memory:35 交わる光と闇の因果

 対魔討滅機関アメノハバキリ立ち上げを宣言したオレ達は、名実共に日本国が所有する防衛機関への昇格を見る。


 だが同時にそれは、機関を存続させるために必要な諸々の手続き倍増を意味する。それを踏まえ、子供達を麻流あさるに任せて一路、日本本土の土を踏んでいた。


「お疲れさまです、当主炎羅えんら。防衛省への顔出しと、諸々の手続きは完了ですね。」


「ああ、すまないな宰廉ざいれん……君にもいろいろと足を運ばせて。これが米国や英国ならば、組織の声一つで世界防衛を成す機関立ち上げ宣言もなせるだろう。」


「致し方ありません。それが日本と言う国家。厳正な審査に山積みの書類提出の試練を越えてなお、世間の目という最大の難関が押し寄せるお国柄です。それをすっ飛ばしては、防衛機関の存続さえ危ぶまれる所ですからね。」


 防衛省施設から出たオレを待つ宰廉ざいれんへ謝罪を零せば、まさにぐうの音も出ぬ現実で返された。現代日本を守護する御家の避けられぬ道は、想像以上に地球防衛を成すための弊害となっていたんだ。


「では、子供達受け入れの事前調査を任せる。が、君に任せる件は警視庁からの留置所と、また厄介な場所を回らねばならない案件だ。」


「受刑を予定された子供を保釈する様なモノです。それこそ、世間の目を最も警戒せねばなりません。ですが、その件についてはお任せ下さい。動いているのです……難事の片持ちぐらいはしないと、後々が厄介ですからね。」


「はぁ……零善れいぜんがどこで聞いているか分からないぞ? 口を謹んだほうがいい。オレも彼の暴走を止める自信はないからな。」


 白き愛車のドアをカチ上げつつ宰廉ざいれんへと零せば、あの面倒な身内の輩への愚痴が吐露される。それは彼を嫌っていると言う訳ではない、扱いに苦労するとの意味合いで、だ。


 画して、頼れるSP宰廉へ残る受け入れ予定の子供の件を任せたオレは、愛車を宗家特区へと走らせる。首都圏から宗家特区までは、宗家自治受け入れを拒否する空白地帯を行く事になるが――


 それはここが先進諸国であるのか疑いたくなるような、


「荒れているな。警察もここまで踏み込みたがらないのが分かる。その分、裏方専門の宗家が自治に乗り出さねばならないなど……先進諸国の名が泣くだろう。」


 甲高いエキゾーストを響かせる、2ローターNAエンジンを響かせ荒廃の迫る街並みを横目に宗家特区へと駆ける。そのまま建設中の、宗家が擁するメガフロートの航空機発着場を目指した。


 車内デジタル計で、機関へのフライト予定から充分な余裕があるのを確認したオレは、速度を落とし近くの湾を一望出来る堤防そばへと車を止めた。


 それは脳裏へ、かつて感じた感覚が過ぎっていた事に起因する。ある日突然姿を現した、


「オレを見ていたのか? 確か、闇野 紫雲やみの しうんと呼ぶ存在よ。」


「おや、気付かれていたようだね。存外に君は、高次の存在に対する感覚が鋭いと見た。」


「高次、か……。自覚はないんだが、オレは別件で出会っているからな。あの機関を任された際、君とは違う高次の存在と。」


「ふふ……星の観測者アリス、だね? 」


 愛車から降り立ったオレの言葉へ、当たり前の様に反応したのは紛う事なきあの闇野 紫雲やみの しうん。人類を天上から見下ろす神の如き者だ。その確証はなかったが、オレの行き着く先へ自由に現れる時点で、相手が人智を越える何かしらとの推測で話を進め――


 オレが口にした、アリスという神格存在を名指しで言い当てた時点で、彼が何であるかの確信に近付いた。


「アリスを知っていると言う事は、君はいにしえなぞらえる者なのだろう。ならば話し方も改めねばならないな。」


 彼の言葉でそれが何であるかを悟るや、相応の対応をせねばとの考えに達したオレは直後、いにしえの存在から予想だにしない依頼を受ける事となったんだ。


「構わないよ?今までの話し方で。僕はそれほど、かしこまられる様な存在ではないさ。そうだね……接してくれるとありがたい。いや――」

「僕は是非、。返答はいかに?」


「……オレと、親友? 」


 飛び出た言葉は想定の遥か斜め上。けれど――



 それを発した彼が、視線へ耐え難き憂いを乗せていたのを感じたオレは、断る事などできなかったんだ。



 †††



 古の君紫雲より、親友になりたいと依頼される想定外を受けた憂う当主炎羅。だが、言葉を放った当人の憂いを悟る彼は逡巡の後、止む無く了承の意を送る。


「……そちらに何らかの事情があるのは察した。そして普通でいいと言うなら、対応は今まで通りとしよう。その……親友と言う関係も、依頼と言う形に違和感が拭えなくもないが――何から始めようか?」


「ありがとう。それに警戒する事はないよ。親友の件も重く考える必要はない……早い話が、ちょっとハメを外すのに付き合って欲しいと言う訳さ。」


 神格存在に位置する気配と、無邪気な子供の様な純粋さを持ち合わせた古の君へ、戸惑うも耳を傾ける憂う当主はようやく嘆息のまま警戒を解く。そして親友を宣言した彼を、愛車の助手席へと案内した。


「幸いにも時間の猶予はある。ならば君を……紫雲しうんを乗せてドライブとでも洒落込もうか。」


「ふふ……いいね、乗った。僕としても、光に属する人類が生み出した文化には、興味が付きない所だよ。ではお邪魔して――」


 憂う当主に誘われるまま、助手席側でカチ上がるドアをくぐる古の君。その光景――神格存在に連なる者が、現代人の生んだささやかな文化遺産に包まれる、何ともシュールな絵面でもある。


 宗家の得意とする特殊改良で、自動開閉の叶うガルウイングドアが閉まるや、憂う当主は鋼鉄の白馬RX-8へ鞭を入れる。激しく踏み込まれたアクセルに呼応し、2ローター NAエンジンの咆哮が木霊するや、鳴き叫ぶスキール音からのタイヤスモークが濛々もうもうと巻き上がった。


 憂う当主も、相手が神なる存在であればドライブに加減の必要もないだろうと、敢えて己の思うままに愛車を暴れさせたのだ。


「ははっ……存外に心地いいね、この自動車と言う文明の力は。僕もここまで低次元世界で、魂を震えさせる事象に出会ったのは初めてだ。」


「だろうな。神格存在に属すると言うならば、人間の文化など稚拙にして矮小極まりないものだろう。だが低次元世界でも、魂を込めて生み出されたものは時として、言葉では表現出来ない事象を齎すものさ。」


 宗家特区幹線道路に入った事で強めたアクセルが、有り余るトルクを呼び空転するタイヤ。しかしそれをキッカケに、車体が斜めにスライドするもカウンターステア――流れる車体に対しての逆ハンドル操作を敢行する憂う当主。

 人馬一体を体現する、華麗なるマシン捌きが披露された。


 普通の何も知らぬ人間であれば、絶叫と恐怖に打ち震えたであろうが、同乗するは雲上の存在。、右往左往するはずもなかった。


 むしろ不自然な方向へ流れ行く車窓の景色に、感慨深ささえ抱いていた。


 そのまま特区のうねる海岸線をひた走る鋼鉄の白馬RX-8。流れる車体を右に左にと振返しながら、それでいて調教された軍馬の如きマシンが、まるで氷上で舞うフィギュアスケーターさながらの演舞を見せ付ける。


 程なく開けたアスファルトのスペースへ躍り出た白馬が、八の字を描くドリフティングから定常円旋回を繰り返し、岸壁となる場所で華麗なるスピンターンで締め括った。


「これぐらいならいつでも付き合うが、俺もそれほど暇がある訳ではない。今日はこれぐらいで手打ちとしてくれるか? 」


「とんでもない、とても楽しい時間を過ごさせて貰った。実の所、僕も神格存在として生まれた関係上、君たち低次元人類の〈遊ぶ〉と言う感覚にうとくてね。そんな僕でも、この自動車と言う存在の齎した刹那の時は有意義だった。」


 未だタイヤスモーク舞う鋼鉄の白馬RX-8内で、満足げに語る古の君。その表情を見るだけでも、憂う当主のチョイスは正しいと言えた。そして――


「よければ君の空いた時間で構わない。また僕の親友として、刹那の時を過ごして貰えないだろうか、草薙 炎羅くさなぎ えんら。」


炎羅えんらで構わない。これから俺も、君を紫雲しうんと呼び捨てる事にする。それが最初の、親友としての一歩だ。」


「ふふ……人間にしておくのが惜しいほどだよ、君と言う存在は。今日はありがとう。では――」


 本日の締めとなる会話を一頻り交わした二人は、共にカチ上がるドアをくぐり外へ。が……憂う当主が、視線を車外に立つはずの古の君へと向けた頃には、一陣の風が舞う海岸線が映るだけであった。


「はぁ……存外に神格存在とやらも、せっかちな事だな。」


 すでに相手を神たる存在と仮定した憂う当主も、その事象にさほど驚く事もなく嘆息を漏らした。



 そこから予定時間ちょうどを示す頃には、対魔討滅機関と言う、もう一つの家族が待つ根城への帰還を見る憂う当主であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る