13・プレゼント

 たんっと軽い足取りで通りを渡る。


 どこの露店も所狭しと商品が並べられ、それこそ多種多様で目をひいた。きらびやかな石をふんだんに使った美しい耳飾りや指輪。鮮やかな木目を引き立てるように匠の技で仕上げられた腕輪や髪飾りなど、眺めているだけでもじゅうぶんに楽しい。アクセサリーの他にも丈夫なボアの皮をなめして作られた手袋やかばんなど、実用品も充実している。


 順繰りに見て回りながら、気になった商品と値札と自分の懐とでわいわい脳内で会議を繰り広げた。


 ――と。


 喧騒からぽつん、と取り残されたように。


 少女が一人、店を出しているのが目に入った。少女というよりも子供、幼女と呼ぶのが似合う年頃だろう。

 メビウスは一度首を傾げると、通りの端に頼りなく立つ彼女のほうへ歩いていく。少女の前には布が敷かれており、その上には色とりどりのアクセサリーが並んでいた。だが、どれも不格好でお世辞にもきれいとはいいがたい。


「君が作ったの?」


 しゃがみ込み、目線を合わせて声をかける。彼女は一瞬びくっと肩を震わせたが、「うん」と蚊の鳴きそうな声で返事をした。


「オレ、女の子用の髪留め探してるんだけど、彼女に似合うオススメはないかな?」


 くいっと親指で酒場を指差す。少女は一生懸命首を伸ばして、店内のソラを確認したようだ。


「きれいな髪……。あの、私の作ったものより、ずっと似合うものがあると、思いますッ」


 たどたどしく遠慮の言葉を綴る彼女に、メビウスは困った顔をした。


「うーん。そうかなー。オレは、あんまりキラキラ派手なものやゴテゴテうるさいものよりも、手作りの素朴な雰囲気のほうが合うかなって思ったんだけど」

「素朴……」

「うん。柔らかくてあったかい感じがする。それに、一点ものってプレゼントに最高じゃん。だって世界に同じものは二つとないんだぜ」


 へらっといつもの笑みを浮かべる。少女もつられて笑顔になると自身の作品の中から二点、髪留めを選んで差し出した。モチーフはそれぞれ、ひまわりと星だ。


「好きなのはお星さまのほうだけど、晴れの日のお空の色をしてるからこっちもどうかな」


 差し出された二つの髪留めを、少年は顎に手を当てて真剣に見比べる。

 手に取ってみたり、たっぷりと見比べたあと。メビウスが選んだのは、星が二つ並んだ髪留めだった。角度を変えてみると、星がキラキラと控えめに輝く。


「これ、きれいだね」

「貝殻を砕いた粉を上からかけてるの。貝殻の裏側って色んな色に光るでしょ?」

「なるほどなー。こっちにするよ。いくら?」

「えっと……」


 彼女が言った値段は思っていたよりもずっと控えめだった。あいにく、細かいお金を持ち合わせていない。


「いまこれしか持ってないんだけど……お釣りあるかな?」


 メビウスが差し出した銀貨を見て、少女は首を横に振る。


「そっかー。うーん……」


 いったん別の店で細かくしてもらおうかなと考えながら、何気なく少女の作ったアクセサリーを眺めていると、ペンダントが目にはいった。少年はぽん、と手を打つと少女に問いかける。


「ペンダントに使ってる皮ひもって、持ってきてる?」

「あ、はい」


 またびくっと肩を震わせて、少女はがさごそと皮ひもを引っ張り出した。黒と濃い茶色の二種類がある。


「これですけど……」


 いったいなにを言い出すのかと、不安げな表情だ。


「……茶色のほうがいいかな。茶色の皮ひもを使って、これ、ペンダントにしてくれねーか?」


 言いながらメビウスが取り出したのは、シンプルな金のリングである。少年の三つ編みを飾っているものと同じものだ。


「ホントは腕輪なんだけど、彼女には大きいからどうしようかなって困ってたんだ。オレはなんか作ったりできねーし、簡単にでいいから身につけられるように加工してもらえたら助かる。とても大事なものなんだ」


 真剣な顔で言うメビウスを見て、少女は気後れする。そんなに大事なものは……と喉まで出かかったが、先ほどのやり取りを思い出して言葉を飲み込んだ。


「髪留め代と、材料の分と、加工代。全部合わせてこれ一枚で足りるかな」

「はい。少し別の材料も使ってもいいですか?」

「彼女に似合うように作ってくれればいいよ。任せた!」

「が、頑張ります……!」


 気合いの入った少女の言葉を聞き、自然に笑顔になる。が、ふと大切なことに気が付いて提案をした。


「作ってくれてる間の店番、オレがしようか?」








 メビウスが店番をするほどの時間もかけず、少女は鮮やかな手際でペンダントを作った。留め具の周りには小さな青い石があしらわれており、ワンポイントになっている。


「へぇー。器用なもんだな」


 手に取ってまじまじと眺めると、少女は恥ずかしそうに笑みを浮かべて「ティ……お姉ちゃんに習ったの」と言った。


「うち、お父さんもお母さんもいないから、なにかできるようになったら役に立つからって。私も作るの楽しかったから、一生懸命覚えたの」

「そっか。帰ったら姉ちゃんにいっぱい自慢してやれよ」

「うん……」


 少女は元気なく目を伏せると、口を閉ざした。手だけは、包装作業を行っている。

 包装が終わり、することがなくなると彼女はぽつりと呟いた。


「最近お姉ちゃん、お仕事であまり家に帰ってこないの……。時々、材料とか持ってきてくれるんだけど……」


 品物を持つ手が震える。小さな肩も大きく揺れた。涙がこぼれないよう、精一杯こらえているのだとわかり、メビウスは少女の頭をくしゃっと撫でる。


「姉ちゃんも頑張ってるんだな」

「……うん」

「君も、ちゃんと頑張ってると思うぜ。オレも姉ちゃんと二人だったんだけどさ、オレが君ぐらいのときは頼りっきりだったし。ま、オレのは超スパルタだから泣いても喚いても頼らせてくれなかったっていうのがホントだけど」


 それでも、そばにいるだけで違うもんだよな、と少年は続け。


「それはきっと、君の姉ちゃんも一緒だよ。ホントはそばにいたいんだ」

「そう、かな?」

「絶対そうだろ。ただ、姉ちゃんのほうが少しだけ大人だから、我慢できちゃうんだ」

「それは、私も」


 少女の言葉を遮るように、もう一度頭をくしゃくしゃと撫でる。


「君はまだ、我慢しなくていいんだぜ。寂しかったら寂しいって言っていいし、泣きたかったら泣いたっていいんだ」

「……私は、私だって泣きません。人前でなんて、絶対泣かない」


 涙の溜まった目尻をぬぐって顔をあげた。そこにまだ憂いは残っていたけれど、視線は真っ直ぐにメビウスの朱の瞳を捉えている。


「お客さん。髪留めと材料費と加工代、合わせて銀貨一枚になります」

「ほい。わがままきいてくれて、サンキュな」


 銀貨と商品を交換し、メビウスは立ち上がった。店を出てから結構な時間が経っている。そろそろ、謎の食べ物についての談義は終わっているだろう。

 戻ろうとしたメビウスに、少女から声がかかる。


「私の自信作で告白失敗したら、料金倍取りますから」


 振りかえると、初めて見る晴れ晴れとした笑顔を浮かべた少女がいて。

 少年は、へらり、と普段どおりの笑みを浮かべて手を振った。

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