17・解放
後ろのソラを気遣いつつもなるべく早足でおりるメビウスの目に、やっと森の入り口が映った。が、同時に
「空を飛ぶヤツもいるのかッ」
だとしたら、もう何体か街へおりているかもしれない。しかし、街中で戦闘を繰り広げるのは得策ではない。一般人を巻き込む危険があるからだ。自警団やほかの魔獣退治に倒せる数の魔獣しかまだ街にはおりていないと願うしかない。
森の前の道までおり、不気味にうごめく瘴気の群れへと鋭い視線を向けた。追いついたソラにひとこと「さがって」とみじかく声をかける。
森の中から姿を現したのは。
どれも一様に体躯は大きくなり、身体のどこかに銀色を張り付けていた。原型をとどめているものから、それぞれを掛け合わせたような見たことのないものまでその姿は様々である。
「ソラちゃん。さっきも言ったけど、ヤバいと思ったら街まで走るんだ。自分の身を守ることを優先に考えて」
振り返らずに告げる。
「大丈夫。オレは、
きっぱりと宣言した背中は自信に満ちている。少女に向けた言葉であり、自身を奮い立たせる誓いでもあった。
もう彼女に、あんな涙は流させない。
背中の剣を抜き放ち、少年は無造作に立つ。小柄な彼が扱うにはちょうどいいのかもしれないが、魔獣になりきれなかった猪の首を斬り飛ばすこともできなかった剣だ。
その剣を右手に携え、夕日に照らされながらメビウスは言い放つ。
「こいつらは、オレがここでくい止める」
まるで、舞いでも観ているのかと思った。
少年の動きは速く、ソラには追いきれないところも多い。それでも、洗練された技量と確かな実力が作りだす彼の剣技には無駄がないのはわかった。圧倒的な多勢に無勢にも関わらず、確実に仕留めていく。昼間の一件など、準備運動にもならないだろう。
空を飛ぶ虫は一瞬で羽を斬りとられ。
突進してくる獣は脚を潰され。
対峙するときは一対一になるように、計算しつくして動いている。少年の小振りの剣は、彼の右手の延長であるかのように自然な軌跡をえがいて致命傷を与えていた。素人目に見てもメビウスが戦い慣れしていることは一目瞭然で、ソラは少しだけ胸が痛むのを感じる。
……二千年。
上での会話を思い出す。
彼はずっと、こうやって生きてきたのだろうか。死んでは生き返り、そのたびに心も身体も傷つきながらそれでも――ずっと。
どうして。
メビウスの魂は強い。それは一目で感じた。自分が疑問すら抱くほど強力な魂と器の結びつき。その理由は、
しかし、いまは違う。
彼は、なぜ加護を享けてまで生き続けているのか。生き続けなければならないのか。
大事ななにかが、欠けているような気がしていた。
記憶ではない、だけど、記憶にも似た――なにか。
思い出せないのがもどかしいと、初めて思った。
また一体、少年が斬り伏せる。獣は断末魔の声を長く響かせて絶命した。魂が瘴気から解放され、くるりと上へのぼっていくのがソラには
そんなことは、わかるのに。
わかったって、なにもできない。なんの役にも立たない。
知らず知らずのうちに、ソラは真っ白なワンピースを強く握りしめていた。
なんでもいい。
役に、立ちたい。
それにしても。
たった数日でこんなに大量発生?
一体、また一体と確実に斬り捨てながら、メビウスの脳裏に疑問がよぎる。隙間から出てくる規模ではない。が、亀裂ができたとしたら魔獣だけでは済まないだろう。どうにも中途半端で気持ちが悪い。
だとすると。
――魔獣のかけら。
数日前に発見したあのかけら。
あれと、自分の中に残っていたかけらは同じ個体から剥がれたものだとルシオラは言っていた。自分の中に残っていたのは魔族の残していったものであるから、魔獣のなりそこないに挟まっていたかけらも魔族から剥がれたものだということになる。あのときの魔族がなんらかの手段を使って、手足となる魔獣を発生させたという可能性はあるだろう。
面倒だな……。
浮かんだ言葉がメビウスの正直な感想だった。魔族がどれだけのちからを持って復活したのかもわからないが、それに加えて魔獣を増やすなんてことができるのなら。
……止められるだろうか。
考えながらも正面で膝をつく猪の首を斬り、そのまま流れるように身体を回転させて横から飛びかかってきた狼の心臓を突く。短い刀身の柄近くまで飲み込んだ狼の身体を蹴り飛ばして得物を抜くと、地面を這い寄ってきた蜂の複眼を突き刺した。
思ったよりも数が多い。
それでも。
「止めなきゃなんねーんだよ!」
自らを鼓舞するように吠えて、メビウスは剣を振るう。魔獣の返り血が鮮やかに宙に散った、そのとき。
ぱぁっと空が白く輝く。
ラゼルの街上空に、巨大な魔法陣が現れるのが見えた。
――あれは。
自然、にっと口の端があがる。
あいつがいるなら街は大丈夫。
じゃ、オレもちからを温存する必要はねーな、と心の中でひとりごち、今度ははっきりと楽しそうに笑った。
たんっと後ろへ跳んで、魔獣たちから少し距離を取る。
ぴっと刃を振って血を払うと剣を胸の辺りに掲げ、よくとおる声でその
「エイジアシェルの名を以って、真の姿を開放する」
太陽の瞳が、強い意思を浮かべてきらめく。
「全てを浄化せよ――神器・
刹那。
メビウスの手にする剣が、神々しく輝いた。
柔らかな光が雨のようにあたたかく降り注ぐ。幻想的な光景に、避難した人々は窓の外に見入っていた。
光の雨は瘴気に当たるとふわりと消える。瘴気も、雨が触れた場所は同じように薄れて消えていった。
もちろん、魔獣も例外ではない。硬い骨格に、細い脚に、耳障りの悪い音を立てる羽に光が当たるたび、虫の動きは鈍っていく。羽にぽつぽつと穴があき、外骨格がみしりと軋んだ。それでも雨は降り止まない。
雨に打たれるだけで死ぬというほどでもないが、瘴気を削がれ魔獣たちは確実に弱っていった。先頭にたって自警団を蹴散らしていた双頭の蜂はとうとう羽がぼろぼろと崩れ、地面に落ちる。
凄い、と誰かが息を呑む。硬い装甲、飛べる、というアドバンテージを失ってしまえば、蜂を封じるのは簡単だ。彼らの細長い脚は地面を歩くということに向いていない。
状況を確認して、ウィルは踵を返し森へと足を向ける。雨の効果はしばらく続く。もし新手がやってきたとしても街全体に浄化の雨を降らせているのだから、瘴気を持つものはどこからやってきても影響を受けて弱体化する。雨の効果が続いているうちに、メビウスと合流するのが得策だろう。
「どこへ行く?」
走り出そうとした青年に、そんな声がかかった。見れば、蜂を相手にしていたものたちが皆、彼に視線を集めている。しかたなく足を止め、芝居がかった動作で肩をすくめた。
「僕の連れが、森のほうでデートでもしてるんじゃないかと情報がありまして。連れ戻しに行くんですよ」
「森だって!? こいつらは森のほうからやってきたんだ。それにこの尋常じゃない瘴気を感じるだろう! 残念だが……」
諦めたほうがいい、とは言葉にできなかった。ウィル越しに、それが目にはいってしまったからだ。
森の手前で、巨大な光の十字架が現れ一瞬で弾ける。きらきらと、弾けた光が舞っているのが陽の落ちてきた中で嘘のように輝いていた。浄化の雨に打たれながら、人々はその光景に目を見張る。
ウィルは薄く笑って、確信を口にした。
「ああ、やはり僕の連れはあちらにいるようで」
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