タイトル.78「無意味のメモリー(前編)」


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 輝く青空。賑わう歓声。攻撃に使用されない軍兵器の羅列。

 帽子を脱ぎ涙を流す軍兵達。その場へと集う政治家達。


 ……それは“戦争が終結した瞬間”だった。


 長きにわたる戦い。あらゆる国家との同盟も結び続けてきた。

 それは当然長い旅路ではあった。足掻き続ける兵士に神代久山。そしてその一族の一人である神代駆楽の奮闘によって、その夢はついに達成した。

 戦争終結。エネルギー開発の新たなる方針へ。

 日本は勝利し、また一度、過去のように手を取り合う世界を作り上げることに成功したのだ。誰もが理想とした美しい世界をついに手に入れたのだ。

「諸君、戦争は終わった。我々はまた新たな時代へと進むことができるだろう」

 神代一族は間違っても『戦争に勝った』だなんて言葉を吐こうとしない。

 当然だ。この場には日本政府以外にも同盟国のトップや敗戦国のトップ達も訪れている。迂闊には発言できない言葉は幾つもあるだろう。

 ……ここから本当の戦いが始まる。

 過去のように手をつなぎあう世界がやってくるのか。国境という壁の存在しない世界を作られるのか。今からその真の戦いが始まるのか。


(……少年、アイザ。戦いは終わったぜ)

 殺された少年。行方不明になったアイザ。

 この戦いに協力し続けてきた兵士たちを弔うようにカルラは空を見上げている。

 戦いが終わった後も彼はクザンのボディガードとして働き続けることが決まっている。戦争が終わってすぐだ。レジスタンスの出現やゲリラによる攻撃などまだ油断ならない状況は続くことになる。

 最後まで、その生が尽きるまでは戦い続ける運命。村正という戦闘兵器と一体化したその時から彼はその道を全うすることを心に誓っていた。戦争のない世界であろうと、その道は変わることはない。

「本当に長かったな。ここに来るまで」

 カルラの脳裏には、ここまでの旅路が浮かばれていた。

 荒んだ少年時代、クザンとの出会い、少年との友情、アイザとの共闘。そして戦争終結に至るまで戦場を駆け続けた日々。

「俺ってば、すべての戦いが終わったらどうなっちまうのかね?」

 まだしばらくは物騒な日々は続くとは思う。だけどそれがいつか、彼の信じた人間の言う平和な世界へと繋がることを。

「そこら辺の子供と同じようにサッカーボールを転がす日常が……なんてな」

 “自身が望んだ道”へつながることを、カルラは信じていた。








「……ん?」

 太陽の日差しで目が眩んだ、その一瞬の出来事だった。


 ----視界の良いカルラは捉えた。


 ----目線の先。

----戦争終結のパレードが行われるこのパーティ会場を包みこむビルの羅列。

 ----そのうちの一つから太陽とは違う眩しさが、視界を襲う。



「!!」

 その光の正体に気が付いた。

 ナイフで刺すような直進的な光。レッドポインターの光に。

「爺さんッ!!」

 気が付けばカルラの体が跳ねていた。

 ……クザンは唖然としていた。

 彼だけじゃない。その場にいた何人もの人間が突然の事態に息を呑んだ。

 ボディガードとしての任務。そんな業務的なモノじゃない。

 本能的にカルラの体は動いたのだ。



 “スナイパーライフルの弾丸”の盾となる。

 クザンに向けられていた、その悪魔の咆哮に。

 彼は身を挺した。彼は眉間を撃ち抜かれていた。

(……あれ)

 視界が霞む。観客たちの歓声が一斉に悲鳴になるのが聞こえる。

 久々に流した血。自身の血の匂いにカルラは懐かしさを覚える。

(おっかしいなぁ……俺の戦いはこれからだってのにさ)

 冷たい地面がカルラを出迎える。

 日本軍の兵士達、神代久山の分家の人間達、そしてお世話係であるヨカゼの呼び声が聞こえてくるがその声は霞んでいく。

(おいおい、正義の味方は無敵じゃないのかよ)

 彼の心臓は村正と連結している。

 エネルギーなしでは生きられない体。その代わり無敵にも近い強さを得ることは出来る。しかし結局その肉体は人間でしかない……脳、心臓を撃ち抜かれれば当然死に至る。

(……なんてこった)

 意識が長くはもたない。

 囲む人だかりを見回してみると……そこには邪悪な笑みを浮かべる人影も数名は見えた。民衆。神代本家。そして敗戦国のトップに一部の同盟国のトップ。

 カルラの体が浮き上がる。この感覚、魂が天へと召される感覚なのか?

 そこからの記憶は撃ち抜かれた脳の障害によって曖昧だ。フワリと浮き上がる肉体、その視線の先、彼が見たのは天国なのか地獄なのか。


 その視界に最後に映ったのは----

 カルラを吸い込んだ“巨大な異次元ホール”だった。



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 漆黒に染まった意識の中で、再び映像が流れる。

 奮闘する神代久山。そこに襲いかかる本家の毒牙。

 本家の手によって日本国内で暴れまわる殺し屋とテロリスト集団。日本国家の政権を確実につかもうと暗躍を続ける。

 醜いその野望で日本が踊らされている決定的瞬間。戦争時代と変わらず、失われていく命達。

 嘘八百な演説。偽造した映像。民衆を味方につけようとマスコミにネットを経由したプロパガンダ。戦争が終わってもなお、泥沼と化した悪夢の風景が彼の視界に映り込む。


 それだけじゃない。

 日本国外でも……戦争が終わっても尚、紛争は続いていた。

 まだエネルギー開発に異論を唱える者は複数いた。国家の言いなりにはなってたまるかと牙を剥く者もいた。例え平和協定が結ばれようとも、それは表上の仮初。依然と全く変わらない世界が続いていた。


 終わってない。

 終わらない。

 終わるわけがない。


 悪夢の時代は、永遠と続いていた。



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「これでわかっただろう」

 漆黒の視界の中、カルラに言葉が横槍を入れてくる。

 時法神・スバルヴァ。彼は人間の真理をカルラに教えたのだ。フゥアリーンの手によって削除されていたという記憶。その瞬間、そしてカルラが知りえることもなかった、今の地球上の歴史について。


 ……カルラは一度、地球で死に至ろうとしていた。

 その寸前で異次元ホールに飲み込まれ、フゥアリーンの手によって記憶を消された状態で異世界アウロラへと放り込まれたのだ。それに巻き込まれたヨカゼのデータからもその瞬間だけの記録は抹消されて。

 その記憶はフゥアリーンの目的を果たすためにも不都合だったのだろう。その瞬間だけ削除することで、まだ希望を胸に宿す青年として存在させる。

 だが、その作戦も無意味に終わった。

 全てを思い出した。人間の闇、それをより鮮明とさせるスバルヴァの手段。

「どれだけ足掻こうが人類は変わらない。滅びのみ、貴様のいう夢と希望はどこにもない」

 戦争は永遠に続く。戦いは終わらない。

 人間の愚かさは、どんなに足掻こうが抹消されることはない。

 これが現実だ。

 どれだけ綺麗事を貫こうが結局は暗黒に塗りつぶされるだけ。花は踏みにじられ、空には嵐あるのみ。人というノミは、世界を食いつぶす。

 元よりわかりきっていた。その現実はカルラの中に微かに残っていた希望を潰す引き金として、より悪辣とした形で押し付けられたのであった。








「人類ある限り、世界に光は、」

「なぁんだ」

 カルラの口が開く。

 視界が定まっていく。空より見下ろす神の姿が見えてくる。

「……よかったよ。爺さん、生きてるんだな」

 現実を叩きつけられた。

 なのに何故だろうか。

「俺の唯一の不安、ようやく、消えた」

 その表情は----

 過呼吸鳴りやまぬ苦痛を浮かべて居ながらも、満足そうに笑みをこぼしていた。

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