9・厄介事がやってくる(1)

 厄介事には首を突っ込むな。

 起こすなとも巻き込まれるなとも言われたが。

 首を突っ込んだわけではない。むろん、起こしたわけでもない。抱きかかえている少女がいる手前、普段よりは言動に一応気をつけていた自覚はある。


 そのはずなのに。


 目の前には、柄のよろしくなさそうな三人の男が立ちはだかり。

 背後は壁というどん詰まり。

 いったいなんでこんな状況に陥っているんだと、メビウスは小さく肩をすくめてため息をついた。







 ラゼルの街は、いつも通り活気にあふれていた。


 別段、大きな街というわけではない。だが、貿易の国とも呼ばれるルドヴィック王国において、王都ルインを含む三つの街や村の中間に位置するこの街は商人や旅人たちの中継地点として欠かせない場所だ。また、その位置関係によって街も栄え、人々と情報の行き交う街として知られている。

 街についてから、ソラは落ち着かない雰囲気できょろきょろと辺りを見回していた。


「ソラちゃん、なにか知ってるものや思い出したことがあったら言ってね」


 人の多い大通りをゆっくり歩きながら、メビウスが言う。彼らの姿をすれ違う人々は一度は振り返ったり、あからさまに好奇の目をぶつけてきたりしていた。それもそのはず、少年はソラを両腕に抱えたまま通りを歩いているのである。これにはさすがにソラも何度か声をあげたのだが、怪我しちゃうからだめ、の一点張りでおろさないのだった。通りはほとんど石畳であるから、メビウスの言い分もわからなくはない。だがいっそ、目立つ怪我でもしていたほうが抱かれている側も、周囲からの理解が早くて諦めがつくような気もする。


 少女が落ち着かないのはそのせいで、靴を探してきょろきょろしていたというわけだった。

 そしてそのメビウスの拘りがこれから厄介事を引き寄せるのだが、悲しいかな少年にそんな感覚はみじんもない。


「うーん……。案外見つからないなあ、ソラちゃんに似合う靴」


 ぶつぶつ呟きながら、目についた店を覗いて回る。


「女の子と買い物ってもう何年振りだか覚えてなくて。前に見たときとあまりに造りが変わり過ぎちゃってる。ウィルのとこ、滅多に女の子生まれなかったからなー」


 ソラに言っているのか独り言なのかもわからないぼやきを口にし、メビウスは少女を見た。その朱の瞳が「ソラちゃんは?」と雄弁に語っている。


「……えっと……。二軒前に見たお店の向かい」


 小さく答えて指差した。少年の顔がぱぁっと明るくなる。


「じゃあそこ行こう!」


 行き先が決まった勢いそのままくるっと方向転換をしたのだが、それがよくなかった。ソラが声をあげるより早く、後ろから歩いてきた巨漢の男に背中がぶつかる。


「いってぇな、どこに目ぇ付けて歩いてんだクソガキ!」

「あっ、ごめん。ちょっと探し物してて、見えてなかった。ほんと、ごめんな」


 頭上からの怒声にもマイペースに返すと、向かい側へ渡ろうと歩き出そうとした。が、男が上着のフードを掴もうと腕を伸ばしてきたため、ふわりとかわして男と対峙する。


 男は三人組だった。ぶつかった巨漢の男のほか、彼をどうにか宥めようとおろおろしている青年と、少しばかり面白そうな視線を両者の間で行き来させている男が一人。

 青年以外はあまり真っ当な空気をまとっていない。特に、三人目は何を考えているのか得体の知れない雰囲気がある。これはあからさまに、厄介事になりそうな気配だ。


「クソガキが、人様にぶつかっておいてその態度はねぇだろ! 超いてーよ折れてたらどう責任とってくれるんだよぉ!」

「だからごめんって。ちょっと急いでてさ。大丈夫、折れてねーって」

「ああ!? ぶつかられた俺が痛いって言ってんだよ! くっそ、ガキどもが揃いも揃ってバカにしやがって。今日は厄日か!」

「あー、最後のは関係ねーから。な、一応謝ってるしもういいだろ?」


 引きつった笑みを浮かべて、青年が手を奥から前へ動かした。早く行けということだろう。メビウスはもう一度「ごめんな」と繰り返してその場を離れようとする。

 しかし、もちろん巨漢は黙っていない。


「あ? てめーなに勝手に逃がしてんだよ! ふざけんなよ!」

「ええ!? いや、でも今はあまり目立たないほうが」

「うるせぇな! 俺がムカついてるって言ってんだ、逃げんなクソガキ!」


 青年の制止を振り切り、どすどすと追いかけてくる巨漢。結局ついていく青年と、少女を抱えたまま走っていく金髪の少年。その光景を楽しそうに見つめ、三人目の男も走り出したのだった。








 突然ぞくりと寒気がして、商品を並べていたウィルは辺りを見回した。そうしたところで目に入るのは、いったいなにに使うのかわからない魔法道具だけだ。窓の外も、おおよそ寒気が感じられるような天気ではなく、柔らかな緑の影とともにうっすら陽光が差し込んでいる。それはむしろ、あたたかく包み込んでくれるような、微睡みを誘うような気持ちよさであるはずなのだけど。

 なぜか、嫌な寒気が止まらない。

 ラゼルの郊外。外に出れば街並みが見渡せる場所に、ルシオラはある目的をもって拠点ごと転移させていた。


「どうした?」

「いえ……。なにか、急に寒気が」


 聞いて、ルシオラは愉快そうに瞳を細めて「ああ」と相づちを打つ。


「メビウスがなにかに巻き込まれでもしたのではないか? アレを放置してなにも起こすななど、それこそ天変地異でも起きなければ無理な話だ」

「……さすがですね。僕はまだ、そこまで達観できませんよ」


 ため息がてらぼやいたウィルに、ルシオラはからからと笑ってみせた。


「私がどれだけアレと付き合っていると思っている。嫌でもそう思うしかなくなるさ」

「はあ……。その境地に至りたいんだか至りたくないんだか」

「おや? 至りたいから着いていかなかったのだと思ったぞ」

「店を手伝って欲しいと言ったのは、ルシオラさんじゃないですか」


 眼鏡の奥から半眼で抗議する。その視線を受け止めて、ルシオラは手を振ると「冗談だ」とあっさり降伏した。


「まあ、大目にみてやれ。アレでも一応、死んだあとはナーバスになるんだ。今回はよりひどかったのでな。デートぐらいさせてやってもいいだろう?」

「デート……に、なりますかね」


 あれはどう見ても坊ちゃんが一方的に暴走してるだけですよ、と続けようとしたが、自分のルシオラへの想いもあまり変わらないなと気づき、胸の内に秘めておくだけにする。


「さて。そうなるかどうかはメビウス次第だろう。なにかあったとして、それを笑い話にできるかどうかも、な」


 ウィルの心を捉えて離さない魅力的な笑みを浮かべ、「こちらも開店するとしようか」とルシオラは言った。

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