第五章(02) 思い上がってんじゃねぇぞ

 マキーナ達は三人へ殺到してくる。こちらを掴もうと、その手を伸ばしてくる。

 目の前に伸びてきた手をアークは撃った。橙色の光が手を裂き、胸元の核であるプリズムへと当たる。そうして一体を倒したものの、手は次々に伸びてくる。ハレンもナイフで敵の手を切り落とし、迫りくる刃物の顔を弾く。

 敵はそう、丈夫ではないらしい。けれども数が多すぎる。次から次に手が伸びてきてくる。カノフが剣で薙ぎ払うものの、それでも空いた場所を埋めるように、別のマキーナが耳をつんざくような声を上げて襲いかかってくる――油断していてはすぐに追いつめられてしまう。

 その時、カノフの服を掴んだ手を、アークは見た。

 カノフを掴むことに成功したマキーナは、そのままぐいとカノフを引き寄せる。必死に剣を振るっていたカノフは、突然のことに目を見開き振り返った。そこにあったのは、まるで接吻でもするかのように近づいてくる刃物の生えた顔――。

「おいお前、俺の兄貴に手ぇ出してんじゃねぇぞ!」

 またこちらへと伸びてきていた手をはたき落とし、アークは銃を構えた。まさにいま、兄に襲いかかっているマキーナ、その頭へと狙いを定める。

 高い音がして、橙色の光が流れ星のように宙を滑り、敵の頭に命中し、弾ける。マキーナはカノフから手を離せば、魂が抜けていくかのような音を立てくずおれる。と、カノフが、

「――アーク! 後ろ!」

 言われてアークは反射的に振り返って、発砲した。一瞬で敵を捉えられた。新たに放たれた銃弾はマキーナの胸に命中し炸裂する。

 一方、ハレンは目を細めれば、また襲いかかってきたマキーナをナイフで払い、そして空いている手で銃を取り出した。

 紫ランクの『叡智の筆』。構えれば、引き金を引く。

 瞬間、澄んだ音が響き、辺りは紫色の光に満ちた。青白い光を押しのけるようにして、小さくも眩しい紫色の弾丸が宙を走る。マキーナ達の悲鳴。紫の弾丸はマキーナの一体を貫き吹き飛ばし、そのまま後ろにいたものも貫く。それだけではない。銃弾は近くにいたマキーナすらも、勢いで散らしていく。

 まるでえぐり取っていくかのようだった。倒しても倒しても狂ったように襲いかかってきたマキーナ達が一発で消し飛ぶ。銃弾はやがて消え失せても、辺りには紫色の光が残っている。

 これが紫の、最高ランクの『探求者』のみ所持が許された『叡智の筆』。その威力。

 ――あいつらが、一瞬で……。

 紫色の輝きに、アークは目を細めた。もはやそれは兵器。恐ろしいほどの威力。

 と、ハレンは再び銃を構えて、残るマキーナをも殲滅しようと、もう一発撃つ。

 だが一体どこを狙ったのだろうか。確かにマキーナの群がる場所へ銃弾は放たれたが――銃弾は、アークとカノフがいる場所へ、飛んできた。

 慌てて二人はしゃがんだ。頭上を紫色の彗星が通り過ぎていく。直後にマキーナ達の悲鳴が響いたが。

「――どこ狙ってんだよ!」

 しゃがんだままアークが怒鳴ると「狙いがずれちゃった」と返ってきた。

「そのまま頭下げておいて」

 その言葉の後に、再び発砲音がする。しかしやはりどこを狙っているのか、アークとカノフがいるすぐ近くの壁が崩れ、隣の部屋へと穴が空く。

 一体ハレンは何をしているのか――いつ流れ弾が来ても、おかしくない。

 それでもマキーナの悲鳴は小さくなっていった。やがてアークが顔を上げれば、マキーナ数体が逃げていくのが見えた。辺りに散らばっていたのは、白いローブと『彩の文明』の技術で作られたものの残骸。もうマキーナは一体もいない。

「……やっぱり、人じゃなかったんだ」

 アークは埃や汚れを払いつつ立ち上がった。カノフも起き上がれば、剣を鞘に収める。

 見間違いではなかったが、やはり、人ではなかったのだ。

 あの数に囲まれた時はどうなるかと思ったが、何とか無事で済んだ。だが本当に危なかった。本当に人だと勘違いして近づいてしまっていたら。

「……俺が人だと勘違いしなければ、こんなことにならなかったのに」

 思わずそう口にした。本当に危なかった。ほぼ無傷で済んだのが、奇跡のようだ。

「でも誰も怪我してないし、これですっきりした。人はいなかった。マキーナだった。確かめにこなきゃ、眠れなかった……これで今晩眠れる」

 ハレンはそうナイフをしまい、銃もホルスターへ戻す。

「……やっぱり幽霊なんていないんだな! びびって損したぜ!」

 カノフも、そう威張ったように残骸を見ている。

 それにしても、とアークはハレンを見ると、両手を広げ肩を竦めた。

「お前……ちょっと銃の扱い下手過ぎじゃないか?」

 辺りの壁や床には傷や亀裂が多く、天井を見れば穴が空いていた。まるで乱れ撃ったようだ――おまけにこちらへ飛んできたものもあった。あまりにも、下手過ぎた。

「銃、使ったことないから」

 ハレンはそう言った。それでも、問題ないというように。

 ――そんな気がしていたのだ。あの適当に撃っている様から。そもそもハレン自身の武器はナイフ型の『叡智の筆』。銃とは全く違う。

「……それでも、持ってきたのか?」

 さすがのカノフも呆れていた。だがハレンは、

「使えると思ったから……ちょっと、難しかった」

 ちょっと難しかった、で済むようなものではない。流れ弾が当たっていたら……。

「あのなぁ……紫の武器は危険だから、それに見合った『探求者』に渡されるんだぞ?」

 本当に呆れてしまう。アークは溜息を吐いた。それでもハレンは反省の様子を一切見せず、それどころか正当化するように、

「でも使ってみようと思わないと、まず使えないでしょ。やってみようって思わないと、まずできないもの……確かにちょっと扱いにくかったけど」

 ――やってみようと思わないと、まずできない。

 その言葉に、アークは自然と眉を顰めた。

 ……その言い方が、何故か嫌な言い方に聞こえてしまって。

 やってみようと思わないとできない――。

 しかしお前は、自分の実力の程を理解しているのか?

 使ったこともない銃を使えると、どうして判断できたのだ?

 屁理屈に聞こえた。やりたい放題やるための、自分を正当化するための理由に聞こえた。

 何か言い出しそうになったが、アークは抑え込む。代わりに残骸を軽く蹴った。ハレンが銃で散らした、マキーナの無様な残骸。

「……とにかく、これで何がいたのかわかったな。人じゃなくて、マキーナだった……もう十分だろ、これ以上荒らす前に、これ以上危険な目に遭う前に、帰ろう」

 もう終わったのだ。深入りする必要はない。目的は果たせられた。十分だった。

 ――けれども。

「まだ先がある。行ってみようよ」

 そう言ったのは、もちろんハレンだった。確かに先はまだまだありそうだった。廊下の先を指さしている。恐ろしく綺麗に整えられた廊下の先を。何があるのかわからない奥を。

 いまので多少後悔したかと思ったのに。ここは幽霊が出るという噂のあるぼろ屋敷のような場所ではないのだ。『旅島』の遺跡なのだ。

「あのなぁ、こういうマキーナがまだいっぱいいるかもしれないんだぞ。危険すぎる……もういいだろ、人はいなかった。俺が見たのはこのマキーナだった。十分だろ」

「でも紫の銃がある」

 アークが言ったものの、たん、とハレンはホルスターを叩く。だからアークは、

「……それでも危険だ」

 ……強い武器を持っていても、危険は危険だ。

 それどころか――余計に危険にさらされることになる。

 何故なら、慢心するからだ。

「なんとかなるよ」

 いまのハレンは、紫の銃を手にして、安心しきっている。そうとしか思えなかった。

 ――腹が立つ。その考え方が。

「……どうする? 覗くだけなら、大丈夫だと思うけど。またマキーナが出てきたら、囲まれる前に逃げればいいし」

 カノフが首を傾げる。逃げればいい、か。逃げられると、わかったものではないのに。

「いや危険すぎる。帰ろう」

 きっぱりとアークはそう言った。それが正しいことだ。まだ何かあるかもしれないが、いいものとは限らない。むしろ悪いものの方が多いはずだ。

 廊下の先を見れば、こことあまり変わりないように思える。それでも、何があるのか、わからないのだ。

 ――はあ、と。

 声がした。青白い空間に、嫌なくらいに耳障りに感じられた。

 ハレンが肩を竦め、心底落胆した様子で溜息を吐いていた。

「……アークって、思ってたよりも、ずっと臆病。がっかり」

 ――臆病?

 一瞬、何を言われているのか、わからなかった。臆病。つまり、怖がり。自分のことを、そう言っているのだろうか。

 ――違う。

「お前……いい加減にしろよ」

 自分の声に、思っていた以上に怒りがこもっていて、アーク自身、驚いた。低くなった声は、聞き慣れない。けれども怒って当然のことだった。

「臆病? ああそうだよ、お前みたいにあれやりたいこれやりたいって何にも考えずに動かないぜ? ……ふざけんなよ、お前、勝手すぎるんだよ。まるで何でもできるみたいに振る舞って……この廊下の有様見ても、何かあってもなんとかできるって思ってるのか?」

 使えるかも、と持ち出したらしい紫の銃。しかし彼女の銃の扱いは滅茶苦茶だった。

 一度抑えがとれてしまえば、怒りはどんどん溢れてくる。それは悔しいほどに。

「もっと自分の実力を自覚したらどうだ? 確かにお前は、翼の扱いに関してはトップレベルだ。でも、だからって何でもできるわけじゃねぇんだよ。どこからその自信が出てくるんだよ? 俺達はまだ橙ランク……思い上がってんじゃねぇぞ!」

 話すほどに、語気が強くなっていく。最後には、アークはほぼ怒鳴っていた。ずっと我慢していたものが溢れ出す。

 そう、ずっと思っていたのだ。

 ハレンが苦手だ。その言動が気に入らない。

 ――まるで自分が馬鹿に思えてきてしまうのだ。こちらは必死なのに、あちらはすいすいと、全てこなしてしまって。こなせるように振る舞って。

 それでもハレンは、表情一つ変えずに、淡々と返すだけだった。

「何もやってないのに、できないって決めつけるのはおかしいことでしょ? だからとりあえずは、やってみないと」

 それこそ、こちらを馬鹿にするようだった。

「そういうのをやめろって。お前の頭の中はお花畑なのか?」

 だからアークは思う。どうしてこいつはわからないのだろう。本当に馬鹿なのだろうか。

 すると、

「……どうしてそんなに、やってみようって思わないの?」

 ――やってみても、できないからに決まってるだろ。

 その言葉を、アークは何故か、口にできなかった。

 どうしてだろうか、不意に自分が惨めに思えてきた。

 馬鹿なのは、きっとハレンの方であるのに。何も考えず、虫のように火に突っ込んでいくのは、彼女であるのに。惨めなのはそれすらも気付かない彼女だと思うのに。

 ――やってみてもできないからと、やらない自分。

 ――できるかもしれないからやってみようと、やるハレン。

 その違いは――リスクを恐れて止まるか、リスクを恐れず先に進むかという違い。

 ハレンは。

 ハレンは、常に先に進もうとしているのだ。どんな危険があったとしても。

 それはどこか。

 それはどこか――初めて『旅島』を捕まえて島に乗り込んでいった人々を、彷彿させた。

 謎の島。それでも乗り込めるかもしれないと塔作った。何がいるかわからない島に、乗り込んでいった。そして文明発達の鍵となる『彩の文明』を見つけた先人達――。

 ――わかっていた。

 アークは無言のまま、握り拳を作る。

 ……ハレンが自分に持っていないものを持っている。そのことには、もう気付いていた。

 けれども否定し続けた。先へ行く彼女を、止めたかった。

 ――その背を見ている自分が、惨めに思えてしまうから。

「……何でもできるわけじゃねぇんだよ。俺も、お前も」

 だからまだアークは言う。現実がそうであるよう、願うかのように。

 自分は決して、惨めな者ではないというように。正しい者であるというように。

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