memory:22 少年少女達の学び舎

 時間にして深夜1:30。その歓迎パーティーはもよおされた。

 眠いと目を擦りながらも、新たな家族を迎え入れんとする機関員らは、陽気に、そしてほがらかに少年少女を歓迎した。


「さあ、飲み物は行き渡ったか〜〜い!? それでは乾杯の合図を、機関を代表する草薙 炎羅えんら当主から……どぞっ! 」


「無茶振りして来たな、晴雲せいうん(汗)。致し方ない、これも筋と言うものか。」


 テーブルへ、所狭しと並べられたバイキング形式の料理の数々は、巨鳥機関アメノトリフネが海洋に浮かぶ孤島である事を踏まえても豪勢極まりないもの。そこには日本本土より離れ、機関に属し尽力する顔ぶれへの労りが満ち溢れていた。


 無茶振りをかまされた当主も苦笑ながら、手にドリンク入りのコップを手にするが――足りない事に気が付き間を測る。


晴雲せいうん、少し待ってくれるか? まだ沙織君が、音鳴ななる君の所へ行ったきり戻らないんだが――」


 主役抜きでは意味がないと見渡した憂う当主。その視界の先……パーティー大ホールの入り口で何やら押し問答する二人を見て再び苦笑が漏れ出した。


「ちょっ……私はリモート参加すると言ったじゃないですか!? なんで現地参加を――」


「いいから! 最初ぐらい、皆ときちんと面通ししよっ! ほら、ナルナル! 」


「マジか……(汗)。あの引き篭もったナルナルを、ガチで引っ張り出して来た……。」


 見抜く少年奨炎も驚愕する事に、あのがんとして引き篭もりを貫く体であった穿つ少女音鳴が、まさかの半ば強引に手を引かれてホールへ訪れる。手を引くは他でもない愛に飢えた少女沙織である。


 その引き篭もりを引っ張る少女が、面持ちに宿すは喜び。素っ気なさを装っていた先の彼女の姿が、彼方へ置き去られるほどに生気が満ち溢れる。不承不承ながらも応じた穿つ少女も、手を引く友人の背に隠れつつホール中央に案内されていた。


 驚愕冷めやらぬは機関員も同様であり、双子の片割れのツーサイド妹アオイは開いた口を閉めるのも忘れて事態を見やる。だが同じくそばの席へと着いたポニテ姉ウルスラは、面白くないとの感情を顕としていた。


 そして穿つ少女も加わった所で、ようやく深夜超え歓迎パーティーの幕が開く。音頭を取るは機関代表である憂う当主炎羅だ。


「皆待たせたな。主役も揃ったようだ。ならば乾杯と行こうか。」


「「「「かんぱーい! 」」」」


 パーティー開催の号令を待ち侘びた機関員が、各々のグラスを上げ乾杯の火蓋を切る。新たな家族受け入れのために。


 程なく少年少女……引き篭もりで人との接触を壮絶なまでに嫌がる穿つ少女を鑑み、少人数づつが子供達を歓迎して行く。そこへ――


「面と向かっては初めてですの。改めて私はアオイ・浜路はまじ・オプチャリスカ……そしてこちらは双子の姉になるウルスラと言うですの。って――」

「おねぇちゃん、今は自己紹介中ですの! どこへ行くですの!? 」


「あんたが名前を言ったなら、もう話は済んだでやがりますよ。あたしは食うもん食って、とっとと就寝するでやがります。」


 ツーサイドアップにまとめたプラチナブロンドが輝く、双子の片割れなおすまし妹が自己紹介に移ったのだが……一緒に名前を紹介されるやきびすを返すは双子の姉。同じプラチナブロンドの、歯噛みしながら


 初対面時からその気まずさを悟っていた少年少女達だが、その険悪さに秘められた同類感を感じ取っていた。


「あ、姉が失礼したですの! 」


「気にすんなし。御矢子みやこさんが言ってたぜ? ここにいる人達は、俺達に似た境遇を乗り越えて来た人達ばっかだって。だから日にち薬……きっと時が解決してくれるんじゃね? 」


 姉の失態を慌ててフォローするおすまし妹に、先頭切って対応するは見抜く少年。言わずと知れた己の持つ能力を如何なく発揮し、女子陣との間を取り持って見せた。

 彼が口にした真面目分家御矢子の言葉が胸に刻まれた少年は、まさに人と人との間に生まれる軋轢あつれき修復を買って出ていたのだ。


 その光景を離れた所から見定めた憂う当主は、聡明な令嬢麻流に加え、この手のもよおしに一番縁遠い頑固整備長一鉄を引き連れ足を運ぶ。



 脳裏に子供達の可能性が生む、輝かしい未来を思い描きながら。



†††



 深夜の歓迎パーティーは、一部の面々が交代しながらもよおされる。


 現在このトリフネは、魔の侵攻の直撃が生んだ損傷修繕の只中。けれども子供達に感謝を贈りたいとの皆の誠意からの開催だ。そのため修繕に狩り出された整備班が、手の空いた者から催しへと加わり、すでに参加していた者はそれと入れ替わる様に修繕突貫工事へ赴く。

 言わば整備に携わる面々は不眠不休であるのだが、彼らよりその旨は子供達に内密にとせがまれての今だ。


 裏方たる自分達に出来る事はこれだけだと、遠慮がちに言う整備班の心配りは今も脳裏に刻まれている。


 そのチームを支える整備長。機関でも青雲せいうんと変わらずの日を置いて配属された彼は、八咫やた家第一分家である八汰薙やたなぎ家の擁する一大企業〈ヤタナギ・オート・モーターグループ〉からの出向となる敏腕整備士だ。

 人となりはまさに整備魂メカニック・スピリットの塊。彼の名である一鉄の字面に相応しい頑固を地で行く、当機関でもひたむきさでは並ぶ者なきお人だ。


「一鉄さんがこんな催しに参加するなんて。これは明日、槍でも降るでありますかね。」


「聞こえたらどやされるわよ?一佐。でも奥生おくじょうさんなら兎も角、たしかに珍しいわね。」


「……ボクに聞こえるのはいいのかい? ミヤミヤ〜〜(汗)。」


 そんな一鉄のおやっさんに中々失礼極まりない言葉をかける機関面々。ミヤミヤ呼ばわりを気にしてならない御矢子みやこ青雲せいうんへ突っかかるのを尻目に、おやっさんを子供達の方へと案内する。


「あ、一鉄さん。こんな所までご足労感謝です。俺達のためにこんな――」


「気にすんな坊主。いや……奨炎しょうえんだったか? そっちが SZ 四号機の音鳴ななる嬢ちゃんに、今日から家族になる沙織嬢ちゃんだな。」


「あ、あの……機体の整備感謝してます。」


、じゃねぇ。こっから先、お前さん達が扱う機動兵装全般が俺の仕事領分。忘れなさんな。」


「お……お手柔らかに……。」


「えっと、私は初めましてかな? 希場 沙織です。よろしくです。」


「ああ、よろしくだ。嬢ちゃんは調子を崩してたらしいが、大丈夫そうだな。ここでは命のやり取りが常だが、無理して気張んじゃねぇぞ? お前さん達がやることやってりゃ、あとはワシら大人がちゃんとケツ持ってやる。困った時ゃ相談に来な。」


「……は、はい! 何かあれば必ず! 」


 おやっさんが催しに参加する要因には心当たりがある。彼は最初挨拶に向かった奨炎しょうえん君が見せた、時代的にも珍しいほどの礼節を気に入っていたらしい。おやっさんが分家で仕事する際は、一般の社会との交流が常だったとの話だが……その目に映った世間では礼節の欠片さえ廃れてしまっていたと聞く。


 俗世間が仁義礼智信を忘却し、ただ見せかけの関係で相互社会を享受する姿に耐えられなかったからこそ、彼はここへの出向を選んだそうだ。


 だからこそおやっさんの素さえも奮わせた奨炎しょうえん君が見せた、彼の持ち得る素養に希望を見出し惚れ込んだと零していた。


「一通りの面通しは終えたようだね。では暫しこのパーティーを楽しむといい。」


 機を見計らい彼らへもよおし満喫を告げる。少なくとも、彼らは今望んでここにいる。その証拠を彼らの笑顔で悟るオレは、おやっさんへと向き直った。


「一先ずは彼らが機関の中心戦力になる。追って整備班の増員も考えているから、おやっさんの手腕でなんとか暫く持ち堪えてくれるか? 」


「……ったりめぇよ。久々にいい面構えの若モンの姿を見せてくれたんだ。これが張り切らずにいられるかってんだ。」


 いつもは頑固な表情へ、珍しいしたり顔を浮かべ江戸っ子さながらの返しが切れるおやっさん。ヒラヒラ手を振りながら、テーブルで山盛りとなるバイキング料理目指して歩き出す。


 ふとそんな中歩み寄る御矢子みやこの顔を視界に入れるや、ある重要点が脳裏を掠めた。同時に麻流あさるへ視線を流せば、意図を理解している彼女は首肯。そこで子供達の後々を鑑みた上での提案を、御矢子みやこへと振る方向で話を進める事とした。


御矢子みやこ。そう言えば君は確か、教員免許を持っていたね。」


「はい? ええ、まあ確かに。ですがそれが何か――」


 ぎったのは、。家庭の理解――とはお世辞にも言えない了承だが、それを経て彼らを機関に招き協力を仰ぐ状況。しかし彼らが普通の学生であれば、今は大事な勉学に励む時期。

 それを踏まえた上で、彼女へと話を持ちかけたんだ。


「ならば、彼ら子供達が機関内で生活する間で構わない。時間を見て彼らに対し教鞭を取ってくれないか? 」


「……って!?本気ですか、炎羅えんらさん! 私がそんな、先生だなんて! その――先生ですか。ふふ、先生。ふふふ……。」


「教鞭を取って、くれそうだな? まあ、方法は任せる。頼むよ御矢子みやこ。」


 唐突な頼みに一瞬躊躇ちゅうちょした御矢子みやこ。直後何故かニヤニヤしだした彼女へ、謎の汗を滴らせたオレは――



 いつ襲い来るとも知れない危機への英気を、この歓迎パーティーで養う事とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る