memory:31 期待寄せる者と応える者

 突如として舞い降りた有人のアンノウン。それは風の堕天騎将 エリゴール・デモンズと呼称された。


 討滅機関アメノハバキリ側の少女達が駆る霊装機神ストラズィールに、意匠的な面で近しいそれらは、色彩では対極を成していた。魔の貴公子シザが宣言した通りの、堕天使か魔の眷属の如し。そしてその機体が齎す攻撃は、未だ実戦に於いて素人の域を出ぬ二人の少女には、荷が重すぎるとも言えた。


『魔の討滅をうたうならこの程度、かわしてみせるがいいっ! 』


「……わきゃっ!? て言うか、あたしはまだ乘り初めたばかりだしっ!? こんなの――」


『サオリーナ、攻撃避けないと! そのままじゃ……わわわっ、こっち来んな! 』


 意思が宿るかも怪しい異形の魔生命……野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダと呼称された個体とは、全てが異なっていた。


 荒々しさの中にも磨き上げられた技が光る、黒翼の羽撃はばたきに任せた鋭い突撃。異形の湾曲刀剣シャムシールを構える風の堕天騎将エリゴール・デモンズは、充分に強敵と言える雰囲気を醸し出す。モニター上で、弾き出された戦術データ面の数字の羅列には、双子も反応が遅れるほどの驚愕を顕とする。


「え、炎羅えんらさん!これは非常にマズイですの! もうデータとかそういう事以前に、二人がまるで子供扱いですの! 」


「何言ってやがりますか、アオイ! あの魔界のなにがしも、どう見てもガキンチョ! さらに言えば、ハバキリ機関の戦力もガキンチョでやがります! 」


「そう言う事ではないですの! ちょっとおねーちゃんは、黙ってて下さいですの! 」


 動揺が大きくなるツーサイド妹アオイの声へ被せるポニテ姉ウルスラ。しかし双方の困惑は激しく、彼女達まで眼前に舞い降りた騎将の生み出す気迫に当てられていた。


 司令室を駆け巡る戦慄の中ただ一人、憂う当主炎羅は魔の貴公子が口にした言葉の羅列から、考えうる種族的な意識格差に注目していた。


「(あの少年は、セフィロトにある一世界の元首に仕えると言った。そして自らを魔貴族と呼称した点を鑑みれば、少なくとも彼は魔界の一世界が送り込んだ、戦術機関に長ける騎士相当。)」

「(であるならば、確かに今の音鳴ななる君と沙織君では歯が立つ物ではない。だが……彼らが言う使命と思しき基準に我らが達せば、あちらもこの戦いのほこを納める事も叶うか。)」


 方や、平凡な一般社会から選ばれた普通の学生。方や、地球文化で言う王国に準ずる場所から訪れた、戦いに特化した高貴なるモノ。さらにその存在が、機動兵装での立ち回りに秀でた、戦術組織の騎士的な立ち位置との推察が素早くなされる。


 そう……戦力である少年少女が日常しか経験がなかろうと、非日常での修羅場を潜り抜けた者が指揮を取るのが対魔討滅防衛機関アメノハバキリ、機関に於ける最大にして最強の切り札である。


 三神守護宗家は草薙家表門当主、草薙 炎羅くさなぎ えんらの真骨頂であった。


 そんな危機的状況を避難シェルター内で目撃した見抜く少年奨炎は、滴る汗とともに歯噛みする。それは今まで訪れた様な事態からは想像も付かぬ、絶望感さえ漂う現実を目の当たりにしてしまったからだ。


「ナルナル、沙織……くそっ! 何なんだあいつはっ! 」


 初めて出会った友人と呼べる者達の危機へ、少年は焦燥をつのらせる。これより共に戦っていくために手を取った掛け替えのない者達が、手も足も出ずに翻弄される現実の中、己一人が何も出来ない苛立ちが彼の心を締め付けた。


 だが……そんな焦燥の弟を見やる者がそこにいた。見抜く少年の兄 蒼太である。彼もまた、眼前で今まで目にした事のない現実と向き合っていたのだ。


 自分が大切に思っていた兄弟が……


 そしてそこへ転機が訪れる。真摯な兄蒼太は、今まで弟を機関から意地でも連れ帰る腹積もりであった。しかしそこで相対した機関代表を謳う者は、一般社会の不穏を彼方へ置き去りにする様な。しかも武力ではない、


 その存在の言葉に、想いに胸打たれた弟が立ち上がろうとしている。誰かのために……力無き者のためにと。


 それを思考した真摯な兄は双眸を閉じ、決意した。次いでその決意は、弟へ向けた言葉となって放たれたのだ。


「……奨炎しょうえん。お前、ここで戦う力は与えられているのか? 」


「あに……き。なんでそんな事を聞くんだ。」


「いいから答えろ。戦う力はあるんだな? 」


「あるよ。あるけど、それに俺が選ばれたかはまだ、正直微妙――」


 兄の急な心変わりが放った言葉へ、戸惑いながら応じる見抜く少年。そこで少年は、ようやく気付く事となる。



 己が制服ウチポケットで鈍く光る、戦う力に選ばれた証の輝きに。



 †††



 音鳴ななると沙織が魔の貴公子を名乗る者が駆る、黒翼の機動兵装の手で窮地に陥る中。それは訪れる事となる。


 思えば二人から、機体覚醒に至った経緯を聞いていた俺は、遅まきながらに気付いたんだ。自分が与えられた、霊機覚醒の要因となる証が呼んでいる事に。


「俺の……俺がストラズィールに搭乗するための鍵が、光ってる!? 」


 事情を知らぬ兄は困惑していたが、俺が発したストラズィールの名こそが与えられた力とすぐ察した様に表情を改める。直後 避難シェルターへ響く通信は、一鉄いってつさんと格納庫へと駆けた、青雲せいうんさんからのものだった。


奨炎しょうえん君、聞こえるか〜〜い! 今こちらで、ロールアウト待ちのSZ発光を確認したんだけど、君の指輪は……光ってないか〜〜い!? 』


「光ってる! 俺の指輪も光ってるよ、青雲せいうんさん! 」


 興奮気味に応えた俺はモニターを睨め付ける。今俺が、二人の危機に駆け付ける準備が整ったから。すると――


 そんな俺の背を押す様な声が、すぐそばから掛けられたんだ。


「……行って来い、奨炎しょうえん。」


「……っ、兄貴!? けど兄貴は――」


「俺もバカじゃない。お前が何に対して必死になっているかぐらいは、分かるつもりだ。言っただろ?お前に戦う力は与えられているのか、と。」


 俺を今まで支えてくれた、すぐ傍にあって……大きすぎて分からなかった兄の存在が、燃える心に火を灯す。兄がこれから何を言わんとするかを、今では抵抗もなくなった対人知性の能力で理解してしまったんだ。


「今までお前に対し、酷い扱いをして来たお袋……。けれどそれを止められなかったのは、俺自身の弱さだ。あんな親でも、大学に行く金やなにやら、人生を生きるための最低限のまかないは受けて来たから。だから、陳腐な恩が邪魔してお前を救ってやれなかった。けど――」


 今まで俺を支えながらも、それ以上に踏み込めなかった兄貴。その後悔が口を突いて漏れ出した。そう……間違いなく兄貴は今まで、俺を支え続けてくれていたんだ。


 そんな後悔を寄せた眉根へ刻み、そっと俺の肩を叩く兄貴。けれど視線に宿るは、頼もしき先達せんだつの意思。そこから――


 そこから俺の、新たなる飛翔へ繋がる言葉が紡がれたんだ。


「お前はもう、子供じゃなかったんだな。立ち上がった。大切なモノも手に入れ、帰るべき場所も手に入れた。俺はまだ守護宗家と言う存在をよく知らないし、信じるに足らない。足らないけれど――」

「俺は、信じる事にする。だから行って来い、奨炎しょうえん。これはお前が、自分自身で手にした歩みべき人生の道だ! 」


 兄貴の想いが俺を打つ。今までなんで気付かなかったんだろう。この人は俺が想う以上に、こんなにも俺の事を案じてくれていた。


 そう思考するや、もう溢れる雫を止められなくなっていた。


「ごめん、兄貴。せっかく兄貴がこんなにまで……。なのに、みっともなく泣いちまって――」


「何を恥ずべき事があるんだ? 誰かに感謝し流す涙を、はばかいわれなんてないぞ? それはお前が今まで頑張って耐えて、耐えて……耐え抜いていたから溢れたものだ。だからこれから、それを吹っ切って進め。いいな? 」


 そこまでを聞き届けた俺は覚悟を決める。こうしている間にも、二人が窮地に追い込まれている。けど――


 人の言動から相手を見定める事の叶う俺ならば、必ず二人を助けられるはずだ。


 涙を拭い、シェルターの扉を開け放つ。兄貴を見れば「想う通りにやれ。」との笑顔ももらった。それを尻目に、格納庫へと駆け出す俺は口にする。


 すでに脳裏で決定付けられた、俺と共に戦うパートナーの名を復唱する様に。


応える者アンサラー……その別名で言われる所のフラガラッハ! 俺の相棒は、ストラズィール・フラガラッハだっ! 」



 そして……俺は格納庫で今かと待ち侘びていた応える者フラガラッハへ向け、全力で駆け出したんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る