24・レイモンドの行方

 成れの果ての動き出す気配をもって解散したメビウスたちは、それぞれの持ち場に急ぎ散っていった。魔獣組合ギルドに残ったテオも、支部への通信を始める用意を組合員に指示をだす。だが、まずなにから伝えたものかと、頭を掻きまわしたときだった。視界の端に、難しい顔で立ち尽くしている息子の顔が映ったのは。


「ウィル。なーにぼさっとしてんだよ」

「……ああ。僕はどこへ行けば良いのかと、考えていました」


 声をかけられてテオの存在に気が付いたとでもいうように、一呼吸の時間を置いて青年の瞳が父の顔の上でゆっくりと焦点を結ぶ。大袈裟に肩を上下させて、テオは大股で息子に歩み寄る。


「レイモンドの行き先か? 坊ちゃんは動くと予想してたけどな、だったらどこに向かうだろうぐらいのヒントはくれたっていいよなあ」


 苦笑いを浮かべたテオに、ウィルは「いえ」と否定の言葉を返す。


「つまらない意地を張って、いまの彼を知ろうとしなかったのは、僕の責任ですから」

「おや、殊勝なお返事。お前さん、坊ちゃんになにか言われたな?」

「……父さんこそ、なにか吹き込まれたのでは?」


 じとりと眼鏡の奥から疑惑の視線を送るウィルに対し、テオは無駄に胸を張る。


「あのな、あの見た目だけ坊ちゃんな超年齢詐称くんとは、お前よりも俺のほうがずっと付き合いが長いの。メビウス坊ちゃんがお前に言いそうなことぐらい、俺にだって予想はつくんだよ」

「予想、ですか」

「おおよ。……なんだよその胡散臭そうな目は。さっきのな、お前の殊勝な返事。お前がそんなことわざわざ俺に言うかってんだ。知らないんだったら知ればいい、とかなんとか坊ちゃんに言われたんだろ?」


 おや、とウィルはほんの一瞬、目を見開いた。しかしすぐに、不愛想な顔に戻る。


「まあ、僕が先に答えを言っていたようなものですからね。それに、坊ちゃんらしい単純な助言です。父さんでもわかりますか」

「ホントにお前は一言多いな。いったい誰に似たんだか。そうそう、単純だからこそ、意地を張って遠回りばかりするウィルには、こんな短時間で思いつくような考えじゃねーんだよ」


 ふう、と大きくため息をつき。


「それで? なにが聞きたい? 俺がレイモンドを雇った理由か?」

「もちろん、それもあるんですが」

「ん?」

「僕たちがここについた日。父さんは地下を指さして、『暇そうなやつ適当に見繕って』とレイモンドに指示しましたね。それはつまり、彼がこの遺跡部分を知っている、ということですか?」

「あー言ったっけ、そんなこと。まあ、知ってると言えば知ってるが……」


 がしがしと頭を掻きながらの歯切れの悪い返答に、ウィルは最後まで聞かずさらに言いつのる。


「彼にどこまで教えたんですか。このメイン区画への入り方は? 動力源をレイモンドは知っているんですか?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけてくる息子に両手を突き出し、わかりやすくストップの合図を出しながらテオは「落ち着け」と繰り返した。


「答えるから落ち着けって。な? 俺は確かに頭は悪いし適当だがな、なんでもかんでもべらべらしゃべりゃしねーよ。レイモンドが地下を知っているのはな、魔獣の解剖やら観察やら手伝ってもらっていたからだ。元々魔獣に詳しいから、役に立ったんだよ。彼の立ち入りを許可していたのは、共有スペース以外だと魔獣の処置室と研究室のみ。もちろん、ここメインへはいる権限なんか付与してねえ。動力源が魔力だってのは……本部のメンバーは大体知ってるだろ」


 だが、魔力をどうやって動力源にしているか知っているのは、代々組合長ギルドマスター組合長マスター補佐の二人だけだ、とテオは締めくくると、ちらりと息子の顔を見た。見慣れた愛想の欠片もない表情に隠された本心は、さっぱりわからない。しかし、質問が止んだということは、少なからず自分の答えに納得する部分はあったのだろうとテオは考えることにした。


「……そう、ですよね」


 ひとりごち、ウィルは先ほどと別人のように押し黙ると、顎の下に手を当てて思考に没頭し始めた。ぶつぶつと何事か確認するように呟いている。脳内で仮説を組み立ててているのか、紫色の瞳が眼鏡の奥でせわしなく揺れていた。


「……この遺跡は、デア=マキナの地下全体に存在しているんですよね?」


 問いの形をしたそれは、確認だ。むしろ、遺跡のほうが街よりもずっと大きいことは、このメイン区画を見るだけでもわかる。


「つまり、入り口はここだけじゃない可能性もある……」


「おおよ。一番わかりやすい例が、時計塔だな。あれも地下に繋がる道があるし、デア=マキナに欠かせない水をくみ上げて循環させる役割を活かしてるだろ?」


 父の声が、するりと反対の耳から抜けていく。すでに、ウィルの思考はデア=マキナではなく、別のところに飛んでいたからだ。少し前に訪れた、神族の遺跡――世界の本棚だ。

 あそこには、がたくさんあった。遺跡が生きていたため、人間には動かせなかっただけだ。遺跡内部を行き来する昇降機や、表向きの部屋から本来の部屋へ移動するための魔法陣、緊急時に脱出する魔法陣など、あの場所には本当に様々なものがあったのである。


 つまり。

 眼鏡の青年は、このデア=マキナにもそのような仕掛けがあちらこちらにあるのではないかと想像しているのである。本棚に対し、こちらは発見されたときからすべての機能が停止した、死んでいる遺跡。いまは必要な部分だけルシオラが稼働させているが、その他の部分、不必要な部分は発見時のままである。

 遺跡内部を見る限り、デア=マキナのほうが本棚よりも魔法に依存していない。本棚ではなにをするにも神族の魔力が必要で、垣間見た神族の本当の住居もつるりとして音すらない寒々しい空間だった。時期が違うのか、はたまた古代の人間がここに手を入れたのか。魔力をエネルギーとする点は同じだが、歯車を使って水をくみ上げたりするなど、ところどころ魔力以外の外部でくみ上げられた仕組みで動いている部分も多い。扉も、メイン区画に入る扉以外は、普通の扉となんら変わりはなく、手で開けられるものがほとんどだ。メイン区画の魔力による認証にしても、ルシオラの後付けである。

 そして、巨大さに対して可動部分が限りなく狭いということは、どこかに侵入口があったとしても、魔力の供給が断たれていれば、誰でも扉を開けられる。遺跡のちからを借りることはできないが、身を隠すにはもってこいなのではないか――。


「……ヒントは」


 乾いた唇から声を絞り出す。それこそ、街中にあったのだ。


組合ギルドメンバーに見つからず……食料に困らない場所……」


 ぽつぽつと口に出し、デア=マキナの地図を脳内に思い浮かべる。まず、時計塔と魔獣組合ギルド周辺は除外していいだろう。時計塔はルシオラが網を張っているし、わざわざメンバーの出入りの多いこの辺りに潜伏しているとは考えづらい。人があまり入り込まないという点では貧民街スラムもあり得るが、水と食料が手に入らない。すぐ街を出られるよう街外れに潜伏しているか、あるいは――。

 デア=マキナは遺跡の上に造られた街だ。本棚のように、住居として使えるような建物はほとんど残っておらず、いま建っている建造物は新しく建てられたものが主である。しかし、壁や床など、使えそうな部分だけを利用して建てた家や、オブジェとして遺されているものもある。そういう場所に、遺跡への入り口が隠れている可能性はある。


 そう。

 たとえば――。

 広場へ渡る、橋の下。

 あの水路は、時計塔からくみ上げた水を街全体に循環させている。地上に出ているのは広場のまわりだけだが、実際は地下に大きな水路が東西南北に走っている。その水路は、遺跡が見つかった時のまま、利用しているのだ。


「……調べてみるのも、良いかもしれません」


 話しはじめたときよりは余程すっきりした表情を浮かべてうなづいた息子を見やり、テオも小さく首を振る。顔を上げると、ちょうど通信の用意が整ったとやってくる組員が目の端に映った。


「あ……。やべ」


 ウィルと話し込んでいて、肝心の通信内容をなにも考えていない。急にわたわたし始めた父親を見、ウィルは盛大にため息をつく。


「どうせ、通信内容を考えていなかったんでしょう。それほど難しい内容でもないですし、父さんの感じたとおりを言えばいいんじゃないですか?」


 ため息のあとに続いた息子の言葉に、テオは動きを止めてまじまじとウィルを見つめた。訝し気に片眉を跳ね上げて、父と見つめ合ったウィルだったが、思ったよりも長い時間テオが視線を逸らさないので自分から逸らす。


「……父さん。まばたきの仕方、忘れましたか?」

「うぉあッ! お前が変なこと言うから目がかっぴかぴじゃねーか! そりゃ、ウィルに助言なんかされた日にゃ、まばたきの仕方ぐらい忘れるってもんだ!」

「本当に忘れる人がいるとは思いませんでした」


 ほれ、見てみ、と真っ赤に充血した目を見せつけられ、呆れた声でげっそりと肩を落とす。


「まあ、お大事にしてください。僕は、考えもまとまりましたので行きますね」


 まったく感情のこもらない完璧な棒読みで心配の句を口にして、ウィルは扉へと足を向けた。背中を見送りながらテオは「あ」と声を上げ、ぽんと手を打つ。


「ああ、そうだ。お前も坊ちゃんも、勘違いしてるみてえだからこれだけは言っとくわ。レイモンドを雇ったのはな、ウィルのためじゃねえ。エリーのためだよ」


 父の声に、思わず足を止めて振り返る。


「それは、どういう?」

「解決したらちゃんと話すよ。いまは、お互いにそんな時間はないだろう」


 ほらほら、と虫でも払うように手を振って行け、と雑なジェスチャーをする父を一睨みすると、ウィルはまたもやため息をついてメイン区画から出ていった。

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