memory:23 外交の天才の片鱗

 私はその日生命を救われ、そして心さえも救われた。


 最初は地球を救うとか言ういかがわしい内容のままスカウトされ、アメノトリフネ施設体験の最中に討つべき敵が襲来した。そして二度目の襲撃の際、街中を彷徨った挙げく私は、自ら命を絶たんと自動車が行き交う幹線道路へ歩みだし――


 それを、寸でで駆け付けた鋼鉄の白馬を駆る王子様に救い上げられたんだ。


 それからと言うもの、素敵なあの一回りも歳の離れた王子様を視界に入れる度、心がときめいて仕方がない。けど分かってる。彼はすでにパートナーを持つ身。それも日本が誇る才色兼備の名家令嬢、非の打ち所もない大和撫子の麻流あさるさんが彼の奥さんだ。


 そんな超えられぬ壁を感じながらも、私は心が熱くなるのを止められない。きっとそのお陰で、この機関に抱いていた不信感が払拭されたんだろう。


 こんな素敵な人がまとめる家族なら、私をちゃんと見てくれるだろうって。


「……ふあぁ〜〜。昨日はとんだ騒ぎだったなぁ。でも……こんなに笑ったのはいつぶりだろう。」


 夜通し続けた送迎会には流石に度肝を抜かれたけど、あの敵がいつまた襲来するかを考えたらこのタイミングしかなかったのだろうとは思う。そんな歓迎会から少し時間を置いた私は、与えられた個室で短い夜を過ごす事となる。


 いや――それは。ここに詰める機関員の方達は、ほとんどが四人かそれ以上の大部屋での共同生活と聞いている。あのストラズィールと呼ばれる機動兵装乘りは特別に、男女それぞれ分かれての、最低限のプライベートが保てる相部屋が準備されていた。


 まあ速い話が、、今の現状と相成った訳だ。


「おっはよ〜〜ナルナル〜〜! あ、さ、だよ〜〜! 」


『……なんですか?友達いない子――ああ、。って、まだ8時じゃないですか。そんな早く私を起こさないで……ふぁ〜〜。』


「ちょっと待って? 8時はむしろ遅い時間だからね? どんちゃん騒ぎが夜通しだったから仕方ないにしろ、ここはもう起きて朝の訓練?とかする時間よ? 」


『私の朝は11時59分なのです。それまで起こさないで――』


「それもうお昼時だから(汗)。そしてなぜにキッカリ59分なワケ? 」


 通信の先は当然ゲイヴォルグのコックピット。モニター越しで、眠い目を擦って不満げに私を見る。

 引き篭もりな音鳴ななるがきっと起きるのを渋るからと、御矢子みやこさんよりモーニングコールを頼まれてたけれど……彼女の寝坊は想像を軽く超えて来ましたね。沙織さんもビックリだよ。


 けどそんな鳴音ななるの大あくびをモニターで見やりながら、自分でも気付かぬウチに笑顔を零していた私。その私を怪訝な顔で覗き込んで来る彼女。

 今までいた同学年の女子でさえ、友人と言う概念で見た事がなかったのに。覗き込むこの子はもう、自分にとっての友達以外の何物でもありませんでした。


 、素敵でブレない引き篭もりなお友達。


「まだそこから出るつもりもないんでしょ? だったらせめて、奨炎しょうえん君も呼んでVRシュミレートのトレーニングするよ? 私、そもそもメカとかよく分かんないから。」


『むっ……それはいけませんね。ならば良いでしょう。特別に私がロボットアニメ物とは、如何な価値観を以って対峙するべきかを――』


「ロボットアニメの話じゃなく(汗)。だよ、訓練。」


『……ケチンボ。ふふ……。』


「ぷっ……あはははっ! 」



 知らずのウチに打ち解けてしまった彼女と、その日最初の機関内生活を開始したのです。



†††



 少年少女が少しづつ、しかし確かに歩み寄り初めた頃。非日常の合間となる、ささやかな日常が営まれていた。


 穿つ少女音鳴を叩き起こした愛に飢えた少女沙織の呼びかけで、引き篭もりでもリモート参加の可能なVRシュミレートトレーニングを開始。同じく、起き抜け早々、女子達に狩り出された見抜く少年奨炎も同訓練に付き合っていた。


 VRシュミレートを行う施設そのものは、巨鳥施設アメノトリフネの大格納庫に近い場所へ併設される。格納庫側の実機を調整する管制室とオンラインで接続し、子供達の戦闘データを個別に観測、且つ機体リンク調整状況と合わせて確認出来る体制であった。


『ナルナル、もうちょっと狙撃射線安定に気を配れって! いつも足場があるとは限らないんだからなっ! 』


『お気遣いには感謝しますがね。奨炎しょうえん君こそ、そのデータ上のSZ能力を上手く引き出せてないんじゃないですか? 』


『あーっ! またアタシが成績ドンケツだっ!? もう、このSZとか言うの、操縦方法が全然さっぱりっポイ〜〜! 』


『『ゲーム操作レベルでもだめなのか(汗)。』』


 しかしやいのやいのと行われる訓練は、流石に見られた物ではないと――

 シュミレートデータ取りを依頼された双子が、揃って肩を落としていた。


「これ、炎羅えんらさんになんて報告するでやがりますか……。」


「ですの。音鳴ななるさんは二度の実機操縦経験者だから兎も角としても、あと二人は実機での操縦経験は皆無。このデータでは、実機本操縦でも怪しい所ですの。」


 シュミレート部屋側で、訪れた惨状に頭を抱える双子。それをモニター越しに見やるは、頑固整備長一鉄


 軽く惨状を一瞥しつつ、機体運用進捗しんちょくを確認に来たやんわりチーフ青雲へ声を投げた。


「シュミレートさえこなせれば、後は慣れが解決してくれんだろ。だが問題は実機の方だ。」


「そうなんだよね〜〜。音鳴ななるちゃんの戦いの折確認された、あの霊機覚醒を考慮した場合……各機体をこのまま吊るしで運用する訳には、いかなくなったからね〜〜。」


「早々に子供達が持つ能力に特化した調整に移らにゃ、その霊機覚醒する度機体運用で難儀する事になんぜ?晴雲せいうんよ。」


 山積みな問題に苦慮する二人。

 すでに運用されている穿つ戦騎ゲイヴォルグ以外は、実質吊るし状態で運用待ちであり――さらに格納庫奥で待機する複数の個体に至ってはロールアウトさえままならない。

 それが現在の機関戦力の現状である。


 パイロットが選抜される以前ではその方向で進めていた所、いざパイロットを得るや機体が想定を越える性能を発揮。しかもその霊機覚醒と言う力の開放は、調整如何で機体運用上様々な問題噴出を生む。


 ただのテストであればそれでも時間が解決してくれるであろう。が、彼らはすでに二度の敵対存在よりの襲撃を受けた状況。


 充分なデータを取るだけの猶予がない現状には、機体調整に携わる者達の頭を悩ませるばかりであった。


 頭をいろんな方向へひねる技術者達。それを察していた様な機体調整案が、憂う当主炎羅より齎される。格納庫シュミレート室へ訪れた聡明な令嬢麻流が、その諸々をデータメモリにまとめ持参していた。


「その件に関して、炎羅えんらが思う所から今後の機体調整に役立つデータをまとめてくれました。目を通してみて下さい。」


炎羅えんら君が? う〜〜ん、確かに彼はその手の見識には一家言あるね〜〜。どれどれ〜〜――」


 守護宗家内でも、完全に血筋から部外者である憂う当主は、常に己の身が蔑みの目に晒されている事を知り得ていた。

 宗家当主が必ず手にするべき、対魔討滅の力なき当主。そのそしりはいつしか、本来草薙宗家を次ぐ素養を持つ、聡明な令嬢にも降りかかる事となる。だが――


「……驚いたぜ。やっぱり炎羅えんらは、草薙の新世代当主に相応しいんじゃねぇか? こいつは常人じゃ考え付かないたぐいの発想……子供達をよく見てるって証だ。」


「おやっさんに同感だね〜〜。人は長き付き合いだろうと、本人が相手を理解しようとしていなければ〜〜、それこそ晩年になっても相手の素を知る事なんて不可能だからね〜〜。それを僅かな付き合いで見抜くとは〜〜。」


 頑固整備長にやんわりチーフが、提示されたデータに目を通して驚愕する。憂う当主は戦う力がないからと、己に出来る事を突き詰めていた。小さくは個人から、そして大きな所となればそれこそ国家クラスの相手をつぶさに調べ上げ、それを踏まえあらゆる対応を導き出す。


 、彼は己に出来るバックアップの面での研鑽を絶やさなかった。


「まずはそのデータを参照の元、最優先で沙織さんと奨炎しょうえん君が搭乗する機体の調整を進めて下さい。敵襲来時には、私も指揮に回らざるを得ない所――」

炎羅えんら尽力しています。ですのでこちらはお任せしますね?青雲せいうんにおやっさん。」


「おう、任せとけ! 」


「そうだね〜〜。あ、あとトリフネの銃座対空兵装群と、防御シールドとなる〈八尺瓊勾玉やさかにのまがたま 守りがなめ〉の展開準備も進めておくよ〜〜。」


 最愛のパートナーの他に類を見ない能力へ、惜しまぬ賛美を送られた令嬢もご満悦。そして敵対勢力に対する抵抗手段も順次整って行く。



 それでも要たる稼働中の霊装の機体は、未だ穿つ少女鳴音のゲイヴォルグのみであった。

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