さん。」


音鳴ななる嬢ちゃんの言う通りだ。まあ操縦に関しては、嬢ちゃんの方が特筆した才能があるからそっちを参考にすると良いが……整備に関しちゃこっちに頼るのをお勧めすんぜ?』


 コックピットシートに座し、身を乗り出し説明をくれる彼女は、先のキョドキョドが嘘の様な凛々しさを纏う狩見かりみさん。自身としては、あの過酷な日々のせいもあり女性との距離感が掴めぬ所なのだけど、メカに関してはグイグイ来る彼女にしばし気後れしてしまう。


 ボクは、奨炎しょうえん君の言う、終始圧倒されっぱなしの時間を過ごしていたんだ。


 するとそのかかり過ぎる時間に業を煮やした希場きばさんが、狩見かりみさんを引き剥がす様にコックピットへ侵入を試みる。何やらシートの後ろでガサガサと騒がしい音を立ながら。


「ちょっ……サオリーナ! 今一番大事な所です! 私の専売特許を取らないで下さい!」


「ナルナル……メインはいいから、施設内を案内させるっぽい! 流石の闘真とうま君も、こんな一気に詰め込まれても覚えられる訳がないでしょうに! あと――」


 未体験の生活に、これまた未体験のハーレム状況も、それをハーレムと認識できない自分がそこにいた。親とさえもまともなコミュニケーションを取れなかったボクには、流石に高すぎるハードルとさえ言えたんだ。


 そして引き剥がされたメカオタクさんに変わり、愛称がなかなか可愛かったサオリーナ。彼女が満面の笑みを浮かべて何かを差し出して来た。


闘真とうま君これ。今いろいろ根を詰めてる炎羅えんらさんから……代わりに渡しておいて欲しいって頼まれたの。これは皆が持ってるストラズィール起動のキーとなる指輪だよ? まあ形状は、望めばいろいろ好きに出来るぽいっけど。」


「ストラズィールの、起動キー? そうなんだ……これが――」


 すでにあれこれ想定外な所へ渡された、起動キーなる物。特段複雑な装飾が無い代わりに、どこか神聖にして荘厳な雰囲気を指輪から感じたボクは、初体験尽くしのままそれを嵌めてみる事にした。


 そう……その何気ない行動が、ボクの人生の全てを一変させる事となったんだ。


『おい、嬢ちゃん達! コックピットに変化はあるか! 突然機体が光出したぞっ!?』


「ほえっ!? て……もしかしていきなり機体に感応したとか!?」


「あ……ありえない想定外ですね……。」



 まだロールアウトさえ覚束ない、待ち侘びたかの様にボクの心と共鳴をして見せたんだ。



 †††



 危機的事態は未だ訪れず。

 しかしその中で、ロールアウトさえままならない機体が少年に反応を示したのは、流石の機関員も呆然としていた。


 そこから急遽状況を聞き付け、足早に格納庫へ赴いたのは聡明なる令嬢麻流。現在憂う当主炎羅が難事への対処に頭を悩ます最中であったため、彼女が変わって駆け付けていた。


「これは確かに想定外かも知れませんね。まだロールアウトどころか、機体整備も間に合わぬ個体に反応が出るとは。二人共、闘真とうま君がコックピットにいた際の状況を詳しく説明してくれるかしら?」


 格納庫の片隅にあるメンテナンス室へ集まる機関の子供達。加えて、真面目分家御矢子を除く頑固整備長一鉄堅物一佐乱人、そしてやんわりチーフ青雲の面々が駆け付けていた。真面目分家は憂う当主と、追われての今である。


 一同を前にし、またしても穿つ少女音鳴はタブレッド越し……貫きの少女沙織が手にしたそこから経緯を語る。むしろこの様な場合は、タブレッド越しの彼女の方が的確な会話が成せると、誰もそこに突っ込まぬ事とした。


『はい、それではまず闘真とうま君へあらかたの説明を終えた所で、サオリーナが割り込んで――』


端折れよ(汗)。」


『あーもう、分かりましたよ。ちょうどサオリーナがくだんの指輪を渡した直後、機体が光だしたと言う訳です。』


 だが、余計な部分が交じった所に見定める少年奨炎のツッコミが入り、嘆息ながらも本題に入る穿つ少女。しかしその内容にも、特段変わった行動がないと悟った聡明な令嬢は視線を落とし思案した。


 そして――


「これは皆さんが機体と共鳴した時とは、いささか状況が異なる様ですね。端的に言えば、音鳴さんに沙織さん、さらには奨炎君が元々心へ抱いていた物は拒絶だったはず。対する彼の場合は、恐らく求める心――」

「いろんな差異はあれど、皆さんがマイナスへ向けた思考を宿していた故、闘真とうま君が機体と共鳴する方が早かった可能性があります。指輪はあくまで始動キーですので。」


「感応するタイミングと方向性……それがたまたま一致した事で〜〜彼へ一早い覚醒を齎したって事だね〜〜。」


 語られる言葉に併せ、やんわりチーフも注釈を付ける。それは、前例など存在しない霊装機神ストラズィール運用上に於ける、固定観念を配した考察でもあった。


 そこで暫しの沈黙が続く。

 対魔討滅機関アメノハバキリとしては、状況が進められるならば進めたい心境。が、先の少年少女達の様に、今の居た堪れぬ拳士闘真は事前体験の最中。確かに穿つ少女は、その時点で戦いへの協力を申し出たが、敵襲来と言う逼迫した状況でもない以上は無理を通せない――

 そんな沈黙が包んでいたのだ。


 同じく言葉をつぐんでいた機関の希望達。その沈黙を動かしたのは、居た堪れぬ拳士本人であった。


「あの……これは事前体験ですよね? なら、この機体に搭乗して試験的に訓練とかはないんですか?」


「マジっ!? 闘真とうま君、すぐにアレに乗るっぽいっ!?」


 想像しなかった言葉に、最初の声を上げたのは貫きの少女。彼女はこの様な事態から一番遠く、理解が追いつくのに時間を要した一人でもある。


 彼女からすれば、自分と同じく特殊な趣味嗜好から遠いと思われていた少年が、霊装の機体への搭乗を早々に宣言した事に少なからずの驚愕を覚えたのだ。


『ふふ……やっぱり男の子ですね。いや、。グッジョブです、闘真とうま君。』


「いやいや(汗)。ナルナルは女子だぜ? なんでさも当然の様に、男子の心を語ってんだよ。まあ――」

闘真とうまなら、そこはなくても拳士の意地がそうさせるんじゃねぇか?」


 驚愕に濡れる少女に対し、穿つ少女に見定める少年は内容は違えど同方向に捉えた言葉を零していた。


 まさかの思考面での置いてけぼりに、貫きの少女は聡明な令嬢を見やり盛大に嘆息した。苦笑を零す令嬢に、それを視界に入れた集まる主要どころも同じく苦笑で顔を綻ばせる。


 そこへ、難事への対処で一通りの対策がなった憂う当主が合流し、遠くから聞こえ来た願ってもない進言へ返答を準備した。


「すまない、いろいろ立て込んでいた。それに途中からだが、話は聞かせてもらったよ?闘真とうま君。事前と言う制約があるが、君が望むならばストラズィールへの搭乗を許可しよう。」


 遂には機関代表が乗って来た事態に、何故か全体からまで置いてけぼりな貫きの少女は、恨めしさ込めた可憐な怒り顔で視線を投げる。



 嫌な汗に濡れる居た堪れぬ拳士へ、プンプンと聞こえて来そうなほどの怒り顔を。

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