memory:19 死を屠りし王子は、鋼鉄の白馬より舞い降りる
そもそも異形の魔生命が何を目的に襲撃を企てるかが判然としない現状、如何な行動を取られたとて全てに対応ぜざるを得ないのが機関の実情である。
眼前の敵対者が先に海洋からの襲撃を企てた事から、穿つ少女も輸送機方面に向かった個体を掃討した後は、海洋全域を警戒する様に立ち回っていた。少なくとも
「ナルナルっ! 敵の増援が輸送機の方に行ってんぞっ! 」
『はいっ!? さっき掃討したばかりで――って、これ別働隊じゃないですか! 』
『あ〜〜そっちはこちらで対処するよ〜〜! 整備チームが突貫で仕上げた対空兵装のお出ましさ〜〜! 』
司令部へ詰めていた誰よりも早く、それに気付いたのは
そして少年の反応に続いたのは、すでに対空兵装出撃準備を終えていた
「なんでアンタは、レーダーでも捉えてない敵に反応出来やがるですかっ!? 」
「分かんねぇけど……それよりも早く、
見抜く少年としても、無我夢中ゆえ己が成した事の詳細は分からずである。が……間違いなくその判断は、二箇所で同時多発的に巻き起こる難事へ光明を齎す成果。
彼の判断により、輸送機は程なく太平洋を渡り切る。宗家が擁する開発中の巨大施設滑走路へと、爆轟を上げ機体が着陸するや、後部ハッチが地面と擦れる火花と共に開かれた。
「
「ああ、行ってくる! 」
未だ速度を落としきらぬ輸送機から、半ば強引に後退のまま飛び出すは
時は日暮れ。洋上へ真っ赤に染まる太陽が沈むか否かの瀬戸際で、夕闇を切り裂く白い曲線のボディを持つ車体より、
小さなたった一つの命を救うべく出陣する、白馬に跨る王子の咆哮の如く。
†††
小さい頃は、パパもママも私をとても可愛がってくれてたな。
それがいつからだろう……急に余所余所しくなった二人が、私の顔さえ見てくれなくなったのは。
ずっと続くと思ってた、当たり前の日常。それをブチ壊したのは、他ならぬパパとママだった。
「……もう、パパともママとも……普通に暮らせないのかな? 」
もうどれだけ歩いたか分からないけど、何も履かずにいた素足は傷だらけだった。それでも彷徨う場所に見覚えがあったのは、いつも誰にも気付かれないまま歩いた女子校への通学路だったから。
けど――
その向かう先はなぜか住み慣れたはずの家ではなかった。そう……あの
日も暮れ、辺りを街のLED証明が明々と照らす中。私の心には漆黒の暗闇が舞い降りていた。
喧騒が齎す音も、煌々と照らされる電飾も、私の耳に……目に届かなくなった頃。奇しくも女子校通学路近くに位置していた、送迎地点へと辿り着いた。
時刻は
「そうだよね……。やっぱり私なんか、誰も見てくれないんだ。そんなの分かってた事じゃない。」
呆然と立ち尽くした私の瞳からは、いつしか涙が止めどなく溢れていた。けどその時私の脳裏を掠めていたのはパパやママじゃない――あのアメノトリフネとか言う機関と、そこで出会った人達の姿。
そして……いつぶりか分からないほどの楽しさを共有させてくれた、同世代の二人との出会い。ナルナルや
「でももう……無理なんだ。だってここに、誰もいないじゃない。ならもう――」
全てが叶わぬ夢と悟った時。
私は虚ろな瞳から涙を流したまま、こう零してしまったんだ。
「もう……死のう。」
発してしまえば止まる事なんて無かった。
今も目に映る、宗家特区を走る幹線道路。
行き交う自動車はいくらでもいる。
私を静かな闇へ誘ってくれる死神なんて、ごまんと存在していた。
深い闇に誘われる様に。
全てに絶望したままで。
ヘッドライトが走り抜けるそのど真ん中へ……ただ無言で足を踏み出した。
ああ、私の耳を悲鳴の様な音が貫いて行く。
タイヤが急ブレーキで鳴く音。それが私の心の
私はその日、命を手放すと思ってた。
ヘッドライトとタイヤの
けどそこに重なる様に鳴り響いたもう一つの音を耳にし……風圧に煽られた私は、跳ね飛ばされる事なく尻もちを付く事となる。その視界に映ったのは――
斜めに跳ね上がった
†††
「危っぶねぇだろうが! どうしてくれんだこのくる――」
「火急の事態だ、少し待ってくれるか!? オレは草薙家当主
「今は、そこで無事だった少女の対応に当たらせてくれ! 彼女は我が機関に関わる重要な客人だ! 」
「……お、おう。あの御家の当主様かよ。まあ、この宗家特区で草薙家が絡んでんなら仕方ねぇな。SPとやらが来るまで待たせてもらうわ。」
未だ舞う白煙は強烈なドリフトアクションを物語る。その白煙をバックに、
その足で向かうは当然、宗家医療施設から失踪した愛に飢えた少女。彼は少女がそこへ向かう可能性を、ノイズ塗れの通信越しで
「怪我は無い様だね、安心したよ。敵襲来など、定刻に遅れた理由にならないけれど……間に合って良かった。」
「……炎、羅……さん? 」
一瞬前には死を受け入れ、身を投げた愛に飢えた少女の眼前。演出としてもやや場違いな、ゴムの焼ける匂い交じる白煙を背に憂う当主が身を屈め……優しい言葉を少女へと投げかける。
その視線には、少女を労る想いと安堵が溢れんばかりに満ちていた。
「オレのSPが君の所在を導き出してくれてね。機関の皆も心配している。それに……敵襲来の最中にここまで来られたのは、
「あの……二人の? なんで――」
「二人共君を心配してくれていた。自分達が敵襲来の窮地にある中で。人間とは
「彼らは命の危険に晒される自分達より、君こそを何よりも案じてくれたと言う訳だね。」
そして語られる現実。そう……愛に飢えた少女は両親からは見捨てられたかも知れないが、間違いなく僅かな時間を共に過ごした友人が見捨てていなかったのだ。
愛に飢えた少女の双眸が再び輝きに濡れる。だがその涙は絶望が齎したものではない。彼女を包んだ希望が流させたものであった。
それを悟った憂う当主が、最後に彼女の心を闇から引き上げるために相応しき言葉を言い放つ。
「ちゃんと皆が、君を見てくれていたよ?
「……わた、し……私はだれも……。見てくれ――そんな、二人が……う、うう……私――」
宗家特区の幹線道路。いつしか事故を聞き付けた
鋼鉄の白馬で駆け付けた憂う当主の、事なきを得た姿が一際輝いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます