memory:16 光と影、双極の少年少女達

 引き籠もりがブレない穿つ少女音鳴と、その仲介を申し出た見抜く少年奨炎巨鳥施設アメノトリフネでの生活を共に始めた。


 最初は双方ぎこちなさが残る関係であったが、共通する点が多い事を知ってからは憂う当主炎羅の思惑通りに事が運んでいた。一方の穿つ少女が変わらずの引き籠もりを続けたままであったが……。


「夕方以降のスケジュールは見たか?ナルナル。体力トレーニングは一先ず置いといて、そこでリモートシュミレートは出来んだろ。」


『うん。それなら許容の範囲内だね、私的に。けどその後――』


「ああ……そこはしゃーなしだろ。一度に大量の外界人に会いたくないって言ったのは、ほかでもないお前だかんな? だから一人づつ――それも一番ナルナルが興味を持ってた人から慣らそうって話だ。」


 共に他人を毛嫌いし、さらに似通った共通嗜好が功を奏したのか、穿つ少女と見抜く少年は通信越しで打ち解け合い……ようやくの家族としての出発点に立つ。


 大格納庫の一角にあるモニター群から通信を終えた見抜く少年は、さらにそこから残る機体運用のため詰める一人の男性へと歩み寄る。男性は着古したツナギ服に身を包み、ただ黙々と作業に没頭しており、少年が傍に近付こうと見向きもしなかった。


 だが――


「あの……俺、叶 奨炎かのう しょうえんって言います。その、今後は機体運用面でお世話になると思うんでよろしくお願いします。」


 ツナギ服の男性の作業を邪魔しない程度の声量とディスタンスを保ち、見抜く少年は礼節にのっとった挨拶を送った。するとそのナリからは似つかわしくない程に備わる、少年の素養を見極めた男性は作業を中断しようやく声を上げた。


「近頃の若いモンにしちゃぁ、いい挨拶だ。ならお前さんの機体整備に関しては、しっかりそれに応えてやらんといかんな。」


 それだけを返したツナギ服の男性は、再び作業に没頭するが……そのまま遅れて自分の名乗りを口にする。


「ワシは最近じゃ、お前さんの様な若造に出会わんかったからな。テメェの名乗りを上げるのを忘れちまった。ワシは姓名は好かん……一鉄いってつと呼べ。」


「ウッス。一鉄さん、よろしくです。」


 やり取りは僅か。だがそこには、少年が持つ対人知性の能力がしかと活きていた。施設内巡回で偶然格納庫へ訪れていた真面目分家御矢子も感嘆を漏らす。


「おやっさんへ声をかけて、一度目で返答をくれたのはあなたが初めてよ? 何か魔法でも使った? 」


「んなバカな。これは俺が物心ついた頃からずば抜けてた、相手を見る感覚です。他人の言動に会話内容や、その人が醸し出す雰囲気とか……そんな情報を総合的に頭で検証し、相手を見定める――」


 邪魔にならない様にと、堅物整備長一鉄から距離を置くや、掛かる感嘆に対して思わず口走った言葉を言い淀んだ見抜く少年。それは言うに及ばず彼が今まで過去に受けた仕打ち……大人子供問わずに怖れられ、腫れ物を見る様な扱いが脳裏を掠めた故の戸惑いである。


 そんな少年へさらなる感嘆を抱いた真面目分家は、初対面では見せた事もない笑顔で少年を励ました。


「それは大変素晴らしい能力だわ。人は己を知らぬ割に、相手には理想を押し付けすり寄って来る。しかも相手がそこから大きく乖離した異端と聞くや、てのひらを返した様に突き放す。私もそうだけど――」

炎羅えんらさんを初め、このアメノトリフネに集まった者達はみな似た境遇から避けられた者は多いわ。ならばあなた……奨炎しょうえん君はその能力を以って、皆と家族たる絆を作って見せなさい。」


 かかる言葉は少年が今まで望んでも得られなかった、己の本質への賛美。一番彼を案じていた兄をも超える称賛とも取れるそれは、確かに少年の心を動かした。あまりの出来事に呆け、口を開けて思考停止した少年。ハッと己のまなじりが霞んだのを悟った彼は――


「あっ、と……すんません、綾凪あやなぎさん! 俺、ナルナルとシュミレートで訓練があるんで! 」


「いいわ、行って来なさい。あと私は御矢子みやこで構わないわよ? 」



 真面目分家はその目に映る、……少年をVRシュミレート訓練へと送り出す事にした。



†††



 すさむ少女は日を置くごとに心が朽ち始めていた。すでに上の空で足を向ける宗家特区女子校でさえも、周囲が彼女の異常に勘付き声をかけて来ていた。


「ちょっと沙織、どうしたの!?顔が真っ青だよ! 目の下に凄い隈……寝不足とかじゃないの!? 」


「……ああ……気にしないで。大した事ないから……。」


 大した事はないと返す愛に飢えた少女沙織の視線は、すでに傍に駆け寄り労るクラスメイトを見るのも覚束おぼつかない。それで異常がないと断じられたとて、付き合いは少なくともそれなりの仲で歩んだ同級生らを納得はさせられなかった。


 その日は朝礼を待たず――

 友人の身を案じた同級生の計らいから、保健室へと向かった愛に飢えた少女は入室するなりベッドへと倒れ込む。それにはさしもの保健教員の女性も目を剥いた。


「あら? あなたは2−2の希場きばさん、どうかした……って!?大丈夫なのあなた! 顔色が――」


「大丈夫……です。すみません、このまま休ませてください。」


 かたくなに不調はないと言い張る少女を見やる保健教員は、すでに彼女の容態を重篤な物と判断。そう思考するや、教員は言い放つ。


 少女の容態を悪化させかねない、


希場 沙織きば さおりさん、すぐにこちらで宗家管轄病院への手配をします! あなたは少しここで横になり、――」


「……ない。いない、いないいないいない!親なんて私にはいない!誰も私を見てくれないんだ!見てくれない……見てなんてくれない!見て、くれ――」


 〈親御さんへ〉との言葉へ過剰に反応した少女は突如狂った様に喚き散らし、言葉半ばで意識を遠のかせ……ベッドへと臥せってしまった。程なく少女は教員付添いの元宗家管轄病院へ……


 そしてその報は、宗家管轄病院と言う事もありすぐさま守護宗家……草薙家のSP 綾凪 宰廉あやなぎ ざいれんを通じて憂う当主炎羅の元へと届く事となった。


「詳細は把握した。こちらもすぐアメノトリフネから向かう所だ。宰廉ざいれんはそちらでの対処を頼む。」


『了解しました。まだ敵は侵攻を初めたばかり……炎羅えんら様も努々ゆめゆめ油断なさらぬよう。』


 巨鳥施設アメノトリフネ内の個人に当てられた一室。司令室も兼ねたそこで、憂う当主は事態急変の知らせを受けた。それも魔の軍勢襲撃の気配も収まらぬタイミングで。だが万一を鑑み、草薙の紋が輝くジャケットを羽織りカタパルトへと足早に向かう。


 巨鳥施設アメノトリフネカタパルトは巨塔区画を中心に、大格納庫ほか兵装区画全般へ向かう通路と司令室を始めとした管制区画、及び居住区画行き通路の合流地点から伸びている。通常は下層区画よりリフティング・カタパルト上昇により、巨大起動兵装を出撃させる構造であるが……施設前後に延びるカタパルトを使う事で航空機離発着も可能な万能さを有していた。


 その中央巨塔区画で、憂う当主が定期的に足として使う輸送機がアイドリング状態で待ちわびる中――


「いやぁ〜〜こいつはなんとか間に合ったよ。音鳴ななるちゃんだけ戦わせるのも忍びないと、整備チームが意気込んでくれてねぇ。」


「それは助かる。皆を後でねぎらってやらないとな。なら晴雲せいうん……そちらを任せて構わないか? 今からすぐに、あの沙織さおり君の所へ向かう急用ができた。今回の施設紹介は、少し彼女に精神的負荷を掛け過ぎたようだからな。」


「なんと……それはいけないねぇ〜〜。炎羅えんら君ともあろうものが、対応する相手のリスペクトで読み違いが生じたようだね〜〜。」


「買いかぶりだよ。オレは完全な人間でもなんでもない。誤る事もあれば、立ち行かなくなる事だって……。それを助けてくれているのが、君たち機関へと集まってくれた家族達だ。」


 後手となるも準備が整い待機中の、機関が擁する対空兵装。現代戦闘機よりも一回り小さな、迎撃システム群を見上げる飄々ひょうひょうとした男。青雲が憂う当主へと声を投げる。急な事態に焦りが滲んだ憂う当主も、彼の醸し出す雰囲気で冷静さを取り戻した。


 そして改めて巨鳥施設アメノトリフネを運用する機関は家族であると、心に刻んだ憂う当主。笑顔……と言うにはだらけ切った表情のチーフも、安堵を覚え対空起動兵装へと向き直る。


 ――向き直ろうとした時、またしてもそれは訪れる事となった。


『草薙さん、魔の軍勢……あの使い魔ファミリア系の小悪魔型グレムリンタイプが大気圏へ突入しやがったです! 』


『数は先の襲撃より少数……いえ、待ってくださいですの! これは――今、さらに大型の強襲小悪魔型ガーゴイルタイプを数機確認したですの! 』


「このタイミングでかっ!? くっ――」


 双子の通信が順次放たれるや、憂う当主は歯噛みする。場合によっては一刻を争う少女の元へと、向かう最中の襲撃と言う状況に。



 そうして巨鳥施設アメノトリフネで戦う者達は、さらなる試練を味わう事となったのだ。

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