memory:42 剣が守りしは、天と地が繋がる証

 8年前――

 宗家大学で麻流あさるとの勉学を共にしていた頃。オレはあの御仁と出会う事となる。


 三神守護宗家は草薙家の当主にして生ける伝説。三種の神器をたまわる血統継ぐ者でも、今世紀最後の武神にして無敗の刃。


 当時の草薙家を纏めし草薙 叢剣くさなぎ そうけん殿……後の義父となるお方だ。


「今日も勉学に精が出るな、炎羅えんら君。麻流あさるとも仲良くしてくれて何よりだ。私なら君を、宗家の後継者にしてもと考えているぐらいだ。」


「そんな……オレはまだまだ学ぶべき事が山程あります故。それに宗家後継と言うのは――」


 宗家が運営する大学は、実に幅広い分野の知識を学べる事でも有名で、地球はおろか宇宙や古代史に関わる情報に至る膨大な情報の宝庫と知られていた。


 それは言うに及ばず、大学からの先に守護宗家に関わるあらゆる企業や、御家絡みの機関へ進む者を育てるため。その大学を出たならば、食いっぱぐれの心配はないともっぱら噂であった。


 が――

 その実態は、守護宗家が遥かいにしえより関わる対魔討滅の宿命が全て。大学出の者が食いっぱぐれないのは、図らずしも宿命に噛まざるをえない現実が待ち受けていた。まあそもそも、それを望んで自ら志願する者で溢れかえる学び舎と言っても、過言ではないんだが。


「お父様はああ言っておられますが、無理に宗家の宿命を継ぐ必要はないんですよ?炎羅えんら。」


 そんな、後の義父となる叢剣そうけん殿の言葉を耳にした女性。後に正式なパートナーとなる麻流あさるが、気にするなとの想いを言葉にした。


 何気ないやり取りが支配する大学生活の中。いつしか彼女の見目麗しさに惹かれたオレは、決意を口にし……やがてそれが叢剣そうけん殿にも認められての宗家当主次期筆頭の座だった。


 そこまでは、オレの人生でも障害などない平坦な道であったのを覚えてる。


 平坦で、申し合わせた様な人生へ影を落とし始めたのは、宗家内各所で叢剣そうけん殿への不満が高まり出した頃。あろう事か、由緒正しい御家に仕える傘下の分家が反旗をひるがえしたのだ。それも政治的、或いは経済的な次元を超越する、と言う事態だった。


「そして全てはあの時……叢剣そうけん殿が偶然知る所となった、宇宙からの訪問者が絡む事件。実の所、宇宙製機動兵装により何かしらの争いから逃走を図ったらしいのだが、それが不時着した海域の情報を草薙家で入手した。」

「宇宙との繋がりを模索する我ら守護宗家はすぐに、その機体に搭乗する少年を救助の後保護。その時点で少年と言う事実には驚愕すら覚えたな。」


 過去の惨劇を夢に見て、目覚めたオレは滲んだ汗を拭いベッドを立つ。悲劇を洗い流すために個室備え付けの洗面台へ。それで流せるほど軽い物ではないと知りながら。


「宇宙で機動兵装に搭乗し、戦いに巻き込まれた少年。彼はまるで聖人君子の如き瞳をしていたと聞く。確か、と名乗った彼を再び宇宙へ返すため尽力したのが、義父 叢剣そうけん殿だった。そう――」


 ぶり返す惨劇の記憶にオレは歯噛みする。当時のオレは、麻流あさると結ばれて間もない次期。浮かれていなかったといえばウソになるだろう。けれど……そのオレ達への祝福の言葉と引き換えに、あの御方は宗家の憂いを引き受ける覚悟で少年を庇った。


 宇宙と地球との繋がりを断ってしまわぬために。


叢剣そうけん殿が少年のために己の魂さえ懸けて戦っていた時、オレは何も出来なかった。言い訳になんてなりはしない……。」


 父を失った麻流あさるの嗚咽に塗れる姿を見て決意した。オレはオレにしかできぬ戦い方で、彼女を支えて行くと。そして古き仕来しきたりなど置き去りにする、彼女こそが亡き叢剣そうけん殿の血脈継ぎし当主であると掲げ――



 新たなる守護宗家の時代へと打って出る事を。



 †††



 見定める少年奨炎に連れられた居た堪れぬ拳士闘真は、貫きの少女沙織とも居並び巨鳥施設アメノトリフネ内を案内されていた。その後方から、物陰に隠れつつ尾行する穿つ少女音鳴をチラチラと気にしながら。


「出てきたまではいいけどさ……ナルナル完全に不審者っぽい?」


「いいんじゃね? どうせこの施設内じゃ、皆の知る所なんだから。むしろ面白いからそっとして――」


「だから私は、お笑い芸人ではありませんっ!」


「……今の、聞こえてるんだ(汗)。」


 引き篭もりから僅かな進歩を見せた穿つ少女であったが、奇しくも元々引き摺るコミュ障が災いし、不審者同然で三人を追う。それを知る機関員に、行く先々で目撃されるたび暖かい目で見守られながら。


 すでに日常である少女の行動に、二人は盛大に嘆息。一人は嫌な汗に濡れるも、今まで感じた事のない柔らかな雰囲気を感じていた。


 日常的な絶望。実の父よりの苛烈な暴力で、心さえも消え入りそうであった頃が嘘の様に。


 それぞれの性格を表す様な施設内行脚の向かう先。そこで機関に先んじて協力する仲間達が、まず何を置いても見せるべき物がある場所へと歩を進めて行く。

 言わずと知れたそこは大格納庫。まだ紹介の終えていないクルーもいる故の判断でもある。


「ちょっと闘真とうまはそこで待ってな。まだ面通ししてない人がいるから呼んで来る。」


「そうね〜〜闘真とうま君はここで待ってた方が無難ね。何せ私達でもなかなかやり取りが成功しない、堅物さんの紹介だから。」


「分かった。ここで待ってるよ。」


 大格納庫入り口で待ちぼうけとなる三人を置いて一人、見定める少年が今も機体がそびえる中へと歩みだし――


「機体の説明含めておやっさんに任せるから、ちょっと俺達が乗ってるアレを眺めててくれ。」


 気難しい整備チーフの存在をチラつかせつつ、当の本人を探しに向かった。


 そこから少しの時間、居た堪れぬ拳士は友人となった少年の言葉に従い視線を上へ。その視界に飛び込むのは、格納庫の機械天上が邪魔をして見えなかった施設内の全貌であった。


「……っ、これがロボット。もっと身近なサイズを想像してたんだけど……これ、凄く大きいね。」


 双眸へ映り込む巨影は、首を大きく煽り見なければ確認出来ぬ全容。高層建築か、はたまた大地に足を付けた巨大クレーンさながらの姿。機関の子供達同様に、生まれて始めて接する巨大機動兵装に、居た堪れぬ拳士の心は大きく揺らいでいた。


「バカげてますよね。私達、こんなとんでもロボットで敵対勢力相手に戦ってるんですから。」


「戦う……。その、君達が戦ってるのって?」


「うん、確かデヴィル・イレギュレーダって言うのが正式……って言って良いのか分かんないけど、地球の外から襲って来る存在っぽい。」


 徐々に慣れ始めた穿つ少女も距離を縮めつつ、キョドる彼女へ苦笑を漏らしながら拳士の言葉に応える貫きの少女。

 日常からは考えられない言葉を、当たり前の様に口にする同世代の少女達を見やる居た堪れぬ拳士は、そこからさらに巨大なる機動兵装を見上げて言葉を漏らしていた。


「魔を断つ者、ストラズィール。……。」


 不思議と心へ入り込む単語に、居た堪れぬ拳士は巨大なる存在に引き込まれて行く。魔を断ち、不条理と暴力を打ち砕くその荘厳なる出で立ちへ。


「…………。」


 なんとなしに放たれた拳士の声に被せる様に、機関の子供らも慣れ親しんだ怒号が響き渡る。見定める少年が連れてくる堅物整備長一鉄が、若手の不手際へ喝を入れながら歩いて来ていた。


「てんめぇ、あれほどストラズィールの整備調整には気を払えって言ってんだろうが! エネルギーバイパスの修理不備があちこちで出てんぞ! さっさと修理にかかれぃ!」


「さーせん、おやっさんっ!」


 大格納であるのも忘却するほどに反響する怒号は、言葉を漏らした拳士少年すらもビクつかせた。が、己が家庭で受けてきた暴力からの怒声ではない、一級職人が弟子をたしなめるために放つそれは、耳にするだけでも心を研ぎ澄ませるものである。


「おう、オメェさんが亜相 闘真あそう とうまだな。このボウズから話は聞いてる。」


「おやっさん(汗)。ボウズは勘弁ですよ。」


「ワシからすれば、オメェさんらはボウズで上等。まだ人生でも、学ぶ事が山程あんだろうが。」


 すでに打ち解け、ともすれば師弟とさえ思える二人へ女子陣は少し驚きを以って……そして居た堪れぬ拳士は羨む様に視線を送る。と、拳士少年は自己紹介が遅れたと名乗りを上げた。


「はい、ボクは亜相 闘真あそう とうまです。今日は少しの時間ですがよろしく――」


「オメェさん、親御さんに暴力を振るわれてたんだってな。」


 その名乗りへ被せたのは堅物整備長。だが彼らしからぬ行動に、見定める少年も真意を見極めんと双眸を細めた。次いで語られたのは――


「いろいろと事情が許すなら、ここに居座ればいいさ。このボウズに嬢ちゃん達はまだまだ未熟だが……今オメェさんの心を一番理解してくれんだろう。機関に詰める連中も気のいいヤツらばかりだ――」

「だからそんな、他人を見るような目はよしな。もっと大切な家族といる様に、心も身体も癒やして行くといい。」


 先達であり、人生の先輩である整備長の言葉は居た堪れぬ拳士の心へと入り込む。面通しに当たって見定める少年が簡易に伝えた情報から、堅物整備長は単純明快な迎えの言葉を準備したのだ。


 たったそれだけの言葉を耳にした拳士少年は――



 忘れていた熱い雫がまなじりを濡らすのを感じながら、暖かい心意気を胸へと刻むのであった。

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