memory:37 剛緑の重戦騎

 対魔討滅機関アメノハバキリでの戦いより、堕天の霊機エリゴール・デモンズが撤退した地球衛星軌道宙域。そこに後方支援に着いていた、天楼よりの航宙艦が合流する。


 当然それを持ち出した、黒と緑を塗した重厚なる魔の機将を駆る温和な魔太子ロズウェルも合流を見ていた。


「すまないな、ロズウェル。勢い勇んで飛び出した結果がこのザマだ。シザの目は少々濁った様だ。」


『何をバカな事を……僕とてあの惨状を見れば、すでに人類の希望も潰えたものと。だがあの光の人類にも、ささやかな希望の火は残っていたと言うだけの事さ。』


 一人飛び出した時から打って変わった友人の姿に、安堵を覚えるもガラでもないと嘆息する魔太子。彼をしても、魔導の映像越しに映る友人の姿は珍しい光景でもあったのだ。


 すると、発した言葉以降口をつぐ魔の貴公子シザに対し、温和な魔太子が一つの提案を口にした。


『ならばこうしよう、シザ。どの道、あのイレギュレーダ共の襲来が、今後過酷さを増すのは避けられない。そこで僕も一度地球へと降り、光の志士と手合わせをする事で彼らの能力底上げを図るとしよう。』

『それで僕にまで一手を加えられるなら、彼らも信用にたる戦力であり、君が飛び出した分も面目躍如となるはずだ。』


「慰めなど無用だ。シザは彼らを侮って攻撃をかすめられた。もし彼らが紫雷しらい様や紫雲しうん様であれば、シザは刹那の瞬きさえ感じる事無く滅していた。だが――」


 魔太子の言葉へ苦言を呈すも、後に続いた案は良策と悟った魔の貴公子。今後の対策とし、友人の案を飲む方向の返答を口にした。


「彼らを我らで鍛える点は悪くはない。イレギュレーダ襲来が過酷さを増せば、今の彼らではシザ達が最初に想定した結末を辿るのを避けられないからな。」


『決まりだね。なら僕も早急に、この堕天機将 ラルジュ・デモンズ調整を終える事にしよう。』


 友人の決断を聞き届けた温和な魔太子は、自身の駆る機体〈剛緑の堕天機将ラルジュ・デモンズ〉の名を口にするや早急な最終調整へと移って行く。


 いつとも知れぬ、地球周辺での魔の異形発生を考慮し、高貴なる魔の眷属による対策が進められて行く。同時に――



 地上は対魔討滅機関アメノハバキリでも、次なる戦力たる子供受け入れ準備が進められていた。



 †††



 巨鳥施設アメノトリフネでの暮らしが板に付き始めた子供達。先の双子の片割れとの一件以降、揉め事などは確認されず、むしろ以前より打ち解けあった空気が彼らを包んでいた。


「ナルナル、これがゲイヴォルグのシステムアップデートを内蔵したメモリでやがります。こいつはどうも機体のメインコックピットへ、ダイレクトにアクセスさせる必要があるでやがりますからね。」

「あんたがいつまでも引き篭もる体なので、仕方なくあたしが持参したでやがります。」


『ああ、これはどうもウルスラさん。、その雪原の如き麗しきお肌と、地中海さながらの青いお目々堪能で手打ちとしましょう。』


「おい、サオリーナ。こいつ、キモいでやがりますよ?」


「いや……(汗)。そこを私に振られても、返答に困るっぽい。」


「おねーちゃんとお二人が、仲良くなって良かったですの。。」


『「「百合的言うな……(汗)。」」』


 機体調整に欠かせぬダイレクトアクセスも、コックピットでの生活が続く引き篭もり姫が要因で、一向に進まぬ状況。しかし、打ち解けたポニテ姉ウルスラが自らそこへ足を運び、穿つ少女音鳴とのやり取りを熟す。


 機関での対面当時では想像も出来ない空気が子供達……それも女子陣を包んでいた。


「馴染んでんな〜〜。てか、ナルナルも意外に対人能力があるんじゃね? 、シビアな条件付きだけど。」


 女子陣営からやや置いてけぼりを食らう見定める少年奨炎であったが、彼とて女子陣に劣らぬ成長が顔を覗かせていた。そこには先に開花した彼の素養が齎した、野良魔生命との戦闘結果好転が関係していた。


 それを聞き及ぶ聡明なる令嬢麻流が、大格納庫へ訪れる。彼女が子供達の取りまとめを行うは即ち、憂う当主炎羅が重要案件対応のため本土へ渡っている状況でもある。


「オプチャリスカ姉妹も、ここへ所属するまではいろいろとありました。さらにはいささか私達機関員も距離を感じていた所です。あなた達の存在は間違いなく、彼女達の心さえも変えた様ですね。」


 隣に立ち、見定める少年へ語る聡明な令嬢。しかしそこへ紛れた言葉で、少年も嘆息しつつ言葉を返した。


「……はぁ。麻流あさるさんの言葉で合点が行きました。口ぶりからそうだろうとは思ってたけど、あのウルスラさんとアオイさん……って。」


「その辺りは内緒の方向で。もう少し、自ずと彼女の口から語られる事になるでしょうから。」


「ウルスラさん、ですか(汗)。妹さんも苦労してんな……。」


 聡明な令嬢も、少年の読みの正確さを当主とのやり取りから聞き及ぶ。見事なまでに言い当てた彼へ苦笑を送り、艷やかな黒の御髪をひるがえすと「こちらは任せます」との視線を残して職務へ戻る。


 見定める少年も、聡明な令嬢の登場で憂う当主が日本本土に渡っているのを察した所。そんな、巨鳥施設アメノトリフネでの管理が一時的に任された彼女から、流れる様に子供達の纏め役が託された現実に苦笑を覚えていた。


 そうして苦笑ついでに、格納庫内整備チームらの所へ歩み寄る少年の面持ちは――



 それこそ次の戦いに備え、各機体の状況把握に務める指揮官の如き凛々しさに満ちていた。



 †††



 もう何度目かの、アメノトリフネと日本本土の行き来は慣れたもの。されど今回は中々に頭も重い事案ゆえ、事前情報を詰めて行く。


「かつて実家が名のある格闘家の家系も、両親の離婚をキッカケに父親の手一つで育てられた、格闘道場の一人息子。それだけならば、こんなにも悩む事はないんだが――」

「最近行われた特区内学園対抗の格闘技大会、その優勝を勝ち取ったはずの少年……亜相 闘真あそう とうま君が優勝セレモニー直後に、控え室に戻った相手側の選手を滅多打ち。その後、駆け付けた警官によって殺人未遂の容疑で拘束、か。」


 次に迎え入れる子供は、現在拘置所に身柄を移される宗家特区内高校の三年生。大会での、殺人未遂容疑による収監なのは言うまでもない。


 だがしかし、そこへいくつもの違和感を覚えたオレは宗家特権で調査を進め、居た堪れない事実へと到達したんだ。


「普通に考えれば、大会に優勝した者が負けた相手へさらに追い打ちをかけるのはありえない。けれど彼の家庭環境は……それを誘発してはおかしくはないだろうな。」


 白き愛機の車内で書類を睨め付け嘆息する。先に迎え入れた子供達以上に、社会の闇で苦しんでいた幼き者の現状を嘆いて。


――離婚を境に荒れ始めた父親が、闘真とうま君へ極めて酷い暴力奮っていたと……。さらには、大会で優勝したはずの息子の勝ち方が気に入らないと、実の父親から勝利を祝われるどころか袋叩きに遭う。」

「それが日常となってしまった彼の心は、相当に参っていたのかも知れないな。何という事だ……。」


 オレ達は今も、この日本を始めとした地球の平和を脅かす者に対する防衛最前線に立っている。だが、肝心の守られる民の中でこの様な仕打ちが当たり前の様に巣食う惨状は、もはや悲しみしか浮かばない。


 いったいこの世界で、


「事は慎重に運ばねばならないな。すぐに必要となる事態にはならないだろうが、四機目、五機目の霊機の準備は早いほうがいいだろう。」


 零善れいぜん殿に任せている子供と、こちらが担当する子供。どちらが先にスカウト出来るかは、双方の問題を片付けるタイミング次第。それでも準備を怠る訳にはいかないと、機関で代役を努めてくれている麻流あさると、零善れいぜん殿双方へと連絡を入れる。


 すでに搭乗者待ちだった三機の霊機と違い、残る数機の内二機は未だロールアウトがなされていない状態。それこそ完全な吊るしでは、いざと言う時の戦力としては無理があると――



 来るべき時へ向けた戦力増強に向け、多方面の難事へと思考に心を向けて行くオレであった。

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