7・世界の成り立ち

 メビウスの言葉に、ウィルは肩眉を跳ね上げた。


怪鳥ルクの移動してきた原因を探るなんて約束はしていませんよ。あくまで、様子を見てくる、それだけのはずです」

「原因もわかるにこしたことはねーだろ? それに奥から瘴気が流れてくるってことは、あっちに隙間ができてるのかもしれない。その確認こそ、オレたちの目的とも一致するぜ?」

「しかし……。この子はどうするんです? 誰もいないここに置いてけぼりですか?」


 眼鏡の青年は、どうにも歯切れが良くない。その理由を察しているのかいないのか、少年はへらっといつも通りの顔をする。


「んー……。大樹アレが具現化してる限り、魔獣は遺跡に近寄れねえよ。遺跡一帯、浄化のちからで覆われてる。ルシオラが眠らせたから、目を覚ますこともないと思うし……あ、そだ、オオハシさん?」


 ぽん、と包帯で巻かれた両手を叩く。いつの間にか彼の影の中に戻っていた不死鳥は、気だるげに具現し、メビウスの肩に止まる。


「はいはい。いいわ。アタシが見守っていてあげる。ただし、アタシには戦うちからはないから本当に見守ることしかできないわよ。坊ちゃんに伝えることぐらいしかできないから、さっさと行ってさっさと帰ってきなさいよね」

「……だってさ」


 にかっと笑うメビウスを、心底呆れたといった表情でウィルがぼそりと呟く。


「よくそんなに軽々しく神獣をこき使えますね……」

「まあ、オオハシさんは物心ついたときからずっと一緒にいるし、家族みたいなもんだからなあ」


 ねえ? と大きなくちばしにぶつからぬよう器用に避けて首を傾げると、自身の肩に止まるオオハシを見やる。オオハシもこれまた器用にうなづき、ウィルの肩へと飛び移った。


「さ。ほらほら早く行ってきて」


 治療を終えてよく眠っている子供を一番大きな部屋に寝かせると、オオハシは彼女を見守るように足もとに着地した。ウィルは扉を閉める前、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべて彼女を見つめる。

 ここまできて、彼女のために戻るわけにはいかない。昇降機を使えば速いとはいえ、それを使えるルシオラはこの場にいない。更に、事情を詳しく知っているのはメビウスだ。そして彼は、神族の遺産に拒まれている。

 本来なら、誰かが集落へ避難させるのが一番だとウィルは思う。だが、それができない歯痒さがどうにも腹立たしかった。


 そんな葛藤を知ってか知らずか、ウィルの腕の下を少年がひょいと通り抜ける。彼は上着を脱ぐと少女の身体にかけた。オオハシに「じゃ」と片手をあげると、入ってきたときと同じく眼鏡の青年の腕の下を潜ってさっさと部屋から出る。

 手のひらを握ったり開いたりしながら、メビウスは両手の状態を確かめる。ソラのちからを借りても治りきらない深刻なダメージを受けた手のひらだが、我慢できないほどではない。ブリュンヒルデを鞘から抜くと、軽く振り回してみる。傷ひとつついていない小振りの剣は、普段通りしっくりと少年の手になじんだ。ウィルの処置の賜物たまものだろう。包帯が、滑り止めの役割も果たしている。

 ふう、とメビウスは息をつき得物を鞘に納め、ベルトに頭を通して斜めに背負う。


「なにやってんだよウィル。とっとと様子見に行こうぜ」


 言いながら、さっさと歩きだす。さっきまで落ち込んでいた少年はもういなかった。切り替えの早さに苦笑いを嚙み潰しつつ、ウィルは部屋の扉を静かに閉じてメビウスの後を追った。








 本から抜け出した文字を追って歩き出してから、どれぐらい経ったのだろうか。

 うず高く積まれた本の名残り。白い空間を飛び回る文字たち。はっきりわかるのは床だけで、上も左右も果てがない。そんな中を、どこへ向かっているともわからずただ歩いている。


「さて。本当に二人きりになったわけだが。ソラは結局、なにを知っている?」


 ルシオラが、歩みを止めずに問う。問いの真意を量り損ねて、少女は不安げに首を傾げた。


「……なにを?」

「そうだ。お前自身のことじゃなくてもいい。たとえば、世界の歴史。言語。マナー。そんな当たり前のことでも構わない。なにをどこまで知っている?」


 もう一度問われて、ソラは愕然とした。自分の過去を知らないことに気を取られて気付かなかったが、改めて考えてみれば――本当に。話しかけられて理解できた言葉と、あとは魂の在り方について。はっきり断言できるのは、恐らくそれぐらいだ。

 視線を泳がせて言葉を失ったソラをちらりと見、ルシオラはすぐに察したのだろう。質問をもっと具体的なものへと変える。


「メビウスのことは、本人から聞いたな? どこまで聞いた? アレはどこまで話した?」

「……メビウスは二千年前に生まれて、魔界との封印の鍵になったと聞きました。命がある限り封印の効力を高めることができるから、オオハシさんがついてるって。だから、オオハシさんの魔力が尽きるまで死んでも生き返るし、成長も遅い。生き返るって言っても、死んだら封印の効果が弱まっていくから、そう簡単に死ぬことはしないって……」


 少女の説明を聞き、ルシオラは頭を押さえた。口元だけで「やはりな」と呟いたがソラは気づいていない。


「そうか。では、少しばかり昔話をしよう。この世界の成り立ちと、伝説を」


 そして。

 なぜメビウスが、巻き込まれたのかも。









 「まずは、世界の成り立ちから話をしよう」


 そうルシオラは言い、目の前を飛ぶ文字を軽くつついた。文字は近くを飛んでいる仲間たちと結合し、記号化されたような絵とそれに付随する文章を作りだす。簡単な絵本のように展開し、ソラの前でひとりでに動き出した。

 シンプルな絵が表しているのは、人間に眩く光る鳥の羽がついたような人物だ。まわりには、光を放っていない鳥の羽を背負ったいきものが何体か飛んでいる。中央の人物が手を広げると、光り輝く大地が現れ、同じように羽の生えた人間たちが光の大地に舞い降りる。だが背負った羽は、鳥のそれではなく、光が重なり具現化したようなものだった。


「外の世界も含めて、全ての世界を創った創造神はまず、自分の姿に似せて神族を作り、彼らが住む神界を作った。彼らだけで繁栄が進み、なにも弊害がないことに堕落した神族を見た創造神は、次に彼らの対となるものとして魔族を、魔界を生み出した」


 ルシオラの言葉に合わせ、光り輝いていた大地が黒く染まる。絶えず荒れ狂った大地の上に、強大な黒いちからを纏ったものたちが降り立つ。降り立った彼らはまず、仲間同士で争いをはじめ、もっともちからを持つものが頂点に立ち、魔界を支配した。


「やがて、魔族は神族を知り、神界を手に入れたいと考えるようになる。堕落していた神族も、攻め込まれれば戦いを始めた。そうして、神族と魔族の争いが途絶えない世界となった」


 光と闇がぶつかり合い、双方が消えていく。いつの間にか、どちらの数も激減し、このまま争いが続けば両者とも消えてなくなってしまうだろう。


「争いを嘆いた創造神は、二つの世界の間にもう一つ、人間界を生み出した。そこに住まうのは、大きなちからを持たぬ種族たち。特別なちからも持たず、光も闇も扱えないが学ぶちからに長けている。好奇心が強く、他者から学び受け入れ、成長していく能力を持つ人間は、貪欲なまでに知識を吸収し、神族と魔族が数を減らしている間にどんどんと繫栄していった。堕落に飲み込まれず、争いに明け暮れるわけでもない。学び、成長しながら人間界を良くしようとする姿勢に、創造神はこの三つの世界を諦めず、『緑溢れる大地テラリウム』と名付け見守ることにした」


 不思議な記号でえがかれる、生い茂る緑に駆け回る子供たち。ソラが興味津々で見入っているのを確認しながら、ルシオラは話を続ける。


「ここまでが、世界の成り立ちだ。三つの世界がそろい、神魔が再び復興するまでの間に人間は驚異的な成長を見せ、その一生が短いゆえに知識を残し後世へ伝え、進化させていく。神族と魔族が満足のいく数まで増えたときには、人間界がもっとも均整の取れた、どんな種族もが住みやすい世界へと変貌していたのだ」


 魔女はそこで一度言葉を切り、絵本をかたどっている文字をもう一度つつく。回数は二度。すると、文字たちは一度ばらばらと離れ、黄色、青、黒とそれぞれ色を変えた。彩られた文字たちは、上に黄色、真ん中に青、下に黒とわかれ、今までと同じように記号じみた絵をえがき始める。


「間に人間界が入ったことで、神界と魔界の衝突も減り、均衡が保たれるようになった」


 あ、とソラが小さく声をあげた。絵を上から指差して言葉を紡ぐ。


「黄色が神族、青が人間、黒が魔族?」

「そのとおり。ここからは、種族が入り乱れてわかりにくくなるからな。特に、魔族の金属の身体はこんな子供だましでは再現できん。苦肉の策だよ」


 苦肉と言葉に出しながら、表情は自信にあふれている。


「さて、ここまでで知っていたことはあったか? 大分かいつまんだが、創世記として語られるおおまかな部分だ。子供でも知っているレベルのな」


 少女は白い床を見つめてふるふると首を横に振った。ルシオラは簡潔に「そうか」と言い、三つの種族にわかれて待機している文字に視線を戻す。


「では、。次は、語り継がれるもの――伝説の話に移るぞ」


 真っ白な果てしない空間をゆったりと歩きながら、艶やかな唇が告げた。

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