memory:30 光と闇の邂逅

「何してんだよ、兄貴っ! 」


 俺の視界を奪った事態は、酷く心を揺さぶった。機関側で、俺の事を労りつつ受け入れてくれた家族と……家庭でいつも俺へ降りかかる火の粉を払ってくれていた家族がぶつかり合う惨状。


 兄貴が炎羅えんらさんの襟首えりくびを掴み、殴り飛ばした瞬間だった。


奨炎しょうえん! お前、何も酷い事はされてないんだろうな! 場合によっては俺も――」


炎羅えんらさん、大丈夫ですかっ! くそっ……なんでこんな! 」


 それを目にし、とっさに口にしたのは俺を受け入れてくれた炎羅えんらさんの名だった。俺からすれば、どちらも非がないのは言うに及ばず。それを導いてしまったのは、あのババァの存在こそが要因だったから。


「兄貴、頼むからやめてくれ! 炎羅えんらさんは何も悪くねぇ……それどころか、俺をここで大切に扱ってくれている! 俺を育てた親面して人を良いように使い潰す、どっかのババぁなんざ目じゃねぇくらいにっ! 」


「……奨炎しょうえん、お前……。」


 居ても立っても居られず炎羅えんらさんに駆け寄る俺を、制したのは他でもない彼自身。切れた口から赤い物を滴らせながら、視線を寄越し告げて来る。


 それこそ兄貴が殴り飛ばすいわれなんて、どこにも存在しない誠実さを込めて。


「大丈夫だ、君は案ずる事はない。子供達に全て託さなければならない中、我ら大人が出来る事などたかが知れている。であれば、その理解を得るため体を張る程度は造作もないさ。」


「つか、炎羅えんらさんなら一般人の殴打ぐらい避けられんだろ。それなのに無茶しやがって……。」


 胸が痛く、そして熱くなる。あのババァがこれほどの事をしてくれただろうか。


 兄貴は俺のために拳を振るった。

 それを炎羅えんらさんは無抵抗で受け止めた。


 ならば俺はこの人達に、自身の決意で応えなければならない。ババァとかに抱く憎悪なんて霞に消えるほどの、確たる決意を以って。


――応じる者アンサラー――


 確か片隅にあったゲーム知識のそれは、別名フラガラッハとか呼ばれてたはずだ。と――


 事ここに及んで、事態を急変させる通信が機関内を走り抜ける。それこそ。あの異形共が現れたんだ。


「……アオイさんですか? そう……分かりました。炎羅えんら、またしても異形が襲来したとの報告がありました。奨炎しょうえん君のお兄様は、一旦避難シェルターへ。それと顔を拭いて下さい。」


「すまない、麻流あさる奨炎しょうえん君のお兄様、事態急変のためあなたはこの機関が擁するシェルターへ避難して頂きます。事がすめばすぐ、帰宅出来るよう取り計らいますが――」

「願わくば彼の……弟君の決意を、しかと見届けて頂きたいと思います。」


「避難って……。一体どういう事か――」


「今はそんなの言ってる時じゃねぇんだ、兄貴! 俺がシェルターへ案内するから、何も言わずに着いて来てくれ! 」


 響く通信で、緊張感が違う方向へと走る中、炎羅えんらさんを助け起こした俺は兄貴の誘導を買って出る。今の自分はまだ、戦う力が無い事は理解していた。そう思っていたから。


音鳴ななるちゃんと沙織ちゃんがSZで出る様だね〜〜! じゃあ我々も敵対勢力討滅に、尽力を〜〜――」


 そんな今まで通りの対魔討滅のミッション。それを一変させる出来事が――



 、急転直下を呼び込んだんだ。



 †††



 見抜く少年奨炎の兄との一触即発からの異形襲来は、対魔討滅防衛機関〈アメノハバキリ〉を宣言した機関の最初のミッションとなる。だがその事態は、襲い来る異形のさらに頭上から舞い降りた、謎のアンノウンにより急変する事となる。


「カタパルトへゲイヴォルグ、ガングニール……固定完了ですの! 」


「今度は二人共、せめてダメージを負わない方向で頼むでやがりますよ!? 」


『それは向こうの出方によりますね。けど――』


『そうね! 私達だって、そう易々とやられるつもりはないっポイ! 』


 意気揚々と二機の機神内で咆哮を上げた二人の戦乙女は、未だ半人前ながらも気概だけは一人前。頼もしき仲間が出来た今、手を取り合い敵対生命を穿たんと息巻いた。


 その事態へ急転直下を齎す状況が、双子の睨め付けるモニターへ写り込んだのだ。


「敵は性懲りもなく、小悪魔型グレムリンタイプ強襲小悪魔型ガーゴイルタイプが合わせて30体ですの! 今回は増援に、別働隊への警戒も怠り無いですの! 」


「そうでやがります! 滞空兵装を順次展開……シールド装備〈八尺瓊やさかに 守りかなめ〉も出力良好! あとは滞空銃座群の全域展開を……あれ? 」


「どうした、何があった! 二人はもう、カタパルトで地上に出ているが!? 」


「……なんでやがりますか、これ? アンノウン……謎のアンノウンが、今しがた確認した敵を殲滅して行くでやがります! 」


「なっ……どういう事だ!? 」


 重金属扉を越えて駆け付けた憂う当主炎羅へ、謎の事態で困惑に叩き込まれた双子が映る。次いで、その異変をモニター画像で確認した当主は……見開く双眸で異常事態を悟ったのだ。


「……! これは、!? いや……背部の黒翼形状の飛行ユニットからすれば、差し詰め堕天使か!? 」


 憂う当主率いる三神守護宗家は、現在世界規模で守りを固める任を定期的に請け負っている。その中で、欧州は英国近海に居を構える対魔防衛組織に、彼の弟である裏当主 草薙 界吏くさなぎ かいりが正式に機関へ属した所。そこへ協力を申し出る流れとなった〈神の御剣ジューダス・ブレイド〉機関で、眼前のアンノウンにも見られる特徴を持つ、巨大機械兵装の存在が報告されていた。


 だが光はヴァチカンに所属するそれに対し、眼前で舞うは黒翼と黒に、オレンジがかる色味を塗す御姿。それこそ地獄の淵から躍り出た、悪魔めいた様相を呈していた。


 そして事態はさらにあらぬ方へと進み行く。その黒き堕天のアンノウンより、通信が送られて来たのだ。


『ヴェソニア、アルザゴール、シザ・ビュラ。ザクサレーヴェン、ヒアルディアレ――』


「通信ですの! あのアンノウンが、こちらへ通信して来てるですの! 」


「けどこれは、なんでやがります!? 見たこともない周波数に、聞いたこともない言語で! 」


 すると双子の声に続きモニターへ映し出されるは、人の姿をした若者。白銀髪の御髪おぐしを後ろへ流し、三白眼が鋭く切れる双眸。睨め付ける姿は、対魔防衛機関アメノハバキリに属する少年少女に近しき者である。


 そのアンノウンを駆る若者も、機関側の状況を察したとばかりに嘆息し、地球に現存する言語へと変換して名乗りをあげる。そこへ、落胆と呆れを混ぜ込んで。


『我が名はシザ・ビュラ。太陽系は天楼の魔界セフィロトの一世界、コクマの元首たるお方に仕えし魔貴族だ。だが……まさか、古の光と闇の共通言語さえ失っているとは、驚愕を通り越して呆れるほかないな。』


「セフィロト……だって!? それは宗家の文献に存在する、異界の伝承世界の話と! それに、その様な世界は太陽系のどこにも――」


『呆けているのか? いにしえの技術……それも光に対する闇に属するそれらで、実質我が世界は異世界同等の存在ぞ。ゆえに、それを観測する事は叶っていないだろう? それよりもだ――』


 異界に相当する知られざる地、天楼の魔界セフィロト。宗家文献にも残されるいにしえの都が、太陽系に存在する旨を口にした憂う当主。当然そんな事実は、知る知らぬ以前の問題である双子も言葉を失っていた。


 司令室でのやり取りを、格納庫で聞き及んだ宗家に属する真面目分家御矢子やんわりチーフ青雲。こちらも、言わずもがなで言葉を刈り取られていた。


 そこでただ一人、冷静に事に当たるは堅物一佐乱人。彼にとっての宗家事情は、上がやり取りする雲上の采配の範疇。その彼にとっての最優先事項は、日本国を初めとした世界の弱者を守る事こそにあった。


 事態を重く見た堅物一佐は、雲上の者達へ得体の知れぬ者への対応を任せ、頑固整備長一鉄へ視線を投げた。臨時の際、やんわりチーフに代わり整備部門の統括も任される彼が、状況を即座に予測し声を上げる。


「整備長、すぐに残るSZ出撃の準備を! それと、今兵装庫でロールアウト待ちのアレも、同時に展開準備をお願いするであります! 」


「あぁっ!?何言ってやがる! 今あの正体不明な輩が、敵さんを片付けたばっかじゃねぇか! 一体何を相手にするってんだ! 」


のものであります! であれば、音鳴ななる嬢に沙織嬢では完全に手に余る……! 三機目の力添えなしには立ち行きません! 」


 堅物一佐の鬼気迫る声で、整備長も事態を悟り首肯した。そしてすぐさま、三機目の霊機出撃準備に移るが……その時点では機体になんら変化は訪れていなかった。


 直後――

 堅物一佐の予感を決定付ける宣言が、遥か異界より訪れた堕天の貴公子から放たれたのだ。


『残念ながら光に属するお前達人類が、あの程度の野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダで右往左往するならば、とんだ興ざめだ。我らは――』

『天楼より来たりし魔の眷属は、進化を怠り、脆弱化したお前達をのさばらせる訳には行かぬ。よって、このシザが駆る風の堕天騎将〈エリゴール・デモンズ〉で、討ち滅ぼしてくれよう!! 』



 光と闇は、邂逅と共に戦いの火蓋を切って落としたのだ。

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