第三章・欠けて弾かれ廻る歯車
プロローグ
その街は、遠目から見ても明らかに異質だった。
記憶のないソラでも、いままで訪れた街と違うのはあからさまにわかる。街へと続く道が土から石畳に変わるにつれ、街の異質さに息を呑むほどだった。
まず。
色が違う。
空色の少女が訪れた街というと、ラゼルか遺跡前の集落だけであるが、どちらも石や木で作られた家が主流で、ラゼルなどは屋根の色もカラフルだった。森の緑と空の青が爽やかに混じり合い、どこか可愛らしい印象さえうける。
それが、いま向かっている街は全然違う。
全体的に、目立つのは
そして、なによりも目を惹くものが、街の中央に見えた。
色気のない建物や白い煙に囲まれてなお、存在を主張している。それは、石造りの時計塔だった。一つだけずば抜けて背が高い。一番最初に目に入ったのも、この建物だった。
デア=マキナ。通称、機械の街。
機械の街を象徴する建物が、中央広場に鎮座する時計塔である。
「……すごい」
街に一歩踏み入れたソラが、大きな瞳を見開いて呟く。見た目も異質なら中も異質。人びとがせわしなく動き回り、街のそこかしこからトントンカンカンと甲高い金属音が響く。煙突から立ちのぼる煙はどうやら蒸気のようで、一定の間隔で吹きあがっていた。
ぽかんと目の前の光景を眺める空色の少女を見、ルシオラが目を笑みの形に細めて紅いくちびるを開く。
「この街は、魔獣のかけらを加工する技術が長けていてな。
「でも……魂を失った身体が残ることは」
「あ、普通は残るんだよ。浄化するといつの間にか消えるんだ。ブリュンヒルデには浄化のちからがあるから、勝手に消えてるようにみえるけど」
「本来は、魔獣を倒したら
「いまでは、
三人から説明されても、ソラの心は理解しきっていなかった。否、理解することを拒んでいたのかもしれない。
――魔獣だって、生きているのに。
そんな言葉が喉元まで上がってきたが、そのまま飲み込む。自分も襲われた経験はある。だが、それはいつでも、裏で操っているものたちがいた。生きているときも、ましてや死んでからも道具のように扱われているのが、ソラにはわからない。脅威として立ちはだかった魔獣を倒すのは、ひとが生きていくために仕方がないのかもしれない。だけど、死んでしまったものに対しては魔もひともないのではないか、と彼女は思う。魂がなくなったいれものを壊す必要はないのではないか、と。
「……わたしは、死んだらどうなるのかな」
ぽつりと飛び出たせりふに、耳聡く聞きつけたメビウスはぎょっとして朱の瞳を見開いた。
「ソラちゃん?」
困惑した声音に、ソラははっとして少年の顔を見る。彼の太陽の双眸と視線が合い、空色の少女は逃げるようにしたを向いた。
「……ごめんなさい。少し、ぼーっとしてて」
「えっ! 大丈夫!? 歩ける? 抱いて行こうか?」
「それは、いい。大丈夫だから」
「いや、遠慮しなくていーし!」
「お前が遠慮しろ」
ぴしゃりとルシオラの言葉が降ってくる。特に強い口調でもなかったが、メビウスは首を縮めて引き下がった。が、まだなにか言いたそうに口を開きかけたところを、最果ての魔女に一睨みされ、今度こそ大きなため息をついて肩を落とす。
「うるさくてすまんな。悪気はないんだが、下心はあるから気をつけろ」
「……?」
「ルシオラさーん。聞こえてますよー」
「聞こえるように言っている。まあ、この街は騒がしいからな。少し休んでいくのもいいだろう」
言いながら、白く細い指が指した先には。
煙が途切れ、あたたかな光が零れ落ちている広場が見えた。
唐突に視界が開ける。
鈍色と水蒸気にけぶる街の中ではほとんど見られなかった緑と、
広場へ渡る橋を歩きながら、ソラは目を丸くして時計塔を見上げた。デア=マキナへ着いてから、少女は驚きの連続である。記憶のあるなしに関わらず、単純に知らないものへ対する興味や恐れから湧いてくる感情で夜空色の瞳を輝かせながら、広場へ降り立つ。
「相変わらずでけーなー。でかすぎてこっからじゃ時計が見づらいっつーの」
右手を額に当てて塔を見上げながら、メビウスがぼやく。それにならい、ソラも時計を見ようとするが確かに近くでは肝心の時計が見えづらい。さすがに塔のてっぺんに時計がついているわけではないが、真下の広場からでは近すぎて何時なのかわからないのだ。
「デア=マキナの技術の結晶が、この時計塔だ」
もっとも、いまはただのシンボルでしかないがな、とルシオラは悩まし気に息をつく。
「まったく、技術が進歩しすぎるというのもときには考えものだ。これの心臓部がいまでは時計を動かすためにしか使われていないなど、技術の無駄遣いだぞ」
「魔法がそんだけ浸透したってことだろ? いーじゃん、便利で」
「だが、精度は落ちる。魔法が失敗したら
「ですが、魔法が浸透しなければここにこれだけのひとは集まりませんでした。
欠片のでどころも調べやすいですし、と一本調子で続けると、ウィルは時計塔に背を向けた。
「こんなところで、いつまでも塔を眺めていても仕方がないでしょう。用事は早く済ませませんか」
広場を出ると、また騒がしい街並みが戻ってきた。だが、街の入り口付近よりも金属音は少なく、せかせかと動き回る人びとも少ない。扉を開いたまま作業をしている店の中にそっと目を向けると、なにやら金属を仕分けたり、加工が終わった
メビウスも感慨深げに街並みを眺め、感想を口に乗せる。
「あー、なんか久しぶりだなこの景色。そういや
「もしかしなくても、そうです」
先ほどからどことなく落ち着かない様子のウィルを見やり、ソラは首を傾げる。
「ウィル、どうかしたの?」
「久しぶりの里帰りだからな。色々思うところもあるのだろう」
「……里帰り?」
ルシオラの説明がぴんと来ていない少女に、メビウスが口を開く。話題になっている青年が迷惑そうな顔をしているのなどお構いなしだ。
「この街でウィルが育ったってこと。いま向かってる
「……坊ちゃん」
「いーじゃん。どうせすぐバレるんだし。そもそも隠す必要ねーだろ」
「まあ……そうなんですが」
どうにも歯切れが悪い。メビウスが知る限り、家族仲が悪いこともなかったはずだ。彼が生まれたときから知る少年にも、ウィルの態度は不思議に映った。
「……僕は、お役に立てているのかと思いまして」
いつも整然としている青年には、あまりに似合わぬ小さな声。はっきりと耳にできたものはいなかったが、ルシオラは先日の
彼は、かなり無理をしてこの場にいる。メビウスに告げていないということは、恐らく家族にも話していないだろう。というより、家を出て以来連絡を取っていないのだから確実だ。
つまり、無理が気付かれやしないかと不安なのだ。
――プライド、か。
声小さすぎて聞こえなかったぞ、と追い回されている青年を、ルシオラは笑みを消した顔でぼんやりと見やる。
「ルシオラ……?」
すぐ横から困惑した声がして、最果ての魔女は普段どおり紅いくちびるを持ち上げ、目線をさげる。視線の先には、声から容易に想像できる表情をしたソラが大きな瞳で見上げていた。
「ああ、遅れてしまうな。行こうか」
柔らかい声音で告げて、ゆっくりと歩き出す。不思議そうな顔をしていた少女も、首を傾げながら
しばらく無言で歩き、店よりも民家が目立ち始めた場所に。
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