第二章(04) 昨日会った人達

「……襲ってきたのは、この三体だけかな」

 鉄のようなものでできたマキーナの身体を、サジトラが剣でつつく。エアリスが傍らにしゃがみ込めば、まじまじと見つめる。

「よく見るタイプだ……まだまだ先にいるかな……早い奴、僕苦手だなぁ」

「とりあえず、このマキーナのプリズムの回収は帰りに回そうか。先はまだありそうだからね」

 そうしてサジトラが剣を鞘に納め、ほかの仲間達も武器をしまった。もう近くにマキーナはいないようだった。

 だが、いつ出てくるかわからない。

「ちょっと……びびったわ」

 何とか倒せたが、まだ昂っている。緊張している。それでもアークも、銃をしまった。

「ほら、肩の力抜けよ……このくらいでびびってると、話にならないぞ!」

 カノフが両手を腰に当てる。そんなことはわかっている、とアークは苦笑いを浮かべた。するとウィルギーが、茶化すかのように笑いながらカノフに、

「あなたもびびってるんじゃないの? こういう薄暗いところ、嫌いでしょ?」

「俺はびびってねぇよ。平気平気!」

 そこにエアリスも小声で加わる。

「アークが来るまでは、薄暗いところに入るといつも嫌そうな顔をしてたよね……」

「おい黙ってろって! ……びびってもまだ起きてるんだ、暗いところで待たせておいたら、遺跡の中でも寝てたお前よりましだろ?」

 その時だった。アークの視界の隅で、何かが動いたのは。

「何かいる……!」

 びくりと震え、アークはそちらへと視線を向けた。

 ……壁際に、ネズミが二匹いた。

「なんだ、ネズミか……?」

 彩想生物だろうか。そうアークが思った直後に、

「――いいえ、マキーナよ」

 ウィルギーが発砲した。ネズミの一匹に命中すると、その身体はくしゃりと崩れた。残りの一匹は、さっと走り暗闇へ逃げていく。

「……土だ。これって、確か……」

 アークは屈み込み、崩れたネズミの身体に手を伸ばした。間違いなく冷たい土だった。からん、と音がして、土の中から割れた鉄片と、小さなプリズムが転がり出る。

「土でできたマキーナ……ゴーレムだねぇ」

 エアリスが隣に座り込む。彼がふっ、と息を吹けば、土は埃のように舞った。残ったのは、鉄片とプリズムだけ。と、エアリスはふと傍らの暗闇を見れば、何やら静かに手を構えて、そして蛇が獲物に襲い掛かるかのように暗闇を掴んだ。

「……多分偵察型だね。ゴーレムでも、マキーナでも、ネズミの仕事は変わらないから……三匹いたみたい」

 暗闇に伸ばしたエアリスの手の中では、何かがもぞもぞと動いていた――黒い身体に、大きな耳、そして長い尾を持ったそれは、ネズミと呼ぶには少々不細工だった。まるで子供が粘土で作ったかのようなネズミ。

 エアリスはネズミの身体を見回し、その額に金属のプレートが埋まっているのを見つけると、懐から折り畳みナイフを取り出した。プレートには奇妙な文様が刻まれていて、その中央には小さなプリズムがある。

「ゴーレムを見るのは初めて? 倒し方は知ってる? うまくいけば、一撃で倒せるよ」

 エアリスはそのプレートを、ナイフの切っ先でひっかいた。文様に傷が走る。

 とたんにネズミは動きを止めた。プレートのプリズムが輝き、土でできていた身体はぼろぼろと崩れ始める。全てが崩れた果てに、プリズムの光は消え、エアリスの手の中には、プリズムのはまったプレートだけが残った。

「……一匹逃がしちゃったわね」

 そう言ったのはウィルギーだった。銃をしまい、サジトラへと向く。

「ごめんなさい……あの逃げたネズミ、きっと攻撃型マキーナを連れてくるわ」

「ま、探索ってそんなもんさ」

 カノフが両手を上げれば、サジトラも頷く。

「とにかく、先に進もうか。長居するのも、よくないし、ね」

 一行は再び歩き出す。迷路のような廊下を進んでいく。

 時折、燭台が壊れているのか、暗いところもある。何か潜んでいないか、アークは目を凝らす。耳を澄ませる。先程のように、ネズミがいるかもしれない――。

 だが洞窟は不気味なほどに静かだった。深呼吸をして、先の暗闇を見つめる。奥に行けば行くほど、暗くなっているような気がする。と。

 ――……。

 先から、音が響いてきた。

 一行に緊張が走る。息を潜める。止まったそこは、十字路の前。

「……さっきのネズミが、ついに呼んできたか?」

 カノフが声を潜めつつ、剣を抜いた。各々、武器を手に取る。

「さっきと同じ型の奴か?」

 あの素早いマキーナだったら、少し手間だ――アークが尋ねれば、サジトラが答える。

「わからない。でも、奇襲をかけよう、もし奴らだったら、走り回られては手間だ――」

 その言葉を遮るように、すぐ後ろでからん! と、物音がした。アークのすぐ横を、小石が転がっていく。

 はっとして全員が振り向けば、

「――蹴っちゃった、ごめん」

 一番後ろにいたエアリスが申し訳なさそうな顔で、杖を握りしめていた。

 次の瞬間、先の角から、何かが十字路に飛び出してきた。

 驚いている暇はない。全員が武器を構える。剣を握るカノフ。銃口を先へ向けるウィルギー。杖の先のプリズムに光を溜め始めるエアリス。そして誰よりも先に駆けだしたサジトラ――アークも慌てて銃を構える。

 だが、十字路で紺色の光があたかも目覚めるかのように灯っていけば、その目前でサジトラが動きを止めた。

「――誰だ!」

 サジトラの声が響く。十字路に人の姿が浮かび上がる。

 翼は広げていないものの、その人物の背には『叡智の書』があった。着ているのは『探求者』のジャケット。そして紺色の光は杖型の『叡智の筆』から放たれていた。

 『探求者』。胸には紺色の徽章。相手はひどく驚いた顔をしている――その顔に、アークは見覚えがあった。

「――サジトラか?」

 その人物はそう言うと、杖を下ろした。紺色の光が消える。

「――スコーパーじゃないか!」

 サジトラも声を上げる。剣を下ろせば笑顔を浮かべた。

 スコーパー――そこにいたのは、同じ第七区画にあるネストの『探求者』だった。

「そうか、もう一方の遺跡の調査を任されたのは、お前のネストだったのか!」

 スコーパーは納得したような顔で声を上げる。サジトラもはっとして、

「どこのネストが入ったんだろう思ってたけど、『ハル・キガノン』だったか……そしてこれはつまり……遺跡は地下で繋がってたってことなのかな」

 スコーパーは『ハル・キガノン』というネストのリーダーだ。

 と、カノフが苦虫を潰したような顔をした。それもそのはずで『ハル・キガノン』には。

「――全く、気張って損しちゃったよ」

 スコーパーに続いて角からリゲルが姿を現した――リゲルはこのネストの『探求者』だ。

 そして次はアークが俯く番だった。

「――昨日会った人達」

 リゲルに続いて出てきたのは、ハレン。

 サジトラが言っていた。この任務は、紺ランクがいれば、橙ランク一人を加えてもよい、と。

 きっと同じ条件だったのだろう。『ハル・キガノン』ではスコーパーが紺ランクだ、それでハレンも任務に参加できたのだろう――自分と同じように。

 まさかこんな任務の現場で会うなんて。アークがちらりとハレンを見れば、ハレンは昨日と同じく涼しそうな顔をしていた。

 ……自分とハレン。端から見れば、同じ橙ランクに見えるだろう。

 けれども、自分とハレンの力の差を、知ってしまっている――。

「おいおい、そこの兄弟、変な顔すんなよ」

 だがそんな不安を小突くかのような声がした。男の『探求者』が姿を現す。

 ――その気だるそうな表情を見るのは、久しぶりだった。

「アクアリン! 久しぶりだな!」

 アークは驚いてその顔を見上げた。カノフも驚く。

「おお! お前もいたのか!」

 アクアリン――互いの実家が近所だった故に、昔よく遊んでもらった相手だ。彼が『探求者』になってからは、あまり会わなくなってしまったが。

 そうだった。アクアリンは、ハレンと同じネストだと、聞いていた。

「よぉ、久しぶりだな、二人とも……アーク、やっと橙になったって聞いたぜ。おめでとさん」

 アクアリンはアークに手をひらひら振ると、続いてカノフの肩に少し乱暴に腕を回した。

「それからカノフ! まさか俺を追い抜いて青ランクになるなんてなぁ……なあ、俺の緑のと交換しない? リゲルは嫌だって言うんだ」

「いやいや俺も嫌だよ! 噂で聞いたぜ、お前、出不精で任務めんどくさがってるらしいな? そんなんだから、俺に抜かされるんだぞ! そのうちアークにも追い越されるぞ!」

「そう、ほんと、それな。いやぁ、若手は怖い怖い」

 どうやら『ハル・キガノン』はスコーパー、リゲル、ハレン、アクアリンの四人で任務に赴いたらしい。と、スコーパーがこちらのメンバーを見て首を傾げる。

「ピッセはどこだ? 珍しいメンバーだな」

「ピッセは……怪我がまだ治ってないんだ……それに昇格した者がいるから、今回組み込んでこんなメンバーさ」

 サジトラがメンバーの皆を目で示す。するとスコーパーも、

「なるほど……俺んとこも、そんな感じで、こんなメンバーさ――」

 刹那。

 エアリスの背後で、何かが光を放った。暗闇から飛んでくる、光。

「――敵だ!」

 一番に気付いたのはリゲルだった。声にすぐさまアーク達は振り返る。エアリスも振り返ったが、すぐに対応はできなかった。飛んできた光は、エアリスの肩に当たる。

「あっ……!」

 声を漏らして、エアリスは数歩後ずさりした。肩を手で押さえる。

「下がってエアリス!」

 すぐさま前に出たのはウィルギーだった。遠くにある光めがけて数発、発砲する。だが先の光はちょろちょろと動き回り、どれも避けられてしまう。

「大丈夫か!」

 アークが慌ててエアリスへと寄れば、エアリスは軽く笑って見せてくれた。肩を見れば、確かに攻撃が当たった跡はあるものの、服は破けてはいないし血も出ていない。『探求者』の服は戦闘に向けて丈夫に作られている、鎧でもあるのだ。

 と、カノフが息を呑む。

「おいおい、やばい数が来たぞ!」

 先の暗闇には、マキーナの光がいくつも見えた。こちらへ、あの三本足で走ってきている。ウィルギーが二発撃って一体を破壊するが、その残骸を踏みつけて、ほかのマキーナが走ってくる。光線を放ってくる。

 飛んできた光線を避けて、アークも銃を構えた。引き金を引けば、澄んだ音が響く。サジトラとカノフが走り出し、迫ってきたマキーナを払う。エアリスも改めて杖を握れば、光を溜めて、巨大な光球を放ち、敵を散らす。それでも、数は多い。

「相当な数が来たな」

 スコーパーも杖を紺色に輝かせ、光球を放つ。銃弾よりも遅く、また作るのに時間がかかるが、威力のあるそれ。サジトラに飛びかかろうとしていたマキーナを吹き飛ばす。リゲルも引き金を引けば、いままさにカノフへ襲い掛かろうとしていたマキーナの足をしとめる。

「俺の方が、お前より数を稼げるかな?」

 そうしてリゲルは、転がったマキーナにもう一発撃ち込み破壊する。

「いいや、俺の方ができるね! ……負けてられっか!」

 と、カノフも一体を薙ぎ払う。

 アクアリンとハレンも飛び出す。二人が手にしているのは、ナイフ型の『叡智の筆』。アクアリンは滑り込むようにしてマキーナを蹴り倒し、その身体にナイフを突き立てる。ハレンも攻撃を避ければ、舞うようにして敵の目にナイフを突き刺した。

 そうして、確実に敵の数を減らしていったものの。

「――数が多すぎるぞ! 次々に来る! 一体どこに隠れてたんだか……」

 アクアリンが声を上げる。その頬を光線が走っていった。切れて血が流れる。

 アークにも一筋の光線が迫ってきて、とっさに銃弾を撃ち相殺させたが、次々に飛んでくる。慌てて避けるが、翻ったジャケットの裾に当たった――確かに、数が多すぎる。

「サジトラ! こりゃ一度退いた方がいいぞ!」

 後方でスコーパーが叫ぶ。サジトラはまた一体を破壊すると、声を張り上げた。

「――翼を広げろ! 奥へ逃げよう! スコーパー、先を飛んでくれ! 全員、続くんだ!」

 薄暗い洞窟。光り輝く翼が、音もなく広がる。たん、と地面を蹴り、大きく羽ばたけば身体は宙に浮く。そして鳥のように滑空する。スコーパーに続いて、全員が羽ばたく。

 アークが振り返れば、マキーナ達は追ってきていた。走りながら、また光線を撃ってくる。だから飛びながらも後方に銃を構え、その目に銃弾を撃ち込む。転がる箱のような身体。

 それでも敵は追って来ていたが、徐々に距離が開いてきた。だがさらに先へと一行は飛んだ。マキーナ達の騒音が、遠のいていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る