第二章(05) 知らないものがたくさんある
「――ここまで来れば大丈夫か?」
スコーパーが地面に降り立ったのは、静かになってしばらくしてのことだった。
「うまく撒けたか? もう追ってきてないか?」
着地したカノフが後方を確認する。何の姿もない。うまいこと、逃げられたらしい。
「……ここ、どこ?」
ハレンが辺りを見回す。そこはぼんやりと明るい、広間のような場所だった。安心に一息ついていたアークも辺りを見回す。先程までいた場所とは、少し違うように思える。
「……行き止まり、みたいね」
ウィルギーがここから先、通路がないことを認める。しかし壁をよく見ると、装飾を施すかのように大きくくり抜かれた箇所がいくつかあった。そこには台座があり、何かが乗っている。
そのうちの一つにスコーパーが近づき、満足そうに笑った。
「おっと……これは何かいいものが入っていそうな予感……ハレン、来い! それからサジトラんとこの橙……アークだったか? お前も初期探索任務は初めてだろ?」
呼ばれてアークがハレンと共に行けば、その台座には、奇妙な箱があった――『探求者』が探索からよく持ち帰ることのある箱に、よく似ていた。それは嬉しそうに持ち帰ってくる箱だ。
「二人で開けてみろ、これが初期探索任務ってもんだ」
スコーパーが一歩下がる。ハレンはちらりとアークを見て、箱の蓋に手を伸ばす。
こいつと一緒に開けろ、なんて――しかしアークは嫌な気はしなかった。少し不思議な気がした。戸惑いながらも、手を伸ばす。そして息を合わせるように、ハレンと共に蓋を開けた。
蓋が開いた瞬間、中から光が漏れてきた。
「うわぁ……」
思わずアークは声を漏らした。箱の中では、大小様々なプリズムが光を放っていたのだ。
こんな数、見たことがない。無色のものが多いが、色付きのものもある。あらゆるものの、エネルギー源となり、文明を築いていく種でもあるプリズム。まさに、光。
「大事なものは、大抵奥深くに隠されている……誰かが盗っていかないようにするみたいにね」
アークが振り返ればサジトラがいた。
「うんうん、上々。ほかにもいろいろあるようだし」
そうサジトラが言ったものだから、アークが広間を見回せば、仲間達がほかの台座の前に集まっていた。
「これは見たことないね……でも、楽器っぽく見えなくもない……」
「これ、いま錬星術師達が研究してるって見せてくれたものに似てるわ」
「またしてもわけのわからないものが出てきたか。こりゃ持ち帰って調べてもらわないと」
いくつかある台座には、確かに奇妙なものが乗っていた。どうやって使うのか、そもそも道具なのかもわからない、奇妙なもの達。『彩の文明』の遺産。
気付けばアークは笑っていた。
――知らないものが、たくさんある。
「ここで発見したものについては、半々にしよう」
スコーパーがサジトラに話している。
「そうだね、一緒に見つけたわけだし」
その会話を聞きながら、アークは目の前のプリズムの一つを手に取った。
無色で拳大。上級のものではないけれども、いいものではある。ただ物珍しいものではない。けれども、これが初めての初期探索任務で見つけた宝だった。
――たどり着いたんだ。
光に目が奪われる。遺跡の奥に、こんなにもたくさんのプリズムが隠されていたなんて。
こんなにも美しいもの。『彩の文明』を築いた人々は、一体どうやってプリズムを作ったのだろうか。未だに正体がはっきりしないプリズム。謎が深まるばかりだ。
もっと知りたくなった。このプリズムについて。ここにあるほかの道具について。そして『彩の文明』について。
解き明かして、みたい。
「――嬉しい?」
と、不意に声をかけられ、アークは我に返る。ハレンが首を傾げていた。ハレンは何ともないような顔をしていた。嬉しそうでも、つまらなそうでもない。先程から何も変わらない顔。
「……ま、まあな」
アークは戸惑いつつも短くそう答えた。そうして会話をすぐに終わらせようと思ったが、もう一度ハレンを見れば、あたかも、何に使うのかわからない、といった顔でプリズムを見ていたものだから、
「……お前は……あんまり嬉しそうじゃないな」
「うーん、嬉しいけど」
全くそうは見えない――こいつは表情が死んでいるのだろうか。
そう思えば、瞬きした金色の瞳が、きらりと光った。まるで力を秘めたプリズムのように。
「……早く次に行きたい。早く次の島を探索したいなぁって」
――次の島。
……それは早く成果を上げたいからだろうか。
「……早く昇格したいのか?」
ハレンは紫ランクを目指しているのだろうか。母親が紫ランクだったというけれども。
だがアークの問いに、ハレンは首を横に振った。金色の瞳だけが、こちらに向けられる。
「私は――」
その時だった――不意に広間が揺れ出した。
何かが落ちてくるような音がして、アークは振り返った。同時に、どん、と広間の中央に何かが着地した。
「――全員、武器を手に取れぇ!」
それはアクアリンの声だった。
中央に降り立ったそれが、ゆっくりと起き上がる。それは人よりも三倍ほどの背丈がある巨人だった。顔の部分でくるくると回る、四つの光る目。動く度にぎりぎりと鳴る、細い錆色の体躯。両肩から先に腕と手はない。だが右肩は腕の代わりに大きな剣が生えている。その剣には奇妙な文様が刻み込まれていて、白い光を帯びている。
「マキーナだ……!」
身構え、アークはその巨人を見上げた。
人型の、巨大なマキーナ。と、その剣の光が強くなる。ばちばちと、凶悪な音が轟く。
四つ目がこちらを捉えた。この遺跡の宝を手にした二人。マキーナはゆっくりとした動きで剣を振り上げたかと思えば――そこから予想もしていなかった速さで、巨大な刃を振り下ろす。
直前にアークは翼を広げた。ハレンも広げ、二人ともぱっとその場から飛び退く。刃は地面に深々と刺さる――近づいただけで、光が肌に痛かった。
マキーナは剣をそのままに、またゆっくりとした動きで宙に浮いたアークへと視線を向ける。ぐるぐると回る目。ゆっくりと剣を持ち上げる。
すぐさまスコーパーが杖から光を放った。光は顔に命中し、相手の視界を奪う。
――こんなバカでかいマキーナがいるのか!
そう驚くものの、アークは銃を構え、発砲した。一発、二発。しかし相手の錆びついたような身体は、見た目以上に固いらしい。銃弾が当たれば削れたように傷つけられるが、わずかばかりだ。
こんなにも、固いなんて、あり得ない――こんなものと戦うことになるなんて、予想していなかった。アークは必死で発砲する。
だからアークは、巨人の振り上げた剣に、気付けなかったのだ。
「アーク!」
ゆっくりとした動きでも、確実に振り上げられていた剣。サジトラの声に、アークが見上げると、銃弾よりも速く、その刃は降ってくる。
――やばい。
それでも寸前でアークは身を翻した。翼をかするように、剣が落ちていく。がん、と音がして剣は地面に叩きつけられる。
そこへ、アクアリンがマキーナの足下に滑り込むようにして飛んできた。ナイフを構え、突進するかのように飛んでくる。緑の光を帯びたナイフが、敵の細い足を捕らえる。しかし、高い音がしただけで、マキーナは倒れなかった。足に線が入っただけ。
「ひぇー、固いなこいつ……」
アクアリンはそれしかできないというように、苦笑いを浮かべる。すると敵は、アークからアクアリンへと標的を移したらしい。地面に着地したアクアリンを見て、また剣を構える。
「気をつけろ! そいつ、動きは遅いが剣を振り下ろす時だけは別らしい!」
スコーパーが叫びつつ、再び光球を投げる。敵の剣に当たると、その文様の光がぶるぶると震えた。しかしすぐに戻ってしまい、マキーナは剣をまた構え振り下ろす。けれどもアクアリンはふわりと避けた。
だが次の瞬間、剣は眩しいほどの光を、音を立てながら放った。
まるで放電のようだった。アクアリンのうめくような悲鳴。地面に倒れたのが見えた。
「アクアリン!」
宙にいたアークは名前を呼んだものの、アクアリンはすぐに起き上がらなかった。剣の光は治まっているものの、マキーナは再び剣を振り上げている。そこへアークはまた銃弾を撃ち込むが、剣の動きは止められない。
「こっちだ、うすのろ」
と、敵の背後の上空、羽ばたいたリゲルが銃弾を放つ。後頭部に当たる青い弾。地上からはウィルギーも敵に向かって銃弾を撃ち込んでいる。しかし敵はアクアリンを向いたまま、剣を振り下ろす。やっと起き上がろうとしていたアクアリンの顔から、苦笑いが消え去る。
そして、張った糸が悲鳴を上げて切れたかのような音がした。しかし、その音は。
「――なぁにやってんだよ! そんなんだから、俺に追い越されるんだぞ!」
剣とアクアリンの間に割り込んだカノフが、宙で敵の剣を、自身の青い剣で受け止めた音だった。だが力は相手の方がある。カノフが徐々に沈み込んでいく。それでも振り返り、
「ほら! 早く!」
「すまねぇ……」
何とかアクアリンが立ち上がる。けれどもカノフはどんどん沈んでいく。青く輝く剣が、弱ったように明滅し始める。それに対して、マキーナの剣の光が、また強くなり始める。
先程アクアリンにしたのと同じことをするつもりだ。
とっさにアークは理解した――このままでは、カノフが危ない。
無意識に銃を構えアークが狙ったのは、マキーナの剣の付け根だった。銃弾数発を撃てば、何に遮られることもなく、命中する。と、橙色の銃弾を受けて、弾けたように白い光が走った。
刹那、マキーナの剣の光が弱まった。圧されていたカノフが宙にとどまる。
――敵の攻撃が弱まった……?
何をしたんだ、とアークは自分自身で驚きながら銃を下げた。敵の剣の腕の付け根を見れば、部品の一部が破裂していた。敵は、固いはずなのに。
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