その拳は罪超え魔を断つ魂となりて

memory:40 悲しき拳士は戸惑いの中で

 居た堪れぬ少年闘真の勧誘は、難航を極めるかに思われた。


 だが彼の心を読み切った、見定める少年奨炎の言葉が決定打となる。表層を包む罪悪心の奥にある深層心理へ切り込んだ、労りと慈しみ込めた想いが悲劇に泣く心を撃ち抜いたのだ。


「いやはや、正直これほど簡単に彼が折れるとは思いませんでしたな。私でさえ少しばかりの情報を頼りに、彼の心を溶かしていく算段だったんですがねぇ。」

「アメノハバキリ機関、でしたか。そこでのお勤めが終わった暁には、彼を警視庁本部へ推薦したい所ですよ。彼なら難攻不落の凶悪犯罪捜査に、寄り添う必要のある被害者の心ケアと、それこそ水を得た魚の様に活躍できるでしょう。」


「それはありがたいお言葉です。が、私も彼ら子供達の意見を何より重んじる手前……身勝手にその未来を決め付ける事はできません。ただお話ぐらいは、彼の耳に入れておこうと思います故、それでご勘弁を。」


 取り調べ室外へ出た憂う当主炎羅は、室内で涙に濡れる居た堪れぬ少年を、見守る機関の誇る希望へ任せ……しばしの時間気さくなデカ戸来場の世間話に付き合っていた。


 守護宗家側としても、特区を囲む無法地帯対処を国家権力に任せている以上、彼らとの対談も無碍には出来ない立場にある。加えて、居た堪れぬ少年とは別件となる暴走少年大輝に関する情報会得も含め、特区内の事件担当である刑事とのやり取りは重要な意味を持っていた。


 気さくなデカも、初めて目にした草薙家を代表する当主の器をまざまざと見せ付けられ舌を巻く。彼をして、それほどまでに子供達を信頼し、見守っている大人などお目にかかった事がなかったのだ。


 当主の言葉に肩をすくめ、「自分はまだまだですな」と零し嘆息するデカ。ちょうどそのタイミングで、落ち着いた少年の状況を伝えるために機関の希望が顔を出した。


炎羅えんらさん、もう大丈夫そうだぜ? 後は関係各所での必要手続きを、だったっけ。」


「分かった。奨炎しょうえん君もよくやってくれた、感謝しているよ。ただ彼は保釈によって自由を得るが、ひとたび社会に出れば犯罪者と言う扱いは拭えない。その事だけは忘れないでくれるかい。」


「ああ、あいつ……闘真とうまを家族として扱えるのは機関内だけってんだろ? キモに命じとくよ。」


 憂う当主も残る処理を熟すためきびすを返すが、すでに通達した旨を念押す様に繰り返し、見定める少年もそれを念頭に置いた返答で対応する。


 そこからほどなく――

 居た堪れぬ拳士が人目に付かぬ様、拘置所の裏手口へ鋼鉄の白馬RX−8を回した憂う当主。出入り口まで同行した担当官と気さくなデカ、そして拳士の少年までもが現れた純白のマシンを見やるや双眸を見開いていた。


「ヒュゥ〜……宗家肝いりのマシンが走行する姿は散々お目にするが、こんな目の前であのドアをカチ上げられた日には、興奮すら覚えるね。」


 そして感嘆の中、眼前のマシンへと賛美を零すデカ。彼ら国家権力に準える法の番人からすれば、スポーツカーらは通常取り締まる対象である。だが、宗家所有車両は特殊任務車両の扱いを受けている故、デカの持つ認識は異なっていた。

 三神守護宗家が有する任務車両は、傍目で分かる識別フラッグを車体へ掲示するのが原則であり、GPSなどの機器には緊急特殊車両として登録されている。当然宗家側でも、その車両を任務外にて度の過ぎた運用を図る事は厳罰である。


 それでも、要人移送など幅広い活躍を成すそれらは、差し詰め宗家専用のパトカーとも言える認識で捉えられていた。


「さあ、闘真とうま君、これからこの車両で当機関まで案内しよう。諸々の手続きは機関に移送するまでに済ませるからね……その間は奨炎しょうえん君と腹を割って話すも良し。機関への参加を熟考するも良しだ。」


 跳ね上がったドアの奥で、憂う当主が仮初めではある自由へ踏み出さんとする少年へと声をかける。その視線を、驚愕冷めやらぬ面持ちで見やった居た堪れぬ拳士は向き直り、己を信じ送り出してくれる国家公務員達へとこうべを垂れた。


「この様なキッカケを与えてくれた、警察や拘置所職員の方々に感謝します。では、行ってきます。」


「ああ、なんなら機関をしっかり体験して自分の道を見付けてくるがいいさ! 社会へ示しを付けるためにも、君なりの償いの形を見つけるつもりでな! もし君をいたずらに傷付けようとする輩がいれば、!」

「胸を張って、人生の苦しみに悲しみを洗い流して来な!」


 掛かる言葉を背にした拳士は、人の世の義理人情を初めて受けた歓喜の涙を湛え――



 己を迎え入れんとする、鋼鉄の白馬へと乗り込んでいった。



 †††



 拘置所での生活は、絶望の底へなお穴が空き、落ちて行く様な気がしていた。


 母さんが亡くなってから降り注いだ、家庭内暴力で出来た無数のあざを見る度逃れられぬ恐怖が身体を包み、いっそ拘置所の中で命を断ってしまいたいとも思ったほど。

 けれどその度に、デカさんから事情を聞いたであろう拘置所の担当員さんが、そばに寄り添い言葉をかけてくれていた。過度に諭してきたりせず、ただ日常を分かち合う様な他愛のない会話で。


「さっきは強引で悪かったな闘真とうま。……あー、この呼び方でも構わないか?」


「……今さらだね。全然構わないよ。」


 それが所変わり、今ボクは拘置所を出て事前体験と称したくだんの機関への移送の途中。

 そこであの担当官や、ボクが意識不明の重体にしてしまったたける君の様な心持ちで言葉をかけてくれる人がいた。


「ならボクも、君を奨炎しょうえん君って呼んで構わない?」


「当然! まあまずは一日、仲良くしようぜ! あと機関には、俺達と同世代の女子もいるが……いろいろと気を付けろ?」


 自己紹介からすでに下の名前で呼んでたのに、今さらの様にそれで良いかと問うて来る。構わないと返せば、まだ機関には同世代の子供……高校生って事かな?が、いると話してくれた。


 さらにそれがだそうで、何故かそれを彼が発した直後、運転席で白い車を華麗に操作する草薙さんも軽く吹き出していた。


「くくっ……。クセが凄いとはまた……あの子達が聞いたらツッコミも辞さないんじゃないか?」


「いや実際そうでしょう(汗)。まあ沙織は兎も角として、?」


 今まで体験した事のない談笑。それも大人である方と同世代の少年が、暖かな笑いと言う範疇を越えたお笑い的内容で盛り上がる。


 ボクにとっては、それだけでも新鮮な物に感じられた。と――

 そのボクへ向け、今度は運転中の草薙さんからボクの人生に向けた、光明となる朗報が齎される事となったんだ。


「この話は置いておくとし、闘真とうま君へ何を於いても伝えておく事がある。君が危害を加えてしまった学生……たける君と言ったかな? 彼が意識を取り戻したそうだ。傷の完治まではまだかかるそうだが。」


「……っ!? そう、ですか……。良かった……本当に、良かった。」


 突如送られた朗報は、幾分自分の心を和らげはした。それでも他人に酷い暴行を加えてしまった事実は揺るがない。そしてそれは、


 、何ら変わりはなかった。


 けど――

 その言葉で再び俯いてしまったボクは、隣の席に座る奨炎しょうえん君から予想もしない言葉がかけられたんだ。


闘真とうまは実の親父さんから、酷い暴行を受けてたんだってな。その、なんだ……俺も実はあまり母親と呼びたくはないんだけど――」

「そいつから、俺の場合は精神的な暴行に近い物を受けてた。俺はあの母親からすれば、。」


「えっ……?」


 彼の告白はボクの心を貫いた。

 きっと今までの自分は、自分の家族だけがこんな不幸の中にあると信じて疑わなかった。


 けれど眼前で、胸をえぐる過去をしっかりと告白してくれた彼は、そんなボクの心を大きく揺さぶったんだ。そして次いで言葉を繋ぐは草薙さん。


 きっとその瞬間が、暗黒の深淵へ沈んで行くボクの人生へ、一筋の光が指した瞬間だと思えてならなかった。


「彼の言う通り。そしていま君が事前体験で向かう先の、今、人生が深淵へと落ち行く寸前でそこへ集められた子達だ。そして――」

「そんな彼女達に奨炎しょうえん君を含めた三人がいたお陰で、すでに数度彼方より訪れた……異形の魔生命が齎す驚異を、辛くも食い止めている状況なんだ。」


 特区から、広大な何かしらの建造施設へ向かう交差点。信号待ち停車した車の運転席から、ボクへ視線を向けた草薙さんは語った。


「詰まる所彼らは、。力なき弱者に変わり、義を翳した巨大機動兵装 ストラズィールに搭乗してね。」



 奨炎しょうえん君達は、巨大ロボットと言う力を持ち、義を翳して力なき弱者を守り続けていると。

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