memory:20 近付く距離、小さな一歩

 異形の魔の襲来を耐え凌ぐ穿つ戦騎ゲイヴォルグ

 先の敵を上回る個体の強襲小悪魔型ガーゴイルタイプを相手取り、奮闘するは穿つ少女音鳴。そこへ機関がようやく間に合わせた対空兵装が支援に回る。


 主翼へデルタ翼を持つ小型のそれは、各国に配備される有人戦闘機よりも小さく、しかし対魔生物用特殊弾頭〈フツノミタマ〉を備えた無人戦闘兵装オート・マニピュレート・ドローンである。


『フツノミタマが間に合ったけどね〜〜それが魔族と称される存在に効くのは幸いだったよ〜〜! 』


「ちょっと……晴雲せいうんさん、でしたっけ? そんなぶっつけ本番な対空兵装って――」


『ああ、そこは責めないで欲しいものだね〜〜! なにせ相手は未知の存在で、しかもその強襲は待ってなどくれないからね〜〜! 』


「ぐっ……まあ、そうなんですけど。」


 穿つ戦騎ゲイヴォルグの戦いに慣れ始めた少女は、シュミレートもロクに熟せない状況下、実戦での経験を糧とし成長していた。幸運にも、引き篭もっていた際の集中力と順能力が、戦騎を実戦で駆る事で戦う能力として覚醒していたのだ。


 そこへ対空兵装の支援が入った事で、穿つ少女の能力はさらなる開花を見せ始める。


「いつもやってたゲームでも、たった一機での防衛戦は無謀でしかなかった。いくら機体の能力が高くても、何れエネルギーや弾薬は枯渇し搭乗者の心身も疲弊して行く。けれど――」

「例え無人機であろうと、支援の手が及ぶだけでその疲弊度合いが軽減される。ならばここが反撃どころだ……! 」


 穿つ少女が双眸を細めるや、くだんのスナイパーの如き鋭き冷静さを取り戻して行く。そこにはもはや、異形の姿ですくみ上がる少女はいなかった。


 改めて光学映像による目標視認に切り替えた穿つ少女は、敵個体を隈無く見定める。小型で機動性にすぐれた小悪魔型グレムリンタイプよりも大きな体躯と、より生物学的に人の形状へと近付いた強襲小悪魔型ガーゴイルタイプに対し、持ちうる情報と思考で有効となる攻撃手段を洗い出しにかかった。


「まだ残る小型は単純機構の熱閃砲を中心に数で攻める尖兵。古い軍艦種概念で言えば航空母艦に搭載される艦載機程度。そしてこの強襲型は少し大きめな所で、海防艦……若しくは駆逐艦程度には分類出来る。さらに――」

「この手の異形が人形に近付いた場合、おおむね思考パターンも霊的に高度なものへと進化している可能性がある。ならばこいつらは、ただ狙うだけではダメだ。」


 光学照準に切り替えた穿つ少女が異形の魔生命をしかと見据え、その狙いを引き絞る。狙い打たれるは――


「ヘッドショット……。霊的高位にいるとすれば、撃ち損じた時点で思考に基付く的確な反撃を受ける恐れがある。だからこそ一撃必殺の的を狙う必要がある。ここだっ!」


 穿つ少女の視線が、ターゲットサイト越しに異形の頭部を睨め付けた。普通に生を歩む若者であれば到底及びもしない情報が、ゲーム知識を介して少女の思考内へ次々駆け巡る。

 近世代社会を席巻するリアル思考のゲームの基礎は、極めて現実に近しい物理に論理に加え、学術的に明らかとなった事象を基盤としている。そこから導かれる知識こそが、穿つ少女の力覚醒へと繋がったのだ。


 大型で攻撃力も高いと感じられた強襲小悪魔型ガーゴイルタイプを、鮮やかなヘッドショットが撃ち散らす。その光景は、巨鳥機関アメノトリフネに属する者達にさえ驚愕を生んでいた。


「あの大型の魔生命さえ撃ち抜くって……鳴音ななるさんは凄いですの! 引き篭もりの汚名返上ですの! 」


「な……何が凄いでやがりますか! たかだかヘッドショットを決めたぐらいで――」


「ですが普通ヘッドショットなどと言うものは、暗殺を生業とする本職のスナイパーこそがなせる技です。SZを介しているとは言え、それをただの高校生が決められるものではないですよ? 」


「……それは、そう……で、やがりますが。」


 欧州双子に聡明な令嬢麻流が各々の解を放ち、それを耳に入れた見抜く少年奨炎は穿つ少女との最初の出会いから導かれる本質を掴み取っていた。


「(これは偶然でも何でもねぇ。ナルナルの奴は、あの鋼鉄機大戦アーケードでも異常な強さを誇ってた。なんで俺が勝てなかったか分かった気がする。)」

「(ナルナルはただのゲーム知識だけじゃない……、ミリオタレベルで網羅してるんだ! )」


 少年が内心で賛美を贈る中――



 巨鳥施設アメノトリフネの危機もまた、再び払われる事となったのだ。



†††



 異形の強襲を二度に渡りしのいだアメノトリフネ。まさしくそれは、機関に属する家族の活躍こそが鍵となっていた。


 すでに通信で機関の勝利を聞いて一時間もする頃。オレはその間、沙織君の心身回復のため再度宗家医療機関へと愛機を走らせていた。


「沙織くん、一先ず先に話した通り検査をまず受けるんだ。そして異常なしの診断があれば、あとは心の問題となる。そこから入院を……当然こちらの手落ちからの事態だ。全てこちら持ちで休養を取れる様話を進めている。が――」

「当方は君の意思を尊重し、機関にもし協力をと言うのであれば、アメノトリフネに出向したまま養生の叶う様に手配する。どうだい? 」


 車内では努めて労りを込めて少女へと語りかけて行く。彼女の今までの心身状況を考慮し……細心の注意を払っての会話だ。

 だが――

 少々予想外の反応を示す少女が、そこにいたんだ。


「……えっと、はい。その……私も決めかねて――」


 決めかねてと言葉を漏らす沙織君の視線は、ミラー越しでも分かるほどの熱視線をオレの背へと浴びせていた。それも僅かに紅潮した頬からの蕩ける様な眼差しで、思わずそこへ違う緊張を抱いてしまう。自分も麻流あさると言うパートナーがいるからか、自然と彼女が踏み込んでしまった状況が手に取る様に理解出来てしまった。


 詰まる所、心の上での心配はしなくても良さそうだと言う訳だ。


 熱視線は満更でもないが、は中々に難儀な問題だと思考しつつ……辿り着いた医療機関で彼女を下ろす。迎えた機関の看護師に連れられ、彼女が自動扉奥へ姿を消す中、検査の間の待ちぼうけと駐車した愛機を確認する。


 そこには、少女を救うため付けてしまった生傷が痛々しく刻まれていた。


「いくら緊急走行用に強化し、防弾仕様にまで仕立てたと言っても……今回は無茶をさせたな。後で整備チームが元以上に仕上げてくれる。が――お前のお陰で沙織君を救えた。ありがとう、RX-8。」


 守護宗家が今後、対魔討滅の任に於いて計画している都市国家構想。そこで活躍するべく、各種スポーツマシンでの実戦的な車両テストが行われており――このRX-8もそのくくりにある車両だ。

 けれど宗家で車両を持つ者はおおむね、テスト車両を愛機として愛でている。それはオレも例外ではない。


 その本質は実の所、ただの趣味嗜好や娯楽と言う範疇を超越した概念が元になっている。


「日本神話に於ける付喪神つくもがみ。その概念はこんなスポーツマシンのみならず、文明社会にありふれたあらゆる道具に機械……果ては生活に欠かせぬ日用品にまで及ぶ。そして――」

「その際たる存在とも言えるあの機動兵装。霊装機神へと昇華したのは、ひとえに我らの文化基盤があったからだろう。」


 愛車を愛でつつ思考するは最初に自身が、あの観測者アリスから機関全ての指揮権を移譲された時の事。そこで示されたあちらの見えざる意図が過っていた。


「この70億を越える人類が住まう大地に無数の国々がある中で、我ら日本の……それも守護宗家が選ばれたのはそれこそが由来しているのだろう。」


 三神守護宗家と言う、対魔討滅機関が存在する事も確かに関係するだろう。それでもその点を世界各国に照らし合わせれば、欧州勢で英国はアリスのお膝元である〈円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ〉に、対魔討滅機関の総本山とも言えるヴァチカンの〈神の御剣ジューダス・ブレイド〉。他にも大小様々な魔を滅する志士達が、選ばれる対象に上がるのは明白だ。


 巡る思考はやがて袋小路に。アリスが何故我らへ優先してこの力を託したかが、情報の迷路へと誘われる中……検査を終えた沙織君が機関の玄関ロビーより出てくる所だった。


 こちらに気付くや寄り添う機関院長が首肯した事で、沙織君が選んだ道が想像出来た。視線を移した先の、彼女の迷いなき視線がそれを確実のものとしていたから。


「……本当に入院の必要性はないか?院長。」


「重度の精神負荷です。ないと言えば嘘になりますが……今の彼女の心の静養のためは、彼女を待ってくれる――見てくれる家族が必要です。」


 オレと同様の解に辿り着いた院長。視界の端に、事故車両相手との示談を丸投げしてしまった宰廉ざいれんが映り、80スープラから降車した彼にも謝罪に感謝を込めた苦笑を送っておく。

 そして――


「では希場 沙織きば さおり君。君を改めてアメノトリフネへと招待させてもらうとしよう。ただこれからは、家族の様に接してくれる物は居れど、暮らす彼の地は。それだけは忘れないでくれるかな。」


 まっすぐ少女の瞳を見据え問えば、宗家としても待ち侘びた言葉が返されたんだ。


「はい……。その、私を……アメノトリフネへ連れて行って下さい! 協力でもなんでもします。だから――私を、ちゃんと見てくれる人達の所へ! 」


 程なく、オレ達を乗せた輸送機はアメノトリフネへと向かう。



 新たな家族を乗せ、太平洋上を悠々と――

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