memory:17 刻まれる新たな時間

 再度の異形の魔襲来から日を僅かに遡り――

 引き篭もりを強行する穿つ少女音鳴見抜く少年奨炎のやり取りは、さしたる日を置かずして距離が縮まっていた。彼女との、機体通信越しの交渉役を買って出た少年の行動が功を奏した形である。


『あ……機関内にお菓子ってあるんですか? 欲しいですね。』


「自分で貰いに行けばいいだろ? 」


『えっ!? 貰って来てくれるんですか!? 』


「言ってねぇしっ! はぁ……ちょっと待ってろ。」


 しかしどうも穿つ少女からすれば、少年は体の良い使いっぱしりであるらしく、彼も仲介を買って出た手前嫌と言えない状況が発生していた。


「何かすでに、彼女専属の配達員扱いになっていないか? 」


「それはパシリって言うんですよ、炎羅えんらさん。ナルナルが機体から出て来ないんじゃ、誰かが世話してやるしかねーし。」


 通路で彼を発見した憂う当主炎羅の苦笑へ苦笑で返す穿つ少年は、が待つ機体へ向け、山盛りの菓子袋を手にいそいそ戻って行く。


 見抜く少年も手を焼く穿つ少女はまさしく筋金入りの引き籠もり。

 彼女が愛機となった穿つ戦騎ゲイヴォルグコックピットから出てくるのは、お手洗いとシャワー程度。本来機関に所属した際予定されていた作戦会議、整備部門との機体調整、機体運用にともなう肉体的基礎トレーニングと、機体に籠もったままではどうにもならない諸々が先送りとなっていた。

 そこで見抜く少年が案を絞り、機体に籠もっても可能な案件は全てリアルタイム映像通信による、リモート参加を提示したのだ。


 結果――


「会議とかをリモートでやる点はいいとして……流石に体力トレーニングは出てこないとどうしようもないぜ?ナルナル。と、お菓子はここに置いとくぞ。」


『体力トレーニングなんて無理に決まってるでしょう? 私が一体どれだけの日々引き籠もってたかは、最初の日に奨炎しょうえん君が目にした通りです。あ、ドリンクがタピオカ入りとかじゃないのは高評価です。私あれ苦手で。』


「へいへい、高評価どうも。ついでに、いいねとレビューでも付けといてくれや。そしたら、ちょっと気合入れて運ぶかもだぜ?」


『ぷぷっ……。それ、どこのSNSサービスに上げたらいいんですか? 』


 見抜く少年が完全な配送業者状態で、機体コックピット前へ引き籠もり姫よりご要望のあったお菓子……チップス数袋に細い系チョコ菓子へ、気を利かせての甘い炭酸ドリンクを置く。そこへ投げられる外部通信へ苦笑の冗談を飛ばせば、意外にあどけない笑いが響き――

 少し照れを浮かべた見抜く少年が自分の覚えた感覚へ嘆息しつつ、ハンガー階段を降りて行った。


 通信越し、壁越しではあるその会話の一つ一つは、二人の心が近づく距離そのもの。

 そんな彼らを遠巻きに見やる整備チームは、すでに家族を迎えた野次馬さながら。と、そのサボり確定の一団へ向け、怒りの激が飛ぶも已む無しであった。


「てめぇら、遊んでねぇでさっさと機体整備にかかりやがれぃ! まだ音鳴ななる嬢ちゃんの機体しか上げられねぇんだ! 協力者がいくら増えても、機体なしではどうにもならんだろうっ!! 」


 整備チームをまとめる班長、頑固な整備長一鉄の怒号が蜘蛛の子を散らし、やがて格納庫が静まり返る。


 それは社会から異端と、不適合とレッテルを貼られた少年少女の新しい人生。新たなる世界を得た子供達は、少しづつ……少しづつではあるも人間性を取り戻していく。



 だが――彼らの新たな人生は、戦いの最前線に置かれたガラスの様にもろい壁越しの危険と隣合わせだったのだ。



†††



 宗家SPである綾凪 宰廉あやなぎ ざいれんは草薙にかしずく第一分家であり、本丸たる草薙 炎羅くさなぎ えんらを直々に護衛する資格を持つ。三神守護宗家の仕来りに基付いた習わしで、第一分家以下にその権利は与えられない。

 第一分家とは、守護宗家に並ぶ権力を持つ御家であると言えた。


 妹である綾凪 御矢子あやなぎ みやこ巨鳥機関アメノトリフネへ預けた彼は、日本国本土に於ける憂う当主炎羅の補佐が主な任務であり……当主が気にかけて止まない子供達の状況監視もその範疇である。


宰廉ざいれん様、当主炎羅えんらからの連絡は? 」


「問題ない。沙織さおり嬢の容態確認のため、すぐにかの機関より輸送機によるフライトでお越しになるとの言葉を頂いた。」


 一見普通のサラリーマンと見紛う彼は、紛れもなく草薙に仕えし第一分家。宗家管轄医療機関とも意思疎通は速やかだった。だが――


「……? 当主から? はい、こちら宰廉ざいれんで……なんですって!? 奴らがこのタイミングで――」


 いくつもの歯車が狂いながら、時が刻まれて行く。憂う当主からの通信は、異形の魔生命第二波襲来の凶報であった。そしてその歯車はさらに、予期せぬ事態を引き寄せてしまったのだ。


「なんだ、どうした! ……なっ!?301の患者が姿を消しただと!? そこは宗家の監視下にある病室だぞ! 一体どういう事だ! 」


 憂う当主の通信は即ち、輸送機離陸前に異形の群れが押し寄せた事で、当主が本土へ足を運ぶのが困難になった事を意味していた。そこに来て医療機関院長へ飛んだ火急の事態で、社会派分家宰廉が絶句した。


「待つんだ……301号室――沙織さおり嬢の病室ではないか! 」


 社会派分家の脳裏に最悪の結末がよぎる。愛に飢えた少女沙織がいた病棟は精神科……それもかなりの負荷がかかった状態だと診断されての搬送であったから。

 その鬼気迫るやり取りは、繋がったままの携帯端末越しに憂う当主へも伝わる事となる。


『……宰廉ざいれん、すぐに彼女の後を追うんだ。下手をすれば、彼女に最悪の結果を招きかねない。こちらはすぐには動けぬ状況……どうか彼女の足取りだけでも把握してくれ。頼む……。』


「皆まで言わずともそのつもりです。こちらはすぐに、宗家の特殊部隊を出し捜索に当たりますゆえ、当主は敵対勢力討滅にご尽力下さい。」


 事態は逼迫していた。社会派分家と機関院長は首肯しあうと、医療機関側からも捜索の手を出す算段で動き……程なく駐車場区画へ特殊装甲を備えた車両が数台停車した。


宰廉ざいれん殿! すぐに動かせる者を集めて参りました! あと、つい先日都内から宗家特区へ入られた八汰薙 零善やたなぎ れいぜん殿も、捜索に参加して下さると賜っております! 」


「了解した! 今動ける者で構わない……沙織さおり嬢を発見しだい、身柄を安全に確保せよ! 」


 社会派分家の号令が、捜索に赴く宗家特殊部隊へ響き渡る。馳せ参じた者たちが車両へ乗り込み、タイヤスキールと共に駐車場を次々後にする中……社会派分家も己の任務車両へと飛び乗った。


 宗家でも、速度を必要とする特殊任務に対応した車両は全てスポーツ系マシンで統一される。そこには守護宗家の表社会面で活躍する八汰薙やたなぎオート・モーターグループが関与していると言われる。

 社会派分家が、定番となる斜めかち上げドアをくぐりエンジンの火を入れるのは、直列6気筒にツインターボチャージャーを備えた必殺の心臓ハートを持つスポーツマシン。流線型フォルムと、リアゲートへ大型GTウイングをスワンネック形状で纏うJZA80スープラだ。


 唸るエンジンが咆哮を上げるや、銀嶺のボディとワイドトレッドが齎す圧倒的なトラクションで、大地を掻き毟るようにタイヤホイールを回転させ白煙を上げた。


沙織さおり嬢、早まった真似をしないように! 」


 一抹の不安をかき消す様に、社会派分家が愛機の暴力的なまでの速度で疾風と化す。その一方――


強襲小悪魔型ガーゴイルタイプは所見でやがります! 相手の出方を見ながら応戦するでやがりますよ! 』


『すぐにこちらでも、データ解析に移りますの! ですから音鳴ななるさんは、まず小悪魔型グレムリンタイプを落とす事に専念して下さいですの! 』


 双子の通信を耳に入れながら、愛機と共にカタパルトで戦場へと上がる穿つ少女鳴音。彼女としても、見抜く少年奨炎とのVRシュミレーション訓練さえまともに熟せぬままの出撃。先の恐怖がよぎるも、愛機である穿つ戦騎ゲイヴォルグへ協力の言葉を掛けていた。


「了解です、お二人さん。何とか私だけでも敵へ対応してみますよ。ゲイヴォルグ……ほとんど日を置かずにまた出撃だけど、頼みますよ?素敵な相棒。」


 恐怖は確かに少女の心へと刻み込まれた。それでも彼女は戦場へと立つ。

 それが例え、唯一信じる肉親である祖父へ向けたものであろうと、それは自分のためではない誰かのための戦いである。


 そんな彼女の勇姿を、司令室で見守るは見抜く少年。未だ機体が間に合わぬ今、彼は友人となった少女の戦いを応援するしかなかった。


「負けんなよ!?ナルナル! 」


 司令室中央では、憂う当主緊急出立に合わせて聡明な令嬢麻流が指揮を取る。


 あらゆる方向で緊迫する救世の志士達。

 それが別世界での出来事の様に、宗家医療施設を抜け出した少女は街の路地を彷徨っていた。


 鬱ろう視線と覚束ない足取り。宗家特区の町並みで、裸足のままふらふら歩き続ける彼女の姿は、周囲の人々にさえ異常を悟らせる。


「もう……いいや。」



 壊れかけた少女の心を……無情にも回り続ける歯車だけが、静かに見守っていた。

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