疎まれた力はやがて世界守護の要へと

memory:27 コクマの貴公子、シザ・ビュラ

 蒼き大地を襲う三度の異形襲来。対する地上防衛の要である巨鳥施設アメノトリフネは、辛くもその危機を乗り越えた。


 だがその成果も不満と独りごちるのは、太陽系の彼方より訪れた魔の貴公子――

 風の騎将にして堕天使を思わせる機体へ搭乗する者である。


「なんと不甲斐なき事か。あれが我ら魔族と対なし、共に光と闇の世を守護せんと、地球地上へ繁栄を生んだ生命だと? あの体たらく……見過ごせるものではないな。」


『君が言い出した時はまだ、介入すべきではないと考えたけれど……これは想定以上の惨状だね。まさかあの程度のイレギュレーダ数で、ここまで手を焼くとは。人類は一体、この数千年の間何をしていたんだい? 』


 地球月軌道はL・Pラグランジュ・ポイント4で微小惑星の影に潜む堕天の霊機エリゴール・デモンズ。そのウチにて双眸を鋭く見据えるは少年。天楼の魔界セフィロトより訪れたる魔の貴公子シザである。


 彼が発した声に、同じく魔の世界住人たる温和な魔太子ロズウェルが、そこから遠く離れた宙域より異界の通信手段で返答していた。


「知れた事。せっかく手に入れた霊長類の証たる叡智を、己の欲望を満たすためだけに奮い、果てはそれを弱者蹂躙の力に貶める暴虐を繰り返した結果だ。聞けばこの千年程度で、と聞く。」


『……度し難いね。君が躍起になるのが理解出来たよ。そして――』


 通信の最中、互いに絶望を共有する二人の魔の者は歯噛みし双眸を閉じる。それこそ魔との表現よりも、宿


 そしてさらに続く言葉の羅列には……人と魔の未来さえも左右する内容が含まれていた。


『その理不尽に奪われた命が憎悪の集合体となりて、あの野良魔族生命デヴィル・イレギュレーダ。地球に張り巡らされた生命の蛇竜を伝わり、変貌させ、宇宙へ流れ出たそれは再び地上へ舞い戻り――挙げ句の果てには憎悪を晴らすため、かつての同胞へと牙を剥く……か。』


「ああ。そしてそれを止めるために、……クソッ。ロズウェル、次に不逞共が現れたらシザは出る。」


『皆まで言う必要はないよ、シザ。ボクの機体調整は今暫く猶予が必要ゆえ、この宙域から支援しか出来ないが……君に任せる。』


 当初は魔の貴公子へ時期尚早と提言していた温和な魔太子ロズウェル。だがモニターを成すそれより知り得た惨状から、徐々に思考が改められて行く。彼らが口にする大兄者と呼ばれた存在への、絶対の崇拝の念とともに。


 地球から月宙域で巻き起こる不穏のさざなみ。しかしそこには、地球上に住まう者の概念を超越した奸計が繰り広げられていた。



 魔の若集が言い放つ、数千年の時の流れで生み出してしまった人類の膨大なる贖罪を払うと言う奸計が。



 †††



 当たり前だった早朝のババァの、やかましい長電話から開放されたひと時。足を向けた学校でさえも腫れ物の様に接され、漫画喫茶へと逃げ込む日常も必要のない今。


 俺はこのアメノトリフネと呼ばれる機関で、そんな心が救われた日常を送っていた。


「はい、では何か三人の討論で疑問などは出て来ましたか? 」


御矢子みやこ先生、昨日 社会科の題目で話し合った時、いくつか浮かんだ疑問を問いたいんですけど。」


「……っ!? せ、先生……ああ、先生――」


「って、御矢子さーん(汗)。聞いてますかー? 」


「はっ!?これは失礼! ちょっとまだ、御矢子みやこさんでお願い出来るかしら? 」


『「「何のハードル?? 」」』


 御矢子みやこさんが教鞭を振るう授業は、古い世代の詰め込み式なんかじゃない手法。勉強と聞いて項垂れた俺達だったけど、そこで幾分救われた感じだ。むしろ俺達が、授業を通して絆を深めるには絶好の機会とも言えた。なにせ一人、


 てな訳で、御矢子みやこさんが提示した通りの勉強スタイルに準じた討論の中、社会科面で疑問がいくつか浮かび先生様へと問うた。のだけど、何かこの人呼ばれ慣れてないのか、先生を付けて名を出す度ニヤニヤして授業が進まなくなる。


 そこで思い切って、その辺りを聞いて見る事にした。


「社会科の疑問点の前に、一ついいですか?御矢子みやこさん。教員免許持ってたのはいいとして……学校の先生とかにはならなかったんですか? 」


「……っ。まあ、その疑問は浮かぶでしょうね。」


 すると急激に下がったテンションから「うわ……地雷だったか」と顔に出してしまった俺を、苦笑でおもんばかってくれた彼女は語り出す。


 先にその口より耳にした、俺達子供と近しい経験をして来たと言われる、彼女自身のこれまでを。


「私は宗家に仕える分家の身でありながら、幼い頃は先生になる事に憧れていました。けどそれは、いろいろ複雑な状況を後に生む結果になったのです。」


 ナルナルも沙織も御矢子みやこさんの口調のトーンが一段下がった事で、俺の問いが地雷だとは気付いただろうけど、それで俺を責めるいわれはないと彼女が視線で制してくれる。そのまま語られるは――


 俺達とは異なるけれど、紛う事なき大人達が生きる社会の無慈悲なる仕打ち。痛ましい現実だったんだ。


「宗家出資の大学を出て、その夢に少しでも近付こうとした私ですが――御家からは「宗家に仕えるお役目を放棄している」だの、社会からは「良い所の出で、コネだけで教師を目指している」だのと……それは酷い扱いを受けました。」


「守護宗家って、そんなに内部での摩擦が強いんですか? 」


「そうね。炎羅えんらしかり、麻流あさるしかり……。私には兄がおり、彼が綾凪あやなぎ家を継いで炎羅えんら様のSPを賜った事で、今度は風当たりが兄に向かう始末。早い話、これは日本国が持つ独特の旧い世代のやっかみの様な物。」

「日本と言わず――世界では未だ、社会上層の巨大な組織は金に権力で全てを解決すると言う事実も少なくはなく、そこへ意を唱える者からも批判される板挟みが現実よ。私が正式に学校の教師になれない理由には、察しがついたかしら? 」


 聞いていた通りの惨状。俺達の様な札付きの子供は、やはり自分達が過酷な状況にあるせいで己の事しか見えない傾向にある。だが現実はこうだ。大人だってそれぞれの社会があり、そこで苦しみ、夢さえ負えず磨り減って行く人だっている。


 つまりは同じ人間であれば、大なり小なりその人生の試練を越えて行かなければならないと言う事だ。


 そんな思考に支配されていた俺は、御矢子みやこさんの言葉で現実に引き戻される。俺達の目下の目標、先を見据えた勉強励行という訓練の最中であると言う今に。


「社会科への問いには別方向で答える事になったけど、何か道徳の授業になってしまったわね。けれど三人共、私の過去に共感したならば覚えておきなさい。現実は誰だって困難と立ち向かわなければならない時が来る――」

「大なり小なりそれを越えて初めて、社会人――いえ……姿となりますからね? 」


 と、現実に戻った俺は思考した自身の考えを、見抜かれた様に語られた。さらにそこへ哲学的側面も加わえられ――

 俺が思考したであろう考えを拝借したとの、謝罪的なウインクを頂戴してしまった。


 ナニソレ?御矢子みやこさん、俺の考えが読めんの? と驚愕してしまったぜ。


「はい! 分かりました! 」


、哲学的な面については全然分かってないでしょ。』


「それ以外は分かった……って、サオリーナって何!? そこはサオリンとかでしょう!? 」


『それではどこかの、の通信手さんじゃないですか。被ります。却下です。サオリーナさん。』


「愛称……(汗)。文字数増えてんぞ、それ。」


「ふふっ……機関に来た当初より、仲が良いのは素晴らしい事です。さて、区切りがついてしまったなら、今日はここまでとします。」


 小難しい事が苦手らしい沙織へ、ナルナルからの謎の愛称が贈られ、すでに先生が堂に入った御矢子みやこさんが授業を一先ず締め括る。この機関に属する皆を代表する様な、誇らしい面持ちで。


 ここならば、俺の事を何より大切に想ってくれる家族がいる。少なくともババァに金づる扱いされる様な現実とは暫くおさらばだ。けど――



 元あった日常の中でたった一人、……程なく行動を起す事となったんだ。

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