memory:34 その産声は未だ闇の間で
組織としての成果も上々と、
同時にいつ悪化するとも知れない事態対応とし、残る戦力となる子供達のスカウトは待ち望まれるものであった。
『――以上が、当主
「ワレは相変わらず堅っ苦しいのぅ! 分かっとるけぇ、念押しすなや!? 」
『分かってらっしゃるのならば構いません。では……。』
憂う当主よりの依頼で残る子供達のウチ、
そんな
粗暴な彼が振り回すは、かの大国産の大排気量スポーツカー。古くからガソリンを撒いて走る劣悪な燃費を皮肉られた、米国スピリット宿すダッジ・チャージャー。ボンネット上に聳えるスポーツインジェクションの巨大な吸入口が、モンスターをさらなるモンスターへと変身させる。
メタリックシルバーが鈍く光る、獰猛な野獣である。
「さて、ここいらは宗家特区内包を拒否る地区じゃが……それを長引かせた結果が半グレの横行じゃけ。宗家も自治区でなけりゃ、迂闊に手出しはできんけぇのう。」
ドロドロと、怪獣のうめき声にも似た
それは、異形の魔生命の危機が取りたざされる十数年前まで遡る。突如都心近郊を包み始めた霊災が、日本社会を震撼させた。それまで表立って活動を見せていなかった三神守護宗家は、事態の重さを鑑み都市の霊的防御を成す都市区画整備に乗り出した。
だが、その計画の度に街の縮小を余儀なくされる各自治区の反発もあり、宗家自治区自体は未だ必要な規模を会得出来ていない現状でもあった。
そんな中、各方面の話し合いも突っぱねた区画が宗家特区周囲へ生まれ、そこへ霊災のみならず社会の膿までが蔓延し始めたのだ。
「このまま無法を放置すれば、霊災は止めどなく広がり手遅れになるけぇの。その証拠が、霊災の温床となる常軌を逸した半グレの台等……ままならんのぅ。」
粗野な見てくれは、ただ荒々しい性格を表す訳ではない。彼が相手取る霊災は、歴史上数多の町や人を飲み込んだ神話上の
その様な巨大な相手を絶えず討滅し続ける内、彼の精神は限界まで削り取られ、酷く歪んで行ったのだ。
「まぁ半グレが何百人束になろうと、霊災で生まれた
黒混じりの金髪ツーブロックから、
彼に取っての現状の課題は、これから組織へと迎え入れる子供の、家庭事情まで踏み込まねばならぬ点であった。
「……来たが。また派手にやらかしとるのぅ。じゃが、あれはむしろ叩き潰す方じゃけ。」
暴君分家が、現実逃避よろしくで双眸をギラ付かせた。そこに、彼の専門分野から来る思考で事足る集団が現れたからである。
調律の欠片もない、穴が空いただけの聞き苦しい爆音。美のセンスが何処かへ行方不明な奇抜極まりない装飾と、勿体ないカラーセンスがくすむ痛々しい車体。操作技術の欠片も存在しない、はた迷惑極まりない蛇行運転を繰り返す暴走バイク集団が、周囲を威圧しながら
一度アクセルを入れれば、猛獣の方が遥かに恐ろしいのを知ってか知らずか、そちらへは一切の挑発を行わぬ暴走集団。そのまま、周囲の弱者にだけはさんざん威圧をばら撒き、幹線道路を我が物顔で抜けていった。
「美の欠片もないがぁ。目が腐るけぇ。」
眉根を寄せ、汚物を見る様に双眸を歪める暴君分家。
その僅かな刹那、彼は視線を暴走集団全体へと
「
そして一頻り言葉を発した暴君分家は、一団が去ったのを確認しつつ
猛烈な爆音とタイヤスキールを響かせた野獣が、そのまま此度の目標となる子供が住むマンション区画へと走り去って行った。
†††
夕闇に紛れ、無法区を一台のバイクが走り抜ける。
レーサーバイクレプリカが
静かなる風の使徒が、賃貸マンションの駐車場へと駐輪された。
「あっ、おにーちゃーん!おかえりなさーい! 」
「危ねぇだろ……車椅子で身を乗り出すな。」
マンションの二階から響く、幼くも元気の有り余る声に反応するは、今しがた風の使徒を駐輪したばかりの影。
歳場で言えば、高校生相当である影は少年である。だが、双眸は野獣が獲物を捉える如き鋭さ。刈り上げた頭髪は、時代錯誤な剃りを入れた赤みがかる金髪。その少年は土方服を着込み、駐輪場から頭上の声がする方を見上げ嘆息した。
彼を兄と呼び慕う、車椅子の少女へ向けてのものである。
「おにーちゃん、お仕事お疲れ様です! お夕飯の支度は出来てるよ? 」
「夕飯は頂く。けどその前に、無理して車椅子で部屋の敷居を越えて来るな
「でも敷居を越えないと、
そんな、時代錯誤なヤンキーを地で行く少年を出迎える少女は、車椅子を身体の一部としていた。兄であろう少年も、顔には出さぬが妹の健気にして積極的な労りには、肝を冷やしながら注意を促していた。
「今月は残業させてもらった。アルバイト程度では知れた額だろうけど、これで病院での治療代を少しは賄える。」
「おにーちゃんの使う分は取ってあるの? 」
「俺の事を気にすんな。
「めっ、だよ?おにーちゃん。お父さんやお母さんは確かに、
その語りへ返す健気な妹は、金銭の使い道どころか人としての諭しまでもを返答へ混ぜる。年格好に似合わぬ達観した意見に、
そんな妹が乗る車椅子を押し、家の中にある段差を気遣うヤンキーな兄は、派手な格好を除けば一般人となんら変わらぬ妹想いの兄である。
車椅子の妹を連れ、ベランダへ顔を覗かせたヤンキーな兄。視界に街の境界を挟んで宗家特区が齎す、煌々と輝く高層建築の明かりと喧騒を映し、心情を吐露した。
「俺達もあの特区へ行けば、もう少しマシな生活が出来るんだろう。けどお前の……
「私はおにーちゃんといられれば、全然辛くなんかないよ? 」
「俺とお前だけならそれでいい。けど社会に出ればそうは行かない。俺達は身を持って知ってるだろう? 大人達が腐らせた、ゴミクズの様な社会の真相を。」
双眸を細め妹へ注すヤンキーな兄。健気な妹も、その言葉で少し陰りを見せ
少女は今より幼い時期、両親がまだ健在であった頃には元気そのものであった。五体満足な身体で、公園を走り回る元気少女。その少女を襲ったのは、不慮の事故であった。
――ひき逃げ――
両親の仲違いが限界に達していたある日の町中、そんな両親を追い青信号を駆けていた少女は、ブレーキ踏み間違えから突撃して来た車に跳ね飛ばされた。
さらに追い打ちをかける様に、車が逃走を図り、剰え事故後の子供を放置する様に両親が失踪。そんな中、妹の惨劇を目撃してしまったヤンキーな兄だけが、救急車両に運ばれた妹に付き添った。
しかし両親の失踪した状況では、妹をろくな病院に付かせる事も出来ず――
裏で半グレと繋がる医者へと泣き付いていた。
そこで診察を受けた結果、健気な妹の下半身に重度の不随が残ったと言う絶望を叩き付けられる事となる。
その妹の悲劇以降、少年は社会を、大人を信じる事が出来なくなり……気付けば暴走バイクを駆る日常へとその身を染めて行ったのだ。
「今日は冷えるな。さっさと
「うん、そうだね。今日はおにーちゃんのために作った、特製のパスタメインなイタリアン。しっかり食べてね? 」
妹の身を最優先で生きる兄と、その兄へ心労をかけまいと無邪気に振る舞う健気な妹。二人はそのまま喧騒を羨む様に、マンション一室へ消えて行く。
手にした資料が暴き出す、子供達の調査済みな惨状を目にした暴君分家。
歯噛し、「クソがっ!」と吐き捨てた彼に見守られる様に、兄妹は貧しき日常へと戻って行った。
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