13・解放の光

「ああ、自己紹介がまだだったね。ジェネラルはジェネラルって名乗ったみたいだから、ボクも彼流でいくか。通称、医者ドクターって呼ばれてるから、キミもそう呼んでね」

「……通称?」


 色々と無理、と頭を抱えたくなりながらも引っかかった部分を端的に繰り返した。するとドクターは心外だ、とでも言いたそうに眉をひそめる。


「当たり前じゃないか。ジェネラルにはヴォイドって名前がある。ただ、彼はその名前を気に入っていないから、将軍ジェネラルって呼ばせてるだけさ。魔王軍の将軍さまだからねえ」


 で、いつの間にかボクたちも通称で呼ばれることが多くなったりしちゃったわけ、と大げさに肩を落としてみせた。


「ボクは不服なんだよね。確かに医者もやってるけど、ボクの本質は科学者なんだよ。サイエンティスト、は長いし呼びづらいからって却下されちゃった」

「……更に長くなりそうだしな」


 マッドサイエンティストの間違いだろ、と心の中で突っ込みをいれつつやんわり口にしてしまった。関わり合いたくはないのだが、スルーするには言動がうるさすぎる。ソラちゃんの絶妙なスルースキルが欲しいよ、と少年はほんの刹那、空色の少女に思いを馳せた。


「そんな話をしに、わざわざ出てきたわけではないでしょう」


 隙のない構えで銃を向けるウィルを面白くなさそうに見やり、ドクターは「当たり前じゃないか」とぼやく。


「ボクだって忙しいんだよ。死んだ遺跡が動いてるみたいだから、仕事のついでに寄ってみた、それだけ。そうしたらなんだか面白そうな子がいるじゃない。これは連れて帰んなきゃって、お仕事の一環だよ」

「……なんのお仕事だよ、なんの」


 もう、心の声を隠そうともせず口にした。


「大体お前、どうやって人間界こっちに出てきたんだよ。ジェネラルと同じ方法……じゃねーだろ。お前は空っぽじゃねえ」

「マックスでもないようですが」


 前後で言われ、ドクターは「ああ、ジェネラルね」と哀れんだように呟く。


「彼はねえ……。まあ、忠義心だけでできてるような男だから。それにしても、無茶をしたよねえ」


 その言い草に、メビウスは違和感を覚えた。仮にも魔王軍じぶんたちの将軍を語るのに、哀れみ――以上に、嘲りが混じっているように聞こえたのだ。


「空っぽねえ。そう思ってるのは、ジェネラルだけじゃないかなあ。確かに、見方を変えれば彼も魔界も空っぽであると定義できるけど」


 続く言葉を聞いて、少年の違和感は解消された。混じっているのではない、本当に嘲っているのだ、と。

 そういえば。

 はいらないと、さっき言っていた。


「……もしかして、魔族は」


 ドクターを挟んで前に立つ青年が、ほんの一瞬、視線をメビウスに向ける。

 ゆらりと、少年の目の端で影がうごめく。


「ウィル!」

「あれ? 挟み撃ちはキミたちだけじゃないよ?」


 ひゅん、と風を切る音がしてウィルは反射的に身を翻した。直後、いまのいままで彼が立っていた場所に太い針が何本も突き刺さる。飛んできた方向へ目を凝らすと、遺跡の中に入れずにいた影が眼鏡越しの瞳に映った。


「キミにはキョーミなし。ボクの影とでも遊んでてよ」


 ちらりと眼鏡の青年へ視線を走らせ、どうでも良さそうに呟く。一転、楽し気な笑みを顔中に広げると、身体ごとぐるりと振り向いた。


「さて、それじゃあ死なない程度に――」

「無理だな」


 少年の声は、上から降ってきた。「おや?」と呆けた声を出してドクターが上を見る。色素の薄い金髪が、光を浴びて眩くきらめいた。


「オレ、お前の存在が無理」


 眼下の相手を頭から否定する言葉を吐いて、メビウスは躊躇なく剣を振りおろす。ひゅん、と風を切る音がして刹那、火花が散った。ほどなくもう一度、少年の手が真横に振られる。守りが間に合わないと踏んで、ドクターは後方へ飛んだが間に合わず、腹に鋭い痛みを感じる。メビウスは攻撃の手を緩めず、低い体勢で追いすがると剣を振りあげた。スピードは明らかに少年のほうが上だった。


 二度、三度と二人の間で火花が飛び散る。剣を受け止めたメスの遠心力に振り回され、崖にぶつかる勢いで飛ばされるが、空中で体勢を立て直すと崖を蹴って飛びかかる。相手のリーチは自分の三倍はあるだろう。離れるのは得策ではない。

 しかし、長い得物を振り回す割に、ドクターの動きは隙がなかった。応戦するメビウスの剣はまだ解放されていないため、攻撃するにも防御するにも明らかに分が悪い。相手のリーチをかわして懐に飛び込もうとするが、刃先だけではなく得物全体を使って止められてしまう。無駄な動きが増え、いらぬ疲れもたまる一方だ。


「おや、大きな得物とやり合うには、ボクも長いもののほうがいいかと思ってこれにしたんだけど。ちょっと拍子抜けだなあ」


 そんな挑発には乗らず、メビウスは隙ができるのを探して縦横無尽に動き回る。ヒットアンドアウェイを続けながら、内心歯噛みしていた。

 確かに、解放したほうが遥かに戦いやすい。解放時に莫大な浄化の光を発動させることから、特に隙も生まれずそのまま押していけるのも強みだ。しかし、ジェネラルクラスの、封印の日を体験している魔族には、エイジアシェルの名前は聞かせられない。


 それに。


 ちらりと、ウィルのほうを見る。遠距離同士の戦いも決定打に欠けるのか、一進一退を繰り返しているようだ。

 解放するのは、


「いちいちお前なんかに使ってられるか。このままで十分だッ」


 うそぶいて、背丈相応の剣を振るう。


「なんだ、結構ノッてきたじゃない。実験体モルモットは活きがいいのに限るんだよ。いい声で啼いてくれるからさあ!」

「うるっさいんだよ、お前! いい加減アホなことしか言わねえ口を閉じろ!」

「うんうん、そうやって吠えていられるのもいまのうちだよ? いまにボクなしでは生きられない身体にしてあげるからね」

「だからそのッ、気持ち悪い言い方をッ、やめろって言ってんだッ!!」 


 痛切な叫びとともに振り下ろされた刃は、簡単にかわされた。耳に届く言葉がとにかく不快でたまらない。ぞわりと寒気すら感じる。関わりたくないという強い気持ちが見せたものかは定かではないが、魔族が操るメスの下に一瞬の隙ができたのが目に映った。それを逃さず懐に入り込み、下から伸びあがるちからを乗せて剣を振るう。魔族に届いたかと思われた一閃は、寸でのところでメスの柄に受け止められていた。


「いやあ、残念――」


 覗かせた隙は罠だったのだろう。だが、にやりとおしゃべりな口を歪ませたドクターに構わず、メビウスは剣から手を離した。受け止めた姿勢のままのメスを足場に飛びあがり、勢いで顎に容赦なく膝蹴りを打ち込む。浮いたままの不安定な姿勢だが、顔面を得物から離した右手で思い切り殴り飛ばした。


「黙れって言ってんだろ」


 吹っ飛んだドクターに向かって吐き捨て、地面に刺さっていた剣を拾う。感情を抑える気などさらさらないらしい。岩壁に激突し、まだ体勢の整っていない魔族に向かって剣を向けると、追撃の言葉を放つ。


「エイジアシェルの名を以って、真の姿を開放する」


 魔族に聞かれると厄介な前半は、抑揚のない小声で素早く。


「全てを浄化せよ――神器・ブリュンヒルデ!」


 後半は、怒気をはらんだ正直な声で。

 解放の光が、辺り一面を真っ白に焼き尽くした。










 暴力的な光に焼かれ、人影が断末魔をあげる。

 解放の光がつらぬいたのは、ウィルと応戦していた影のほうだった。剣が変化する直前、メビウスは身体を回転させて標的を変えた。

 凝縮された浄化の光の爆発的なちからに飲み込まれ、影は跡形もなく消滅する。

 標的を変えたのは、メビウスだけではない。影と対峙していたウィルもまた、本体のほうへと弾丸を放っていた。ブリュンヒルデ解放時は辺りが真っ白になるほどの膨大な光が放たれるのを知っている、タイミングもわかり切っている二人だからできる連携である。


「……これはなんの真似かなあ? キミにはキョーミないって言ってるじゃないかあああッ! 横槍をいれないでもらえるかなあああッ!!」

「興味のあるなしで戦ってませんので」

「そーゆーこと」


 細い目を初めて見開き、魔族は怒号を飛ばした。立ち上がろうとして、上手くちからが行き渡らないことに気付き、改めて自身の身体に目をやる。右腕と左足がまるで干物のように干からび、銃弾が当たった箇所には青い魔法陣が消えずに残っている。それを見て、ドクターは嘲るように笑った。


「しかも、脱水ディハイドレイト魔法封印マジックシール? 人間ごときが使ったこんなちんけな魔法が役に立つとでも?」

「役に立つさ」


 メビウスの背後から、自信にあふれたつややかな声が近づいてくる。


「すでに、時間稼ぎに役立っている。私がここに戻ってくるまでの、な」


 かつん、と遺跡にヒールの音を響かせて少年の隣に立ったルシオラは、妖艶に微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る