18・真の力

 剣から放たれた膨大な光。瘴気を持つものは一瞬で弾けた白い光の波に焼かれ、後退せざるを得ない。中にはそのまま倒れて動かなくなるものもいた。


「メビウス……。


 少年の手に握られた巨大な剣を見て、ソラが思わず呟く。少女の声を耳にして、メビウスはにひっといたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 いままで手にしていた小振りの剣とデザインは似ているが、まず刀身だけで少年の背丈ほどの大きさに変貌している。剣の中心部分には黒い煌めきを放つ石に金色で文字が彫られ、白銀の刃はうっすらと白い光をまとっていた。時折り、ちろちろと青い光が走り、細かな幾何学模様があちこちに浮かび上がる。


 その巨大な剣を、メビウスはいままで通り右手一本で振りまわした。違うのは、そこから生まれる衝撃波の威力。一撃の重たさ。相手の足を止めるまでもなく、一太刀で複数の魔獣を斬り捨てることができる、段違いの攻撃力。振り抜いた刀身からは、星屑のような光がこぼれた。


 得物が大きくなっても、彼の勢いは変わらない。軽業師のごとき機敏な動きで魔獣の攻撃をかいくぐって蹴散らしていく。


 ルシオラの言っていた残滓。すべてを利用すると言った魔女の言葉は真実である。ブリュンヒルデの最後の最後に残った魔力の髄まで剣に込め、メビウスに渡していた。瘴気がないところではただの小振りの剣のままだが、瘴気のある場所でメビウスが望めばその魔力が解放される。魔のものに対して絶対的な武器となるのだ。


 いままでの正確に急所を狙った戦いかたとはまるで違う。星屑を振りまきながら巨大な剣を集団に向かって一気に繰り出す。素早く振り切られた後に残るのは、魔獣だったものたちだ。体躯の小さなものたちは首を、大きなものたちは胸を切り裂かれ、一斉にどうと血の海に倒れる。そのときにはもう、少年の姿はそこにはない。別の場所で、星屑がきらりと煌めく。


 星屑が煌めくたび、魔獣も瘴気も減っていく。どうやら星屑には触れた瘴気を浄化するちからがあるようだった。

 メビウスの猛攻で、魔獣の群れは一気に数を減らしていった。それでもまだ、森の奥から瘴気が感じ取れる。猪の首を一撃で斬り落としたとき、その光景が目にはいった。


 解放の光に焼かれ、死んだと思っていた比較的小さな狼が傷ついた身体を引きずりながらソラへと牙を剥く。メビウスがそれに気づくもすでに遅い。手負いの獣は彼の攻撃範疇をすり抜け、立ち尽くす少女の白い喉をめがけて地面を蹴った。


「ソラちゃん!」


 顔色を変えて飛び出そうとした少年の言葉に呼応したかのように。

 動けない少女の前でパァンと銃弾が弾け、青く輝く魔法陣が現れる。魔法陣は瞬く間に魔力の壁となり、ソラの前にそびえ立った。大きく口を開け、跳躍していた魔獣はかわす術もない。顎から防護陣プロテクトに激突し、ごきりと嫌な音を立てて跳ね飛ばされる。びくびくと痙攣しているが、もう起き上がってくる気配はない。鋭い牙が何本かばらばらとその場に落ちた。


「……すぐには止まれないんだったっけ?」


 ソラに意識を向けたせいで群れに背中を向けた格好になったメビウスだが、後ろから飛びかかってきた魔獣を一振りで斬り飛ばし、へらっと安堵の入り混じった軽口をたたいた。


「坊ちゃん。相変わらず詰めが甘いですよ」


 対して、呆れた口調で返したのはやっと姿を見せたウィルだ。撃ったばかりの銃から青白い煙が揺れている。


「っつーか、お前おせーよ! オレのいったいどこで見たんだよ」

「街ですね。坊ちゃんたちがまだデート中だという話を聞いて、お邪魔しないほうが良いのではないかと」

「はああああ!? 浄化の雨あんなもん使っといてこっちは放置!? この異常な瘴気の数、わからないわけねーよな!」


 言いつのりながら、距離を詰めてきた魔獣たちを力任せの一閃で葬り去る。飛び散る星屑が、倒れた獣たちの瘴気を消していく。


「ええ……。しかし、坊ちゃんがかっこいいところをお見せしたいのでは、と思いまして」

「……心がこもってねぇ……ッ。棒読みで言うな!」


 返答は銃声だった。おもむろに右手をあげ、蜂の首と胸を泣き別れにする。言葉の応酬を続けながら、二人は魔獣を近寄せもしない。むしろ楽しんでいるかのようだ。ソラは目を丸くしてやり取りを見守り、なぜか安心している自分がいることに気づく。


「いきなり耳元で撃つなっていつも言ってるだろ!」

「そう言われても、僕と坊ちゃんの身長差は埋められませんし」

「オレが小さいんじゃねえ、お前がデカいんだよ!」

「ものは言いようですねぇ。まぁ、ちゃんと聞こえているようですし、耳も慣れてきてるんじゃないですか?」

「お前な……!」


 やり取りが続くたび、魔獣の数が減っていく。メビウスは突進してきた獣を、ウィルは空を飛ぶ虫や遠くで体勢を整えている獣を。二人とも、苦戦どころかかすらせさえしない。魔獣たちは数が多いという一点でしか、二人にまさっているところはなかった。

 そして、唯一のメリットである数はどんどんと減っていく。それでも攻撃をやめない魔獣をまた一体仕留めながら、メビウスは訝しげに呟いた。


「おかしいな。逃げ出すやつがまったくいない」

「そういえば。街でもそうでしたね。僕が倒した魔獣、アレも攻撃されてるのに獲物にこだわっていました。逃げるでもなく、逆上して僕に向かってくるでもなく」

「よほど美味そうだったとか?」

「いえ……。痩せた小さな女の子でした。その子のおかげで、坊ちゃんがこちらでデートをしているとわかったんです」


 ウィルの皮肉に、少年は納得したようだった。ちらりと、ソラの髪飾りを見る。


「戻ったらお礼言わないとな。お世話になりっぱなしだぜ」









 ざんっと横薙ぎの一振りで、異様に牙の発達した狼を返り討ちにする。ギャンッと声だけは元の姿相応の叫び声をあげて倒れたそれに続く魔獣はもういなかった。


「ようやっと落ち着いたかな」


 森の奥を油断なく意識しながらも、メビウスの口ぶりは軽かった。いまのところ、大きな瘴気はどこからも感じられない。だが、剣の形状が戻らないということはまだ瘴気を感じているという証だ。それでも、襲い掛かってくる魔獣が見当たらなくなっていくぶんか気が楽になる。真の姿を開放したままの剣を地面に突き刺し、少年はほっと息をつく。


「それにしても、ほんとすげー数」


 ちょっと疲れた、と嘘か本当かわからない台詞をはくと、ソラを見てにへらっと笑った。少年の緊張感のない笑顔を見、ウィルは盛大にため息をついて言葉を紡ぐ。


「坊ちゃん。この大量発生は、魔族の仕業ではないかと」

「……ルシオラからの情報か?」

「ええ。最近、この森でかけらがたくさん見つかっている。そのどれもが、あの二つのかけらと同じ魔族から剥がれたものだとルシオラさんは言っていました。おそらく、だと」


 種か、とメビウスが繰り返す。


「じゃあ、その種が芽吹いた結果だって言うのか」


 辺りを見回し、累々と倒れている獣を見やる。どれもこれも、中途半端に銀色を身体に貼り付け、いびつに変形していた。こと切れているため瘴気はほとんど感じられなくなっているが、これが瘴気に触れたものの末路だということは誰の目にも明らかだろう。


「じゃあ、その種をまいてるやつを叩かねーと、また同じように大量発生する可能性があると」


 うわぁ、とあからさまに面倒そうな顔をして、メビウスはぼやいた。


「強くねーけどこの数は厄介だな。ずっと街にいるわけにもいかねーけど、こいつらが人間を狙ってることだけははっきりしてるわけだろ? 自分の命よりも目の前の人間を殺すことだけに執着してるみたいだったし」

「魔獣とはいえ生物ですから、本来であれば命の危険が迫れば守りにもはいるし逃げもするんですがね」

「生存本能、ってやつがあるよな。フツーは」

「ないわ。私がそう命じたから」


 割り込んだのは、聞いたことのない声だった。いつからそこにいたのか、高台へ続く道の半ばに立ち、黒いドレスをなびかせて三人を見下ろしている。

 それは、メビウスとソラがさきほどすれ違った女だった。


「それでも、ここまで役に立たないとは思いもしなかった。しょせん獣は獣ね」


 芝居がかった口調で言いながら、片手を横に振る。たったそれだけの動作で、魔獣の死骸はぼろぼろと風化し砂になって散っていった。

 それにしても、と紅い唇がつまらなさそうに動く。


なんて。人間っていつからそんなに生き汚くなったのかしら」

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