第二章(06) 転ばせる

 アークの視界の外から、紺色の光と黄色の光が飛んできたのは、その直後だった。スコーパーとエアリスだ。二つの光球が合わされば、敵の剣よりも眩しい。カノフを圧していた剣に横からぶつかると弾ける。傾き、軌道がそれ、刃はカノフの横を通って地面に刺さった。

 カノフは揺らめくように体勢を崩し、やがて着地する。怪我はないようだった。

「――関節だ。ウィルギー! アーク! それからリゲル! 剣の付け根、肩を狙って!」

 と、サジトラの叫び声が響く。

「武器さえ奪っちゃえばいい! 関節が弱いみたいだから、そこを攻めれば!」

 言い終える前に、リゲルとウィルギーが宙を滑空し、マキーナの背後から剣の腕のある右側へと回ってくる。そして銃弾を撃ち込む。アークも構え、撃ち込んだ。宙を走る、橙と青と緑の光。破裂音が聞こえた。何かまた壊せたらしい。ウィルギーが目を鋭くさせた。

「もう少しよ!」

 しかし、剣がまた光り輝き始めたかと思えば、剣の右腕全体を包み込んだ。向かっていった銃弾は、その光に焼かれるように消え失せてしまう。

「――だめ! 銃弾がはいらなくなっちゃったわ!」

 ウィルギーが叫んだ。そこへマキーナはまた剣を振り下ろしてくる。恐ろしい速さ。一瞬の油断もできない。すぐさまウィルギーは反応し避けられたが、顔は青くなっていた。

 マキーナは次にリゲルを狙い、一歩進んだ。リゲルは距離を取り、様子を伺う。

「下がってアーク……俺が引きつける……おい、何かいい考えはないのか!」

 後半は誰へ向けたものでもない言葉でよく響いた。言われた通り、アークは地面に着地する。

 どうしようもない――マキーナはアークを見ることなく、リゲルを追っていた。

「――足」

 唐突に背後で声が聞こえて、アークはびくりとして振り返った――ハレンだ。

「転ばせてみたらいいんじゃない?」

「転ばせる……」

 そこで思い浮かんだのが、先程のアクアリンの攻撃だった。あれは、転倒を狙っての攻撃。

 確かに、転ばせてしまえば。

 銃を握り直せば、アークはマキーナの右足、その膝部分へと銃弾を撃ち込んだ。一発、二発、そして三発。四発目で鈍い音が聞こえた。引き金を引くのをやめれば、膝のパーツに亀裂が入っていた――やはり、関節が弱点なのだ。

 瞬間、ハレンがまるで引きつけられたかのように飛んだ。初速の時点で爆発的に速い。橙色に輝いたナイフの残光がまっすぐに伸びる。光は亀裂の入った膝を捕らえる。

 耳をつんざくような高い音がした。傾くマキーナの身体。転がる右足の膝から下。

 それでもマキーナは倒れなかった。文字通り膝をつく。だが、続いてエアリスの放った黄色の光球が、左足の付け根に張り付き、爆発した。直後に駆け抜ける紺色の光。サジトラだ。そしてもう一度傾くマキーナの身体。先に地面に転がったのは、左足の付け根から先。

 足を完全に奪った。巨大な身体は仰向けに倒れ込む。その一瞬、剣の光がふと弱まった。

 カノフが機会を逃さなかった。剣の光が治まったのを目にすると、その付け根、肩の部分へと鷹のように飛んだ。

「往生際が悪いぞ!」

 倒れてもまだ暴れようとしていたマキーナ。身体を起こそうとしていた。剣を振るおうとしていた。そこへカノフの青色の閃光が走った。

 遅れて、剣がずるりと肩から離れ、地面に落ちる。音を立てて落ちた剣は衝撃に震えていた。

 そしてマキーナの前には、スコーパーがいた。杖を紺色に輝かせ相手を睨んで。

 ――上半身を起こした巨人の胸。そこには、倒れた衝撃のためか、亀裂が入っていた。白い光が漏れている。

「そこが核か」

 スコーパーが杖をぶんと振るい、紺色の光球を放つ。吸いつくように、敵の胸へと飛べば、破裂する。

 マキーナの身体を、白い光が走った。いびつな音が響く。その音とともに、巨人は崩れるかのように背中から倒れた。

 土埃が舞った。アークは思わず目を閉じ、顔を逸らす。それでも、もう一度マキーナを見れば、敵はもう、動かなくなっていた。

 ――勝った?

 戦闘は、終わった。

「――おえっくしっ」

 アクアリンのくしゃみが響いた。鼻をすすりながら、まるで余裕そうに言う。

「おーし、終わった終わった。はいお疲れー」

「……その様子だと大した怪我はないようだね。錬星術師お手製の薬は、必要ないかな?」

 いつの間にか座り込んでいたアクアリンの横に、リゲルが着地する。

「いやいりますめっちゃ痛いっす」

 アクアリンはやはり大した怪我もない様子で答える。誰も、大怪我はしていないようだった。

 ――勝てたんだ。

 破壊したマキーナへと歩み寄り、アークはつと見つめた。恐ろしかったが、もう動かない。

「……番人といったところだね」

 隣に来たサジトラが、教えてくれた。

「剣の部分は錬星術師が欲しがるよ。素材として優秀らしい」

 傍らを見れば、あの凶悪な剣があった。しかしこう見ると、入れ墨のような彫り物は美しく、一つの芸術品に見えてくる。

 そこへカノフがこちらへとやって来た。サジトラが彼を見て溜息を吐く。

「カノフ……もう、ピッセじゃないんだから。危険なことは控えてくれ……よくこいつの剣を受け止めようと思ったね。下手すると、君、真っ二つだったぞ」

「ほんとだよ……危ないな」

 サジトラの言う通りだ、と、アークも兄を少し睨んだ。あの時はひどく冷や冷やした。もう、必死に銃を撃ってしまった。

「いける気がしてさ。そんな時も、あるだろ?」

 そんなことも知らずに、カノフは笑っていた。けれども、不意にアークを見たかと思えば、

「アーク、ありがとな、助かったぜ」

「は?」

 そう言われる記憶がなくて、アークは首を傾げる。するとカノフはさらに笑って。

「いや、こいつと俺が競り合ってる時だよ。正直やばいなと思ったけど……お前がちょっかい出してくれて何とか無傷で済んだぜ」

「あ、ああ……俺、必死で……」

 ……けれども、と思う。礼を言われることではないような気がして。

 自分はただ、必死に撃っているだけだった。あれはまぐれだった。

 ――視界の端にはハレンがいた。やはり、彼女は速かった。足を奪った。自分も手伝ったものの、正直本当にできるとは思わなかった上に、そもそも考えたのはハレンだった。

 ――俺は何をしていた?

 礼を言われても、褒められても、もやもやしてしまう。自分にふさわしくないような。

 と、ぼすん、とアクアリンが肩に手を回し、体重をかけてきた。突然のことに「うおっ」とアークは声を漏らした。

「なんだぁ、なんかお前らしくないな。ガキん時はもっと単純だったのに。しばらく見ないうちに落ち着いたのか?」

 アクアリンは、まるで酒を持つかのように回復薬を握っていた。

「おま、お前、全然問題ねぇじゃねぇか……無駄に薬使うなよ」

「うまいんだよこれ、味がいいの」

 一方で、ウィルギーが破壊されたマキーナの観察をしていた。

「……なかなかいいプリズムが組み込まれてそうね」

 顔を上げれば、スコーパーを見る。

「でもとどめを刺したのはそっちのネスト。これはそっちの取り分ね」

「だが、剣はお前達のものだ。切り落としたのは、カノフだからな」

 スコーパーが顎でカノフを示す。カノフは誇らしげに腕を組み、だが直後に子供のように「とっととランク上げてやるからな!」とリゲルへと言い放つ。

「探索はこんなところかな。大した怪我もないようでよかった」

 皆を見回し、サジトラが手を叩いた。

「それじゃあ、宝を持って、それから道中のマキーナからプリズムを回収しつつ、帰ろうか!」


【第二章 初期探索任務にて 終】

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