タイトル.79「今を生きるヒーロー達へ(後編)」
……青年は夢を見た。
左右後方、どちらを眺めても先は見えない。
真っ暗闇の中。前方に光があるのみ。
光一つ入ってこない部屋の中、ただ一つだけ存在する扉が見える。
不思議と青年は、この夢が何を意味するのか分かっているようだった。
あれだけの戦いの後。十年という長い月日をかけて戦い続け、身も心も傷つき果てたはずの肉体がこんなにも軽い。
体に接続されたコアも、村正のエネルギーパックも体には存在しない。人間離れを意味する感覚も消え去っている。すべてから解放されたような気分だった。
神代駆楽に残された道はただ一直線に進むのみ。
案外暖かな光を見せる……地獄への入り口へと歩くのみだ。
カルラは何の後悔もしていない。そして悲嘆もしていない。
満足しているつもりだ。やりたいことは全てやった。自身のしたいことだけをやり続けて生きてきた。自由気ままに、自由奔放に。己の望むすべてを叶えてきた。
身勝手な己に降りかかる罪の重さもまた、カルラは理解しているようだった。
この道、この虚無。どうしようもない永遠の暗黒は世界をメチャクチャにし続けてきた悪魔には当然の報い。受けるべき懲罰なのだ。
断頭台へと続く最後のリラックス。怯える精神を落ち着かせるために用意された一時というわけだ。地獄へと続くこの道のりは。
……後悔こそしていないが、ちょっとばかり未練はある。
普通の人間のように生きてみたいなと思ったことがあった。
そこらの子供のように普通に学園へ行きたかった。
何気なくサッカーという遊びを他の子供たちとやってみたかった。
昨日見たアニメのことなどで。何気ない話に花を咲かせてみたかった。
他愛もないことで笑いあえる人間になりたいと願ったこともあった。
そんな日々を過ごしたとして……大人になったら、どうなっていたのか。
真面目に国の為に働く大人になっているのか。
それとも、ポテトチップスやパソコンと睨み合うグータラ生活をエンジョイする小太りな引きこもりになっていたのか。
……そんな生き方も、アリだと感じたことがあった。
だがそれだけだ。本気ではない。
未練というには小さすぎる。彼にとって妄想の類とでも言っておくべきだろうか。
……ビックリするくらい自身は空っぽであるとカルラは皮肉に笑った。
だがそれくらいがちょうどいい。空っぽな方が死に関しての恐怖も安らぐし、醜い一面も見せなくて済む。
そう思いながら彼は進む。未練も後悔ももう生きる理由は何もない。
やりたいことは全てやった。そう信じてカルラは地獄へと歩み寄る。
-----カルラは、本当にそれでいいの?
「!」
声が聞こえた。カルラはその声に反応し、足を止めてしまった。
それはあまりにも懐かしい声だった。
ただ一つだけ。その人生において叶えることが出来なかった夢。その“カケラ”が、カルラの耳に語り掛けてくると……迷いのなかったはずのその肉体をピタリと止めてしまった。
『足を、止めたわね』
地獄へと続く道にピンク色の光が現れる。
人型。どこかで見覚えのあるシルエットがカルラの道を塞いできた。
『まずは一言ね。お勤めご苦労様。アンタのおかげでつまらない世界が多少は面白くなったわよ……いや、馬鹿みたいに面白くなったと言ってもいいかしら』
この笑い声。そしてイヤミ。
カルラは何故かその光に対して既視感を覚えていた。その光の正体が何なのか分からないし覚えてもいない。だが懐かしさだけが肉体に宿ってくる。
『……そんなアンタにご褒美の一つでも上げたいんだけど。何がいい? 男の子だったらお姫様らしくキスでもしてあげようかしら?』
挑発的にピンク色の光が語り掛けてくる。
「褒美?そんなのいらねぇよ。ヒーローには無用なもんだ」
『ああ、そう。何も望んでないのね。だったら都合がいいわ』
光はクルクルと少年の周りを蛍のように動き回る。
『私としては褒美の一つは上げておきたいの。カリは残しておきたくないからね……身勝手に褒美の一つをプレゼントしてあげるわ』
「じゃ、キスするのか?」
『それはお断り。アンタ、私のタイプじゃないし』
「理不尽な」
好き勝手に言われた挙句振られてしまった。これにはカルラも呆れ気味に肩透かしを食らう。半ば悪ノリに近いリアクションであったが。
『……アンタ、実は未練あるでしょ』
「!!」
図星を突かれた、というべきなのか。
何もないはずのその肉体が。初めて心臓に鼓動を与えるよう跳ねた気がした。
『いきなさいよ』
それは、どの意味だったのか。
行きなさい。生きなさい。
それ以外の意味でも捉えられるような気はする。
『アンタには、その資格があるわよ』
「……俺に資格があるだと?」
真っ赤な瞳。そして歪む唇。
青年はまたも悪魔のように光を睨み始める。
「俺は人類を脅かす悪魔だぜ? そんな俺が人間なんかの世界で暮らせるか。おこがましいにも程があるってもんだよ」
“自身はあの世界にはいられない”
それは変えられようのない事実。変えられようのない未来。
己の居場所はあの世界にはない。カルラは堂々と言い放つ。
『……まぁ二度と会うことはないだろうし。そもそもアンタの意見を聞くつもりはないから、無理にでもやるけどね』
聞く耳持たず。相変わらずの強引な言葉をピンク色の光が放つ。
『別れの前に、最後に好き勝手言わせてもらうわよ』
その一瞬。本当に一瞬だった。
『
人型のピンク色の光から。見覚えのある美人の姿へと変貌する。
好みじゃないしタイプでもない。だけど何故か気が合うような感じがしなくもないアイドル風のあの女の姿。
『アンタみたいな奴。怪物でも化け物でも悪魔でも何でもないわ』
小馬鹿にするように。コケにするように。
その人物はケラケラと笑いながら、青年の鼻柱に人差し指を突き入れた。
『アンタはただ、心が弱いだけの生意気なクソガキよ』
嗤った女神の表情は。
慈愛とは程遠いものの……多少の施しをその青年の心に与えた。
「……そうか」
カルラは自然と笑みに釣られる。
「“神様”が言うんじゃ、そうなんだろうな」
『さぁ、早くいきなさい』
真っ白な光。少年に残された虚無が掻き消されていく。
『誰よりも足掻いて、必死に生きた……頑張り屋なヒーローさん』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ううっ……う~ん……」
熱がある。呼吸がある。
カルラは見慣れない白い天井を見上げ、間抜けにアクビをしながら瞼を開いた。
「あ、あれ? あるぇ~……?」
いつまで寝ていたのか分からない。それといって多くもない目アカが邪魔で視界が歪んでいる。それを拭き取ろうと右腕を動かす。
「ん、ん~?」
定まっていく視界。確かに感じる体全体の熱に心臓の鼓動。体にまとった病衣のおかげで感じる冷房の涼しさ。本来は感じるはずもない感覚の数々にカルラは次第に不気味さを覚えていく。
「あれ、俺……生きてね?」
“生きている”。あの日散ったはずの命が今、間違いなく生きている。
「あぁーッ!」
聞き覚えのある声。
カルラはすぐ真横を。寝心地の良い病院のベッドから飛び上がるように体を起こし、声のした真横へと視線を向ける。
「かるらが起きた!」
……これは幻覚か、それとも夢か。
いいや違う。この心地よさは紛れもなく……現実だ。
だが、ありえない。だからこそ夢だと思えてしまう。
何故か。何故なのか。体に理解が追い付かない。
目を見開いて最初に待っていたのは----
先にあの世へ行ったはずのアイザ・クロックォルだったのだ。
「ご主人……ッ!」
そして今度は真後ろ。アイザのいた反対方向へと視線を向けてみる。
投影によりその肉体を完全再現。コピーロボットにより肉体を得たお手伝いAIのヨカゼが涙を流しながらカルラの起床を喜んでいるようにも見える。
「かるらっ!」
「ご主人―ッ!!」
二人揃って病み上がりの腹に飛び込んでくる。
「ごぶぉおおおおおおおおおお!?」
アメリカンフットボールのプロ選手もビックリの飛び込み具合。すぐさま心臓の音を止められそうな威力にカルラは思わず声を漏らしてしまう。あとちょっとでも気を抜いていたら、胃液をまとめてブチまけていたと思う。
……何故だ。何だ。どうなっている。カルラの困惑は止まらない。少なくともここが病院であることは理解した。
「ああぁ、ああっ……!」
部屋の隅っこでは花瓶の花を入れ替えているシルフィの姿がある。
気のせいか分からないが……以前と比べて少し大人びているようにも見える。身長は明らかに伸び、胸を見る限り成長を感じる。
「アキュラ! レイブラントさん! カルラがっ……カルラが起きました!!」
シルフィは慌てて携帯電話を取り出すとすぐに連絡を入れていた。
「やっと……やっと……ッ!!」
カルラが目を覚ました。と、何度も何度も。方向指示のしつこい旧世代のカーナビのように連呼している。それだけ彼女は喜んでいる。
「おい! 起きたって本当か!?」
直後、携帯電話片手に部屋に飛び込んでくるアキュラ。
「……おおっ!!」
いつもと比べてクールな雰囲気がなくなったように声を荒げるレイブラント。その声に釣られ、アキュラもガッツポーズをしながら彼の復帰を喜ぶ声を上げる。
「やっと起きたのか」
「随分と長かったね。寝坊助さん」
「おはようでござる。戦友殿」
後から送れて入ってきたのは、ス・ノーとレイアとキサラ。ロゴスの面々が次々と押し寄せてくる。ス・ノーとレイアもまた、シルフィ同様に少し大人びているように見える。
……何から何まで理解が追い付かない。
頭がパンク寸前。また夢の世界に旅立ちそうになる。
「えっとさ。とりあえず説明の方、よろしくお願い出来ますかね。もう何がなんやらで頭が爆発しそうなんですよ、俺」
「……理由は後で話します」
シルフィは、起きたカルラの右腕を握る。
「ただ今は、この喜びを感じさせてください」
暖かい涙が頬を伝い、次第にそれはカルラの右手へと流れていく。
「……あぁ」
断れるはずもなかった。カルラはそれを受け入れる。
自然とその暖かさが心地よくて。とても嬉しかった。
彼もまた、その一時の喜びに身を寄せることにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数十分後。シルフィから全てを聞いた。
アトラウス神殿の暴走から数分後、神殿は跡形残らず大地へと崩れ落ちていった。暴走を止めることに成功し、人類は勝利の声を上げていた。
そんな中、崩れ落ちる神殿の中に一人、シルフィだけが突っ込んでいったという。
彼女の予感が本物であるならば……そこには間違いなく“彼”がいるからだ。
戦いを終え、その命を散らそうとしたカルラの姿があるはずだと。
読み通り、彼の姿が崩れ落ちる神殿の中から現れたのである。
シルフィは決死の突入でカルラの肉体をエネルギーパックごと回収し、アキュラ達の下へと帰還した。
戻ってきた頃には、カルラの息の根は止まっていた。
彼の肉体を動かしていたのは村正のエネルギー。それを使い尽くした彼はもう起きることはない。明確な死を告げていたのである。
当然、シルフィたちはその現実を前に涙した。
アキュラは無言で壁を殴り、レイブラントも拳を閉じて唸るのみ。
世界を救うためにたった一人で命を懸けたカルラ。そのあまりにも悲しい最後を前に悔しさと苦痛。焼き焦がすような胸やけが襲った。
『聞こえ、る、か』
……だが、そこで三人は耳にする。
『私、だ。聞こえる、の、なら。返答、を、求め、る』
彼の肉体をサポートし続けてきた“ヨカゼ”の声が。
彼の肉体が尽きようと別の電源で動いていたヨカゼはまだ活動し続けていたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・
ヨカゼはカルラの肉体の仕組みを話した。
そして、その壮絶な過去を一同に話したという。
彼の体はその
『……一つだけ、方法が、ある』
だが、ヨカゼは告げる。
シルフィたちも話を聞くうえで一つの答えに辿り着いた。
“そのエネルギーを開発すれば、彼はまた蘇るかもしれないと。”
彼だけじゃない。彼同様、アイザ・クロックォルも。
シルフィ達は奮闘を続けた。
この世界は別の次元とはいえ、カルラのいた世界とは紛れもなく文化の発達も進化も最先端を進んでいる世界。この世界ならヨカゼの記憶を頼りにエネルギーの開発を行うことができるかもしれない。
シルフィ、アキュラ、レイブラント。そしてロゴスの面々は集められる資金と資材の大半を使い、研究施設や科学者の数名を雇い開発を進め……三年の月日を得て、ついにエクトプラズムの模造品開発に成功。長い間眠っていたカルラとアイザを目覚めさせることに成功したのだ。
開発。命の蘇生。エネルギーさえ存在すれば何度でも蘇る不死の肉体となったがゆえに起きた奇跡。なんという皮肉。あまりにもフザケた展開。
感動の最終回がものの見事に台無しである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アイザはカルラよりも一年先に目覚めたようである。
だがカルラの方は肉体が相当特殊なモノであり、更には【PHASE;X】による体の破損もあって蘇生には相当な時間がかかったそうだ。そして、ようやく……カルラはその長い眠りから目覚めたというわけである。
一部、面々の見た目が変わったのは月日故の成長だったというわけである。
「てこずらせやがって。休暇にしても長すぎるんだよ、ボケが」
「まったくだ。ここまで手を焼く友も珍しい」
アキュラとレイブラントは愚痴を言いながらもカルラの復活を歓迎している。
「よかった……本当に良かったッ……!」
シルフィは今も彼の手を握り、涙を流し喜んでいた。
「なんでだよ」
カルラは問う。
「なんで、そこまで」
悪魔。人類とは慣れあえない存在。
人の皮をかぶった怪物を前にどうしてそこまで暖かくしてくれるのか。
どうして、ここまで命を賭けてくれたのかと。
「決まってるじゃないですか!」
迷いのない言葉でシルフィは彼を迎えた。
「貴方は私たちの……【友達】だからです!」
友達。仲間。
それだけ。それ以外に理由はない。
シルフィは笑いながら告げる。
アキュラもレイブラントも。
元いた世界で共に戦い続けた戦友であるヨカゼとアイザも。
時に戦い、共に助け合ったロゴスの面々も。
彼を……同じ世界に生きる仲間の一人であると、言いきってくれたのだ。
「……本当にっ。」
カルラの口元が歪む。
「人間って、分からない奴らだなっ!」
それは悪魔の嘲笑でも何でもない。
神代駆楽というたった一人の人間の----純粋な笑顔であった。
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