memory:7 迫り来るは、―魔―

 社会不適合者のレッテルが惨めに輝く少年少女が、アメノトリフネへと招待される。輸送機から降りた彼らは視界に入れた壮大なる光景で目を白黒させていた。


 発着場となる滑走路は中央建造物前後を併せて2km弱。言わばそこが施設の全長を指す距離であろう。さらに巨鳥の翼に当たる場所でも1kmは優に越え、近しい形を上げるならばナスカの地上絵といった所だ。


 滑走路中央へ降り立つ彼らを迎えるは機関員。限られた人数からして関係各所の重要所が集っていると見て取れた。


「あれが当機関に招待する子供達です。では皆さん、対面といきましょうか? 」


「うむ、新しき仲間でありますな。この参骸 乱斗さんがい らんと、海上自衛隊を代表し丁重に対応せねば。」


「はぁ……自衛官さん堅苦しいねぇ。もう少し気楽な対応は取れないのかい? 」


「技術科チーフ、少し黙りなさい。私達は遊びのためにここに集った訳では――」


「おやおや、草薙分家のも堅苦しいねぇ~~。せっかくの美人が台無しだよ~~? 」


「か、からかわないで下さい! 奥生おくじょうさんっ! 」


 先頭に立つ聡明な令嬢麻流の言葉へそれぞれが足を進めつつ和気藹々……とはいかないまでも、それなりの関係を維持しつつ対面へと向かう。が、機関としても急造チームを用立てた事もありいささかの対立が顔を覗かせていた。


 機関員の姿を視界に入れた憂う当主炎羅もまた子供達を面会へと促し、計らずして複数の人間との対面と言う試練に立たされた引きニート少女音鳴は、愛に飢えた少女沙織の背に隠れてしまっていた。


「ちょ、ちょちょちょ!? こんなに、多人数と会うなんて聞いてないんですが!? 」


はこっちのセリフ。なんであたしの背中に隠れてる訳? あんたはあたしが嫌いなんじゃなかったの?。」


「……な、って私の事ですかっ!? と言いますか、言葉が増えてむしろややこしいし!? 」


「騒がしいったらないな、お前ら(汗)。つかさっさと歩けって、。」


「あなたまで私を愚弄する気ですか! この、この……? 」


「てんめぇ……そりゃ仕返しかよ。同じネタは二度もウケねぇんだぜ? 」


 少年少女側でも目にする限りの不仲感が舞う初対面。宗家の誇るおしどり夫婦、憂う当主と聡明なる令嬢が苦笑を交わし会うと……それを皮切りに自己紹介が始まる事となる。


「当機関へようこそ。私は、草薙家 分家より出向中の身である綾凪 御矢子あやなぎ みやこと申します。」


「自分は海上自衛隊 宗家専属技術教導顧問の、参骸 乱斗さんがい らんと 一佐であります。よろしくお願いするであります。」


「ああ……なんて堅っ苦しいんだ、この二人。息が詰まるねぇ~~。ボクは宗家の技術管理総括チーフの、八咫やた家は分家出向の奥生 青雲おくじょう せいうんだよ~~。あとどうも、君らとはまだ整備長のおやっさんがいるけど――」

「それはおいおい、君達が機関へ正式な協力を見た折に紹介するね~~。」


「……騒がしい対面ご容赦下さい。私 鞘守 麻流さやもり あさるを初めとしたメンバーで、本日の案内役を務めさせて頂きます。どうかよろしくお願い致しますね?皆さん。」


 見渡す子供達。嘆息ながらも彼らは心の底で見定める。


 社会から弾かれた彼らの視線は、常に大人の黒い闇の部分を敏感に感じ取る。だが少なくとも眼前で堅く、そして軽い対面を交わした大人らは往々にして黒い闇は見当たらない。否……それを抱かぬ人類など皆無に等しいのだが、それを補って余りあるひた向きさが滲み出ていたのだ。


 それは紛う事なくこれより訪れる地球の危機に向けた心根。決死の覚悟を以って挑むと言う意志の顕れ。けれどその意志を、如何に確固たるものとしようと叶わぬ機動兵装搭乗。もっとも重要なそれを子供達に託さねばならぬと言うやるせなさが刻まれていたのだ。


 画して希望を齎す子供達と、希望到来を願い続けた機関員らが一同に会し、まずはと一日体験と称した施設内紹介が始まった。



 動き始めた魔の胎動が想定以上の速さで、この蒼き星を包み始めたその中で――



 †††



 蒼き大地地球は太平洋上空の衛星軌道上。何も存在しないと思われたそこへ、突如として次元の歪みが生じた。それはうごめく様に光を捻じ曲げ、蒼き大気層を徐々に浸蝕して行く。


 そんな地球の異変を他所よそに、憂う当主炎羅と偶然の接触を見た優男……闇野 紫雲やみの しうんは都会の喧騒を眺められる一際高きビル――双塔が天を貫く様にそびえる都庁天頂より世界を見渡していた。その様な場所へ突如として現れる事が叶う時点で、彼の得体の知れなさは計り知れないものである。


『――るか?兄者。聞えたならば応答願う。我が兄者、――』


「聞えているよ? だがここで、? ただでさえ霊的に強力な我らの霊言フォノン・ワードは、不用意に口にすれば覚醒を早める事になりかねないからね。」

「あと……お前は闇野 紫雷やみの しらいと名乗るがいいさ。そして妹は紫水しすいと言う事で、今後進めてくれるかな。」


 高位なるモノ紫雲は虚空を見上げる様に、地上のどこにも無い手段で発現させた宙空映像を見やり……兄弟らしき存在と言葉を交わし合う。映像先の存在は暗がりにあり、否――辺り一面が薄暗い闇に覆われたそこで応答する。


『御意。覚醒を早める事に、我らは何の得もありませぬ故。時に紫雲しうん兄者……ウチの若いのが地球の異変を察知して飛び出してしまった。。面目ない……。』


 兄者と呼ばれたモノへ、うやうやしくこうべを垂れ眉根を寄せる男は暗がりに浮かぶ影からしても巨躯である。2mを越える体躯を持つ紫雷しらいと名付けられた彼は、兄者と呼んだ高位なるモノに荒い物言いなどは返さぬ、真摯さと忠義を宿す語りに終始していた。


 そのやり取りへ混ざり込む、と言う不穏極まりない言葉。

 言葉から察するだけでも、それが宗家が擁する巨大機動兵装に類似するいにしえの技術相当と推察できる。


 語られた事態へ動揺らしきものはない高位なるモノは、全てを見透かした様な反応を返していた。


「構わないよ、紫雷しらい。君の統治する天楼の魔界セフィロト知恵の世界コクマでも新進気鋭……あのシザ・ビュラならば致し方ないさ。君への過ぎたる忠義から来る、猪突猛進は頂けない所ではあるけれど――」

紫水しすい理解の世界ビナーからも、あのロズウェルが出ている。すぐに彼の手綱を握るはずさ。」


 高位なるモノは語る。〈天楼の魔界セフィロト〉と言う、地上に住まう者からすれば常識を超越する言葉の羅列を。


 それはこの、太陽系が持つ歴史には刻まれぬ種族の存在と歴史を表すもの。だが痕跡は地上で唯一の神格的存在をあがめる書物に残される。

 書物の中で穿、〈悪魔〉と言う。が――


「我らが故郷たる天楼の魔界セフィロトを今治める大兄者……ボクらに当てた名で言うなら紫炎しえんが動いてくれている。、理性の制御なくここへ攻め入らぬ様にね。」

「それまでになんとしても、この地での異常の痕跡を見つけ出し淘汰する。……野良魔族生命体デヴィル・イレギュレーダ達を。」


『兄者の御心のままに。我は急ぎ部隊を用立て、地球圏へと向かう所存。その後は紫水しすいと協議し事を進めたいと思います。では――』


 彼らは自身らを〈魔族〉と称し、彼らが相手取る敵対的な者こそを悪魔の名につらなる野良魔族生命体デヴィル・イレギュレイターと呼称した。そこには人知では測り知る事が出来ぬ、未知の存在が絡むのは明白であった。


 謎の技術による通信が途絶えた後、高位なるモノは再び視線を無数に立ち並ぶビル群を……さらにはその遠方に広がる大洋へと向ける。そして――


 双眸を閉じ……祈る様にひとりごちた。


「大兄者には本当に、いつも迷惑ばかりかけるな。けれどボクが因果に絡め取られた以上、猶予はないと考えなければならないね。死と再生を司る因果……この蒼き地球の歴史上。」

「それが、ボクに流れ込み覚醒を早めるは時間の問題。唯一希望があるとすれば、草薙 炎羅くさなぎ えんらと名乗った彼とそこへ集う子供達だけだね……。」


 閉じた双眸から二筋の雫が零れ落ちる。高位なるモノは、己の命運を悟った様に悲哀を浮かべていた。



 それを嘲笑う様に増幅する、蒼き地球が生んだ呪いの因果……人の闇が生む呪いデヴィル・イレギュレイターが徐々に世界を覆う中で――

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