memory:3 孤独に嘆く少女
宗家特区一般学区。
喧騒に塗れる様はトウキョウ大都心となんら変わらぬ賑わいを見せる。
特区内で勉学に励む学生が、賑やかに行き交う大通りから少し離れた通り。時は部活帰りの高等部学生で賑わう筈の時間帯——が、少し客足の鈍いコンビニエンスストアが赤々とした照明の中営業していた。
「いらっしゃいませー! 」
元気の良い女性店員の声が迎えたのは……ドアを潜る時もどこか視線の行方が定まらぬ少女。程なくそれに続く様に女子学生が入店するが、それは別のグループと確認できる。視線の行方が定まらぬ少女は、明らかにその一団から距離を置いていたからだ。
元気に帰宅までの時間をコンビニスイーツ物色で過ごす少女達。だが……当の最初に入店した少女の挙動が僅かに怪しくなる。店員が一団へのレジ対応に走ったその隙、素早き手さばきでポケットに何かを差し入れるや、少女は風の様に退店した。
それは防犯カメラすら捉えられぬ早業。
挙動不審の少女は、万引きしたままその場を後にしていたのだ。
†††
今日も誰にも気付かれない。
いつも、本当の私は誰からも気にされない。
どこにに行っても……誰と接しても——
そんな私はまたその日の行き場を失い……現実に
「……もう、いいや。」
独り絶望する私は重い足取りで家を目指す。
高給取りではないため、共働きで日銭を稼ぐ両親と暮らすマンション。その前に立ち、我が家がある二階中央を見上げた。
すでに夕刻となる通りは、立ち並ぶマンションで陽を遮られ闇が舞い降りる。目にする何れの窓にも明かりが点き……よくすれ違う家族達が団欒に浸るのが見て取れた。
そう……分かっている。私が今から帰宅する家には両親はいない。共働きが災いし、パパもママも共に距離が離れつつあった。
見ない様にしていたけれど、私が朝学校に出かける時間見つけてしまった……それぞれ持つ
そんな真実を知ってしまった私の足取りは鉛の様に重く、それでも夕ご飯にありつくためには家には帰るしかないため誰もいないそのドアを開けた。
電気を点け、少し入ったダイニングテーブルの上で目撃したのは——コンビニのおにぎりとカップ麺。そこに貼られた付箋に「夕ご飯」とだけ書かれた惨状に……目の前が言いようのない暗闇に包まれた。
「……っ!」
私が求めるのは、昔の優しいママの手料理を逞しいパパと三人で頂く柔らかな日々。
そんなささやかな願いをブチ壊す光景で、言葉にならない叫びを上げた私。気が付けばコンビニで会計を終えずに懐へしまいこんだ、用もない小物を壁へと叩き付けていた。
「会いたいよ……パパ。ママ——」
そのまま嗚咽を漏らしながら蹲った私はたった独り、声を殺して泣き続けていたんだ。
†††
日も落ちた夕闇の中、機関より
なのだが――
「
ただでさえ子供達を得体の知れぬ機関へ呼び、危険に晒す事が明白な実情――それを素直に受け入れる親御などは居るはずはない。いたとすれば、それは子供達への愛情すらも枯渇した哀れな大人ぐらいだろう。皮肉な事に、そんな親御がこの現代に溢れ返っている現実には虚しさしか浮かばなかった。
特区内幹線道路交差点に差し掛かる頃、時代の淀んだ闇に憂う視線を何となしに向けた車窓の外。視線が捉えた影へ只ならぬ不穏を感じた俺は、
「今、何か――」
斜め上にカチ上がるガルウイングドアを開け放つ俺は、そのまま引き寄せられる様に車両を下りる。そしてそのまま、開けた川沿いの小高いビル影を凝視した。
そこにいたのは――
「おや? ボクの気配に気付くとは、君は一体何者だい? 」
「何者……か。それはこちらが聞きたい所なのだけどね。俺は守護宗家が草薙家表門当主、
ビルの影で佇むのは…… 一言で言うなら得体の知れない何か、だった。
見てくれは人型。だが宿す雰囲気は、一般人上がりの俺でさえ感じる只ならぬ気配。
守護宗家で生き抜くためには膨大な古代文献からの知識会得に止まらず、己が単身危機に放り込まれたとて最低限身を守れる術を叩き込まれる。一介の名家御曹司が聞けば裸足で逃げ出す様な、過酷なる修練鍛錬の日々。言うに及ばず俺は、当主を戴くためにその成すべき事は一通り成してきた。
それでも血統を継ぐ真の当主からすれば、俺は足元にも及ばない。三神守護宗家という存在は、この国を影から支え続けた伝説級の御家であり……ただの成金集団など尻尾を巻いて逃げ出す対魔防衛組織なのだ。
そんな血統を継がぬ俺でさえ感じるは、危険な雰囲気と……相反する様な憂う悲哀。感じた時点でも、眼前の存在が人の知覚領域など軽々凌駕する次元の存在である事は明白であった。
俺が向けた警戒へ事もなげに視線を寄越す青年——であろうそれが、大仰に腕を身体前に翳して宣言する。
予想外の、日本には馴染み深い漢字を当てた名乗りを以って。
「そうだね、名乗りを先に上げられたならば致し方ない。まあ……真名は故あって明かせないけれど。紫雲……
日本に準える漢字名乗り。けれど確かにその後青年は口にした。「人の子よ」と言う、通常のやり取りではあり得ない表現を。
語られる言葉で、俺の警戒は一気に跳ね上がる。眼前の存在が人ならざるモノであれば、それは対魔討滅を生業とする守護宗家にとっての任務……討滅任務執行が確実であるから。
直後その警戒を感じ取ったのか、眼前の
「そう警戒する必要は無いさ。ボクは何も、君を取って食おうと言う訳じゃない。ここで出会ったのも何かの
「良ければ二、三……ボクの質問に答えてくれないかな? 」
「
その時は素直に
しかし俺は浅はかであったと今でも後悔している。元来真に御家を継ぐ当主ならば、決して軽んじてはならぬ因果の導きの行く末。
十年……そして百年の月日の後、世界さえも左右する導きの先を——
俺は愚かにも読み誤ってしまったのだ。
†††
「まず一つ。君はこの世界が
突如として眼前に現れた人ならざる存在。その問いへ
「
「ふむ……ならば二つ目。君は世界を統べるは人類であると……そう思うかい? 」
重ねられる問いは、
「まさか……世界は人類だけの物ではない。数多の生命が皆、大自然で生きる権利を有しているんだ。人類が頂点などと言う
「なるほど、良い回答だね。最後に——」
重ねられた問いは最後となり、人ならざる存在が静かに提示する。それが己と人類全ての未来を左右する結果となるとは、迷える当主も想定だにしていなかった。
「世界に審判が齎されるとした場合……君達人類は、その手に抗うための剣を取れるかい? 」
「世界に、審判? それは——」
言い淀んだ迷える当主。その問いへ即答出来ずに口ごもる。当然であった。彼が守護宗家は草薙家当主を戴いているとは言え、最後の問いが意味する物を悟った故に解を迷ったのだ。
今自分へ向け問いを放つのが、人智の呼ばぬ存在と察していたから。
その解を即答すれば、己の言葉一つで世界へ想像だにしない危機を呼びかねないと察してしまったから。
回答の代わりに視線を逸らす迷える当主を、憂う双眸で見やった
「……ありがとう、これでボクもスッキリしたよ。もうボクは、誰にも救われないと言うのが理解出来た。では、また何処かで……。」
「ま……て、
放たれた言葉へ盛大な疑問を宿す迷える当主を置き去る様に、高位なるモノは忽然と姿を消していた。
まさに人外を地で行く去り際で、残された舞う一陣の風だけが吹き荒んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます