memory:2 人を見抜く少年
トウキョウより南西部。当たり前の都市部に混じりそれは姿を現した。そこは土地開発に守護宗家の力が多分に加わった事で、それらが要する施設を中心にあらゆる機関が軒を連ねる特化区画である。
すでにその時代、それは日本に籍を置く誰もが当たり前と捉えられる。しかし守護宗家と言う物の本質が広くに知られぬため、ただ知っている程度の認識で国家へ溶け込んでいた。
「よう、やっと帰りだな! なあ、これからゲーセンいかねぇか? 」
「おお、いいねいいね! ちょうど音ゲーやりたくなってた所だ。んじゃ帰りに——」
そこは宗家管轄区内の都立一環校がある場所。特区内では宗家直轄の学園を名門扱いとした上で区内中心に
「……おい。俺もそれに乗っていいか? 」
「(……ってマジか。なんで、このタイミングで
「(こいつ苦手なんだよな。なんつーか……人の考えを見透かしたみてぇに受け答えすっから——)」
そんな都立高の当たり前の日常にある、当たり前の学生同士の会話が教室の隅で響く。だが—— 一見何気無いはずの会話が、一人の少年の訪れたがキッカケとなりささやかな不協和音を奏で始める。
「……ああ~~しまったそういや忘れてた! 俺塾があったんだよ……! 」
「えっ!? あっ……そうだよ忘れてた! 俺も母ちゃんから買い物頼まれてて、行かねえとマジでどやされるんだわ! じゃ、そう言う事で! 」
先ほどまで放課以降の時間をいかに満喫しようと思考していた少年達。しかし手の平を返した彼らは、唐突に出た用事をでっち上げそそくさと教室を後にする。
声を掛けた、奨炎と呼ばれた少年を置き去る様に——
†††
こうなる事は予想していた。
何気無い日常の中、いつからか置かれた状況に慣れ始めた自分がいる。でもそれは今に始まった事じゃ無い。物心つく頃には、凄いと持てはやされた時期もあったけど……中学に上がった頃から異変は起き始めていた。
それは中学のある日——
俺が当たり前の様に発した言葉に、周囲の友人らが異様な表情を浮かべ……距離を置き始めたんだ。自身にとっては当たり前に感じた事。例えば友人の言葉や仕草に、その時の表情からくる感情変化で想定した事実を紡いだだけ。
けれどそれは俺にとっての当たり前でも、友人達からすれば異常に映ったんだ。それは俺が、眼前にいた友人の思考を寸分違わず言い当てた様な発言をしたから……。
後でネットを詳しく調べて分かった事だけど——それは対人知性と言う、人となりを初めとした言動と言った情報から他人の思考を推測する能力らしい。どうも俺はその能力が桁外れて高かったみたいで……結果、俺の言葉に底知れぬ恐怖を抱いた友人が距離を置いたと言う訳だ。
そして今日も——
「クソッ……! 態度がバレバレなんだよ。明らさまに用事をでっち上げやがって——」
いつもの変わらぬ放課後に、無駄と分かっていたけど挑戦した目論見は見事に砕け散る。最近では周囲の人間皆が、思考するまでも無い露骨な態度を見せてくる様になり——もはや相手を観察するまでも無く俺が避けられてるのが分かる始末。それが学校内だけならよくあるイジメの軽いやつで終わる。
——けど俺の場合は違っていた。俺の関係する大人の社会全体に、それが広がっていたんだ。
「……しゃーねぇな。帰るか。」
何を期待した訳でも無い。もうそれしか選択肢がなかった俺はそれを口にする。が、それを口にするや……俺がこの世で最も嫌気のさす事態が思考に過った。
「(あのババァぜってぇ、いつものくだらねぇ事で長電話してやがるよな……。)」
ババァと呼称したのは俺の母親だ。けれど俺はあいつを母親だなんて思いたくもなかった。何せあいつは——
いろいろ疲れる思考を抱きつつ、重い足取りで自宅への帰路に着く。都立高から大して距離もない一軒家が俺の実家で、親もそれなりに稼ぎがあるのはよく知っている。そしてその思考が、欲望に塗れているのも……知っていた。
「おう、奨炎お帰り! つか母さん、奨炎が帰って来てんだ! おかえりぐらい——」
自宅ドアを開けるや、声を掛けてきたのは年の離れた兄貴。俺も唯一心を許す家族でもある。そんな兄貴とは対照的に、案の定ババァは携帯電話で会話に没頭中だ。
リビングからその会話が漏れ聞こえて来る。俺の帰宅なんてハナから眼中に無い体のあいつが……こっちの神経を逆撫でする様な言葉の羅列を吐き捨てやがった。
「——そう、そうなのよ! ウチの奨炎ったら、素晴らしい能力があるじゃない? だからそれをテレビにでも売り出せば、容姿端麗も相まって——」
「それこそ今のお給料なんて目じゃないぐらいの稼ぎで、全国でも名を轟かせる高校生待ったなしよ! そうね、今最も稼げる
「か……母さん!? 奨炎を金ヅルみたいに言ってんなよ! 仮にもウチの大事な家族に——」
もはや思考で相手を見定めるまでもない。実の母親は俺がいる前で吐き捨てやがった。兄貴が必死で取り繕う姿には感謝しかないが……もう俺はここにいる理由が存在していなかった。
ギリッと歯噛みしたまま学校鞄を投げ捨て、家のドアを叩き付ける様に閉めた俺は……そのまま怒りに任せて走り去る。
「しょ……奨炎! 待て——」
兄貴の制止も、もう限界な俺は止まらない。世間ではこの日本から離れた遠い大地で、今も飢餓や紛争——蔓延する病魔で明日とも知れぬ子供達が溢れているのは知っている。
けど、この平和ボケした国の大人達は知らない。
大人が作った社会で、いい様に未来を踏み躙られる子供がいる事を。
いくら助けを求めても……大人の都合で助けその物をなかった事にされる、追い詰められた子供がいる事を。
だから俺はそんな社会から逃げる様に、ただ夢中で逃走を図ったんだ。
†††
「当主
「ああ、分かった! まだまだ施設運用準備は万全じゃない……なるべく時間をかけない様にする! では後ほど! 」
守護宗家が有する巨大都市区画、通称【宗家対魔防衛得区】。その一画のある特殊兵装迎え入れ飛行施設で、ジェット音を撒く輸送機後部ハッチから一台のマシンが降り立っていた。
東京湾沿岸より巨大に続くそこは、湾部で現在建設中の海洋へと突き出た巨大メガフロート。
すでに臨時に使用が可能となる滑走路脇道路より、白き四人乗りスポーツカーが特区幹線道路へと向かう。高く昼の空を照らす陽光で煌めく純白のボディに、先に搭乗者が乗る際カチ上げられたガルウイングドアが翼を思わせる。
少し
現在それを駆るは……守護宗家 草薙家当主である
甲高いエキゾースト。NAエンジンと呼称されるタービンを介さぬノン・アスピレーション機構が高周波を奏でる名機。孤高のピュアスポーツの魂たるロータリーエンジン搭載のRX‐8が、街道の風を心地よく引き裂いて行く。
程なく特区内道路脇へ停車した車内で、当主が任務用携帯モニターを睨め付けた。双眸は凛々しく切れ長に見開かれ、頭頂部から分けられた前髪。それ以外は耳元や頸でサッパリと刈り上げられる、日本人としてはやや赤の混じる天然の深い茶色を塗す御髪。
薄い青のシャツ上へ羽織るジャケット胸元に、守護宗家を表す陰陽の紋を輝かせる彼は……携帯モニターのデータを視認するや僅かに眉を
「確かに世界の来る危機には、子供達の協力なくしては始まらない。だが、送り込むのは戦場……ままならないな。」
彼が自ら足を運び向かう先は、これより巨大なる存在を託し過酷なる運命へ送り込まねばならない者達の元。まだ成人年齢に満たぬ少年少女の元である。故に彼は独りごちる。
求められるのが未来ある若者と言う条件であり……それを守るべき立場の大人が手をこまねくしか無い現実を憂いて——
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