memory:28 少年を支え続けた者は……

 巨鳥施設アメノトリフネへ三人の子供達が迎えられて程なく、三度の異形襲撃後僅かに事態が沈静化する中。子供達の内でも、身内で何者より家族を案じて止まない者が宗家特区を駆け回っていた。


「……そう、ですか。先週までは見かけた言う事ですね? 」


「はい……。それ以降はさっぱり見かけません。ここ数日は、店内監視カメラにもそれらしき少年は映っていませんでした。お力になれず申し訳ありません。」


「いえ!? こちらこそ無理なお願いを、大変感謝しています。では――」


 その男性は、案ずる身内が足を運ぶであろうあらゆる公共施設を当たり、虱潰しらみつぶしに情報を探し回る。健康美を宿すイケメンな風貌はまだ二十代前半であろう、が……どことなく目元や顔の骨格が見抜く少年奨炎に似通う男。


 叶 奨炎かのう しょうえんの兄、蒼太そうたである。


「あいつ、ほんとにどこへ行ったんだ。これもお袋が、あいつを道具みたいに扱ったせいだ。あんな事言われたら誰だって傷付くだろう。これだから、カネでしか物事考えられない世代は嫌なんだ。」


 歯噛みし、本来慈しむべき親にさえ悪態を付く真摯な兄蒼太。そこには弟が受けた心の痛みを、何より理解し共感する器が見て取れた。


 その兄はここ数日、弟が立ち寄ると思われる場所を何度も当たり、本人がいる事を願い徘徊していた。そう……守護宗家が見抜く少年をスカウトせんとした際、親御からはその旨の確認も得られていた。が、その事は兄に伏せられていたのだ。

 詰まる所、、その自覚のある母親が身勝手に事を了承した結果であったのだ。


 夕闇が包む宗家特区。それでも兄は弟を探す手を緩めない。

 大切な家族であるがゆえに。彼の心の痛みを傍で感じながらも、何の手助けも出来なかった故に。


 いつしかその足は、見抜く少年が頻繁に出入りしていた漫画喫茶へと辿り着く。そこでようやく真摯な兄へ光明が指したのだ。


「ああ、奨炎しょうえん君だね?よくここに来てたよ。ウチは宗家関係者より、色々事情のある者は分け隔てなく受け入れていいいとお達しを頂いた店でね。もちろん彼も、無銭で出入りしたりはしてないから、そこは安心していいよ。」


 店へ出入りしていた見抜く少年声に掛け続けた店主は、少年がそこへ訪れていた経緯を語る。その点には安堵を覚えた真摯な兄であったが、の下りで再び険しく眉根を寄せた。


「来てた、って事は……最近は来てないって事ですよね。あいつがどこへ行ったか、分かりませんか!? どんな情報でも構わないんで! 」


「……君が彼の身内で、その彼を案じていると言うならば教えるもやぶさかじゃないんだけどね。なにせこのご時世だ……僕らの様な店舗は、個人情報漏洩には気を付けないといけないもんで。」

「身分を証明出来るモノの、提示を要求させて貰うよ? 奨炎しょうえん君にも、学生証は提示して貰ったからねぇ。」


 当然とも言える店主の言葉にも素直に応じる真摯な兄。それだけでも、彼がどれほど弟の安否を気にして止まないかは明白であった。店主の提示は、むしろそれを見るためのものでもあったのだ。


 言葉に従い提示された身分証明証を確認した店主は語る。そこへ見抜く少年の兄が、訪れる事を察していたかの様に。否――


 その可能性はすでに草薙宗家から示唆され、対応を任されていたのだ。


「君の弟、奨炎しょうえん君は宗家が有するある場所へスカウトされて赴いているのさ。ただそこへ向かうには、普通の交通手段では無理。よければ僕が、そこへ向かうための話を宗家の方へ付けてあげるよ。」


「守護宗家の所有する場所へ? なんでそんな所へ……。すいません!そこへ行く件、お願いしてもよろしいでしょうか! 」


 程なくそこへ臨時に向かうための手はずが、漫画喫茶店主の計らいによって叶う真摯な兄。時を置いて巨鳥施設アメノトリフネへ赴く事となる。その旨を聞き届けたのは、憂う当主のSPである社会派分家宰廉であった。


「はい、そんな感じでしたねぇ。まあ後の事は、宗家様にお任せしますので。」


『心得ました。ご協力に感謝します。』


 諸々の事情を社会派分家とやり取りする漫画喫茶店主。



 それは貫きの少女沙織の件が解決を見て、数日を置いた日の事だった。



 †††



 トリフネでは、対魔討滅機関としての準備がようやく整いつつある。


 そこでオレは、現在仮運用であった状態から正式な機関として国に認可させるための処置に入る。いつまでもアリスからの借り物機関のままでいれば、


 それが、身内から出たサビと言う時点で嘆息しか浮かばないのだが。


「――と言う事で、今後君達を主力に据えた機関名とし、このアメノトリフネ擁する我らを日本国 対魔討滅防衛機関〈アメノハバキリ〉としての運用を開始する旨を伝えておく。」

「何ぶん無名の機関では、国内外で迂闊に活動も出来ない情勢だ。宗家が運用しているからと、口上ばかりで形のない組織では怪しまれる故の対応。そのつもりでいてほしい。」


 それら説明のため、御矢子みやこに任せた子供達の授業へ、伝達の時間を割り込ませる形とした。と、訪れたミーティングルームで何やら目を爛々と輝かせた御矢子みやこが教鞭を取っていた姿は、宰廉ざいれんへの土産話に取って置く事にしよう。


 そんな思考で子供達を見渡すオレは、手元にあった二着の衣服を彼らへ手渡しさらに続ける。


「なお、おおやけの場に出る事も考えられるため……すでに機関全体には配布している、機関正式立ち上げに伴い準備させたこの隊員制服着用が基本とさせてもらう。まあ――」

「そこは。悪く思わないでくれ。」


『うひゃっ!? やべーですこれ! 機関の隊員制服とか、正義の味方的な統一感パないっ!ーーっ! 』


「あー、大丈夫じゃないですか?炎羅えんらさん。若干一名、謎の語彙力崩壊発言を絶叫してる女子がいるみたいなんで。」


って……初めて聞いたわよ(汗)。」


 当然未だリモート授業な音鳴ななる君には、あらかじめ制服を準備させ殿届けていた。こういう時は、いささかリモートも不便と感じるが致し方ない。


 ともあれ制服の譲渡はとどこおりなく進み、御矢子みやこへ授業を続ける様指示したオレは、自室で山積みとなるデータ群との睨めっこのため戻る事とした。山積みデータとは他でもない、今後の受け入れを予定している子供達のものだ。

 が――


 受け入れ進捗の進まぬ理由でもあった。


「今宰廉ざいれんが当たってる亜相 闘真あそう とうま君に、関西から戻った零善れいぜん殿に任せてある皆樫 大輝みなかし だいき君。そして予備人員……これは正直本人達の了承次第となる、大輝君の妹の雪花ゆっか君か。問題は山積みだな。」


 データに記される新たな受け入れ予定の子供達。事が上手く運ばないのは、記された点が先の奨炎しょうえん君らよりも厄介な状況が起因する。


闘真とうま君は現在、殺人未遂により拘束中。被害があった相手方の格闘技選手は意識不明の重体。加えて、大輝だいき君は今も宗家特区と都の堺にある街譲歩停滞地域を根城とする、暴走族リーダー。」

大輝君の妹も絡むとなれば、受け入れは簡単にはいかないだろうな。」


 残る三人の内二人は、札付き中の札付きだ。だが宗家全体で彼らを調査した結果、救いがある……否――る。だからこそ、如何に彼らを正しき道へ戻しつつ、対魔討滅への協力を要請できるかが勝負の鍵だった。


 と、そこへ思案中であった調査担当の、。輩との呼称は即ち、それほどまでに扱いが難しい御仁という事でもあった。


『おう、炎羅えんらかのぅ! ワシじゃ、零善れいぜんじゃ! ワレとの会話は久しぶりじゃけぇ、ちと心が弾みよるわ! 』


零善れいぜん殿か、こっちは君の乱暴な物言いでいつもキモが冷えるよ。慣れないからね。」


『なんじゃあ!? 我がホームの瀬戸内圏をバカにしとるんか!? このしゃべりは生まれつきじゃ、許せや! 』


 瀬戸内圏とは言うけれど、八太薙 零善やたなぎ れいぜん八尺瓊やさかに宗家の第一分家であり、さかのぼれば西を牛耳った戦国武将の家筋まで辿り着く彼。西の裏方で動く、宗家切っての武闘派だ。


 故に、、打って付けとも言える。


『まあ長話の余裕は無いけぇのぅ。ワレから依頼のあったガキ……調査しとるんじゃが、色々な所からヤバい方面で手を出されとるのぅ。探りを入れて全部当たるけぇ、少し時間をくれや。』


「ああ、調査段階で想定はしていた。だがあまり時間をかければ、手遅れになる。彼に目を付けている半グレは世間でも問題視されるほど、卑劣な悪行を重ねているからな。」


『そっちは任せとけや。、一般市民の安心は保証つきじゃ。』


「……くれぐれもやりすぎるなよ? 相手は異形の化け物共ではない人間だ。。」


じゃろ? 殺されても文句など言えんけぇ。まあ、ワレを追い詰める様な真似はせん。じゃあの。』


 しかし元々が、人類を脅かす異形の霊災専門家。人間相手ならば百人いようが皆殺しに出来る恐るべき手練れの彼。冗談か本気か分からない時が間々あるから、恐ろしい事この上ない。


 会話だけでも緊張する彼との通信。それと入れ替わる様に響いたのは、宰廉ざいれんからのものだった。


「どうした宰廉ざいれん、何か急変した事態が……そうか。奨炎しょうえん君の兄君が動いた、か。」


 それは想定していた事。奨炎しょうえん君の家庭事情からして、彼の親がいくら了承としても、それを兄が許すはずがないとの推測。



 少なくとも彼の兄君は、弟を大切な家族として労っているとの報告を確認していたから。

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