運命の王子様は鋼鉄の白馬に跨って

memory:14 揺れて揺れる孤独の少女

 敵対生命討伐の最中、巨鳥施設アメノトリフネ内シェルターで一部始終を目撃した少年と少女。希場 沙織きば さおり叶 奨炎かのう しょうえんはただ呆然と、捲き起こる現実にその身を撃ち抜かれていた。一見社会から一番遠い様で、脅威の順応力を見せた穿つ少女音鳴の様にはいかない二人。


 常識と思考が追従出来ないまま、超常の戦いを見送っていたのだ。


「……ナルナルの奴、本当にロボットで敵を撃退しちまいやがったよ。誰だ?なんて考え方したのは。?これ。」


「ふ~ん……いいんじゃない? オタクな引き籠りさんは、どうやら新しい家族も居場所も見つけた様だし。」


 しかし二人の間には僅かな捉え方への差異が生じ、それは露骨な態度となって表面化していた。


 見抜く少年奨炎としては自分が偽りで塗り固められた大人社会に翻弄され、誰からも仮面越しにのけ者とされていた現実もあり、己を真っ直ぐ貫き……事をなした穿つ少女への偽り無き想いを口にする。対しての愛に飢えた少女沙織は――


 自分では望んでも得られないモノを手にしてしまった少女への、嫉妬の念が口をついて漏れ出ていたのだ。


 正と負の対極に位置してしまった二人は程なく、警戒態勢を解除された巨鳥施設アメノトリフネから日常を営む現実へと運ばれる事となる。


「緊急事態であったため無理を言いましたが、ようやく警戒解除となりました。ケガの方はないと思いますが、気分などは害されておられませんか? 」


 二人の少年少女が避難させられていたシェルター扉が、排圧を伴い重々しく開くと……案じた声が二人の耳をくすぐった。聡明な令嬢麻流が彼らをおもんばかり、最優先にと自ら足を運んでいた。


 その光景だけでも――彼女と憂う当主炎羅が同等の信に足る存在と、子供達に理解させるには充分であった。


 程なく二人を移送する大型輸送機が滑走路でアイドリングを始め、送迎される子供達が簡単な身体検査ののち施設建物から出て来ていた。同行する憂う当主と聡明な令嬢を見やる二人だが……僅かな愚痴を吐露してしまう。


「別に友達とか思ってはねーけどよ。ここに残るってんなら、見送りぐらいはあってもいいんじゃね? 」


「仕方ないっぽいわ。だって私達は友達でもなんでもない、ついさっきまで赤の他人――」


 と口にした二人へ苦笑のまま顔を見合す。そのまま憂う当主が腕の携帯通信機と思しきそれを二人の少年少女へと向ける。同時に宙空へ7センチ四方の立体モニターが映し出されるや、不満声が二人の子供達を強襲した。


『それはご挨拶ですね、お二人さん。友達か否かは兎も角としても、私も見送りしないほど無礼ではありません。私的に。』


「通信で聞いてた……って、いや待てよナルナル。まさかとは思うが、――」


「どうみても引き籠りのままっぽいわね。むしろそんなモニター越しの方が無礼千万だと思うけど? 」


 穿つ少女の不満へそれぞれの言葉が返される。少年の呆れを塗した返答と……嫉妬さえ乗せられた少女の嫌味混じりな返答が。だが――


『……だって? 別に今日がこのままだったとて、また会えば嫌でも面と向かって会話しなければならないんですから。ですから今日はこれで勘弁願います。』


 さらに送り返されたのは苦笑。それも……苦笑。


 それを返された二人は双眸を見開いた。彼らはもう穿つ少女の事を赤の他人程度で扱っていた。しかし穿つ少女は、再会を待ち侘びる友人として接していたのだから。


 嘘偽る事なき真っ直ぐな瞳で。

 少年の能力で人を見定めるまでも無く……少女の孤独が拒絶するよりも速く。


 恙無つつがなく進む今に憂う当主も感慨深さを覚え、聡明な令嬢は静かに双眸を閉じる。

 そして二人の少年少女は、穿つ少女の言葉が指し示す未来が記された高貴さ漂う封筒を、憂う当主からたまわった。


「ここに定期合流の場所と、その時間を示している。我が機関に協力するか否かは、以降を君達の判断に委ねるんだが……これは協力を申し出てくれた際すぐ送迎に赴くための計らいだ。」

「戦力は多いに越した事は無い。いつでも君達の決断を待っているよ? 」


 これから元の日常へと戻るはずの二人は、憂う当主の信頼に足る言葉を刻み――



 轟音撒く輸送機にて、今までの当たり前へと戻っていったのだ。



†††



 今まで体験した事の無い超常の出来事。


 そこからあっと言う間に戻って来たのは……すでに日も落ちた暗がりにあるマンションの一角。だれも待つ家族なんていない我が家だった。


 そもそも私にあの機関への協力要請をするために、草薙さんは親御に確認を取ったとの事だったけど、その肝心の親御は深く考える事も無くそれを了承していたんだ。現に――


「……はあったのに、なんて。笑えるにも程があるわよ。」


 マンションの一角たる我が家には、明かりなど点いていない。鍵さえも開いていない。誰もいない……帰って来たはずなのに――誰もいない。


 そう思考したら、無礼千万とか返してしまったナルナルの顔が浮かんで……一緒に涙まで流れて来てしまった。


 でもあんな所に戻れば、きっと今日の様な恐ろしい敵との戦いの日々が訪れる。それが恐くて戻りたくはない。でも、そこには私さえも家族として受け入れてくれる人達がいるのは明白。それを自らで体験してしまったから。


 それでも重い足を引き摺る様に家の中へと入った私は、引き籠りとさげすんだナルナルの如く自室へ引き籠るや、冷たい布団を被って嗚咽した。付箋の貼られた、食事らしきカップ麺を放置して。


「……う、うぅ。うわあああああああぁぁぁーーー……――」


 その日私は声を上げて泣いていた。いつも何かを耐える様に声を殺してたのに、溢れ出る何かを抑える事が出来なくなっていた。



 そうして私の荒波の様な一日が過ぎて行く。



†††



 あの激動に揺れた一日は何だったのか。今考えても理解が及ばない。けど俺の思考ではある決意がまとまりつつあった。


 何の事はない。家に帰ったからって、またあのババァの様な大人に利用されるだけだから。

 己の利益のために。。でも――


、あの人ははっきり口にしてたよな。んでもって、目に見える彼の行動には、むしろそれ以上に俺をおもんばかる想いに溢れてた……。」


 確かに俺はどこへ行っても自身の能力を利用されるんだろう。でもあの人が目指すのは個人の身勝手な利益なんかじゃない。あの人が目指すのは、この蒼き世界の平和そのものだ。個人とか言うちっぽけな概念なんて吹き飛ぶぐらい、デカ過ぎる壮大な目標。


 ――違うな。俺は目にしたじゃないか。今この地球には、とんでもない事態が迫りつつある。それをあのアメノトリフネで戦う大人達は、皆で背負ってあそこにいるんだ。言わば孤独なる最前線死守こそが彼の目的だ。


 俺はそんな事を、帰宅して部屋に閉じこもるや考えていた。ナルナルにあんな言葉吐いてたのに、笑えねぇよな。

 そんな俺が普通に帰宅した事態に、ド肝を抜かれてた兄貴には悪いけど……今日決意をまとめるつもりだ。ババァなんか、だったらしいが、俺が家を飛び出してもそんな態度ならすでに愛想も何も無いって話だ。


 そして後日――


「ここだな。宗家特区のターミナル……バスに電車にモノレールが集中する、ここいらでも交通の拠点。今さらだけど緊張すんなぁ。」


 俺は草薙さんから指定のあった場所で待ち惚ける。事ここに及んですっぽかされる様な事態には陥らないだろう。あのアメノトリフネ機関は、今まさに訪れんとする世界の危機に立ち上がった人達がいる場所だ。

 だけどその重要な戦力として頼れるのは俺達だけと言うんだ。それはあそこにいる人達の言動で確信できた。言わばその確信出来る俺の能力こそを、彼らは必要としてくれるんだ。


 程なく聞えてくる甲高いエキゾーストノートは、草薙さんの乗る車だ。確かRX‐8って言う名前らしいけど……今はその、興味も皆無だった車さえカッコよく見えてくるから不思議だ。


 視界に現れた彼の車が、初めて乗った時の様にドアを斜め上にカチ上げて、草薙家表門の現当主たるあの人が降車して来る。


「時間にはまだ早かったはずだが、待たせたかい? 」


「うんにゃ、全然待ってねーぜ?草薙さん。あー……あんたの事、炎羅えんらさんって呼んでもいいか? 」


「……ああ。それが呼びやすいなら、一行に構わないさ。」


 こちらへ先ずとの慇懃いんぎんな挨拶を放つ草薙さんに、思わずらしくない注文を付けてしまい、赤くなった俺は視線を泳がせてしまった。だから改めて彼をしかと見据えて返答する。


炎羅えんらさん。俺を、アメノトリフネへ協力させて下さい。お願いします! 」


 人生でも口にした事がない懇願と共に……俺は深く頭を下げる。



 礼節として。

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