memory:38 悲劇は少年の夢を蝕みて

 物心ついた頃から、ボクは父さんに教わる格闘技にのめり込んでいた。今では考えられない程の情熱に溢れたあの人は、一つの格闘の形が成功する度抱き上げて喜んでくれていたんだ。


 けどあの時から全ては変わり始めた。母さんが父さんと折り合いが悪くなり別居を始め、遂には親権さえも手放して離婚を選んだ時に。


 理由は今ならば分かる。父さんは情熱が過ぎる余り、加減のできない所があった。それは母さんも気付いていたんだろう……


亜相 闘真あそう とうま君、だね? ああ……私は特区管轄警察署 生活課の戸来場とらいばと言う者だけどね。君が暴行を加えた彼の件で話があるんだが、構わないかい?」


「……はい。どの道誰かに話さないといけないのは、分かってましたから。」


 全てが大きく狂ったのは両親離婚と同時に、暴力の矛先がボクへ向けられた頃。その日から地獄が始まった。けど――


 父さんが夜な夜な母さんの事に想いを馳せ、泣き崩れていたのを知っていたボクは、それを拒むなんて出来なかったんだ。


「単刀直入に言うけどね……君の暴行で意識不明の重体に陥った彼は、現在危篤状態にある。もし彼が帰らぬ人となれば、君は殺人未遂罪ではなく殺人罪として立件されるだろう。」


「……はい。」


「しかしね? 私も宗家からのお達しだから調べたんだが、君……――」


「……それはありません。悪いのは全てボクです。」


 そこは少年鑑別所の聞き取り室らしき場所。収監された部屋から呼び出されたボクの前には、この事件を担当した刑事さんが姿を現した。その彼から語られた事実に……ボクは否定を以って答えていた。


 相手の彼とは、ボクが格闘技を習う最中出会った同級の少年。別の高校の壁を越え、いつしか共に切磋琢磨する事となった笹島 尊ささじま たける君。ボク自身は家の諸々が影響しそれどころではなかったのだけど、向こうはお構いなしに合同練習と銘打ちよく押しかけて来た。


 そんな尊君の好意に応えるどころか――

 彼の紳士な想いへ居心地の悪ささえ感じていた。


 苦しくて、痛くて、辛くて、逃げ出したい気分に駆られた時……決まって父さんが泣き崩れていた事を思い出し耐え続ける毎日。


 いつかはこの悲しみも終わると。

 いつかはこの苦しみから開放されると。


 そう耐えに耐え続けた矢先、格闘大会出場が決まり父さんからの厳命を受ける。「必ず優勝しろ。」と。


「……そうか。まあ、君が辛くなった時はいつでも私に相談しなさい。心変わりもあるだろう。こちらも、凶悪犯かそうでないかは長年の経験で判別できる。ここに居る限り、君を誰にも傷付けさせないよう注意する。」

「だから少し、心を休めておきなさい。」


 この刑事さんは、事件当初厳しい目を向けていた。けど捜査が進み真実に近付くにつれ、こうやって話をしに来てくれる。それは嬉しくもあり、苦しくもあった。もう手遅れだからだ。

 ボクはもう、犯罪者になってしまったのだから。


 父さんが厳命した大会優勝を成し遂げたのに……当の本人から「なんだあの勝ち方は!」と、滅多打ちにされた。


 対するたける君側は両親に仲間と、皆が準優勝を涙ながらに賛えていた。


 優勝したのはなのに。

 敗北したはずなのに。


 その時憎悪が、拳へと流れ込んだ。心の制止さえも振り切って。



 気付けば……友達であるはずの少年が、目の前に血まみれで倒れていたんだ――

 


 †††



 零善れいぜん殿からの報告書を見て、オレは視界が暗転しそうになっていた。


 亜相 闘真あそう とうま君の実情をしたためた文面に刻まれた、目を覆いたくなるような負の連鎖。それを確認した際、時を置かずに宗家特区を担当する刑事デカへ連絡を取り――


 彼を少しでも早く、我が機関で引き取りたい旨を報告していた。


「……実の父親からのDMを受け、それが影響しての友人への殺人未遂。相手の子の怪我の具合は、どうやら峠を越えた様だけど――」

「ままならないものだな。なぜこうまでして、弱者ばかりが虐げられる世の中がまかり通るんだ。」


 アメノトリフネである日を過ごすオレは、遅い時間ではあったが麻流あさるを呼び出し、今後の子供受け入れ算段を話し合う。が、残る三人何にれも言える重い実情に、二人して沈痛な面持ちを並べていた。


 特に闘真とうま君に関する点。罪は罪。されど彼の家庭環境を鑑みれば、彼だけを犯罪者呼ばわりなどできない。世間では、れっきとした犯罪で扱われるだろうこの案件も、肝心な虐待で心に傷を受けた者の絶望感は計り知れない。


 その結果だけ見れば、当機関で機動兵装に搭乗させる事など無謀にさえ思えてならなかった。せめて――


 せめて闘真とうま君の心を救い上げる事だけでも、叶わないかとさえ思い始めていたんだ。


 そんな思いを抱くオレは、この件に於ける秘策を準備していた。もし仮に、一時的にでも闘真とうま君を機関で預かるチャンスを得られたならば、彼の心の傷を癒やす打って付けの人物がいたから。恐らくこれは、算段に基づく人選だった。


「ちーす。炎羅えんらさん、俺に用ってなんですか?」


 秘策を思い描くオレの聴覚へ響く、個人部屋外からの通信。何の事はない……今闘真とうま君と同年代かつ、その心を溶かす事の叶う能力宿す奨炎しょうえん君こそがその切り札だ。


「ああ……すまないね、こんな夜遅くに。まあ入りなさい。」


 迎え入れる言葉に反応し、機械式扉が排圧を以って開かれるや、眠い目を擦りながら入室する奨炎しょうえん君。正しく彼の、他人の言動から相手の深層真理を暴き出す力こそが、闘真とうま君を救う鍵だった。


 入れ替わる様に退出を申し出た麻流あさるへ、「ゆっくり休んでくれ」とだけ告げ、就寝間際だった機関の希望へも詫びを送り――

 本題から切り出す方向で話を始めた。


「夜分に呼び出してすまないな、奨炎しょうえん君。なので要件は手短にしよう。」


「ふあぁぁ〜〜……って、すんません(汗)。マジで寝落ちる寸前に起こされたもんで。要件ですか……まあ俺が呼ばれた時点で想像は付くんですが。」


「本当にすまない。さっそくだが、これを見てくれるかい?」


 寝落ち寸前で起こしてしまったのかとの罪悪感に駆られたオレは、ならばなおさら手短な要件提示が必要と、モニターへ闘真とうま君の画像入りデータを表示する。そして――


「この少年は現在、宗家特区内高等学校で三年にあたる。言わば次の受け入れ予定であるストラズィールのパイロット候補なんだが……いろいろと訳ありな所は分かってくれるね?」


「ああ、まあ。俺に沙織とナルナルと来れば、次に受け入れる人材が訳ありとかは想像できますけど。にしてもこのデータ下にある注釈、マジですか?」


 目聡めざとい彼も、すぐにそこへ視線を移し嘆息を零す。表示されるのはの点だ。しかし普通に考えた場合の収監とは違う旨を、あらかじめ伝えておく事とした。


「この注釈だけ見れば、悪質な意味で厄介な子供と捉えられても仕方がない。が、彼の場合はそこに至るまでの経緯が大きく普通と異なるんだ。肉親からのDMが原因と言えば、君なら察する事が出来るだろう?」


「肉親から、の……DM。ドメスティック・バイオレンスですか。」


 口にした言葉で絶句する奨炎しょうえん君。その理由は明らかだ。

 彼も実質似たような境遇だ。肉親が己の能力を利用し、自由と尊厳を踏み躙ると言う行為……彼も嫌と言うほど味わっているのだから。


 そこに違いがあるとすれば、肉体的なものか精神的なものかと言う比率の差程度。故に闘真とうま君を任せるには彼しかいなかった。


「今後彼の受け入れ前に、君達も経験した事前体験を考えているんだが、さすがに今回は簡単に事が運ばないと思っている。そこで君の出番――」

「いくら大人が声を大にして語りかけたとて、を考慮しなければならない。その彼の警戒を解くためにも、同じ世代である君の力を借りたい。」


 彼らの年代は一番繊細な時期。そこへ、いくら大人が人生経験を振り翳して介入しても、好転どころか悪化する恐れさえある。DM被害者な上、すでにその苦しみを外へバラ撒いてしまった闘真とまう君への対応は、なおさら慎重にならなければいけない。


 故に只の同世代以上に頼もしい、人の心を見定める力を持つ奨炎しょうえん君の力を借りる必要があったんだ。


 すると、経験上あまり褒められる事のない彼は、少し頬を染めて視線を泳がせる。それはこの機関に属して彼へ訪れた変化でもある。己の能力を、本人の意思そっちのけで利用されるのではなく、信を以って頼られる――


 そして頼ってくれた家族へ、同じく信頼にて応られる様になった彼の、大きな成長の証だった。


「し……しゃーねぇな。炎羅えんらさんにそこまで期待されちゃ、俺も断れねぇや。分かった、亜相 闘真あそう とうまだったっけ? そいつが事前体験する時には、まず俺が対処するよ。それでいいかな?」


 泳がせた視線を真っ直ぐ向け、逡巡の後了承の返答をくれた彼へ、首肯したオレは切に願っていた。



 まだ見ぬ少年達が紡ぐ、決して切れぬ絆が生まれるその時を。

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