memory:13 私らしい戦場の形

 アメノトリフネが暫しの静寂に包まれる中、実感した勝利は人生でも体験した事のない感覚でした。


 戦いの最中、私に語りかける様な感じだったゲイヴォルグはあれ以降、沈黙して元の機械の巨人に戻ってしまい……詳しい彼?彼女?の正体は分かりませんでした。自身の知識上ロボット物あるあるも、まさか自分が体験する側になるとは想像もしていませんでしたが。


『機体の調子はどうだい?音鳴ななる君。自力でカタパルト区画へ移動は可能かい? 』


 勝利の余韻に浸る私の聴覚へ響く、頼もしくも優しい炎羅えんらさんの声。私としても、家族で言えばお爺ちゃん以外で、こんなに安心出来る話し方の人間はあった事がありません。なので――


「え……あ、はい。行けそうです。外装は結構派手に傷付けられましたが、意外に動力機構へのダメージは少ないと――」


 それこそお爺ちゃんと会話する様な、いつもの感じで返そうとしてしまいます。ですがその会話に割って入る声で、思わず思考が停止し体まで硬直してしまったのです。


『ばっきゃろう! こんなに機体を傷だらけにしやがって! もうちっと機械を労りやがれっ! 』


「ひっ!? だだだ、誰さんですか!? 」


『つべこべ言ってねぇで、さっさと機体をカタパルトへ戻しやがれぃ! いつまた敵さんが襲って来るとも限らねぇんだ! さっさとSZを……いんや、お前さんが呼ぶ名でゲイヴォルグか――それを格納庫へ戻しなっ! 』


「ぴっ……ぴゃいっ!! 」


 怒号は明らかに初耳の、けれど機関に属する方なのは明白なセリフをばら撒きます。それもゲイヴォルグを大事に扱えと口にする辺り、我がロボットアニメ知識で言う所の頑固者整備長的な人だろうと……停止した思考が動き出した後で気付く事となるのですが。


 そんな冷静さが戻る私の眼前。機体ダメージ状態を示すモニター映像が飛び込むや、今しがた放たれた怒号に全く弁解の余地がない事も思い知ります。


「……外郭装甲がこんなに……。ありがとう、ゲイヴォルグ……こんなになりながら私を守ってくれて。」


 思わず洩らした言葉でしたが、その時すでに機体を神がかり的な動きへ導いた時の様な反応は無く……しばらくお休みと思考しながら、カタパルトに揺られる機体コックピットで初めてとなる戦いを振り返りつつ――



 私を新しい世界に引き込んだ、このアメノトリフネの無事に胸を撫で下ろしていたのです。



†††



 敵対機械生命討伐を終えた穿つ戦騎ゲイヴォルグであったが、カタパルトにて大格納庫へ戻されるやいささか問題が発生していた。


『ちょっと、狩見かりみさん! 出たくないとはどう言う事ですか!? 』


「どういう事も何も、? どうやら機関にはまだ、私の知らない方々がたくさんいる様なので。」


 それは、穿つ少女音鳴の機関所属が確定する中でも引き籠りを継続すると言う珍事。整備課のクルーらの苦情で駆け付けた、真面目分家御矢子が頭を抱えていた。


「うっわ……話には聞いていたでやがりますが、まさかここまで来て引き籠りとは。取り敢えず敵討伐をあたしがバカだったでやがりますね。」


「もう、おねーちゃん! そう言う態度取ってたら、余計に彼女が出て来なくなりますの! 」


「うっせーでやがりますよ、アオイ! これだからガキんちょは、信用ならないでやがります! 」


 呆れ顔で珍事を野次馬に来たポニテ姉ウルスラと、それを諌める様に追いかけて来たツーサイド妹アオイも事態には呆然となる。そこへ――


「皆さんは作戦終了後の事後処理が待っていますよ? さあさあ持ち場へ戻って下さいな。炎羅えんら……ここは任せても構いませんか? 」


「ああ、すまないな。SZのパイロットに、彼女を選んだ責任は俺にある。ここは任された。」


 同じく事態を聞き駆け付けた聡明なる令嬢麻流が鶴の一声で場を鎮め、視線を隣り合う憂う当主炎羅へと振った。苦笑ながらも己の責と首肯を返す憂う当主は、不満が爆発する機関員が聡明なる令嬢に背を押され解散する様を見やりつつ――


 大格納庫で一際高くそびえる、コックピットへ延びた階段から穿つ少女が引き籠ってしまったそこへと足を向ける。無理強いする様な素振りは見せず……ただ少女と装甲越しの会話に興じるために。


「皆は人払いしたよ? まあ少し話そうじゃないか。」


『……えと、ごめんなさい。わがまま言っちゃって。』


 憂う当主の声に、外部音声で返す穿つ少女の言葉は素直であった。穿つ少女としても、彼から出る言葉には思う以上の信頼を寄せていた故である。彼女自身、赤の他人からその様な気持ちを抱かされたのは初めての経験と言えた。


「なに……わがままと言う事なら、君にこんな危険な戦いを仕向けた俺達大人の方だよ。すまなかったね。けど――」

「同時に君を機関に招待した事は、間違いではなかったと思っている。君はあのストラズィールが持つ可能性を無限大に開花させ……結果、このアメノトリフネを――世界を守る第一歩を踏み出せたんだからね。」


 決して少女を強引に引っ張り出す事無く、ただ静かに会話に興じる憂う当主の言葉はゆっくりと……穿つ少女の心へと染み込んで行く。


 そして――

 彼が……機関が望む返答を得んがため、質問を穿つ少女へと改めてぶつけて行く。



 新たなる家族を迎え入れる様な、暖かな労りの想いを乗せて――



†††



『君を今日この時より正式に、機関アメノトリフネへと迎え入れたいと思う。どうかな?狩見 音鳴かりみ ななる君。』


 巨大ロボットへの搭乗と言う夢招来もそこそこに、借り出された異形の敵対勢力との戦いを経て……訪れた暫しの安らぎの時間を私は共に戦った巨人内で過ごします。


 その私へ巨人の外から掛かけられる言葉の羅列は、家族で唯一理解してくれていたお爺ちゃんをも上回る、優しさと頼もしさに満ち溢れていました。


「……頭の中ではもう答えはまとまってます。けどほんの少し時間を……お爺ちゃんと話をさせて下さい。って、ここからでも電話って通じます? 」


『ああ、問題ない。少々一般回線は電波は悪いが、そこは機関が要する通信機構を優先しているゆえ勘弁してくれるかな。』


 そんな彼――草薙さんへと返す私の心はすでに決を出しているのに、今までが今までな事もあってたった一歩が踏み出せない私。だから、その背を押してくれるであろうお爺ちゃんと連絡を取る事とし、ふところに忍ばせていたアニメカバー携帯を取り出します。


「……あ、ごめんお爺ちゃん。結構遅い時間だけど、大丈夫? 」


『おお、音鳴ななるや。お前が電話とは珍しいのぉ。どれ……あのクサナギとか言う宗家の方のお誘いは、素直に受けたようじゃの。』


「あの、その事なんだけど。私、ここ……アメノトリフネって言う機関に協力してもいいかなと思ってる。けど後一歩が踏み出せなくて――」


 私よりも背が小っちゃくて、けれどいつも山の様に悠然と構えているのが印象的なお爺ちゃん。いつも通り柔らかで、お父さんやお母さんみたいに私の行動を否定しない言葉が心を落ち着かせてくれます。

 そんなお爺ちゃんが、私の言葉をさえぎる様に語ったのは……お爺ちゃんのお父さん――曾お爺ちゃんの事でした。


『あの頃は父 錬次郎も、御国のためと空を零戦で飛び回っていたと聞く。大切なモノを守るために、戦いへ身を投じておった。しかしの音鳴よ――』

『ワシはその戦いの後の、無残に焼けた日本しか知らぬ。父の戦う姿を語りでしか知る事ができず、ただだた焼け野の中を死に物狂いで生きる日々じゃった。』


 携帯電話の先で語るお爺ちゃんは、それこそ現代では想像だにできない惨状を浮かべて涙ぐんだ声色に。語られたそれを見た事もない私にさえ、当時の惨状を脳裏へ浮かべさせる様に紡いでくれます。


 幸いな事に、自分はロボットアニメと言う媒体で描写されるそれがあったから分かったのでしょう。お爺ちゃんが何を言わんとしているか。


 だからこそ私は、それが偉大なる先人から放たれるのを待ったのです。


『音鳴や。今はそんな悲しみに憂う時代ではない、ワシはそう思っておった。じゃが違うんじゃろ? だからせめてお前に言って置きたい。』


「うん。」


『その手に、凶器を持っている事を自覚するんじゃ。』


「……うん。」


『じゃがそれを扱うのはお前、音鳴自身。ならばそれを、決して他人が悲しむ方向へ使ってはいかんぞ? 』


「分かった、お爺ちゃん。」


『うむ……。ならばもう多くは語るまい。息子らにはワシから話しておくでの……音鳴や――必ず生きて還って来るんじゃぞ? 』


「……うん、絶対お爺ちゃんを悲しい目には合わせない。力の使い方にも必ず責任を持って、常に考えて行動する。だから……心配しないで。」


 今まではただの興味本位。けれどお爺ちゃんが言ってくれた言葉が脳裏へ刻まれた私は、明らかに今までと違う感覚を宿して……お爺ちゃんとの会話を終了したのです。そして――


「ああ、ようやくそこから出て来てくれたね? けれどまあ、そこが気に入ったなら必要な時だけ出て来てくれれば、そこをとしても構わないよ? 」


「あ、ありがとうございます。その、草薙さん……これからもよろしくお願いします。」



 ……光満ちる世界への一歩を、震えながらも踏み出したのです。

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