第二章(03) きっと少しはその全てに近づけるはずさ




 次の日。まさに空を飛ぶには絶好の快晴。

 朝から賑わっている『探求者』専用の発着場。そこから、探索任務に行く仲間と共に、アークは空へ飛び立った。

 しかしまず向かったのは、任務地である島ではなく『第一の島』だった。そこにある、小さな塔に行かなければならなかったのだ。

 『第一の島』。それは人類が初めて手に入れた『旅島』。ほかの『旅島』に比べると、高度の低い位置にあり、規模も非常に小さい。あるものといえば小さな塔だけ。だがこの島を捕まえたことが、人類にとって大きな一歩だった。

 数百年前。海の島にいる人々が、宙に浮いた『旅島』をただ見上げているだけだった頃。ある『旅島』が彼方から流れてきた。小さく、低い位置を遅く流れる島。

 誰かが言った。いまから塔を造れば、あの島に乗り込めるのではないか、と。

 そうして人々は大きな塔を造り上げ、その『旅島』が真横までやってきた時に、島へ乗り込んだ。そしてこのまま『旅島』が流れてしまわないように、そこに生えていた木々や地面に打った杭にロープを結び、大きな塔に結びつけたのだった。

 乗り込んだ『旅島』には、小さな塔が一つだけあった。人の姿はなかったものの、見たことのない道具や、光り輝く小さな球体が大切に保管されていた――これが、人々と、『旅島』にあった文明『彩の文明』との、初めての接触だった。

 以来、人々はこの塔の近くに来る島があれば、同じように捕まえては乗り込み、調査した。また島捕獲用の塔を増やし、より多くの島を捕まえた。だが調査が終われば、島は解放した。最初に捕まえた小さな『旅島』は、記録として塔に結びつけたままにしたが。

 そうやって島に乗り込み調査をしていく者が『探求者』となり、遺産を研究する者は錬星術師に、そして両者をまとめる組織が『探求者』協会となった。

 当初、島とその文明、遺産の調査は、島の捕獲に大きく左右されるもの故に、遅々として進まなかった。けれどもやがて研究し吸収したその文明から、飛行船を発明した。大きく、そこまで自由に飛べないもので、行ける島はまだ限られていたものの、より島を調べやすくなった。そしてこの飛行船が、やがて『叡智の書』の発明に繋がる様々な遺産や技術を持ち帰ってきて『探求者』は翼を得ることになった。

 『第一の島』は全ての始まり。いくつかの島を人々は手に入れた。その中でもこの島は特別なものだった。

 ……『叡智の書』を使えば、空から真っ直ぐに、『第一の島』にある小さな塔の頂上へ降り立てる。だが多くの『探求者』はそうはしない。アーク達『アノマリ・カル』もそうであり、彼らが着地したのは、その塔の入り口だった。翼を畳めば、自分達の足で塔を登っていく――先人がそうしたように。

 今日、塔に人の姿は少なかった。ここは海にある唯一の島『錨の島』から塔を登って行ける場所でもある。『探求者』でない者でも来ることのできる場所だ。

 ひんやりとした塔の内部を進み、頂上までやってくると、そこに人の姿はなかった。

 ――空はどこまで続いてるんだろう。

 空の青さにアークは目を細めた。そこは大空が見える場所だった。風が冷たい。

 先人はここで、確かに空に近づけたと感じたのだろう……怖いとは思わなかったのだろうか、未知の島に乗り込むのは。それとも、未知に胸をときめかせたのだろうか。

 大空の下、アークは兄と並んで祈った。ほかのメンバーは、下がって二人を見守る。

 昇格したら、ここに祈りに来る『探求者』は珍しくはない。先人が大きく一歩踏み出した先で見たこの空の下で、祈るのだ。これからも精進できるように。無事に『探求者』としてやっていけるように。目を瞑り、頭を垂れる。

 深呼吸をして顔を上げると、アークは目を開けた。どこまでも続く青空が目に痛かった。そこにぽつぽつと浮かぶ『旅島』。世界は広い。それは、自分も、自分の抱えているものすらも、ちっぽけに思えるほどに。気が遠くなるほどに、空は広い。

 はたと隣を見れば、カノフも同じような顔をして空を見上げていた。と、目が合う。

「……大丈夫そうだな」

 カノフはそれだけ言った。自分と同じ色の瞳には、自分が映っている。

「何が?」

 アークは首を傾げた。けれどもカノフは答えてはくれなかった。視線で仲間達を示す。

「行くか、みんな待ってるし……俺達が生きている間に、この大空の全てを知り、解明するのは……きっと不可能だ。でも、努力を怠らず、時間を無駄にしなければ、きっと少しはその全てに近づけるはずさ」

 大空の、全て。

 アークが改めて空を見上げれば、青空はどこまでも深かった。

 カノフが歩き出す。だがアークはその場で空を見つめたまま、動かなかった。

 ――この、どこまでも広い空の全て。

 広すぎる空。どこまでも続いている空。

 どこかから流れてきては、どこかへと流れていく謎の『旅島』。

 空の青さは、海よりも深く思えた。どこまでも深く、底が知れなくて、呑み込もうとしているように思えて。

 ――空に、自分が消えてしまいそうな気がした。

「――アーク」

 動かないアークに気付いたカノフが呼ぶ。柔らかだった兄の表情は、瞬間、何故か強ばったものになった。

「……終わったかい?」

 と、そこでサジトラが声をかけてくる。

「――あ、ああ! 終わったぜ!」

 我に返ったアークは慌てて返事をした。サジトラは、そんなアークと、カノフ、二人の顔を見て、確かに終わったのだと認めると、

「それじゃあ、任務に行くとしようか。アーク、君は初めてだから気をつけて。危険な敵もいるし、罠もあるはずだから、いまから気を引き締めておくんだよ」

「わかってるって!」

 とは言っても、改めてそういわれると、緊張してきてしまう。花形であるものの、危険が伴う初期探索任務。先は未知だ。

 口を堅く結んでいると、カノフが顔を覗き込んできた。

「なーに緊張してんだよ! ……お前らしくないぞ? 大丈夫だって。一人で乗り込むわけじゃないんだから」

「んなことはわかってる! まじめにやろうって思っただけだ! 初めてだからな!」

 急に恥ずかしくなって、そう噛みつくようにアークは言った。それを見てカノフは溜息を吐いて腕を組んだが、サジトラは笑っていた。

「じゃあ、任務地の島まで、一直線に飛んでいこうか?」

 サジトラは翼を広げると、それこそ鳥のように塔から飛び立った。輝く翼が、空の青色を切り裂いていく。ほかの仲間達も、翼を広げてサジトラに続く。アークもカノフと共に飛び立てば、大空を進んでいった。




 その島の遺跡は大きかった。白い建物で、中は堂のようになっている。サジトラによると、この島にはもう一つ同じような遺跡があり、別のネストが調査をしているという。

 まだ誰も足を踏み入れていない『彩の文明』の遺跡。そこを調査していくのが今回の任務だ。ここも、これまでのどの『旅島』と同じように、誰の姿もなく、また生活していたような様子もほとんど見られない。

 一体どんな種族が『彩の文明』を築き上げたのか。何の目的で数々の建物を造ったのか。それはまだわかっていない――これまでにそれらを伝えるものは、出てきていないのだ。

 地上部分の探索は問題なく終わった。特に敵も罠もなく、発見できた遺産やプリズムもそれなりのものだった。つまりはありふれたものばかり。

 ――思ったより、簡単だった、な?

 アークはそう拍子抜けしてしまった。

 けれども、問題は地下部分だった。 

「――みんな! こっちに来て!」

 仲間の一人の男、黄ランクのエアリスが、地下へと続く階段を見つけたのだ。杖型の『叡智の筆』で階下を照らす。サジトラが、その先を覗き込む。

「いいものがありそうな雰囲気だね。それから……少し危険な気配を感じるよ」

 そうして一行は地下へと向かった。

 地下は半ば洞窟のようになっていた。通路には不思議な燭台が設置されていて、光が灯っていた。とはいえ、薄暗い。

「……耳を澄ませて。目を凝らして」

 後ろを歩くウィルギーに言われアークは黙って頷いた。ウィルギーはカノフと同い年の、緑ランクの女の『探求者』だ。同じ銃型の武器を使う先輩故に、アークは様々なことを教わった。

「何かが先に現れた際、すぐに攻撃できるのは、私達銃型だけよ……でも、一撃で倒せない相手かもしれない、油断しちゃだめよ」

「一撃で倒せない相手……」

 アークが今まで戦ってきたのは、片付けの任務で出会った敵だけ。一度この銃で撃ってしまえば倒せてしまう小さな敵だけだ。しかしこれは初期探索任務だ、最初に足を踏み入れる故に、恐ろしい敵に遭遇する可能性が十分にある――倒さなくてはいけない。

 手にした銃を、アークは強く握った。燭台の弱い光に、橙色のプリズムが輝く。

「――!」

 と、先頭を歩いていたサジトラが、何も言わずに止まった。無言のまま、手で一行を止める。

 先には、何も見えなかった。薄暗闇が、続いているだけ。

 そう思いきや、ぼんやりと小さな光が薄闇に浮かんだ。まるで息をするように光っている。

「……あれは?」

 思わずアークは声を漏らした。

 と、突然強く輝いたかと思えば、その光は高い音とともにこちらへと飛んできた。

 矢のような光。まっすぐに飛んでくる。だがサジトラは避け、カノフもかわす。

「ほら、油断しない!」

「うおっ……!」

 アークもウィルギーに引っ張られ共に避け、最後尾にいたエアリスだけは避けようとせず、ぼんやりと黄色に光り輝き始めた杖で、飛んできた光を殴るように払った。放たれた光と、杖の光。衝突し、ともに消える。

「マキーナだ」

 サジトラに言われなくとも、もうわかっていた。

 先に現れたのは、箱に三本の足が生えたような、一つ目の人形だった。

 マキーナ――プリズムを原動に動く奇妙な人形。『旅島』だけに生息する生物「彩想生物」に対してそう呼ばれる、物体。

「あれ、本で見たことあるぞ!」

 いつだったかは忘れたが、確かに見た記憶があり、叫びつつアークは銃を構えた。前にいるカノフも剣を抜く。

「攻撃型マキーナの一種だ、結構すばしっこいぞ、気をつけろ!」

 現れたマキーナは三体。こちらへと走ってきながら、光を飛ばしてくる。その光をかいくぐりサジトラが走り、剣を抜いた。刃は紺色の光を帯びる。

 サジトラは一体へと接近し、剣を振るった。しかしマキーナはカノフの言った通り素早く、あたかも小動物のように後退し、刃を避けた。

「――逃がさないよ」

 だがそこにサジトラは再び剣を振るい、三本ある足のうちの一本を捕らえる。はねられ飛んだ足、バランスを崩すマキーナ。それでもサジトラめがけて光線を放つ。

 すぐさま剣を盾にし、サジトラは退いた。光線は剣に当たり散る。

「私に任せて」

 と、ウィルギーが後方から銃の引き金を引く。宙を切り裂く緑色の光。マキーナの身体に命中すると爆ぜ、敵はがらんと音を立てて転がった。そしてサジトラがとどめに剣を振り下ろす。マキーナは二つに裂かれ、光り輝いていた一つ目は消え去った。

 一方、残りのニ体もこちらへと走ってきていた。アークは狙いを定めようとする。けれども。

 ――速すぎる。

 思っていた以上に速い。狙いが追いつかない。瞬間、一匹が壁を走ったかと思えば、アークへと光を放ってくる。

 ――やばっ……!

 光線の眩しさに目を瞑る。だが、

「落ち着けアーク!」

 間にカノフが割り込んだ。飛んできた光を、青く輝く剣で切り裂く。

「お前なら当てられるはずだ!」

「……って言われてもさぁ!」

 奴らは想像以上に速い。目で追うので精一杯だ――壁を走ってきた一体が、距離を縮めてきている。

 いけない、このままでは――そう思った瞬間、アークは焦って引き金を引いた。だが銃弾は容易く避けられ、マキーナは勢いを殺さずこちらへと走ってくる。

「――じゃあ、いくよぉ」

 と、声がして、アークの背後で強い黄色の輝きが生まれたかと思えば、その光を帯びた杖を、エアリスが振るった。すると光はまるで球のように飛んでいき、走ってきたマキーナ二体の前に弧を描いて落ち、爆発する。一体が転がり、そこへカノフが剣を振り下ろす。もう一体も転がったが、すぐさま立ち上がれば、カノフへと視線を向け走り出す。光り輝く怪しい瞳。

「……させるか!」

 すぐさまアークは引き金を引いた。薄闇の中を走る橙色。マキーナの目に当たれば爆発する。転がる四角い身体。壊れたおもちゃのように足がまだ動いていたが、やがて緩慢になると、果てに動かなくなった。

 辺りは静まりかえった。元の静けさが、帰ってきた。

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