memory:36 海上の学び舎

 今日は異形……野良魔族生命デヴィルイレギュレーダと呼称を改められた存在の襲撃を、難なく回避しての昼下がり。遅い食事にようやくありつけた俺達は、今後を食堂で話し合う事にした。


 、どこぞの引き篭もり姫は御殿に篭もったままだけど。


『海上施設で、こんな山の幸が味わえるとは思いませんでした。ウマシウマシ……。』


「ナルナル、山菜料理とか普通に食べるんだね(汗)。私はファストフードが恋しくて恋しくて。あ、でも家庭料理とかをそのまま出してくれるのは嬉しいっぽい。」


「沙織は親が、ほとんど家にいなかったんだっけな。そりゃまともな家庭料理も食えねぇわ。」


「つか奨炎しょうえん君、デリカシー。まあ今さらそれを引っ張り出した所で、ここの生活のお陰で大した傷も負わないんだけどね〜〜。」


 大衆食堂さながらの雰囲気が包む中、複数のテーブルに時間の空いた機関員が各々の食事を持ち昼休憩を堪能する。これだけ超技術が詰め込まれた施設で、こんなにも身近な日常を感じさせる食堂を備えるだけでも、ここが日本の施設だと改めて実感出来る。


 そんな友人水入らずな所へ、珍しく食事の時間が重なった炎羅えんらさんが、食事トレーを手にしたまま声をかけて来た。


「どうだい、この食堂は。機関で勤しむ者は日本出生者も多いからね……この雰囲気は、皆へのささやかな贈り物でもあるんだ。」


「うひゃっ!? え、え、炎羅さん! 今日は予定、ああ、空いたんですね!?」


「何で沙織がテンパってんだ?」


奨炎しょうえん君、以外に鈍感ですね〜〜。それは――』


「ぽい〜〜!? 余計な事は言わんくていいの、ナルナル〜〜!」


『あわあわ、画面を揺らさないでサオリーナ!? !』


 その炎羅えんらさん登場でテンパる沙織に、突っ込んだはいいものの映るタブレット端末を揺らされ、まさかのタブレット酔いと言う新手の症状を訴えるナルナル。そうか、リモート相手にはそのツッコミがあったかと頷いてしまった。


 噴き出す俺につられる様に、同じ時間の昼食となった機関の人達からも笑いが溢れる。機関に満ちる暖かさには、新鮮ささえ覚えた。けど――

 そこで、存在していたんだ。


 それは俺達の視界に入る席をわざわざ選び、荒々しく座して食事にありつかんとする小柄で色白な影。確かオペレーターを熟している双子の片割れで、ウルスラとか言うロシアンハーフの少女だ。


炎羅えんらさんに認められたからって、いい気になりやがるなです。所詮はガキンチョ……いつかボロが出るに決まってやがるです。」


 次いで響く悪態は、俺達に聞こえるか否かの声量で吐き捨てられる。


 勘の鋭い炎羅えんらさんはすでに気付いており、俺へ「対処できるかい? 」との視線を寄越して来た。え?これ俺が処理するの?と嘆息が溢れてしまったぜ。

 けれど御矢子みやこさんに言われた手前、そんな役回りも悪い気はしなかった。どの道、沙織やナルナルには少々荷の重い人間関係の絡みでもあり、相手の思考を読み解く事の叶う俺が適任でもある。


 「やってみます」との視線を頼れる兄貴分へ投げ、そのまま視界にウルスラ女史を捉えて思考する。


 彼女の今までの対応は、俺達が認められた事を渋々了承していた感じは傍目でも明らかだった。数度の戦闘通信を聞く限りでも、感情的になり易く表面を取り繕うのが苦手ゆえの反応だ。ただ……なぜ執拗なまでに突っ掛かるかはまだ見えて来ない。

 俺達が、ストラズィールの搭乗者に選ばれた事が起因しているとは踏んでいた。けどまだその先に、彼女自身の問題が隠れている気がしていたんだ。


 そこで――


「俺達はガキンチョだぜ?ウルスラさん。だから間違いも犯せば、悩みもする。ボロなんて四六時中出してる様なもんだ。けどあんたは、ボロを出さない自身があるのか?」


 唐突な言葉で、沙織とナルナルの視線が俺に集中する。同時に、俺の言葉がしゃくに障ったであろうウルスラさんが、椅子を弾きながら立ち上がった。その背後から、姉の癇癪に勘付いた妹のアオイさんが慌てて駆け付けている。


 ここに厄介になる以上、俺達の衝突は避けられないだろう。だからこそ――



 その不穏を早めに処理する心積もりで、彼女との会話に望む事とした。



 †††



 子供達迎え入れと、滞りない魔の異形討伐。事は順調に運んでいる様に思われたが――

 燻る不穏の因子はささやかながら、機関内にも存在していたのだ。


「調子に乗ってんじゃないでやがりますよっ!」


 椅子を弾く勢いで立ち上がる、双子の片割れであるポニテ姉ウルスラ。ロシアの血統が齎す雪原の様な肌を紅潮させ、見定める少年奨炎の言葉へ反論した。


 しかし幼き頃自覚して以来、当たり前の様に社会の負の面に晒されて来た少年にとって、少女の癇癪はむしろ心地良ささえ感じるものであった。


「悪いな。俺も今まで生きて来た中で、さんざん忌み嫌われ、遠ざけられた身。調子に乗ると言うのがどういう事かは分からない。なにせ人と接しようにも、相手から遠ざかるんだ……それ以前の問題だろ?」


「……っ!? そ、そっちの人生談義なんて聞いてないでやがります!」」


「おねーちゃん、何をやっているですの!? ケンカなんて止めるですの!」


 少年が口にする、誰もが自分を遠ざける社会の孤独は、成人とてそう耐えられるものではない。彼はそれを、幼い時分より嫌というほど経験したからこそ、感情をむき出しにして食って掛かる少女へ好感さえ抱いていた。


 


 そして見定める少年が努めて冷静に放つ言葉へ、己の生まれを混ぜた事でポニテ姉が一瞬言い淀んだ。彼女も想定していない少年の過去内容ではあるが、それは相手を見定めるために発された言葉の陽動である。しかし、激昂のあまりそんな事さえ見抜けぬポニテ姉は一層癇癪を激化させた。


 駆け付けたツーサイド妹アオイも姉を抑えにかかるが、癇癪度合いが頂点に達した姉は止まらない。


 その勢いに任せ、理知ある人として口にすべきではない言葉を放ってしまったのだ。


「あたしはロシアの機動兵装研究機関にいた頃から、このストラズィール搭乗候補に選ばれてたでやがります! それが、お前達みたいなポット出にお役を掻っ攫われるなんて――」

「そのあたしがどれほど機関の期待を背負ってたか、お前に分かる訳ないでやがります! お前達なんて、――」


 食堂が静まりかえる。それはポニテ姉の放った言葉だけが要因ではない。それと同じタイミングで響き渡った、頬を叩く音が関係していた。


「おねーちゃん、言っていい事と悪い事があるですの。皆も私達と同じ人間なんですよ? なのにそんな事言うのは、私も悲しい……。」


「アオ、イ……。」


 刹那の出来事に、姉も事態を悟れずにいた。遅れて自分の頬が痺れて来た時、ようやく己が妹に頬を叩かれたのに気付いたのだ。


 目にした状況で言葉をつぐんだ皆に変わり、見定める少年が言葉を紡いで行く。少年は思考内で、たった今放たれた言葉から、瞬時にポニテ姉へ和解を促す算段を組み上げていたのだ。


「悪かったな、ウルスラさん。あんたは、その機関の威信を背負ってここに来たんだろ? なら俺達に役目を掻っ攫われたと思うのは当然だよな。けど――」

「あんたはあのストラズィールで、何がしたかったんだ? 世界の破壊行動か? 違うだろ? 、ストラズィールに乗る事を選んだんじゃないか?」


「あ、当たり前でやがります。誰が夢にまで見たストラズィールに乗って、大事な故郷を滅ぼしたりするでやがりますか。あたしはストラズィールに乗って、この手で世界を守ってやりたかったですよっ!」


 咆哮がまなじりの雫を煌めかせる。見定める少年は、見事に少女の心の奥を曝け出させて見せた。そこでようやく事態に追いついた貫きの少女沙織が、席を立ちポニテ姉へ迫るや抱きしめた。


「んなっ!? 何しやがるですか、この――」


「ごめんなさい、ウルスラさん。私達があなの役目を奪ってしまって。でも、ここを……地球を守りたいのは私も同じ。だって、このアメノトリフネにいる人達が私を見てくれるから。この人達のためになら、こんな世界も捨てたもんじゃないと思えるから。」


『そうですね。詰まる所そこへ、あなた……ウルスラさんも入っていると言う事です。なのであなたのその気持ちを、どうか私達に預けてくれませんか? ストラズィールで、この世界を守りたいと願う素敵な気持ちを。』


 貫きの少女に続く様に、穿つ少女音鳴思うままを述べた。だがさしものポニテ姉も吹き出してしまう。


「ぷっ……。せっかくいい言葉で締めようとしてるのに、、ぜんぜん決まらないでやがりますよ?ナルナル。」


『う、うるさいですね!』


 ポニテ姉の双眸が緩み、穿つ少女が癇癪も嘆息で締め括る。


 そこで確かに空気が変わる音がした。張り詰めた雰囲気が和らいで行くのを、見定める少年も感じていた。食堂の騒ぎを聞き付けたやんわりチーフ青雲真面目分家御矢子も、胸を撫で下ろしつつ温かな光景を見守る方向で姿を隠す。


 事態解決に「どうっすか? 」のドヤ顔を送り付ける見定める少年と、それを見やる憂う当主炎羅の「合格だ。」との視線によるやり取りの中――



 子供達は勉学以上の経験を、ここ海上の学び舎アメノトリフネで積んで行く事となる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る