memory:39 救われなかった少年と救われた少年

 炎羅えんらさんから、たっての頼みが告げられての明け方。早朝警戒の中機体へ搭乗する俺は、自分自身の過去を振り返っていた。


 自身としては胸クソ悪くなる様な過去だったけど、数日間アメノトリフネで生活し、異形の存在と戦うに連れ大きな変化が訪れていた。


「誰もが能力を恐れ、そして利用せんと動く世界に、俺は絶望を覚えていた。きっとあの闘真とうまって奴も、自分が置かれた世界に絶望しちまったんだろうな。」


 ドメスティック・バイオレンスなんて、一言でなんて表せないのは理解してる。そもそも俺がクソババァから受けてた仕打ちもそのくくりだ。精神的なって違いだけど、それで受けた側が耐え難い苦痛を受ける点は変わらない。


 そこであの闘真とうまって奴が俺に似た境遇としつつ、暴力を振るった当事者である父親からの影響が、あいつへどれほどの深さで及んでいるか。

 吟味し、会話に許される言葉を選んで行く。


 するとブツブツとコックピット内でボヤいていた俺の声が、どうやら聞こえてたらしいナルナルがガラにもなく介入して来る。俺と沙織が近しいとして、ナルナルだけは、取り巻く環境に於ける問題のベクトルが少し違ってたが。


奨炎しょうえん君、頼られてますねぇ。もういっその事、将来の職業は? いえ……それでは……そうです、奨炎しょうえん君は将来あらゆる難事件を解決に導く分析官的な刑事デカを目指しましょう、そうしましょう。』


「つか、なんで勝手に人の未来を决定してんだよ(汗)。よりにもよって刑事デカとか、ドラマ……ああ、ナルナルにそれは。アニメの見過ぎだぜ、全く。」


『ないとは失敬ですね。……(汗)。』


「そら見ろ。」


 介入ついでに、言うに事欠いて俺の未来が刑事デカとか。マジでそれはありえんだろうと、そのときは脳裏へ過ぎらせていたけれど――

 それ以降俺が振られる案件は、そんな未来さえ予見させる物ばかりだった。


 まあ、未来の事なんて誰にも分からない今は、まず異形の魔を退治する傍ら、家族に迎え入れられるはずの友人候補を如何にして救うかの熟考に努めた。


「……刑事デカ、か……。」


 微妙に意識の片隅へ引っかかるナルナルの言葉を振り払い、警戒も新たに待機任務を全うする事にする。


 そして――

 その日は意外にも魔生命襲来がない、穏やかな日が過ぎていったのを覚えてる。異形とやらにも休みでもあるのかと、くだらない慢心に浸りながらの午後。


 いつもとは違うパターンの受け入れのため、俺は炎羅えんらさんに呼び出される事となった。


「すまないね、君ばかり負い目を背負わす形になって。」


「構わないよ? 炎羅えんらさんが、俺達のためにどれだけ動いてくれてるかは皆が知ってる事だし。そんな炎羅えんらさんに、全てを背負わせる方が気の毒って話だよ。」


「そう言ってくれると助かるよ。では輸送機の準備ができ次第、本土へ渡る事とする。」


『頑張って来て下さいね?。』


『え?何それ。そんな話はあたし聞いてないぞ? ナルナル、そこんとこもっとクワシク。』


「クワシク聞くなよ、沙織(汗)。ナルナルが勝手に言ってるだけだから。」


 俺が炎羅えんらさんに同行し、亜相 闘真あそう とうまを事前体験へと引き連れるための本土渡航。そんな中で、ナルナルが余計な茶々を入れてくるもんだから、沙織まで変な所に食い付く始末。何だよ未来の警察24時って(汗)。


 けれど少し俺も緊張した事には、これから向かう先は拘置所。普通に生きてるウチでも世話にはなりたくない施設だ。亜相とか言う高校生の前に、俺の方が犯罪者の末路事前体験になっちまったよ……。


 などと思考をぐるぐる巡らせたまま、輸送機は一路日本国本土へ。機内でも緊張が抜けない俺は、炎羅えんらさんと他愛ない話をやり取りして何とか思考を和らげていた。



 程なく――俺は新たな友人候補が収監されている拘置所へと、真っ白い鋼鉄の白馬に揺られて赴くのだった。



 †††



 宗家特区の行政中央区にある拘置所へ、曇天の中鋼鉄の白馬RX-8が到着した。


 天に向け跳ね上がるドアをくぐるは憂う当主炎羅見定める少年奨炎。それを先んじて迎えた気さくなデカ戸来場も同行者の姿へ疑問符を浮かべる。


「これは当主炎羅えんら、ようこそお越しになりました。って、私が言うのもおかしいですがね。時にそちらの子供さんは? 見た所、高校生ぐらいに思えるのですが。」


「出迎え感謝致します、戸来場とらいば刑事。この彼は、当機関に所属する子供……我らにとっても大切な家族でして。今回、亜相 闘真あそう とうま君との対面に当たり彼の持つ能力と、子供同士なら警戒を解けると言う考えの元協力を依頼したまでです。」


「うっす。叶 奨炎かのう しょうえんって言います。ご迷惑はかけませんので、炎羅えんらさんへの同行許可を頂けませんか?」


 気さくなデカの疑問へ毅然として対応する憂う当主。自己紹介と振られた見定める少年も、すでに解けた緊張の中、しかと己の存在アピールに成功する。

 そもそも雲上の存在である守護宗家一家は当主直々の訪問で、むしろ緊張していた側である気さくなデカ。しかし、現在収監中の子供の心情を配慮した、憂う当主の計り知れない器に感服を抱くや、緊張は畏敬の念へと変換された。


「なるほど……初対面でもしっかりとした礼節に加え、かのう君でしたか?なかなかに良い目をしておられる。それに当主炎羅えんらが目をかけているならば、私の様なとやかく言うまでもありますまい。」


「お戯れを。あなたの様な、市民と向き合う誇りある法の番人がいなければ、この国は瞬く間に犯罪の坩堝るつぼと化してしまう。ご自分をそう卑下なさらないで下さい。」


 そして抱く念のまま口を突いた、自身で己を見下した様な発言を、憂う当主は最大の賛美を以って否定する。もはやそのやり取りだけで、当主どころか同行する少年の格までがうなぎ登りであった。


 程なく双方の信頼関係が築かれた頃、早速と取り調べ室へ案内された二人。通常は一般人が立ち入る事ができぬそこへ、特別の許可の元入室し二人が座したのを確認した気さくなデカは部屋の外へ。


 大人数で押しかけて、精神的に追い詰められた少年の心に、過度の負担をかけないための配慮であった。


 僅かな時。曇天から無数の雨粒が落ち始めた中で、拘置所収監中の少年が担当官に連れられ取り調べ室へ赴いた。そこで憂う当主と見定める少年が目にしたのは、窓の外で降り出した雨の様に、酷く淀み、悲痛な失意の中にある少年の姿だった。


「……? 亜相あそう……闘真とうまです。」


 か細く溢れた、聞き取るのもやっとの名乗り。だが失意の少年は、自身も想定していない状況へささやかな反応を顕としていた。いつも自分へ労りを向ける刑事デカではない人物に加え、同年代と思える少年が同行する事態に。

 そこが関係者意外立ち入り禁止である事を知る彼も、疑問符しか浮かばなかった。


 眼前の少年の小さな反応。それを見落とす見定める少年ではなかった。

 そのまま首肯を憂う当主へ送り、当主も彼が見抜いた少年の状況を踏まえてのスカウトを開始したのだ。


「このような場所への急な訪問にも関わらず、対面に応じてくれた事に感謝するよ、闘真とうま君。私は三神守護宗家は草薙家当主の、草薙 炎羅くさなぎ えんらと言う者だ。まあこの特区にいるならば、名ぐらいは知り得ているだろうが。」


「……はい、それぐらいは。けどその当主様が、一体何のご用事ですか?」


 短い挨拶で口火を切った憂う当主。が、その名に反応した居た堪れぬ少年闘真は、自身を犯罪者と自虐した。


 しかしそれを口にした少年が纏う悲しみと絶望は、覚悟はするも望まぬ結果であると――

 見定める少年の直感が深層まで読み解いて行く。


 僅かの言葉を交わした憂う当主は、以降を機関が誇る希望へ委ねる様に間を空けた。その期待に応えるため、変わって口を開いたのは見定める少年であった。


「俺の名前は叶 奨炎かのう しょうえん。今この草薙さんが率いる対魔討滅機関、アメノハバキリでストラズィールって言うロボットのパイロットをしてる。今日あんたの所に来た理由は、俺達と共に戦う――」

「って、気が早いな。それの事前体験勧誘のために来たんだ。」


「ロ……ロボット? 一体なんの――」


「あんたが自分を自虐する理由は、この際横に置いておく。だから一度だけで構わない……俺達の所へ来てみねぇか? 例えその事を、世間がどう言おうと知ったこっちゃない。俺達は全力であんたを、 。」


 当主は敢えて名乗りのみに留めていた。眼前の少年の心を開けるのは同世代の少年だけだと踏んで。見定める少年も、応える霊機フラガラッハを駆る者に相応しい……やや強引ではあるが、眼前の少年と共にあるための最初の一歩を踏み出した。


 強引であろう。が、それを放った少年の真っ直ぐな瞳は……居た堪れぬ少年へささやかな微笑を呼んだ。


「……君みたいな人が、世の中にはいるんだね。違うか……きっとボクにお節介を焼いていた彼も、君と同じだったんだろう。彼も――」


 か細く漏れた想いの吐露。罪に汚れた少年は、やがて見定める少年に己を想ってくれていたはずの友人を重ねると――



 固く閉じた双眸から、声を殺す様に嗚咽を漏らしたのだった。

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