memory:29 支える者は家族のために牙を剥く

 巨鳥機関アメノトリフネ対魔討滅防衛機関アメノハバキリと名乗りを上げて翌日の事。


 朝日が施設の長大なカタパルトを照らす中、宗家の主だった者らへ僅かな緊張が走っていた。憂う当主炎羅を筆頭に、カタパルトへ降り立つ輸送機を見やる視線は複雑そのもの。


 緊張の要因は、見抜く少年奨炎の実の家族である兄が、機関への苦情申立のため単身で赴いていた事が要因であった。


「対応はオレに任せてくれるか?皆。その際、何があろうと手出しは無用で願う。」


「分かっています、炎羅えんら。皆さんもその腹積もりで。」


「自衛官の自分が同席するだけでも、幾分警戒は和らぐと思われるであります。あくまで、得体の知れぬ点の緩和に過ぎませんが。」


「事が上手く運びはしないと思ったけどね〜〜。けれどこれは――」


「そうですね。まだ奨炎しょうえん君の家族には救いがあると言う事に他なりません。……来ますよ、奥生おくじょうさん。」


 やがて降り立つ輸送機搭乗者用ドアから現れるのは、どうと言う事のない一般市民の青年。だが……双眸には、家族を取り返さんとする憤怒にも似た感情が渦巻いていた。


「あれ? 今日誰か面会予定ってあったの? 」


『聞いてませんね。主だった人が皆出てますが、誰か来たんでしょうか。』


「……んあ? 誰かって……待て待て、ふざけんな! 何で……! 」


 トレーニングルームで汗を流す見抜く少年と貫きの少女沙織に、それをモニターで傍観する穿つ少女音鳴。同時に外部映像越しで目撃した光景に、女子らは疑問符に揺れる。しかし、状況を悟った見抜く少年は声を上げ、そのままトレーニングも放り出して駆け出した。


「ちょっ!? 奨炎しょうえん、トレーニングボイコットとかないからねっ!? 」


とはなんですか、とは。サオリーナさんも人聞きの悪い……。』


 少年の唐突な行動に泡を食った二人だが、様子がおかしいと悟るや彼女達も少年の後を追う。言うに及ばず、リモート御殿へと引き篭もるお姫様は、、である。


「ようこそお出で下さいました。叶 奨炎かのう しょうえん君のご兄弟様ですね? こちらは――」


「御託は必要ありません。弟はどこですか。ここがいったい何の施設かは聞きません。俺は弟を連れ戻しに来ただけです。それがすめばすぐにここを立ち去りますので。」


「ええ、そちらの言い分は承知しております。本来ならばこういった事も想定しておりました。せめて、彼をここへと招いた経緯だけでもお聞き願いたい。我らもやんごとなき事情から、奨炎しょうえん君への協力を必要とし、彼の意を確認した上で力添えを申し出ている所ですので。」


 憂う当主が言い終わらぬウチに、捲し立てる真摯な兄蒼太。が……直後の、弟を連れ去ったと想像していた相手がこうべを垂れ、事情説明を申し出て来たのに僅かな驚愕を覚えていた。機関を代表する者と共にこうべを垂れた一団……中でも冷静さを取り戻していく。


「……分かりました。ですが、事情を聞いたからと言って、弟をみすみすこの様な場所には置いておけません。」


「ご理解感謝します。ではこちらへ。」


 真摯な兄は警戒を緩めない。だが周囲に彼を威圧する様な不穏も見当たらないと悟り、言葉だけでも耳に入れる方向で案内に従う。


 突如訪れた状況には、憂う当主が取った対応が活きていた。そもそも不穏極まる集団では、最初の輸送機送迎の時点で真摯な兄の安否など知れたものではない。それを見越した機関側はあら方を想定し、輸送機内での彼への対応からして、貴賓客扱いで終始させた。

 そして施設へ到着を見るなり、機関を代表する者が先頭に立ち、名を連ねる重鎮を揃えてこうべを垂れる。


 それこそ、国家が諸外国のお偉方と謁見する際の手際。むしろそこまでの対応を受ければ、如何な一般市民の者でも機関への不審は抱き難くなる。



 外交の天才の片鱗を垣間見せる憂う当主が、親愛なる家族の身内へ心から寄り添わんとしたが故の、模範的対応であったのだ。



 †††



 頭の中がぐちゃぐちゃになった。


 俺はあのババァの金づる扱いからさえ逃れられれば、草薙さん達への協力を惜しまないつもりでここにいる。なのにその決意を揺るがす出来事が、俺の視界へと飛び込んだ。


「何で兄貴がこんな所へっ!? ババァには了承を得たって炎羅えんらさんは――」


 なんとなく状況は理解出来る。ババァが金づるの俺を素直に引き渡す訳はない。だから炎羅えんらさんはきっと、どちらにも波風が立たない……それこそ俺の人生を大切にしつつババァの面目も立てる方向で応じたはずだ。

 けど……ババァからすれば、それはてめぇの沽券こけんの話。だから兄貴には、俺の機関協力の話なんて欠片も伝えてはいなかったって事だ。


「ちっくしょーーっ! あのババァそうまでして、てめぇの良いように俺の人生を使い潰したいって事かよっ! 」


 思考し浮かぶは兄貴への不満ではない。この状況下、兄貴は何も非なんてない。兄貴はいつも、俺がババァからクソみたいに扱われているのを必死で庇ってくれていた。


 誇らしい兄。

 掛け替えのない、兄弟。

 そうだ――

 ババァはどうだっていい。けれど俺をいつも庇ってくれた兄貴が、悲しむ世界なんて真っ平ゴメンだ。


 兄貴が来て、揺れ動いた思考が定まって行く。一つの鋭く輝く希望が心を満たす。俺を大切に想ってくれる、たった一人の兄や機関の家族の期待へ応えたい。


 その想いのまま、兄貴が案内されたと思しき来賓客部屋へ駆けた。



 すでに着込むが当たり前の、機関制服のウチポケットで、



 †††



 来賓客室へと迎え入れられた真摯な兄蒼太は、幾分憤怒が和らぐも鋭い視線は健在のまま席へと促された。


 対するソファーへ腰を浅く座した憂う当主炎羅。まずは謝罪をと口にしていた。


「此度の奨炎しょうえん君の協力の旨は、親御さんよりの了承を取り付けた所でしたが……家族内で充分な話し合いなどがなされない状況だったとは、こちらも配慮が行き届きませんでした。大変申し訳ない。」


「あんた、草薙宗家の当主でしょう? それぐらい、宗家特区在住なら一目で分かります。それに、謝罪もなにもこうなる事を予測して、その宗家が俺を迎え入れたんじゃないですか? であれば、その謝罪も少し怪しい所ですよ? 」


「確かに、ごもっともな意見……言葉もない。」


 鋭い視線の真摯な兄は贈られた謝罪へも斜に構え、憂う当主としてもぐうの音も出ない痛い所を突かれていた。当主も形振り構っていられない中で、最善の選択を選びながら事に当たっていたが、家族を何より案ずる彼の心は動かせないでいた。


 痺れを切らした真摯な兄が、事の核心へ踏み込んで来る。奇しくもそれが、彼の抑えられていた憤怒へ火を入れる事となったのだ。


「謝罪を申し出ると言うなら、お聞かせ願いたい。ウチの母は何分旧い世代の人間。金や権力に人気のある者が、のし上がる事で地位と名声を得ていた世代の人。弟をただでそちらへ協力させるなんて、まかり間違ってもありえない。」

「ウチの母から、一体何を交換条件として提示されたのでしょうか? それを包み隠さず仰って頂きたい。」


 切り込まれた本題に、居合わせる機関へ集まる大人達は息を呑む。憂う当主も、それが必要ならと要求に応じた手前眉根を寄せる。そして、逡巡ののち重い口を開いた。


「……そちらの親御様は、当初確かに。が……我が機関は協力者の人権を重んじた上での運用前提であるため、そこはお断りさせて頂いた所です。」

「代わりに、親御様へ提示出来るそれ以外の代案を只今検討中で――」


 当主としては幼き子供の人生を左右させる案件へ、ただで協力を得られるとは考えてはいない。だからこそ、親御に協力を得られる最善手を模索していた。


 だが――語る言葉へ、混ぜ込んでしまったのだ。


「ふざけんなよ、あんた! 弟は、金や何かで取引する物じゃないんだよっ! 」


 逆鱗が激昂に変わるや、真摯な兄は弾かれた様に席を立ち当主へと詰め寄った。そのまま襟首を掴み上げられる当主へ、一瞬手を出しそうになる同席者らも歯噛みし事態を見守った。


 憂う当主より、何が起きても一切の手出し無用を言い渡されていたから。


 当主にとっての家族らが迷い、踏み留まる刹那。掴み上げられた当主へ風が舞う。それを避けられる立場にない彼は――


 真摯な兄が振りかぶった拳で、勢いよく殴り飛ばされていた。



 事態を察し駆け付けた見抜く少年奨炎が、来賓客室の扉を開け放つ中で。

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