memory:18 敵襲来と鬱ろう少女

「何度来ようとも落としちゃいます、私的に! 今までの私と思わない方が……ぴゃっ!? 」


音鳴ななるさん、落ち着きなさい。敵存在に対する恐怖感が抜けぬ内は、目標を狙撃する事に集中し気を紛らわせましょう。』


 勢い勇んで飛び出した私でしたが、先の敵に張り付かれた時の恐怖が脳裏を掠め、機体モニターへチラチラ映り込む魔の異形さんを怖くて見られなくなっていました。


『何やってやがるですか!? ちゃんと目標を狙い撃ちやがれですっ! 引き篭もってたぶん、しっかり働きやがるです! 』


『無茶言うなよ、! あんな怖い目に合えば、誰だって身が竦むのは当然だろ! ナルナル、光学映像から他の……例えば姿が見えなくてもターゲットを補足出来る機能とかねぇのか!? 』


『なっ……オペレート部外者は黙ってやがるで――やがるさんてあたしの事でやがりますかっ!? 』


『あんた自己紹介の時来てなかったよな!? んじゃその名前で充分だよっ! 』


 そんな私へ、冷静に言葉を掛けてくれる炎羅えんらさんの奥さんな麻流あさるさん。こっちはすくみ上がってるのに無茶ぶりする、奨炎しょうえんいわくやがるさん。名前は確かに面と向かっては言ってない、よだれモノの欧州ガールはちょっと軽蔑した所――奨炎しょうえん君の言葉で少し冷静さも取り戻せました。


 その友人的な彼の名案通り、敵を見れないのでは狙撃もないので、熱源反応感知式のターゲット補足モードへと切り替えます。


奨炎しょうえん君、グッジョブなアドバイスありがとう。そして……これから反撃しますので、データ収集よろしくです。」


『こらっ!? そのやがるさんを、継続するなでやがります! 』


『おねーちゃん……もう、それこそ無理な話ですの(汗)。ですの。』


『や……やがりっぱなしって何っ!? 』


 やがるやがると、うるさくなって来たので通信音量を少し抑えつつ敵を見定めます。そしてカタパルト上で、ゲイヴォルグを狙撃体制へ移行させた時それは視界に入ったのです。


「あれ? 輸送機が離陸準備に? もしかして炎羅えんらさん、本土へ向かう予定が――」


 敵襲来の最中、指揮をとるのが麻流あさるさんだった時点で気付くべきだった事ですが、炎羅えんらさんがこの様な時分にアメノトリフネを留守にするはとは思えません。そう思考するや、スナイパーライフルを射撃状態で構え、敵を狙いざまに彼個人の携帯端末へと通信を送ります。


炎羅えんらさん、何か緊急事態ですか!? このタイミングでアメノトリフネを空けるなんて! 」


 そう……何らかの事態に対する緊急出向であろう事は理解したのですが――


 語られた言葉が私の闘志に熱い火を灯す事となったのです。


『……っ!? 言うべきか躊躇していたんだが、君が気付いたならば仕方がない! 先程希場きば君が精神的負荷で倒れたまま救急搬送されてね! だが――彼女が容態も回復しない状態で、その搬送先の宗家医療施設から姿を消したと報告があった! 』


「ふぇ……あの私をナルナル呼びした友達いない子さんが? と言いますかそれ、友達いない所か精神負荷って……。」


 耳にした言葉で彼女を……沙織さおりとか言ったあの子が、見た姿より思うほど繊細であった事実に至った私。言うに及ばず、自身も引き篭もりの最中でかなり重篤なうつ状況も経験したからこそ、炎羅えんらさんが言ったを悟ってしまったのです。


 ギリリと歯噛みし操縦桿そうじゅうかんを握りしめ、こんな異形の敵対存在にビビっている場合ではないと、モニターを睨め付け咆哮を上げます。今後それが、私にどれほどの人生の転機を生み出すのかも知らないままに。


「……行って下さい、炎羅えんらさん! 精神疾患の子が治療半ばで病院失踪なんて、結末は見られたものではありません! あの人とは、まだ大して話した事なんてないけれど……私も精神的な苦痛の果ては経験済みです! 早くっ! 」


音鳴ななる君……すまない、ここを任せる! 』


 モニター越しに、焦燥を募らせる彼を視認したんです。大人たる炎羅えんらさんが、一番彼女の安否を気にしている今……私が踏ん張らない訳には行かないじゃないかと。


 そんな面持ちのまま、輸送機が向かう方向の敵を集中的に落とし始めたのです。


「お前達に、炎羅えんらさんの行く手は邪魔させない。私達子供の事を本当の意味で案じてくれる大人は、きっとこの世界に必要なんだ。それを邪魔なんて絶対させない……私的にっ!! 」


 モニターで眉根を寄せつつ私へこうべを垂れる彼の姿は、もはや尊敬に値するもの。その行為をいとわない。それは即ち、

 ならば私達子供は、送られる敬意にそぐわぬ態度を示さねばならないんだ。



 思考に宿った想いは、愛機たるゲイヴォルグへと染み込み……再びの機体覚醒の中、私はターゲットへの一撃をお見舞いしていったのです。



†††



 穿つ戦騎ゲイヴォルグの援護を受けながら、輸送機は巨鳥施設アメノトリフネを飛び立った。背後に響く爆轟を背に、憂う当主炎羅は機内任務車両中で待機する。白き愛機RX-8も少女の危機に馳せ参じるため、アイドリングで唸る様に地に降り立つ瞬間を待ち侘びていた。


宰廉ざいれん、状況はどうなっている。」


『現在 目下捜索中ですが、沙織嬢の足取りは未だ掴めておりません。しかしこれは、ただ失踪した感じとは言い難い状況です。』


 任務車両に響く通信は社会派分家宰廉のもの。だが、未だ愛に飢えた少女沙織の消息を確認出来ぬ今に、踏み込むアクセルで力不足を訴えた。


 しかし彼の通信に含まれた、直感めいた言葉の羅列を聞き逃す憂う当主ではなかった。


「何か思う所があるならば、包み隠さず報告しろ。君の感覚ならば信用に値する。」


 当主の後押しに、社会派分家もはばかることなしと決意し言葉を紡ぐ。それは宗家の監視が抜かれた本質へ関わる重要な真実であった。


『そういう事ならば……。先に機関院長から通信を頂いた所、気にかかる言葉を口にしていました。沙織嬢を監視していた者達が、。』


「監視員皆が……だって? それは確かか。」


 語る社会派分家へ当主が問えば、映像越しに首肯する姿が映し出される。それを確認した憂う当主は、すでに機関への協力を申し出た二人の子供達を思い浮かべていた。


「(彼らは社会によって、望まぬ不適合のレッテルを貼られたかも知れない。だが……もしかすれば彼らは、なのか?)」

「(社会から見えぬ壁で隔絶された故に勝ち取った、彼らだけの……彼らだからこそ持ち得た素晴らしき素養……か。)」


 事態は逼迫するも、そこに見い出された希望の欠片が憂う当主の脳裏へと、今後の地球防衛に於ける活路を導き出して行く。


 されども今は、穿つ少女鳴音が切り開いた時間を無駄には出来ぬと視線を前へと向けた、刹那――


「当主 草薙! 強襲小悪魔型ガーゴイルがっ!? 」


「……新手が海洋を迂回して来たか! 対空、間に合うかっ!? 」


「機銃掃射……ダメです! 個体の表皮装甲を抜け――うわっ!? 」


 巨鳥施設アメノトリフネからの離脱距離が充分でなかった輸送機へ、穿つ戦騎ゲイヴォルグの射程圏外より異形の魔生命が迫り来る。辛うじて間に合う機銃掃射も、分厚い皮膚装甲を抜けぬ輸送機。


 一刻を争う中での窮地が憂う当主へと襲いかかっていた。



 一方、日本本土。

 宗家特区を駆け抜ける銀嶺の爆風スープラを駆る社会派分家は、突如乱れた通信へと意識を取られ、車両をドリフト気味に急停車させていた。


炎羅えんら様、ご無事ですか!?炎羅様! くっ――」


 己が仕えし当主の身を案じるも、今取るべき行動を見誤る訳にはいかぬと自身に言い聞かせ、車両を降り路地裏へと駆け出した。

 愛に飢えた少女の状況から遠くへは行ってないと考察するも、直前社会派分家は、改めて失踪した彼女の経歴を脳裏で洗い出す。


「沙織嬢は確か両親との折り合いの悪さから、日常をほとんど一人で過ごしていたと報告されている。だが当の彼女は両親に何より会いたがっていた……少なくとも、アメノトリフネに招待された時点では、その空気が満更ではない様に取っていたらしいが――」


 限られた時間と情報で、少女の姿を、そしてそこに何を求めていたかを推理して行く社会派分家。逡巡を重ね……それは一つの解へとようやく辿り着く。


「待て……満更ではない? と言う事は、彼女がもし無意識下に足を向けるとすれば……! くっ、これでは灯台下暗しではないかっ! 」


 脳裏へ少女の行動を推測する分家。精神的負荷の掛かる彼女が何らかの救いを求めていたとしたら……であれば、少女が向かう可能性のある場所が存在する。それが彼の思考へ閃き――

 すでにかなりの距離を走った、銀嶺の爆風スープラへと再び駆け込み通信越しに吠えた。


炎羅えんら様! これが聞こえていたら、迷わず向かって下さい! 彼女は十中八九、! 」


 愛に飢えた少女の失踪が無意識によるものであり、そして今の彼女が向かうであろう場所。導かれた解は巨鳥施設アメノトリフネ――図らずしも協力として招待された未知の施設が、少女の心を癒やすやも知れないと言う真実へ帰結する。


 彼女の飢えた愛を満たすかも知れない希望。新たな家族との繋がりという安寧と、再びまみえる事の叶う唯一のキッカケ。



 協力者へ提示された送迎地点場所へと――

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