memory:32 ストラズィールⅠ、応える者 フラガラッハ

 少年は、今まで傍にいた兄弟の熱き声援を受けて走り出す。己を切り刻み続けた、社会の闇から抜け出す様に。


 それを待つは鋼鉄の巨人。未だ名もなき汎用機は今、主たる少年の搭乗を今か今かと待ち侘びる様に、格納庫でそびえていた。


奨炎しょうえん君、準備は整ってるからね〜〜! ああ、ついでにそこへロールアウト仕立ての兵装が――」


「分かりました、青雲さん! けどそいつは時間差で射出できますか!? アレを相手にするのに、手の内を最後まで見せない方向で行きたいんで! 」


「おや〜〜!? 君は中々に戦術面で才能があるようだね〜〜! 了解したよ〜〜兵装は単独での射出も叶うから、君のベストのタイミングで声をかけるんだね〜〜! 」


 コックピットへの長い昇降階段を駆け上がる、見抜く少年奨炎。そこへ待ちかねていたとばかりに投げられた、やんわりチーフ青雲の言葉へ戦術的な内容を含めて返す。想定外の逞しい返答……それでやんわりチーフも、堅物一佐乱斗が放ったとの言葉へ合点が行く。


 堅物一佐は子供達のVRトレーニング上の特性を見抜いた上で、判断し言葉を放っていたのだ。


 画して排圧を伴い開かれたハッチから、滑り込む様にコックピットへ入る見抜く少年。それを察知した機体が反応するや、半天型モニター群へと電子の火が灯る。その中央――


 穿つ少女音鳴貫きの少女沙織の時同様の現象を見せるコンソールが、少年の目に飛び込んだ。


――我は反意の兵器か? ――


「これが二人の言ってた機体覚醒の鍵ってやつ……って、反意ってのは何かを裏切ってしまったって事か? 詳しい事は知らないけど……少なくとも俺が今からお前を操るんだ。そうはさせないさ。」


 少年も先の二人にならい、導かれる様に浮かぶいにしえの言葉の羅列へ返答して行く。


――我は滅びを齎す者か? ――


「んなこと……過去はともかく、俺はそんな事は望んじゃいないからな。そこは安心しろ。」


 物言わぬ機械兵装。だがしかし、言葉の羅列へ強い念を感じ取る見抜く少年は、己の能力を気が付かぬウチに成長させて行く。


――あなたは我を正しく扱えるか? ――


「ナルナルに沙織が、ちゃんとそれをやって退けてんだ。俺だけお前を貶める訳にはいかないだろ? それに俺は応えなきゃならない。」

「俺を信頼してくれる炎羅えんらさんに、今まで俺を支え続けてくれた兄貴のためにも。その期待に応えてやる……ああ、やってやるさ! 」


 対人知性。彼を苦しめた能力はいつしか、機械兵装に刻まれる遥かいにしえの悲しき後悔さえも、読み取るまでに昇華されていた。


 その想いは、ただの汎用機械兵装だった存在にさえ魂の咆哮を呼ぶ。それが機体に走る機械光へ一層の輝きを与え――


――では共に行こう。親愛なる者の想いへ応える戦いへ――


「そうだな。なら、お前を今日から応える者〈フラガラッハ〉って呼ぶぜ。この星の危機へ、颯爽と舞う救世の志士……魔を屠る討滅の刃 フラガラッハがお前の名前だっ! 」


 魂宿せし機械兵装と少年の心が一つとなる。三つ目の霊機新誕の産声が、巨鳥施設アメノトリフネで響き渡った。



 一方、二人の少女の駆る霊装の機神は窮地へとおちいりつつあった。



 †††



 天より舞い降りた堕天の霊機エリゴール・デモンズは、地球の少女の駆る機体を圧倒する。彼女達も、愛機を霊装の機体へと覚醒させた状況である。が――


「失望したぞ、地球の志士よ。このシザが駆るエリゴール・デモンズは、。それを相手にこのザマとは……もはや光に属する者達は、滅亡の因果に囚われたか? 」


 黒翼を羽撃かせて舞う魔の機動兵装。正しく堕天使の名が相応しき存在は、強制通信で少女達を煽り立てる。しかし、地球側戦力たる子供達は機動兵装への搭乗以前に、戦いさえも知らぬ安寧の中で埋もれていた者達。


 唯一そこで、人並みの幸せさえ享受出来なかったとの注釈が付く子供達なのだ。


「ゲイヴォルグ、まだ戦えますか? 機体ダメージ、ガングニールよりは全然マシだけど……弾が当たらないのでは支援の意味も――」


『ナルナルっ……! そ、そっちに行ったよっ!? 』


「んなっ……また私ですかっ!? 」


 一方的ではない、二機を総じて相手取る魔の貴公子シザ。そこには、二人の少女へ僅かな期待を残した感を覗かせていた。しかし一転するや貴公子は狙いを定め、放置すれば厄介と判断した、少しだけ戦闘経験を積む穿つ少女への襲撃を敢行する。


「……茶番は終わりだ。光の未来は我ら闇が引き継ぐ。征くがいいっ!! 」


「ナルナルーーーーッッ!!」


 先に友人を救う成果を達成した貫きの少女。が、此度はすでに意気消沈の渦中へ放り込まれていた。機体には余裕もあれど、蓄積したダメージが稼働効率へ陰りを呼ぶ。ましてや狙い定められたのは狙撃調整された穿つ戦騎ゲイヴォルグ


 近接戦闘に特化した機体の襲撃に、もはや打つ手なしの状況と言えた。


 だが……だがである。

 そんな状況下で、対魔討滅機関アメノハバキリ司令室から響いた通信には、諦めなど欠片も存在していなかったのだ。


『二人ともよく持ち堪えた! 今からそちらへ、! 彼がいれば、君達に不足する力を補える……頼んだよ、奨炎しょうえん君! 』


「任っかせて下さい! ナルナル、沙織、待ってろ! 俺とフラガラッハが、今行くぜっ!! 」


 咆哮が巨鳥施設アメノトリフネより放たれる。響く声を知らぬ少女達ではない。それでも、一機戦力が増えた所で相手をどうこう出来るものでは、通常ありえない。その戦況を一変させたのは――


「ナルナル、ヤツの突撃に合わせろ! そのまま一気にホバリング急降下で着水し、海水を煙幕に使うんだ! 」


『ふへっ!? そ、そうか!了解だよ、奨炎しょうえん君! 』


「沙織、ガングニールはまだ動けるか!? 動けるならそのまま、俺の支援砲撃を囮に飛べ! 」


『動ける、けど……出力が少し落ちてるよ!? いつもの突撃ほどの――』


「心配すんな! こういう時は、! 」


『う、うん分かったっぽい! 』


 目覚め駆け付けた応える戦騎フラガラッハの咆哮が、二体の戦騎までも覚醒させる。見抜く力はこの戦場で、。人を、世界を、あらゆる摂理を味方に付けるは見定める少年奨炎

 彼の立ち位置は、言うなれば前線で部隊指揮を担う指揮官のそれであった。


 少年の言葉が飛ぶか否か、堕天の霊機エリゴール・デモンズは躊躇う事なく穿つ戦騎ゲイヴォルグを狙い定める。しかしその愚直なまでの戦意が、彼の圧倒的状況へ綻びを生む事となったのだ。


「堕落した光の戦士よ、この一撃で……っ!? 何だっ!? 」


 それは一種の地の利である。魔の生命をうたう彼らは、その大海が如何なものかを十分に把握していなかった。ましてやそれが生み出す効果を戦術に組み込むなど、想定の遥か彼方であったのだ。


 堕天の霊機エリゴール・デモンズが一瞬の隙を見せたタイミングを見計らい、応える戦騎フラガラッハが汎用重機関砲を斉射する。巻き上がる海水が煙幕となり、穿つ戦騎ゲイヴォルグを瞬間とはいえ見失った魔の貴公子は、新たな三機目の接近察知に遅れを取ってしまったのだ。


「三機めだとっ!? だがいくら霊機を並べ立てようと、堕落したお前達ではシザの……俺の相手にもならん! 」


『ああ、お初にお目にかかるぜ……魔族さんよ! ならちょっと、その寝首でもかかれていけよっ! 』


 モニターを睨め付ける魔の貴公子。そこへ強制介入された映像に映るは少年。貴公子と違わぬ年齢の少年である。だがその口角はニヤリと吊り上がり、さらに近接し砲火をバラ撒いた。


「寝首だとっ!? その様なもの、紫雷しらい様の尖兵たるこのシザが――」


『貫けーーーーーっっ!! 』


 努めて冷静さを装う魔の貴公子は、己が煽り立てられている事に気が付かない。同時に……今まで力を喪失していた先の一機が、息を吹き返したのさえも悟れなかったのだ。


 響く東の頭上を見上げた魔の貴公子。が……己の致命的な判断の誤りに気付いた頃には、モニター一面が


「知ってるか!? 日中のドッグファイトは、頭上を取るのがセオリーだってなっ! 」


 そう――

 見定める少年は、戦闘が開始された時刻の日の高さを踏まえ戦いに挑んでいた。さらには海水による煙幕と己の支援砲撃を囮とし、貫きの戦騎ガングニールが持つ機動性を最大に活かす算段を瞬時に組み上げた。それも、出力が低下している戦騎が優位に立ち回れる様、


「なっ……んだと!? 」


 刹那の攻防は一瞬の交差で決着する。出力低下を位置エネルギー追加で補った貫く一撃は、見事に堕天の霊機エリゴール・デモンズの片腕を大きくかすめた。魔の貴公子にとって、遅れを取った相手に攻撃を掠められる屈辱は、戦いが敗北とはならずともそれに等しい結果であったのだ。


 そこへ満を持した声が響く。対魔討滅機関アメノハバキリを代表する憂う当主炎羅の声である。


「シザ・ビュラ君……だったね。君の話からすればこちらと君等は元来、争って無用のいざこざを広げる様な関係にはないはずだ。ならばどうかその機体の傷を、彼らへの仮認可の証とし――」

「できれば今後、当機関と共闘を願いたいのだけどね? 」


 勢いを失い霊機をただ滞空させる貴公子。モニターには、歯噛みしながら何かを耐え凌ぐ感情が映り込んでいた。程なく――


『……此度はシザの不覚。いいだろう……そちらが言う、争いを広げぬとの点は間違いではない。敗北を認めよう。だが、共闘の話はお断りさせて頂く。』

『我らに与えられた使命は、お前たち光に属する者が世界に不釣り合いとされた時点で、それを討ち滅ぼすが避けられぬ――』


 正論をぶつけられ、己の口上を相殺された魔の貴公子は観念した様に言葉を漏らす。その行為が……突如、背後海水から現れた伏兵の異形に気付く警戒さえ奪っていた。


「新手……撃ち漏らし!? 」


 貴公子が反応するも異形襲来はふところ。が――

 それを撃ち抜いたのは、応える戦騎フラガラッハが寸前で射出・待機させていた追加兵装、無線自立誘導シールド 〈ヴァリアブル・イージス・インターセプター〉のビーム粒子砲火であった。


「ふぅ……。あんたに取っておいた切り札が役にたったぜ。これで一つ貸しだからな? 」



 見定める少年は己が準備した切り札で、相手を強引に交渉へ付かせると言う、会心の妙技を見せ付けたのだ。

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