memory:19 死を屠りし王子は、鋼鉄の白馬より舞い降りる

 巨鳥施設アメノトリフネを囲む様に襲撃を敢行する異形の魔生命。小悪魔型グレムリンタイプ数十体を、各個撃破で狙い撃って行く穿つ少女音鳴。視界の先にはすでに小さくなった憂う当主炎羅搭乗の輸送機。その時点では、彼女の視界に別働隊は映っていなかった。


 そもそも異形の魔生命が何を目的に襲撃を企てるかが判然としない現状、如何な行動を取られたとて全てに対応ぜざるを得ないのが機関の実情である。


 眼前の敵対者が先に海洋からの襲撃を企てた事から、穿つ少女も輸送機方面に向かった個体を掃討した後は、海洋全域を警戒する様に立ち回っていた。少なくとも巨鳥施設アメノトリフネ警戒網にかかる全ての敵への対応は成していたはずだった。


「ナルナルっ! 敵の増援が輸送機の方に行ってんぞっ! 」


『はいっ!? さっき掃討したばかりで――って、これ別働隊じゃないですか! 』


『あ〜〜そっちはこちらで対処するよ〜〜! 整備チームが突貫で仕上げた対空兵装のお出ましさ〜〜! 』


 司令部へ詰めていた誰よりも早く、それに気付いたのは見抜く少年奨炎である。だが施設レーダーも捉えられていないそれに反応したのは、本人も理解に及ばぬ謎の直感であった。

 そして少年の反応に続いたのは、すでに対空兵装出撃準備を終えていたやんわりチーフ青雲。その一番手を輸送機直衛へと当たらせ時間を稼ぎ、続く穿つ戦騎ゲイヴォルグが撃ち落とす構えを取る。


「なんでアンタは、レーダーでも捉えてない敵に反応出来やがるですかっ!? 」


「分かんねぇけど……それよりも早く、炎羅えんらさん! あのおめかし女の所に行ってやってくれ! 」


 見抜く少年としても、無我夢中ゆえ己が成した事の詳細は分からずである。が……間違いなくその判断は、二箇所で同時多発的に巻き起こる難事へ光明を齎す成果。


 彼の判断により、輸送機は程なく太平洋を渡り切る。宗家が擁する開発中の巨大施設滑走路へと、爆轟を上げ機体が着陸するや、後部ハッチが地面と擦れる火花と共に開かれた。


炎羅えんら様、いつでもどうぞ! 」


「ああ、行ってくる! 」


 未だ速度を落としきらぬ輸送機から、半ば強引に後退のまま飛び出すは鋼鉄の白馬RX-8きしむ特殊強化サスペンションを労る暇なしと、憂う当主はそのまま滑走路外へ向け疾風かぜとなった。


 時は日暮れ。洋上へ真っ赤に染まる太陽が沈むか否かの瀬戸際で、夕闇を切り裂く白い曲線のボディを持つ車体より、NAノンアスピレーションロータリーサウンドが木霊した。



 小さなたった一つの命を救うべく出陣する、



 †††



 小さい頃は、パパもママも私をとても可愛がってくれてたな。

 それがいつからだろう……急に余所余所しくなった二人が、私の顔さえ見てくれなくなったのは。


 ずっと続くと思ってた、当たり前の日常。それをブチ壊したのは、他ならぬパパとママだった。


「……もう、パパともママとも……普通に暮らせないのかな? 」


 もうどれだけ歩いたか分からないけど、何も履かずにいた素足は傷だらけだった。それでも彷徨う場所に見覚えがあったのは、いつも誰にも気付かれないまま歩いた女子校への通学路だったから。


 けど――

 その向かう先はなぜか住み慣れたはずの家ではなかった。そう……あの草薙 炎羅くさなぎ えんらさんが指定した機関協力者のための送迎地点だった。


 日も暮れ、辺りを街のLED証明が明々と照らす中。私の心には漆黒の暗闇が舞い降りていた。


 喧騒が齎す音も、煌々と照らされる電飾も、私の耳に……目に届かなくなった頃。奇しくも女子校通学路近くに位置していた、送迎地点へと辿り着いた。


 時刻は炎羅えんらさんが待っていると言ってくれた、送迎予定時間も大幅に過ぎた頃。一抹の望みを抱いて周囲を見渡したけれど……機関に所属する人の影なんてどこにも無かった。


「そうだよね……。やっぱり私なんか、誰も見てくれないんだ。そんなの分かってた事じゃない。」


 呆然と立ち尽くした私の瞳からは、いつしか涙が止めどなく溢れていた。けどその時私の脳裏を掠めていたのはパパやママじゃない――あのアメノトリフネとか言う機関と、そこで出会った人達の姿。


 そして……いつぶりか分からないほどの楽しさを共有させてくれた、同世代の二人との出会い。ナルナルや奨炎しょうえん君と僅かに過ごした時間の記憶だった。


「でももう……無理なんだ。だってここに、誰もいないじゃない。ならもう――」


 全てが叶わぬ夢と悟った時。

 私は虚ろな瞳から涙を流したまま、こう零してしまったんだ。


「もう……死のう。」


 発してしまえば止まる事なんて無かった。

 今も目に映る、宗家特区を走る幹線道路。

 行き交う自動車はいくらでもいる。

 

 私を静かな闇へ誘ってくれる死神なんて、ごまんと存在していた。


 深い闇に誘われる様に。

 全てに絶望したままで。

 ヘッドライトが走り抜けるそのど真ん中へ……ただ無言で足を踏み出した。


 ああ、私の耳を悲鳴の様な音が貫いて行く。

 タイヤが急ブレーキで鳴く音。それが私の心の啼声なきごえにさえ聞こえて来た。


 私はその日、命を手放すと思ってた。

 ヘッドライトとタイヤの啼声なきごえの中で。

 けどそこに耳にし……風圧に煽られた私は、跳ね飛ばされる事なく尻もちを付く事となる。その視界に映ったのは――



 斜めに跳ね上がった白き翼ガルウイングを纏った、……姿



 †††



「危っぶねぇだろうが! どうしてくれんだこのくる――」


「火急の事態だ、少し待ってくれるか!? オレは草薙家当主 草薙 炎羅くさなぎ えんら……示談ですまないが、諸々の処理をこちらのSPが処理する! そちらの良い様に取り計らってくれて構わないから――」

「今は、そこで無事だった少女の対応に当たらせてくれ! 彼女は我が機関に関わる重要な客人だ! 」


「……お、おう。あの御家の当主様かよ。まあ、この宗家特区で草薙家が絡んでんなら仕方ねぇな。SPとやらが来るまで待たせてもらうわ。」


 愛に飢えた少女が沙織、幹線道路を行くグランドワゴンに跳ね飛ばされるか否か。その前方へ、テールスライドから180度ターンした鋼鉄の白馬RX-8が立ちはだかっていた。そのボディを絶妙に相手車両へ体当てる事で、少女を死の瞬間から救い上げていたのだ。


 未だ舞う白煙は強烈なドリフトアクションを物語る。その白煙をバックに、憂う当主炎羅が愛機のガルウイングドアをカチ上げ降り立っていた。


 その足で向かうは当然、宗家医療施設から失踪した愛に飢えた少女。彼は少女がそこへ向かう可能性を、ノイズ塗れの通信越しで社会派分家宰廉から聞き取っていたのだ。


「怪我は無い様だね、安心したよ。敵襲来など、定刻に遅れた理由にならないけれど……間に合って良かった。」


「……炎、羅……さん? 」


 一瞬前には死を受け入れ、身を投げた愛に飢えた少女の眼前。演出としてもやや場違いな、ゴムの焼ける匂い交じる白煙を背に憂う当主が身を屈め……優しい言葉を少女へと投げかける。


 その視線には、少女を労る想いと安堵が溢れんばかりに満ちていた。


「オレのSPが君の所在を導き出してくれてね。機関の皆も心配している。それに……敵襲来の最中にここまで来られたのは、ひとえ音鳴ななる君や奨炎しょうえん君のお陰だ。」


「あの……二人の? なんで――」


「二人共君を心配してくれていた。自分達が敵襲来の窮地にある中で。人間とはおのれが命の危機に瀕した時こそ、秘められた器が真価を発揮するものだ。つまりは――」

「彼らは命の危険に晒される自分達より、君こそを何よりも案じてくれたと言う訳だね。」


 そして語られる現実。そう……愛に飢えた少女は両親からは見捨てられたかも知れないが、間違いなく


 愛に飢えた少女の双眸が再び輝きに濡れる。だがその涙は絶望が齎したものではない。彼女を包んだ希望が流させたものであった。


 それを悟った憂う当主が、最後に彼女の心を闇から引き上げるために相応しき言葉を言い放つ。


沙織さおり君。」


「……わた、し……私はだれも……。見てくれ――そんな、二人が……う、うう……私――」


 宗家特区の幹線道路。いつしか事故を聞き付けた社会派分家宰廉率いる宗家SPが事故示談へ移る中。煌々と照らされた事故現場では、嗚咽に塗れながらも心身が闇の底から救い出された少女と――



 鋼鉄の白馬で駆け付けた憂う当主の、事なきを得た姿が一際輝いていた。

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