2・騒動のあとで (2)
「そりゃこっちのせりふだっつーの。お前も懲りねーな」
呆れ返った声で言い、じとっとねめつける。
現れた男は以前ラゼルで一悶着あった巨漢だったのだ。それもなぜか、
「つーかなんでもう
「ンとに口の減らねークソガキだな。俺みたいな小物なんざブタ箱に溜めておけるわけねーだろ。VIP以外はちょっと絞られてすぐ釈放よ」
「ふーん。狭いんだな、ブタ箱」
巨漢が目障りそうにしっしっと手でジェスチャーをするが、お構いなしにメビウスはぽん、と手を打った。
「そうだ、お前
「……ほんッとに煽るの上手いなクソガキ。早く消えねーと
「どーぞどーぞ。オレも今日は全力で相手できるし? それに、オレが一発もらったふりして大声出すだけでもまわりの大人たちがどう思いますやら?」
いたいけな少年になにしてるーってなるんじゃね? とメビウスはからからと笑う。
「てっめ、どこに
がなり声をあげる巨漢に向かって、いつの間にか後ろに隠れていた子供が「知り合い?」とおっかなびっくり聞いた。男が答えるよりも早く、メビウスは口を挟む。
「そ、
にまっと笑った少年を見て、男は言葉をいくつも飲み込んだ。顔の色が赤くなったり青くなったり忙しい。
「この間の仕事ではかなり世話になったんだぜ? なあ?」
メビウスが、男のズボンを掴んで興味深そうに彼を眺めている子供に向かって話しかける。
「そうなんだ。じゃーお兄ちゃん
「へぇ。そりゃいい心がけだ」
「あーあーあーあー、わかったよ! クソガ……おめー、フィリアになんの用だ」
放っとくとなにを喋るかわかったもんじゃない。男は少年の話を聞いてとっとと追い出すことにした。
メビウスの太陽によく似た
「フィリアちゃん。オレが捜してる子と、名前は合ってんな。家は知ってる?」
「知ってるもなにも、となりだ」
「……は? となり?」
模範的な棒読みで少年が呟く。たっぷり一分ほど見つめたあと、はあーと深いため息をもらして脱力した。
「となりにそんな姉妹がいるの知ってて、ご近所付き合いしてて、あんな
よくそんな非人道的なことができるなとぶつぶつぼやき、肩をすくめる。男はなにか言おうと口をもごもご動かしたが、メビウスの言動はスルーすることに決めたらしい。だが、言葉を飲み込み切れていないのか口を開かず、不機嫌な顔のまま顎をしゃくって歩き出す。
案の定、捜し人の家はすぐそこだった。年季は入っているが、見た目にはまだ小ぎれいなレンガ造りの二階建てだ。男が乱暴にノックして声をかける。少しの間をおいて、扉が軋んだ音を立てて細く開いた。
「よぉ、フィリア。お前に客だ」
「……お客さん?」
聞いたことのある小さな声が聞こえる。巨漢のおかげでメビウスの姿は少女からまったく見えないのだろう。おどおどと、動揺が聞きとれた。
メビウスは男の後ろから顔を出し、へらっと笑う。あ、と少女の顔にも安堵の笑みが浮かんだ。
「……フィリアになんかしたら、容赦しねーからな」
「お前が言える立場かよ。……あとで、話がある」
去り際に小さな声で脅しをかける男に、メビウスは呆れ半分で返す。いつもの笑みを浮かべたままで突然トーンの変わった声で言われ、男は言い返してやろうと思ったが少年はさっさと家の中に入ってしまった。舌打ちをし、元来た道を帰ろうと身体を動かして尻ポケットに違和感を覚える。大きな手を突っ込んでみると、いつの間にかメモが入れられていた。
少女に招き入れられ、家の中に足を踏みいれる。材料や商品がところ狭しとあるものかと思っていたが、家の中はさっぱりと片付いていた。家具も必要最低限しか置いていないが、ほこりもかかっておらず、少女がきちんとしているのがわかる。
部屋の真ん中に置かれているテーブルも、きれいに磨かれている。壁際に置かれた椅子を引き寄せて座り、メビウスは口を開いた。
「へえー。きれいにしてんなー。仕事のものは、上?」
「うん。それもあるけど、私引っ越すことになって」
「え、そうなの? せっかく知り合ったのに?」
「この間、あのきれいな髪の女の子がいたお店。あのお店で、住み込みでお手伝いしながら商品を売っていいよって
「そっか。それじゃあ、いつでも会えるな」
もう大体のものはそっちに持って行ったの、と少女は少しだけ寂しそうに言う。
「お姉ちゃんが帰ってくるまでここに住んでようって思ってたんだけど、バースさんが、あ、となりのひとが伝えてくれるからって」
「ふーん。さっきの」
棒読みが悟られないよう、端的に返す。少女が水のはいったグラスを持って彼の前に置き、自分は反対側の椅子に腰かけた。
「えと、それで、私に用事、なんですか?」
「そういえば、名乗ってなかったね。オレはメビウス。君は、フィリアちゃん、で合ってる? 君のお姉さんから聞いたんだけど」
「お姉ちゃん!? お姉ちゃんが帰ってきてるの?」
少女のあまりに嬉しそうな顔に、メビウスは返事を一瞬ためらった。飛び跳ねそうな勢いで彼を見る視線に耐え切れず、グラスに視線を落として水を飲む。自身の、朱の瞳がグラスの中から見つめていた。
「うん。会った。そのときに君の名前も教えてもらった」
「……でも、なんでお姉ちゃんがお兄ちゃんを知ってるの?」
「ソラちゃんが、この間のプレゼントの相手なんだけど、彼女がつけてた君の作った星の髪飾りを見て、妹が作ったものじゃないかって」
それは、嘘ではない。エグランティアは、一発でソラのつけた髪飾りを妹が作ったものだと見抜いた。
「オレも、君に姉ちゃんがいるってのは聞いてたから、もしかしてって思ってさ。そしたらそうだって言うからびっくりするよな」
凄い偶然だろ、とへらりと笑う。これも、嘘ではない。むしろ、あってほしくなかった偶然だと思っている。
「それで、お姉ちゃんは?」
彼の口から姉の行方が一向に出てこないことに、一抹の不安がよぎったのか。フィリアの顔が曇る。握りしめた小さな拳が震えているのが目に入り、メビウスは決断を迷う。上着のポケットに手を入れると、押し込めたレースの手袋が指に当たった。
「……遠い場所に、お仕事移動になるんだって。オレと会った日、あのあと魔獣がいっぱいでただろ? フィリアちゃんの姉ちゃんは、ちょうどその日にここに立ち寄る予定だったんだ」
「……え?」
「あのとき、丘の前で彼女に会った。会ったっていうか、助けてもらったんだ」
「お姉ちゃんが、お兄ちゃんを?」
「魔獣が沸いて丘から降りられなくなったんだよ。オレ、この辺の地理に詳しくなくてさ。ソラちゃんもいるしどうしようかなって考えてたら、君の……ティア姉ちゃんが隠れる場所を教えてくれて。彼女も結局そこから動けなくなって、君に会う時間がなくなっちゃったんだよ。だからさ、君にしばらく会えなくなることを伝えてくれって、頼まれたんだ」
会ったのは、本当だ。最終的に助けてもらったのも、嘘ではない。ただ、真実をすべて話していないというだけで。大事な部分を挿げ替えているというだけで。
フィリアは、しばらく口を開かなかった。子供なりに脳内で整理しているのかもしれない。それとも、なにかに気づいたのかもしれない。メビウスはいつもどおりの読めない笑みを貼り付けながらも、自分の心音がうるさくてしょうがなかった。
ややあって、少女がぽつりと言った。
「お姉ちゃんあの辺りに詳しかったからなぁ。お兄ちゃんたちに怪我がなくて良かった」
少し苦い笑みを浮かべたフィリアの言葉に、どう返したらいいのかわからなかった。
だから。
「……ごめんな」
同じように苦い笑みを貼り付けて。
メビウスの口から零れ落ちた謝罪は、偽りもなにもない、本心からの言葉だった。
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