memory:41 対魔戦線に異変アリ

 対魔討滅機関アメノハバキリにて、憂う当主炎羅見定める少年奨炎が、居た堪れぬ拳士闘真受け入れに奔走する頃。


 地球の志士ばかりに任せていられぬと、魔の貴公子シザ温和な魔太子ロズウェルが多発する異形相手に、地球は衛星軌道上での戦いを繰り広げていた。機関が、僅かの平和を享受出来た所以がそこにあったのだ。


「あら方は片付いた様だな。だが――」


『そうだね、イレギュレーダの発生総数に留まらない異変をすでに確認した所だよ。この僕のラルジュ・デモンズを間に合わせて正解だった。』


 軌道上で爆炎に包まれる異形を睨め付けながら、二人の魔族騎士は双眸へ憂いを宿す。それもそのはず……今しがた屠られた野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダは、彼らをして難敵とも言える個体の混じった群体だったからだ。


『ラルジュ・デモンズは鉄壁の防御と剛腕が生む破壊力……デモン・ナクアが強みだ。けどあの個体は、それを以ってしても叩きのめす事が難しかったと言えるよ。』


「だろうな。そのラルジュ背後に構えた、重砲火線 デモンズ・ヤクターを受けてなお立ちはだかるなど……並大抵の攻撃であれの防御を抜くのは至難だろう。」


 風の堕天機将エリゴール・デモンズコックピットで、映像を繰り返し再生する魔の貴公子は歯噛みする。自分達魔族の行動の遅れが、それらの誕生を生んでしまった要因と捉えているのだ。


「イレギュレーダの中級種……レッサークラス・デヴィルのバロンガング。あのストラズィールとか言う霊機らでは、火力面・破壊力面での苦戦は避けられんか。」


 歯噛みする映像に映し出されるは、強固な機械生命鎧を纏う中級個体。さらには先に襲撃を敢行していた下位種とは明らかに異なる、魔生命としての格の違いを見せる異形。

 そこに映し出されていた。


 眉根を寄せる魔族騎士達。そんな彼らへ、一つの光明となる魔導技術通信が飛んだ。


『よくやってくれているな、二人共。参じるのが遅れた旨を謝罪する。』


「ア……――ゴホンっ!紫雷しらい様、よくおいでになられました! 参じるのが遅れたなど、滅相もありません!」


『ふう……ボクの前で紫水しすい様への侮辱を放って置きながら、君も大概じゃないか……。』


「貴様っ、ロズウェル! 紫雷しらい様の前でなんと言う――」


 響く通信は魔の貴公子が崇拝して止まぬ影。魔導式モニターで映るは、鋭くも優しささえ孕む双眸の巨躯。魔の貴公子と同族であるからか、少年と同じ白銀髪を左右に揺らす頭部へ、大きく張り出し畝る双角を構える姿。

 体躯にして2mを超える荘厳なる存在が、魔の貴公子の双眸へと映り込んでいた。


 だが彼の心酔が己の大差ないと悟るや、嫌味混じりの苦言を呈する温和な魔太子。されどその二人を見やってなお、優しき双眸はそのまま双角の巨躯紫雷が言葉を投げた。


「仲良くやっている様で何よりだ。我らが至高の大兄者である紫炎しえん様も、魔界は至天の居城〈ケテル〉でお喜びになっているであろう。」


『『ははっ……!』』


 巨躯より言葉が放たれるや、言い争う二人の少年は弾かれた様にかしこまる。その巨躯へ向けて……さらには、彼が文言へ混ぜた至高なる大兄者と言う存在へ向けて。


 魔の騎士である彼らが駆る機体。加えて、そこに追従した魔楼の母艦そばへ悠々と辿り着く影。背後に広げる有機体と思しき無数の帯と、その合間から伸びる機械生命の如き翼が二対羽撃はばたいた。

 頭部へ険しき面持ちを構え、搭乗する巨躯にならう二対の双角を携えしモノ。騎士たるモノとは大きく異なる、重装にして無数の魔導文字と装飾を宿す甲冑の出で立ち。


 特筆するは、腕部へ装着する巨大なる体躯をも上回る巨筒。複雑な幾何学模様を刻むも、それは強力なる超撃の破壊砲塔と見て取れた。


「宇宙側はこれより、我……天楼の魔界セフィロト――この紫雷しらいが受け持つ。貴君らは地球軌道上と、地上へ向かう異形共掃討に当たるがいい。」


『『はっ! 天魔の宰相の御心のままにっ!』』



 その時より、対魔討滅機関アメノハバキリの対極に位置する気高き魔の軍勢が、異形討伐のために動き出したのだった。



 †††



 一頻り降った雨も止み、太平洋へ夕焼けが赤き帯を引く中、巨鳥施設アメノトリフネへ到着を見た輸送機。当然そこより降り立つは、居た堪れぬ拳士闘真を引き連れる、日本国本土へ赴いていた憂う当主炎羅見定める少年奨炎である。


 それを出迎えるは、機関の主要となる一行に加えた貫きの少女沙織。そして――


「あー闘真とうま気にすんな。ちょっと人見知りの激しい引き篭もりだ。評価してやってくれ。」


「……そう、なんだ。確かには凄いかも。」


「だ、だだだだ……誰がですかっ、失敬な!」


「いや彼、そうは言ってないっぽい……(汗)。」


 なんと機関子供達側でも僅かな成長を見せた穿つ少女音鳴が、輸送機着陸点から大きく離れた階段設備壁で、半身を隠しながらの出迎えをなしていたのだ。それにはさしもの居た堪れぬ拳士も苦笑を零した。だが、穿つ少女の振り絞った勇気が功を奏し、受け入れられる予定である少年の緊張を見事に解きほぐして見せる。


 そこまでを視界に入れた憂う当主が改めて、機関主要メンバーの紹介へと移って行った。


「なかなかに素敵な子供達だろう?闘真とうま君。そしてここにいる鞘守 麻流さやも りあさる綾凪 御矢子あやなぎ みやこ参骸 乱人さんがい らんと奥生 星雲おくじょう せいうん……そしてウルスラさんにアオイさんの浜路はまじ・オプチャリスカ姉妹――」

「彼らを始めとした多くの家族が、ここ対魔討滅機関 アメノハバキリ擁する施設、アメノトリフネに集まるクルー達だ。」


 順次こうべを垂れ挨拶に移る一同。と、憂う当主が改めて、子供達へ視線を移し自己紹介を促す。


「ああ、まだ私名乗ってないっぽい。私は希場 沙織きば さおり、よろしくね?」


「……私はーーっ! か、かり……かりかり――」


「カリカリって、小動物かお前は(汗)。」


「ちょっと黙ってて下さい、奨炎しょうえん君! 私は、狩見 音鳴かりみ ななると申しま……っ!?」


「「噛んだな(汗)。」」


 眼前で名乗る貫きの少女に続き、やや距離のある階段設備から、咆哮を上げる様に名乗る引き篭もり姫。そんな彼女の緊張を、解すつもりの見定める少年の言葉は余計なお節介となり――

 逆に焦りを覚えた穿つ少女はものの見事に、自己紹介を噛んでしまった。


 それには一同も堪らず噴き出すが……彼女の生んだ空気で、居た堪れぬ拳士までもが笑い出した。


「アッハハハっ!……ありがとう、まだ事前体験にも関わらず素敵な挨拶で迎えてくれて。ボクは闘真……亜相 闘真あそうとうまです。少しの間ですけど、よろしくお願いします。」


 。罪を犯し、それが望まぬ現実から生まれた事を知る彼は、誰を頼る事も出来ずに苦しみ続けていた。その伸し掛かる絶望的なまでの暗雲へ、確かに輝く光明が降り注いだのだ。


 訪れた光景を一望した憂う当主も、少しづつ確信して行く。今、対魔討滅機関アメノハバキリへ集まる子供達は、社会から外れたレッテル付き等ではない事を。


 これより、過酷極まる命運を辿らんとする地球に於ける、輝ける希望であると。


 すでに雨雲が霧散した太平洋の水平線へ、暁が少年少女達の未来を惜しむかの様に暮れ行く頃。事前体験となった居た堪れぬ拳士は機関の希望らに連れられて、巨鳥施設アメノトリフネの案内を受ける事となった。


 子供達へ少年を任せ、憂う当主は司令室へと赴いた。確かに希望の兆しは確認したが、同時に絶望の因子は未だ不穏にうごめいている故である。


「魔の異形……デヴィル・イレギュレーダの動向はどうなっていますか? ここ数日、地上に現れた形跡が確認されていないのですが。」


『少々お待ちを……。現在こちらで確認している情報としては、そちらが接触した魔族騎士、でしたか……。どうやらそれら勢力が、地球の衛星軌道上で対応したと、〈ジェックネス宇宙管理局〉より報告を受けております。』


「なるほど、向こうには向こうの動く道理が存在していると言う事ですね。彼らは現時点では敵でも味方でもない故、その点には留意願います。 聖眞 清宮ひじりま せいぐう長官補佐。」


『分かっておりますとも。全く……ここまで宗家が本国防衛に尽力して下さっていると言う中、官邸各省内ではあいも変わらず内輪もめの最中。両政党が身内の恥をつつき合う惨状には、心苦しい限りですな。』


 司令室で憂う当主がやり取りするは、現在日本国・政府筋で唯一守護宗家と繋がりある政治関係者。国家防衛を担う防衛省長官の補佐を担う男性、聖眞 清宮である。

 彼との対談に於ける重要点は、対魔討滅機関アメノハバキリが相手取る野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダを、局所的にではない大局的に監視するやり取りである。


 そこには両者で共有する異形の侵入経路――即ち、地球と言う観点からした、知り得る者同士である点が関わっていた。


 対談で思わず愚痴を零す長官補佐清宮へ、憂う当主も苦笑しつつも制する返答を投げる事とした。


「お言葉には気を付けた方がよろしいかと。その恥をつつき合う所へ、長官補佐殿が槍玉に挙げられては本末転倒。我ら守護宗家も、日本国政府へ正当な防衛を提言するパイプが失われてしまいます。」


『おっと、失言でしたな。いつも思います……あなたの様な方が政府へ一人でもいたならば、この様に腐敗のどん底を見ずにすんだのでしょうが。ところで――』


 やり取りへ、単純な立ち位置以上の感情が込められる両者。その会話の端へ、少し眉根を潜めた長官補佐からの不穏が投げかけられた。


『当主草薙 炎羅くさなぎ えんら……気を付けた方がよいのはむしろあなたですよ? ウチの管轄で動く信頼処……都警察の者より情報が入っております。あなたへ――』

『草薙の血脈に繋がる総本家へ意を唱える者共が、どうもきな臭い動きを見せているとの情報をね。』


「……っ! そう、ですか。情報提供に留まらないお心遣い、感謝します。」


 語られる言葉。それは守護宗家も一枚岩ではない事実。宗家に於いてそれは、ある時期から活発化して来た動きである。


 時はさかのぼる事8年前……守護宗家本家の存在をうとみ、あまつさえ私的な怨恨を以って意を唱える者との、


 と名乗った少年を、宇宙へと逃した前当主である草薙 叢剣くさなぎ そうけんが――



 反宗家組織 天月家てんげつけの謀反によって、命を奪われた事件が全ての始まりであったのだ。

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